霧雨魔理沙は今、自宅の机で頭を抱えていた。先程から三つのアイテムを順番に眺めては、感嘆とも慨嘆ともつかない溜息を繰り返している。 「どれも捨てがたいしなぁ……」 その捨てがたい三つのアイテムとは、アリス・マーガトロイドから貰ったマジックアイテム、パチュリー・ノーレッジから貰った紅魔館大図書館の古書、そして河城にとりから貰った光学迷彩スーツのことだ。どれもそれぞれが依頼した仕事の前報酬として貰ったもので、その仕事をこなせば更に豪華な報酬が出る、というものらしい。霧雨魔法店始まって以来の珍事に少々困惑気味の魔理沙だったが、蒐集家の彼女がそんな魅力的な依頼を断るはずもなく――。魔理沙は仕事内容も確認せずにホイホイと安請け合いをしてしまったのだ。その結果、それぞれの仕事期間が微妙に被ってしまっていることに今更ながら気付いて焦っているのである。 「しかしどうして一度に来るかねえ。せっかく三つも報酬を貰えるのに一つに絞らないといけないなんて、そんなのないぜ全く」 一人ごちたところで何も解決しないのは本人もよく解っているところで。前向きな彼女は早速、三つとも手に入れる方法はないものかと頭を捻り始めた。 机に広げられた三枚の依頼書をもう一度よく眺めてみる。にとりが最初の一週間、パチュリーが次の一週間、アリスが最後の一週間。仕事期間は多少被るが、このように三週間休み無く働けばなんとかこなせることに気が付いた。 「ちょっときついが、これなら全部回れるかな。よっし、報酬は全部いただきだぜぃ」 三つの仕事を掛け持ちするという、なんとも魔理沙らしい単純明快な解決方法だった。 「そうと決まれば早速にとりの所に行くかね」 愛用の帽子をかぶりつつ、箒を片手に家を飛び出す。いつも通りの軽快な飛翔で向かうは妖怪の山。これから魔理沙を待ち受けるものは、果たして――。 First Mission 『ノベルゲームを製作せよ!』 「遅いよー」 ヒョイと扉から顔を出したにとりは、少し不満気な様子だ。 「いやぁ悪い悪い。うちの店が忙しくってさ」 「いつも閑古鳥が鳴いてるようなあの店が? 仕事を頼んどいて悪いけど、ちょっと信じられないねぇ」 「ほんとだって。私も信じられないが」 「まあそんなことより仕事が待ってるよ。早いとこあがったあがった」 にとりに促され、魔理沙は家の中へと足を踏み入れる。後についていきながら、ふと仕事内容を確認し忘れたことを思い出した。 「で、仕事っていうのはなんなんだ?」 「依頼書に書いといたでしょ、ノベルゲーム製作のアシスタントって。主にデバッグ作業を手伝ってもらうよ」 「よくわからんが、報酬が貰えるならどんな仕事でもこなすぜ」 「現金なやつー」 思わず苦笑するにとりの足が、ある部屋の前で止まった。 「ここが開発室ね。入る前に言っておくけど、頒布前の作品だから極秘だよ」 にとりは念を押してから、ドアを開けて霧雨魔理沙を中に招き入れる。そこにはたくさんの机が並び、その上には一つ一つパソコンが鎮座していた。 「今回の企画は私一人でやってるんだけど、流石にデバッグまでは手が回らなくてさ。ちょくちょくやってたから大きなバグはないと思うけど、それでも細かいバグは見落としちゃうからねぇ。だから今日からマスターアップまでの残り一週間、延々とデバッグ作業ね。私も最初のうちはやるけど後でバグ取りに追われることになるから、そこからは魔理沙にお願いするよ。じゃあ、あのパソコンを使って」 そういってにとりは一つのパソコンを指差した。机の上にはパソコンの他に筆記用具やら付箋やらも添えてある。そしていくつかに分けて束ねてある用紙の一つを手にとって、魔理沙はにとりにたずねた。 「これはなんだ?」 「それはデバッグシートね。どんなバグなのかを判りやすく記入するためのフォーマットだから、バグを見つけたらその用紙に書き込む。そっちはフローチャート。分岐、フラグ、エンディングなんかをざっとまとめた図ね。こっちのフラグリストをあわせて見てフラグがちゃんと機能しているかを確認する。後は立ち絵リスト、CGリスト、背景リスト、BGMリスト。指定されたものが表示されているかを確認する。――まあ、こんなとこかね」 「…………」 魔理沙は思った以上の仕事量に面食らっていた。