畜産局衛生課 星野 和久
口蹄疫については、明治41年以降国内での発生がなく海外悪性伝染病として位 置付けられてきた。 平成12年3月25日に宮崎県の肉用牛飼養農家において、92年ぶりに口蹄疫の疑 似患畜牛が確認された。以後、生産者、都道府県、市町村、関係団体等のご尽力 により、6月9日の北海道での移動制限地域の解除を最後に、すべてのまん延防止 措置が完了し、最終的に1道1県、4戸、患畜22頭、疑似患畜718頭の発生となった。 以下、今回の口蹄疫と防疫対策の概要を説明する。
発生の概要 12年3月25日に宮崎県宮崎市の肥育牛飼養農場1戸で口蹄疫の発生が確認され、 その後の移動制限および搬出制限地域内農場、輸入粗飼料利用農場等を中心とし た血清検査等で5月11日までに、隣接の宮崎県高岡町の肉用牛繁殖飼養農場2戸、 北海道本別町の肥育牛飼養農場1戸の計3戸で患畜、疑似患畜が確認された。 (表1、図1〜3) 表1 口蹄疫発生状況 ◇図1◇ ◇図2 宮崎県◇ ◇図3 北海道◇ (1)A農場 黒毛和種10頭を肥育目的で飼養している農場で、3月8日頃から発熱、食欲不 振、発咳を示す牛が見られ、民間獣医師が3月12日から診療をはじめた。その後 同居牛にも食欲不振、鼻腔、口腔内のび爛などの症状が伝播していったことから、 獣医師は21日に地元家畜保健衛生所に通報し、同日家畜防疫員が立入検査を行う とともに、翌22日に診断材料を農林水産省家畜衛生試験場に送付した。 家畜衛生試験場での病性鑑定で、病変部上皮等を用いた抗原検出のためのELIS A検査、CF検査は陰性だったものの、23日にPCR検査で口蹄疫ウイルスの遺伝子 断片を検出し、また、24日に判明した抗体検査結果(ELISA法)でも検査を実施 した9頭全てで高いレベルの抗体価が認められた。このため、25日に飼養牛全頭 が口蹄疫の疑似患畜と決定され、翌26日全頭が殺処分された。 なお、4月4日には、PCR検査で検出された遺伝子の塩基配列から、このウイル スがアジア地域で分離されているウイルスに近縁であることが判明し、全頭を患 畜として取り扱うこととした。 (2)B農場 黒毛和種9頭(母牛6頭、子牛3頭)を飼養している肉用牛繁殖農場で、3月 29日の採血血清の抗体検査(ELISA法)で、6頭中3頭が陽性反応(45倍以上) を示した。4月2日、再度飼養牛9頭全頭の採血を実施し抗体検査を実施したと ころ、9頭中6頭が陽性反応を示し、抗体価の上昇も認められたこと等から、4 月3日に全頭が疑似患畜と決定され、翌4日殺処分された。なお、いずれの牛も 口蹄疫を疑わせるような症状は認められておらず、また、プロバング材料を用い たPCR検査も陰性であった。 (3)C農場 黒毛和種16頭(母牛10頭、子牛6頭)を飼養している肉用牛繁殖農場で、3月 29日の採血血清で抗体検査を実施した2頭いずれもが陽性反応を示した。4月6 日、再度10頭の採血を実施し抗体検査を実施したところ、10頭全頭が高い抗体価 を示したことから、4月9日、飼養牛全頭が疑似患畜と決定され、翌10日殺処分さ れた。 なお、4月14日、殺処分時に採取されたプロバング材料から口蹄疫ウイルスが 分離され、A農場で検出された遺伝子断片と同一のものを持つことが判明し、以 降、抗体検査を実施した10頭については患畜として取り扱うこととした。 (4)D農場 ホルスタイン種去勢牛、F1牛、黒毛和種等計705頭を肥育目的で飼養してい る農場で、4月7日の採血血清で抗体検査を実施した15頭中1頭が陽性反応を示し た。4月24日、再度同一牛の採血を実施し抗体検査を実施したところ陽性反応を 示す牛が増加し、抗体価の上昇を示すものもあったことから、4月29日以降農場 隔離検査プログラムの対象とし、以後抗体検査と抗体陽性牛のプロバングテスト を繰り返し実施したところ、5月9日のプロバングテストで9頭中2頭がPCR検査陽 性となったことから、5月11日、飼養牛全頭が疑似患畜と決定され、15日までに 全頭殺処分された。 