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クローズアップ2010:終息見えない口蹄疫 「このままでは町壊滅」

 宮崎県内で感染拡大が止まらない家畜伝染病、口蹄疫(こうていえき)。感染が疑われる牛が最初に確認されてから20日で1カ月になるが、終息する兆しはない。殺処分対象の牛や豚などの家畜は10万頭を超える見通しで、全国に影響が拡大しないか懸念されている。すでに、宮崎県内の畜産業は大打撃を受けており、農家の悲痛な叫びは高まる一方だ。【佐藤浩、石田宗久】

 ◇宮崎・川南、半数が殺処分

 「畜産は命をつないでいく仕事。殺すの(殺処分)は苦しい」。被害が最も深刻な川南町で、約30年前から養豚を営む丸一正博さん(60)は嘆いた。

 5月7日午前5時ごろ。豚舎はまだ薄暗かったが、すぐに気づいた。母豚の足元がふらつき、口元に赤い発疹(はっしん)ができていた。「ついに来るべき時が来た」。宮崎家畜保健衛生所に通報した。

 飼育する約700頭全頭の殺処分が始まったのは13日。「最後まで見届けたい」と、注射で薬殺を続ける獣医のそばを離れなかった。

 「これからのことは全然考えられない」と丸一さん。防疫措置が終わり、自宅でぼんやりと過ごしている。

 人口約1万7000人の川南町にとり、畜産は基幹産業。しかし、町内で飼育されていた牛約1万頭、豚約13万頭は既に半数が殺処分対象となった。スーパーなどには、消毒液を染み込ませたマットが置かれ、道路は石灰で白くかすむ。飲食店を営む岩崎富子さん(82)は「人が外に出てこないので商売にならない。被害が出た農家の顔が浮かんで涙が出てくる」と話す。内野宮正英町長は「このままでは町は壊滅する」と沈痛な表情を浮かべた。

 JA宮崎中央会の試算によると、全体の被害額は15日現在、殺処分に伴う家畜の損害など161億円に達する。

 ◇予防的措置強化の声も

 感染拡大防止には、何が必要なのか。

 農林水産省の専門家委員会は、移動・搬出制限区域を設定して消毒、感染確認・疑い例の出た農家・農場の家畜を殺処分して封じ込める現行の防疫措置徹底を提言している。しかし、感染疑いの出ていない農家・農場の家畜も、予防的見地から殺処分すべきだとの意見が出ている。えびの市の村岡隆明市長は10日、赤松広隆農相に「農家には自分の農場から口蹄疫が出るかもしれないという恐怖が広がっている。他に迷惑をかける前に殺処分してほしいという危機感がある」と訴えた。

 家畜伝染病予防法を超えた方策に、赤松農相は「人の財産権を侵して殺すから法に基づいて補償する。病気でないものを税金で補償することはあり得ない」と否定した。

 もちろん、自分の家畜は感染を防ぎたいと奮闘する農家も多い。県幹部は「必死で家畜を守ろうとしている農家の心を折りたくない」と、予防的殺処分に慎重な姿勢を見せる。

 ◇子牛供給、全国に打撃も 松阪牛、4割宮崎産

 口蹄疫の直接的な被害は宮崎県内にとどまっているが、影響が全国に広がる可能性もある。同県で生まれた肉用子牛は全国各地でブランド和牛の「素牛(もとうし)」として使われているからだ。発生を受け、同県内で子牛を扱う7市場は4月下旬から自主休業しており、長期化すれば子牛を買い取って育てる肉牛生産者(肥育農家)も打撃を受けかねない。肥育農家側も宮崎産の出荷再開を待つか、調達先を他産地にするか、難しい判断を迫られている。

 宮崎県畜産課によると、08年度に県内で生産された子牛7万8391頭のうち2万9358頭が県外に出荷された。上位は佐賀県(2784頭)、三重県(2695頭)、熊本県(2513頭)、鹿児島県(2281頭)など。それぞれの産地で宮崎産は大きなウエートを占めている。

 最高級の和牛として知られる「松阪牛」の産地、三重県松阪市農林水産課によると、09年度に地元生産者が導入した素牛5397頭のうち宮崎産は44%の2357頭を占め最多だった。「肉質の評価が高い上、他県産より生育期間が短く、コストを抑えられる」と市の担当者は話す。

 業界団体などで構成する松阪牛連絡協議会副会長の生産者、瀬古清史さん(61)は「(入荷停止が)3、4カ月で収まれば問題はないが、長引けば東北地方で買い付けようかと思っている」と懸念。ただし、宮崎とは長い付き合いだけに「人情としては宮崎でいきたい」と悩ましげだ。

 産地により牛の飼育方法も違う。宮崎県の全国農業協同組合連合会(全農)関係者は「餌のやり方や管理の仕方などさまざまな違いがある。肉用子牛の生産は九州・沖縄で4割以上を占めるが、北海道や東北などで埋めきれるか」と指摘する。

 農林水産省畜産部は「今のところ子牛の供給全体に大きな影響は出ていない」としているが、今後も宮崎産子牛の取引再開にめどが立たなければ、全国的な供給確保策も課題になりそうだ。【行友弥、橋本明】

毎日新聞 2010年5月18日 東京朝刊

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