これを一週間パソコンとにらめっこしながら、延々とそして淡々とこなしていかなければならない。ここにきて少し後悔の念が浮かぶ。だが、これも貴重なアイテムのため。今更後には引けないのだ。 「じゃあ、お願いね」 にとりは早速パソコンに向かいだした。それに習って魔理沙もとまどいながらデバッグ作業を開始する。 デバッグで一番多く見られるのが誤字脱字だった。『確かみてみろ!』、『何をするだぁ!』、『秋歯』、『はみちつパン』など、挙げるとキリが無い。もちろん他にもバグは多い。立ち絵の消し忘れの上に新たな立ち絵が重なって千手観音みたいになっていたり、夕方や夜の背景に昼間の立ち絵を乗せてしまってキャラが神々しく光っていたり。それらのバグをきちんとデバッグシートに書き込んでいく。 「このシナリオなかなか面白いな」 「でしょ? 自信作だよ」 たまにシナリオについて盛り上がるが、これも立派なデバッグ作業だ。表記ゆれや呼称の不統一はもちろんのこと、物語の辻褄があわなかったりキャラの行動原理がわかりにくかったりするのも立派なバグである。 「よーし、とりあえずフルコンしたぜ」 「面白かったかい? じゃあ二周目ね」 「え?」 「スキップが機能するかとか、クリック連打でエフェクトがおかしくならないかとかは、一周じゃ確認出来ないでしょ? これらを確認するだけでも後二周は必要だよ」 「へーい、確認しやーす」 魔理沙は少しうんざりしながら、パソコンに向かいなおした。 ――そして、一週間。あらかたバグも取り去り、後はマスターアップを残すのみ。 「よーし、これで最後。ほんと助かったよ、おつかれー」 「目がショボショボです。眠いです」 魔理沙は寝ぼけ眼をこすりながら、はやばやとにとりの家を後にする。 「あー、それとイベントの日には――って、いない?」 にとりがパソコンから振り返ったときには、魔理沙は既に帰宅の途についていた。 Second Mission 『マンガを制作せよ!』 「やばい……死ぬ」 一度家へ戻って来た魔理沙。だが、疲労はすでにピークに達しつつあった。まだ残り二週間もあるのだ。この調子では仕事をこなす前にぶっ倒れてしまう。 「何か、何かないのか」 散らかり放題の机をひっくり返して回る。それによってさらに探しづらくなるが、そんなことにさえ気が付かないほど余裕が無かった。 「何もねー」 本の山の上に大の字になって諦めかけたとき、ふと横を見ると、パチュリーから貰った本が目に入った。 「そういえば、キノコを使ったレシピが載ってるって言ってたな」 パラパラとめくって見ると、本の後半に滋養強壮に効くレシピの一覧が書き出されていた。 「こりゃあ丁度いい。このユン○ルってやつが良さそうだな」 早速レシピに書かれているキノコを鍋に投げ込み、それをトロ火のミニ八卦炉にかける。出来ただし汁を器に移し、呪文を唱える。 「ユンケルンバデガンバルンバ。……って何だこれ?」 とりあえず完成である。魔法の森で栽培している某ヒゲオヤジくんの冷凍パワーアップキノコを使い、キンキンに冷やして一思いに飲み干す。美味である。 「みなぎってきたー! 今なら⑨年連続二百本ヒットも余裕で打てそうな勢いだぜっ!」 ユ○ケルパワー、流石である。後日、ユンケ○専用ケースがイチ□ーから送られてきたのはまた別のお話。魔理沙はてっとりばやく準備を済ませ、紅魔館へと向かう。森を抜け、湖を越えて、使えない門番を尻目に内部へと進入していった。 「遅いわよ」 紅魔館大図書館の入り口に佇んで文句を垂れているのは、二人目の仕事依頼人、パチュリーである。 「いやぁメンゴメンゴー。私のキノコがマスタースパークしちゃってさぁ」 「…………」 パチュリーはいつものジト目を更にジトくして魔理沙を睨んだ。それはさながら、牛乳風呂に一週間漬け込んだ大量の雑巾を見るようだった。 「じょ、冗談だって。そんな目で私を見るなよ」 「まあ、いいけど。そんなことより仕事よ、時間が無いの」 魔理沙を流し目に見た後、背を向けて図書館の奥へと進む。魔理沙は頭を掻きながら後を追った。 「それで、仕事はなんだ?」 「依頼書見なかったの? マンガのアシスタントをやって欲しいのよ」 「またアシスタントか……」 「また?」 