■5月2日(日)
当初の予定では、私は「休み」であったが、電話がかかってきて、急遽、役場に出勤するように、との命令があった。
発生が続いていた地域以外(比較的離れた地域)で、口蹄疫の発生が確認されたのである。これに伴い、「新たな消毒ポイントを増設せざるを得ない状況になったので、その人員配置を至急するように」との指示を受けた。
喧嘩腰で怒鳴られ、残念な気持ちに
すぐさま、町の対策本部から割り振られた時間帯等に職員を配置し、「その日に(連休中に)対応できるか」「予定をキャンセルできるか」などの連絡・調整に入った。町民課の職員は、連休前に「今回の連休は無いものと考えていてほしい」との伝言をしていたので、この指示をスムーズに受け入れてくれたのであった。
限られた役場の人数なのにも関わらず、また新しい作業の割当てが増えた。あまりの忙しさ、大変さから当初は考えてもみなかったことである。猫の手も借りたいとはこのことだろう。
■5月3日(月)
前日、新たに設置された「消毒ポイント」で、午後2時から午後10時までの間、消毒作業に従事した。ここのポイントは、比較的町の中心部に近いところであったため交通量が多い。
その影響からか、車両の消毒に対して協力的でない一般の方々もおり、消毒作業やその作業の説明に苦労する場面が数回あった。中には、「俺のような一般人の車を消毒しても意味ねーだろうが!」と喧嘩腰で怒鳴る人もいた。残念な気持ちである。
■5月4日(火)
殺処分された牛の埋設作業に従事した。その光景は「壮絶」の一言と言っていい。
この現場は、私が見てきた中で一番大きな埋設穴であった。縦が約100メートルで横が約10メートル、深さ4メートルほどもある。その底に石灰をまんべんなく振り撒き、ビニールシートをかける。これで埋却処分の穴が完成する。そこに、殺処分された家畜を次々クレーンで吊るしては並べていく。
何度聞いても慣れないのが、専用車両で運ばれてきた牛の死骸がクレーンの前の通路となっている鉄板に落とされる音だ。1度に十数頭分がトラックの荷台から流れ落ちてくる。その時、「ゴツーン」「ゴツーン」という何とも表現しがたい鈍い音がする。それもそのはず。出荷手前の牛ともなれば、1頭で1000キログラム近くにもなるのである。もちろん、既に殺処分されている牛なのだが、その音は牛の悲鳴にも聞こえるのだった。
この作業を初めて体験する者は、まずその鈍い音に耳を塞ぎ、牛の大きさに驚く。そして、クレーンでつり上げるために両足を縛る際、嗅ぐことになる生々しい死臭に閉口する。しかし、作業の手を休めるわけにはいかない。すると、数分も経つと、この「非日常的な体験」に慣れてくるのである。
熱中症にかかってダウン
後輩のある役場職員も複雑な胸の内をこう語る。「毎日、毎日見続けているからでしょうか、家畜の死体が、今ではただのモノに見えてきました。慣れてはいけないはずの作業に慣れてしまいました」。
牛の埋設作業は役場が専門的に担っていたが、この前日から、宮崎県庁の職員と、陸上自衛隊の職員が加わって、共同で作業を行なうようになった。ほとんどが初めて埋設作業を行なう方々ばかりだ。
恥ずかしながら私は、作業途中に熱中症にかかって倒れてしまった。気温も非常に高いうえに、慣れない作業で参加してくださった方々もとても疲れた様子だった。現場の担当者の気力、体力ともに限界に近づいている。