彼の名を聞けば死者も目覚める
血も涙も流れぬ悪の化身
どんな悪魔でも裸で逃げ惑う
「…ふむ」
それが、ユーノが遺跡の最深部で見付けた碑文だった
傍に置いて有ったのは水差し
目の前には縦向きに置かれて崖から突き出された2枚の長い鉄の板
そして、その先には巨大なリングが有る
そのリングを通れば、碑文の指す『彼』の所に行ける様だ
引き返そう、彼の理性はそう考えた
しかし、彼の好奇心は理性を超えてしまう
気付けば水差しを手に取り中から無限に沸き出す水を空中にぶちまけていた
それは鉄の板を繋ぐように流れ、リングの中を満たして行く
…今ここに、水の橋が出来た
彼は最近孤独だった
仲の良かった友人二人は養子を取り家族のような状態
親友、とも言えるかもしれないが言いたくない真っ黒黒助はそれこそ本物の家族と円満に暮らしている
他の知り合い達も、それぞれ充実した人生を過ごしている
自分の居場所が解らない、自分の生きる意味が、生きる楽しさが解らない
そんな事を考えるようになっていた
だから、彼の足はその橋を踏んでいた
何が有るのか解らない世界、そこに飛び込んでみよう、と
「……さよなら、みんな」
一人、誰も居ない空間で呟き
彼は、この世界から姿を消した
橋を渡り水のリングを潜ると、突然世界が暗転した
自分の使う転移術式とは全く違う、でも何処かに運ばれているという事は解った
時間がかかりそうだ、そう思い彼は眠りに就いた
ぱさっ、と、髪が広がった
突然髪を留めていたゴムが切れてしまったのだ
大切な友人…最近想いを自覚したせいで、恥ずかしくて会えなくなっている大好きな人
彼とお揃いの、緑色のゴム
「…ユーノ、君?」
何だろう、凄く胸がざわざわする
彼がもう会えない遠い所に行ってしまった、そんな喪失感
私は思わず携帯電話を取り出し彼に電話をかける
「お願い…繋がって…お願い…!!」
願い虚しく、帰ってくる言葉は無い
携帯電話を握る手に力が籠る
いつの間にか、目には涙が浮かんでいた
暗い世界、燃え盛る火山、とどろく雷
ここはそのような場所、魔界
そこには巨大な城が有った
その中を一人の緑髪の少女が駆けまわる
しばらく走ると目的の人物を見つけたのか、息を切らし呼びかける
そこに居たのは黒髪の青年だった、心なしか顔色が悪い
「どうしたんだいマローネ?そんなに慌てて」
マローネ、それが少女の名前の様だ
少女は息を落ちつけ、彼に話しかける
「大変なんだよアッシュ!ノーマさんに聞いたんだけどね、星の墓場にまた誰か落ちて来たんだって」
アッシュと呼ばれた青年が驚く
「またかい?本当に不安定みたいだね、この世界は」
「うん、今ラハール達が迎えに行ってる…どんな人なんだろうね?」
不安そうな青年と、同じように不安が浮かんでは居るが少し楽しそうな少女だった
その城の別の場所
今度は黄色い服装の少女が走っていた
「あ、クレクレー!!」
標的を見つけたのか彼女は前を歩いていた少女の前に回り込んだ
「む?なんだ、ノーマか。私は今この世界の事を調べるので忙しいのだ…まったく、大河の奴め、早く助けに来ぬか」
どことなく気品を感じる少女(帽子は変だが)は、低いテンションで返した
しかし黄色い少女はそれが不満なようで
「おやおやー?クレシーダ王女殿下は救世主様が恋しくてたまらないご様子ぐへえ」
にやにやと笑いながらつついっと彼女に近づく
しかし、その脳天に突然拳が叩きこまれた
目の前の、クレシーダと呼ばれた少女の帽子から飛び出したボクシンググローブが彼女の頭に直撃したのである
どうやら言い方にいらついたようだ、頭を押さえて蹲るノーマに、ふんぞり返ったクレシーダが話しかける
「…ふん、想い人との再会を願って何が悪い?それに私は一刻も早く王都に帰って国を治めねばならんのだ」
「いったぁーい!図星だからってそんな反撃しなくても良いじゃない!折角ノーマさんが耳寄り情報持ってきてあげたのにぃー!」
「耳より情報、だと?」
「そだよ、プリニー達に聞いたんだけどね、なんか星の墓場に男の人が落ちて来たんだって」
ノーマがそう言うと、急にクレシーダが笑いだした、年相応の、幼い少女の笑みだ
「男!?…ふ、ふふふ、なんだ、大河の奴。予想以上に速いではないか!流石私の救世主!!」
そして走って行く、星の墓場の場所も知らないだろうに
「…さて、次は誰に話そうかなー!」
ノーマは見ないふりをして次の標的を探しに行った
そこは、雪で覆われた山だった
白い少女と過激な服装の踊り子、それが炬燵に入りお茶をしている
「あら…ねぇシェマ、また面白い事が起こりそうよ?」
ふと、お茶をしていた片割れ、白い少女が踊り子に話しかける
「ん?また何か有ったのかい?」
