モバイルネットワークの遅延(2009/10/23)
しつこく「遅延」について
「TCP性能について」に書いたように、有線ネットワークの遅延は比較的安定しています。大体ですが、アメリカ西海岸で150ms程度、アメリカ東海岸で200ms程度です。一方、モバイルネットワークの遅延は有線ネットワークに比べてかなり広い範囲で変動します。「定点観測(遅延)」のデータを用いて考察します。
遅延データとして、Ping RTT(ICMPによる遅延)とTCP SYN RTT(TCP SYNパケットによる遅延)を計測しています。普通のインターネットではIPパケットを差別しないことが期待されますが、実際にはIPパケットを区別して処理方法を変える場合があります。このような処理方法の違いを意識することは重要です。
「インターネット速度について」で主張しているように、ユーザにとって重要な「インターネット速度」とは「IP土管性能」や「ICMP性能」ではなくて「TCP性能」です。Ping RTTがいくら小さくてもTCP SYN RTTが大きければ「TCP性能」はよくならないので、ユーザにとってはPing RTTよりもTCP SYN RTTのほうが重要です。
EMOBILE vs UQ WiMAX
なにしろEMOBILEとUQ WiMAXのデータしかないので、これら二者の比較ということになります。あくまでも測定した時点での結果であることを念頭において見てください。今後ユーザ数変化、設備拡張、管理方針変更などの理由で結果が変わる可能性があります。私の意図はあくまでもプロバイダの提供するサービスを比較する方法を実例として挙げることであって、現在のプロバイダの良否を示すことではありません。プロバイダの良否は「効果」と「コスト」をユーザが判断して決めることです。
本来は、ここで書いているような情報を定期的にプロバイダが公表すべきです。定量性のあるデータを比較してユーザが適切なネットワークを選べるようにすることが、プロバイダにとっても利益になることだと考えます。
RTTの変化
長時間に渡ってRTTを測定した結果を比較します。HSPA+は変動が激しいので長時間測定しました。これに対してWiMAXは安定しているので測定時間を短くしました。また、WiMAXでPing RTTが非常に大きくなっている区間はRTT測定しつつTCP転送を行って負荷をかけています。HSPA+では遅延測定以外の通信を一切行っていません。なお、WiMAXのグラフは縦軸が対数目盛なので注意してください。
EMOBILEとUQ WiMAXを比較すると、明瞭に以下の違いが目につきます。
- HSPA+はPing RTTに比べてTCP SYN RTTが非常に大きく、時間帯に依存するパターンがある
- WiMAXはPing RTT、TCP SYN RTT共に比較的安定しており、絶対値も小さい
EMOBILEはかなり混雑しているようで、ユーザにとって厳しい状況です。TCPパケットの遅延が秒単位では衛星中継回線で通信しているようなもので、特殊なことをしない限り高速通信は望めません。UQ WiMAXはユーザ数が少ないので必ずしも公平とはいえないかもしれませんが、少なくとも現状においてはWiMAXのほうが遅延が小さく、高いTCP性能を期待できることがわかります。
ヒストグラム
Ping RTTとTCP SYN RTTのヒストグラムを作りました。測定サンプル数が違うので注意してください。
EMOBILE HSPA+ | UQ WiMAX |
HSPA+ではPing RTTがほぼまとまっているの対してTCP SYN RTTが1秒〜3秒以上の広い範囲で分散していることがわかります。Ping性能を良く見せるためにICMPパケットを優先的に中継しているのかと疑いたくなります。
一方、WiMAXではTCPパケットを優先しているように見えます。いずれにしても200ms以下とHSPA+に比べて10%程度の遅延なので優先しているかどうかは些細なことですが。
解析
TCP SYN RTTの大きさに従って並べた結果です。WiMAXのグラフは縦軸が対数目盛なので注意してください。
HSPA+の結果を見るとPing RTTとTCP SYN RTTには相関傾向が見られます。恐ろしいことに90%近いTCPパケットの遅延が一秒を越えています。これでTCP性能を期待するのは無理と考えられます。この測定では100msを下回るTCP SYN RTTが全体の2%程度でした。条件が良ければ50ms程度のRTTもあるのですが、98%そのようなことはありません。
WiMAXでは90%のTCPパケットの遅延が200ms以下となっており、HSPA+に比べて5-10倍性能が良いことが判ります。TCPパケットよりもICMPパケットが差別されるのはユーザにとって望ましいことです。
まとめ
遅延について言えば(現在の)WiMAXは(現在の)HSPA+に比べて10倍くらい良いメディアと言えるでしょう。それでいて月額4500円とHSPA+よりも2000円安いのですから、エリアにさえ問題なければWiMAXが一押しとなります。
上に書いたことを繰り返しますが、本来は、ここで書いているような情報を定期的にプロバイダが公表すべきです。定量性のあるデータを比較してユーザが適切なネットワークを選べるようにすることが、プロバイダにとっても利益になることだと考えます。