パチュリーが足を止めて、怪訝な顔で振り返った。魔理沙は慌てて口をつぐむ。 「んむ、いや、なんでもないぜ。それよりほら、時間が無いんだろ」 パチュリーは少しの間魔理沙を訝しげに見つめていたが、そうね、と納得した顔で頷いた。さらに奥へと進み、二人は一つの机に向かい合って座った。 「じゃあ、仕事の内容を説明するわ。まずはペン入れまでした原稿をどんどん渡していくから、それに消しゴムをかける。消しカスを払うときはこの羽箒を使って。それが終わったらベタ塗り。筆ペンを使って指定してある部分を塗りつぶす。もしはみ出したら修正するから私に言って」 パチュリーは道具を一つ一つ手に持ち説明していく。 「その後はトーンワーク。番号を指定しておくからそこにこのトーンヘラを使って台紙越しに貼り付ける。少し大きめにね。それをカットするのは私がやるから、魔理沙はその間にセリフをパソコンで打ち出して、それをフキダシにペーパーボンドで貼り付ける。この時ボンドがはみ出さないように気を付けて。――まあ、こんなところかしらね。もしわからないことがあったらその都度私に聞いて。絶対に自分で判断しちゃダメよ」 ここまで説明を聞いて、魔理沙はまた後悔していた。いくら特製○ンケルを飲んで回復したと言っても、全快したわけではない。しかも集中力を要する仕事がここ数日間休みなしで続いているのだ。げんなりしながらも、この図書館の古書が貰えるとあってはやらないわけにはいかない。 「じゃあ、まずはこのペン入れが終わった原稿からお願い」 それから、作業が始まった。一コマ一コマ丁寧に消しゴムをかけていく。消しカスを羽箒で払う。消しゴムをかける、羽箒で払う。ノベルゲームのデバッグ作業とは違い、シナリオが頭に入ってこないので淡々と作業をこなすことになる。それがまた魔理沙の体力を確実に奪っていく。 次はベタ塗りだ。筆ペンを使い、はみ出さないように丁寧にベタを塗っていく。 「げっ、はみ出した」 「ちょっと見せて。……ああ、このくらいなら大丈夫よ。その原稿は終わったらこっちに置いといて」 ほっと胸を撫で下ろす魔理沙。残りのベタ塗りは慣れもあってか、順調に仕上がっていった。 お次はトーンワークだ。もう一度羽箒で念入りに原稿を払いゴミを取る。指定されている番号に従ってトーンを探し、それを該当箇所より少し大きめに切って仮止め。全ての箇所に貼り終えたら、パソコンでセリフを打ち出す作業。印刷してペーパーボンドで貼り付けていく。 ――そんな作業を繰り返しながら、一週間。ついに全ての原稿を書き終え、二人は力尽きるように机に突っ伏した。 「なんとか締め切りに間に合ったわね……。後は私が入稿するだけだから、イベントの日まで休んでいいわ。お疲れ様」 「……あぁ」 何とか返事をしたが、魔理沙の耳は『休んでいい』という言葉を拾うだけで精一杯だった。 Third Mission 『フィギュアを制作せよ!』 ふらふらと霧雨邸へ戻ってきた魔理沙だが、あまりの疲労に言葉もない。目の周りはくぼみ、頬はこけ始めている。少し仮眠をとろうと倒れこんだ所に、ちょうどアリスから貰ったマジックアイテムが転がっていた。 「これって回復アイテムとかいってたな……。ブラックマーケットで手に入れたとかなんとか」 小さな瓶に緑色のドロッとした液体が入っている。蓋には『ポトの油』と書かれていた。 「これは……飲むのか? 塗るのか?」 使用方法がわからなかった。とりあえず飲んでみる。 「んー美味い、かも?」 味については疑問符がつくが、勢いで全て飲み干す。今までの疲労で味覚はマヒしていた。それでも力がみなぎってきたので、のどに残る嫌な感覚は気にしない。 「これならいけるぜ! 最後はアリスの家だぜ!」 かつてないほどの高揚感。それは昔食べて味わったマジックマッシュルームに似ている気がした。 同じ魔法の森ということで、移動も楽だ。いつも以上のスピードを出し、あっという間に到着。 「おいアリス! 私だぜ私!」 テンション高めにドアをノックする。 「それは新しい詐欺か何かかしら?」 アリスはドアを開けて少し呆れ気味に言った。 「詐欺じゃないぜ、仕事だぜ」 「なんかテンションがおかしいわよ? 