ゲストさん

No.99818

2009-10-09 03:38:17 投稿

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Q助さん

待ち合わせ

掌編小説です。

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 辺りは一面、白に覆われていた。

 雲間の月に照らされぼんやりと光るそれは、冷たく、柔らかく、そして美しかった。

 彼はベンチを手で払うと、いつものように腰を下ろす。

 積もったばかりの雪にはただ、彼の足跡がベンチに向かって延びているだけだった。

 

「さみ……」

 

 そんな彼のぼやきも、吐き出された白い息と共に寒空に溶けていく。

 ふいに月明かりが厚い雲に遮られ、ぼんやりと光っていた雪が色を失う。

 彼はその様子に空を見ると、顔をしかめた。

 

「また降り出すな、これは」

 

 そうつぶやくと、彼は不釣合いなほど小さなコートを深く着直した。

 人工的な灯りに燈されるだけになった雪は、どこか寂しげに映る。

 昔からこの公園は、人影とは無縁の存在だった。だから人目を気にする必要もない。

 そして何より、家から近い。めんどくさがりにはちょうどいい。

 この公園が待ち合わせ場所として定着したのは、そんな単純な理由だった気がする。

 そんな場所での待ち合わせは、何故かお気に入りだった。ただ、いつも待たされてしまうのだけは不満だったけれど。

 

「やっぱり降ってきたな」

 

 一粒、また一粒と舞い落ちる雪を眺めながら彼は溜息をついた。

 

「寒いの苦手なんだよな……」

 

 彼の肩は小刻みに震えていた。

 

「ん?」

 

 雪のように真っ白い、一匹の野良ネコの登場である。その白ネコは彼の目の前まで来ると、一声、にゃーと鳴いた。

 

「よし、っと」

 

 彼は白ネコを抱え込むと、自分の膝の上に乗せた。黙って背中を撫でていたが、やがてポツリと話を始める。

 

「今日は大事な話があるんだ」

 

 にゃー、と気の無い返事が返ってくる。

 

「俺んちがさ、引っ越すことになったんだ。だから今日はお別れを言いに来た」

 

 白ネコは特に反応を示さず、ただ膝の上で黙って聞いていた。

 

「新しい家は遠いからな。もう、ここには来れなくなる」

 

 今の家からもそれなりに遠いけどな、なんて彼は笑って見せる。

 白ネコはスクっと立ち上がると、彼の膝から飛び降りた。

 そして一声鳴いてみせると、ベンチの後ろの茂みに消えた。

 

「……元気でな」

 

 ふっと、彼は笑った。そしてゆっくりと立ち上がり、コートを脱ぐとそれをベンチに掛ける。

 

「これ、返すよ。ユキのお気に入りだっただろ?」

 

 彼は今までありがとう、と礼を言うと一度も振り返ることなく去っていった。

 私はそのお気に入りを羽織る。それにはまだ彼のぬくもりが残っていて暖かった。寒がりな彼に長いこと貸したままだった、私のお気に入り。

 

「やっと返してくれたね」

 

 結局果たせなかった待ち合わせだけど、ようやくお別れがきたようだ。かじかむ両手に吐きかけた溜息と共に、私は寒空に溶けて消えた。

 

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