シェマと呼ばれた踊り子が答える、どうでもいいが寒くないのだろうか
「えぇ、どうやらまた『呼ばれた』みたいね。今度は男、今まで居なかったタイプの」
「…へぇ、場所は?」
「星の墓場、もうラハール達が着く頃だけどお城からクレア…あ、美波がクレア見つけて付いて行ってるみたい」
「ご苦労だ事…じゃあ私達はお城で待ってようか。態々あんな所まで歩く必要はないわ」
そう言うとシェマは立ち上がった
「そうね、効率よく楽しまないと」
白い少女は、立ち上がった後優雅な仕草でスカートを払い、猫の姿へと変わりシェマの肩に乗った
「さて、行こうかレン」
「ええ」
彼女達は、城に向かう事にした
「…つっ」
頭の痛みで目を覚ます
こめかみの辺りが酷く痛む
落ちていた眼鏡を拾い立ち上がると荒廃した世界が見えた
「…なんだ、ここ」
周りを見渡すと、様々な物が落ちていた
なのはの世界で見たような宇宙船の残骸、巨大な魔物の骨、隕石
見た事もない機械や異形をもした作り物
「僕は…無事に跳べたみたいだな」
とりあえず自分が5体満足で有る事に安堵する
「…!?」
複数人の足音が聞こえて来た、見つかって拙いとも思わないが、まずはどんな相手かを確認したい
「オプティックハイド」
印を結び自分の姿を隠す魔法を唱え、近くの岩陰にしゃがみ込んだ
「あっれー?おっかしいなー、プリニーの奴らが言うにはここら辺の筈なのに」
「…誰も居ませんねー?」
「人形か何かと見間違えたのではないか?」
聞こえて来たのは子供達の話声だった
岩陰から顔だけを出して姿を伺う
一人は、アギトとどこか似た感じの露出の高いツインテールの少女
もう一人は蝙蝠のような羽に白と赤の服を着た八重歯…牙の生えた少女
そして最後に、半ズボン上半身裸でマフラーだけを着けた少年だった
ああでもないこうでもないと話し始める子供たちを見ていたが、突然少年がこちらを向いた
「…ふん、なるほど。ただの人間ではない様だ、エトナ、フロン、下がっていろ」
「へ?どうしたんですか殿下」
「ラハールさん?」
「何、少し相手の実力を見てやろうと思ってな」
そう言うと少年は持っていた剣を両手で掲げた
その何気ない仕草が、何故か凄まじく恐ろしい物に感じられた
「…っ!?」
咄嗟にその本能に従い転移魔法を組む
「風車…!」
少年が跳び上がり、技の名前を叫び出す
遅い遅い遅い遅い死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
「間に合えーーーー!!」
「切りぃっ!!」
叫んだ、跳んだ、細かい設定はせずにただただ真上に
転移が終わると同時に轟音が辺りに響き渡った
物凄い速さでリズムを刻む胸を押さえながら下を見る
ついさっきまで僕が居たその場所には、巨大な底も見えない溝が出来ていた
そしてその溝の手前に居た先程の少年と少女二人が突然上空に現れた僕を見る
「ふむ、鈍くは無いようだな」
「もー、殿下ったら相変わらず単純ですねー」
「ラハールさん!あの男の人凄く驚いてるじゃないですか!!」
そしてこんな軽口を叩く
まるで、先程の破壊が当たり前、不思議ではない事のように
少年にも全く疲れが見えない
「おいお前、とりあえず降りてきたらどうだ?」
少年が声をかけてくる
逃げようか、とも考えたが恐らく逃げきれはしないだろう
僕は大人しく彼らの前に降りた
「…僕は、ユーノ・スクライア。ある遺跡の最深部に有ったロストロギアを使ってここに来た」
「ロス…なんですかそれ?」
一見天使にも見えそうな少女が頬に指先を当てて目を丸くしながら聞いてくる
「遺失物、かな。使い方も効果も良く解ってない古代文明の遺物の事だよ」
「んまっ!それは神秘的ですねー!」
「…少し待て、お前ひょっとして、自分の意思でここに来たのか?」
「え?う、うん」
「物好きも居たもんですねー」
少年が呆れ顔で、露出の高い少女がにやにやとした顔でこちらを見てくる
「えーと、とりあえず名前を聞かせてもらえるかな?」
色々と知りたい事は有ったがまずこれを聞くべきだろう
と、白と赤の少女が手を上げて話しだす
「はいっ!私はフロン、今は堕天使ですが心はいつだって愛で溢れてまっす!」
次にツインテールの少女
「私はエトナよ…ふーん、ひょろいけど悪い見掛けじゃないわね、使えそう」
そして最後はマフラーを付けた少年
「俺様はラハール、この魔界の王にしてあの伝説の魔王バールを倒した超魔王だ!フゥーハッハッハッ!!」
「!?」
突然高笑いを始めた少年に驚きつつも、僕は彼の名前から有る一つの事を思い出した
「ラハー、ル?」
それは、僕が遺跡の最深部で見付けた碑文に書かれていた名前と同じ物だった
これが僕の長いようで短いような不思議な魔界での生活の始まりだった