大丈夫なの?」 「乙女霧雨魔理沙、健康だけが取り柄だぜ。大丈夫大丈夫ぜ」 実際全然大丈夫ではないのだが、無理矢理体力を回復している反動でちょっとおかしくなっている。 「アリスのマジックアイテムのおかげだぜ。美味かったぜ」 「あれを飲んだの!? あれって傷口に塗るタイプの回復薬だったんだけど……」 「気にするなぜ」 「……そ、そうよね、回復したのなら問題ないわよね」 アリスは少し眉をひそめていたが、すぐに自分を納得させるように頷いた。そして思い出したように魔理沙を家へ招きいれる。 「じゃあ早速だけど仕事をしてもらうわ。内容はわかるわよね?」 「わからんぜ」 アリスは右肩をカクっと落とした。 「依頼書に書いていたでしょう? 読んでこなかったの?」 「報酬の所は読んだぜ」 「全く、死んでも蒐集家ね。報酬はちゃんと用意してあるから心配しないで、仕事に集中して」 「流石アリスぜ」 「今回魔理沙に頼む仕事は、フィギュア製作のアシスタントよ」 「アシスタントは得意だぜ」 「それはちょうど良かった、まずは複製の手伝いをお願いするわね。複製はこのレジンという樹脂のA剤・B剤を混ぜて型に流し込むことで出来るわ。A剤・B剤ともにきちんと重さを量らないと無駄になっちゃうから気をつけて。レジンは混ぜてから一分くらいで固まり始めちゃうから、手早くただし泡立てないよう静かに混ぜる。泡が立つと気泡が入っちゃって使い物にならなくなるから要注意ね。型に流し込むときも丁寧に、だけど素早く。流し込んだら完全に固まるまでに二十分くらい時間がかかるから、その間に箱と説明書を作りましょう。これをひたすら繰り返す。後は展示見本用一体とサンプル提出用一体を完成させないといけないから、これも手伝いをお願い。じゃあ、早速始めましょうか」 霧雨魔理沙、最後の戦いが始まった。型の内面に離型剤を吹きかけ、ゴムバンドでしっかりと固定。重さを量りながら紙コップにA剤・B剤を入れ、それを混ぜ合わせる。すぐに型へと流し込み、しっかりと中まで入ったのを確認してから固まるまで待つ。その間に箱を組み立て、説明書を印刷。そしてまた複製。この繰り返しが五日ほど続いた。 「そろそろ完成品の製作に移りましょう」 完成品は二体必要である。一体は原型をそのまま完成させればいいので、この原型をアリスが塗装している間に魔理沙は複製を使ってもう一体の下準備をする。まずはバリと呼ばれる余分な部分をニッパーで切り落としていく。そして離型剤を落とすために洗浄。これをしないと塗装がうまくいかない。台所用のクレンザーと中性洗剤を混ぜたものを使い、使い古しの歯ブラシでゴシゴシと洗う。綺麗に拭いたら、次は表面処理。気泡が出来ているところにパテを盛って、固まったらヤスリをかける。表面を見やすくするためにサーフェイサーをふって、またヤスリがけ。パテ盛り、サフふき、ヤスリがけ。この作業が延々と続けられる。 ――一週間後。完成品二体も製作を終えて、魔理沙の仕事はようやく終焉を迎えようとしていた。 (終盤は死ぬかと思ったが、やっと終わった……。後は報酬を貰うだけだぜ。フヒヒ) 「なんとか間に合ったわね……。後はイベントに搬入して売り子をしてもらうから、急いで準備して」 「イベント……?」 そういえばにとりもパチュリーもイベントに来いと言っていたような、と頭の隅にある記憶を引っ張りだす。魔理沙はここで重大な事実に気が付いたのだった。 (三人とも同じイベントかよ!) Last Mission 『トリプルブッキングを完遂せよ!』 ――某所某会場。本格的な見本市や展示会、集客イベントなどが開催できるこの多目的施設ではこの日、あるオンリーイベントが行われていた。 「ちょっと魔理沙、急ぐわよ」 「あ、ああ」 魔理沙の頭の中はこの佳境をどう乗り切るかでいっぱいだった。にとりもパチュリーもこの会場で魔理沙を待っているのだ。トリプルブッキングがばれるとまずいことになる。使えそうなものは何かないかと帽子やらポケットやらをまさぐっていると、にとりから貰った光学迷彩スーツが入っていた。 (これで何とかなるかもしれないぜ) 早速身に纏って移動を開始する。 「えーっと、スペースはここね。じゃあ魔理――あれ?」 アリスが振り返ったとき、そこに魔理沙の姿は無かった。 「にとりはどこだ?」 魔理沙は一人にとりを探す。もちろんあてはなど無いが、あの格好なら目立つだろう。早速見つけることが出来た。光学迷彩スーツを外し、元の姿に戻る。回りが少しギョッとしていたがそんなものは気にしない。 「おっす、にとり」 「もー魔理沙遅いよー。何やってたの」 「いやーちょっとなー」 頭をかきながらにとりと合流する。とりあえず顔は出せたので、参加していることはわかってもらえただろう。次はパチュリーの所へと向かうため、また光学迷彩スーツを身に纏う。 「んじゃあ、早速スペースの整理を――っていないじゃん!」 にとりは長机にずっこけた。それを尻目に魔理沙はパチュリーのスペースを探す。パチュリーは紫色の服装で目立つのですぐ見つかった。 「おーい、パチュリー」 「魔理沙? どこなの?」 思わず光学迷彩スーツを纏ったまま声をかけてしまい、パチュリーの頭上でははてなマークが三つほどクルクルと回っている。 (やべ、脱がなきゃ) 長机の影に隠れてもとの姿に戻る。そして何事も無かったようにパチュリーの前に現れた。 「こっちこっち。いやあ遅れてすまなんだ」 「ほんと、遅いわよ。一人で大変だったわ」 とりあえずパチュリーの手伝いをする。ラミネート加工したPOPを付けたり、本を並べたり、値札を付けたり。そうやって作業をしているところに、ある訪問客が現れた。 「あ、パチュリー。あなた魔理沙を見なかった?」 (げぇ! アリス!) 咄嗟に帽子を深く被り、奥の方へ。急いで光学迷彩スーツを纏う。 「魔理沙? 魔理沙ならうちの売り子だけど」 「何言ってるの。魔理沙はうちの売り子よ?」 アリスとパチュリーは顔を見合わせた。そしてすぐにその意味を理解する。そこにタイミングよくにとりが現れた。 「あ、お二人さん。魔理沙見なかった?」 ものすごい勢いでにとりを睨む二人。手を上げたままにとりの顔が引きつる。 「な、なんなのさ。私が何をしたっていうのさ」 「あんたじゃなくて魔理沙よ」 「トリプルブッキングとは、やってくれるじゃない」 二人は怒りに打ち震えている。にとりはようやく理解したようだった。 「むぁりぃさあ! どこ行ったぁ!」 「ロイアルフレアぶちかますぞこらぁ!」 「尻子玉ぶち抜くしかないね!」 (ひぃぃ! 逃げるぜぇ!) 急いでこの場から去ろうとしたが、長机の折りたたみ部分に光学迷彩スーツをはさまれ身動きが取れない。 (くそ、こんなときに!) 「ちょっと待った。そういえば魔理沙には光学迷彩スーツを渡していたね。得てしてああいうマニアは珍しいアイテムをすぐに使いたがるものさ」 (ギクリ) そういって不適に笑うにとりが取り出したるは、Ⅹ線スコープ。 「あれは熱光学迷彩だけど、これを使えば見えるよ。ただし、骨だけね」 「あら、じゃあその骨を埋めてやりましょう」 「この会場でそのまま一生を送れ、ってね」 (ああ、骨を埋めるってそういう……) 魔理沙は観念して、目を閉じたのだった。 Mission Failed…… イベントは大盛況のまま幕を下ろした。それは、ある黒い魔法使いが大活躍してくれたからでもあった。 「おーい、もう許してくれよー」 「まだダメ。もうちょっとそこで反省してなさい」 パチュリーの言う『そこ』とは、イベント会場に作られた特設ステージのことである。魔理沙はステージでミニ八卦炉を使った芸をやらされていたのだ。魔除けから運気からマイナスイオンから、いろんなものを出せるミニ八卦炉に観衆は興味津々だ。 「きゅうり出してみせてよ、きゅうり」 「出せるか!」 きゅうりが出ないと知って、ちょっと落ち込むにとり。 「火は出しちゃダメよー、火気厳禁なんだから」 アリスは笑いながら魔理沙を揶揄する。 「わかってるっての。はぁ、私の八卦炉がこんな扱いを受けるなんて……」 がっくりとうなだれながらも芸はしっかりとこなすあたり、やはり根はまっすぐである。 霧雨魔理沙、魔法使い。人里ではその名の通り、マジシャンとして一躍有名になったという。
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図、文:Q助
挿絵:スコッティ