なお、全頭口蹄疫を疑わせるような臨床症状は示していない。 また、5月13日にはPCR検査で検出された遺伝子の塩基配列が、C農場で分離さ れたウイルスのものと同一であることが判明し、以降PCR検査で陽性となった2 頭については患畜として取り扱うこととした。 発生後の防疫措置の概要 口蹄疫をはじめとする海外悪性伝染病については、海外悪性伝染病防疫要領 (50畜A第3843号農林水産省畜産局長通知)に沿って、殺処分方式により、その 撲滅を図ることとなっている。今回の発生に当たっては、発生現場の飼養牛の殺 処分、移動制限等と併行し、移動制限地域内農家、家畜の導入元等疫学的な関連 農家などの徹底的な清浄性の確認とともに、全国的な異常家畜の摘発と診断、血 清疫学調査による感染家畜の摘発を行った。また、これらの防疫対応のため、発 生後直ちに、国に口蹄疫中央防疫対策本部、発生県、周辺県に県対策本部、管轄 家畜保健衛生所に現地対策本部が設置されたほか、市町村や関係団体でも防疫対 策の支援のための対策本部が設置され、防疫活動の推進が図られた。 表2 発生農場飼養家畜の措置経過 (1)発生農場の飼養牛の殺処分、消毒 4例とも飼養牛(患畜、疑似患畜)全頭の殺処分と埋却が実施されたほか、農 場内の畜舎、飼養器具等の消毒や飼料、敷料、たい肥等の埋却が行われた。 (2)移動制限等(表2、3) ・宮崎県における対応 A農場の発生が確認された3月25日以降、発生農場を中心とした半径20キロメ ートルの範囲を移動制限地域(12市町村)、半径50キロメートルの範囲を搬出制 限地域(3県32市町村)として設定した。 移動制限地域内では、偶蹄類の家畜、汚染を広げる恐れのある物品の一切の移 動を禁止するとともに、家畜市場、と畜場の閉鎖、種付けの禁止を実施した。搬 出制限地域内では、偶蹄類の家畜、汚染を広げる恐れのある物品の地域外への搬 出を禁止するとともに、家畜市場を閉鎖した。 その後、今回発生した口蹄疫の空気伝播の可能性は極めて低く、また、その感 染力も従来知られているものに比べて低いと判断されたことから、4月23日には、 搬出制限地域を解除し、また、移動制限地域については、4月23日にB、C農場 を中心とした半径10キロメートルの範囲に、4月26日にはさらにC農場を中心と した半径10キロメートルの範囲に縮小し、5月2日には全面解除した。 ・北海道における対応 5月11日から発生農場を中心とした半径10キロメートルの範囲を移動制限地域 に設定し、偶蹄類の家畜、病原体を広げる恐れのある物品の移動禁止、放牧の停 止、種付けの禁止等を実施した。その後、移動制限地域内全戸の清浄性確認を終 え、移動制限については6月9日に解除され、これをもって今回の一連の口蹄疫ま ん延防止措置が終了したところである。 なお、同地域内に家畜市場、と畜場はなかった。 ・移動制限地域内での消毒の実施 移動制限地域、搬出制限地域では、境界付近の主要幹線道路を中心に消毒ポイ ントが設置され、飼料輸送車、生乳輸送車等の関係車両の消毒が行われるととも に、市町村、(社)家畜畜産物衛生指導協会等関係団体により、移動、搬出制限 地域内の農場、集乳施設、畜産関連施設を中心に組織的な消毒活動が実施された。 表3 移動制限地域等の家畜の飼養状況 宮崎県 移動制限地域(20キロメートル内) 搬出制限地域(50キロメートル内) 注:搬出制限地域は宮崎、熊本、鹿児島の3県にかかる。 表中の数字は統計上のものであり、実際の検査数とは若干異なる。 北海道 移動制限地域(10キロメートル内) 注:表中の数字は統計上のものであり、実際の検査数とは若干異なる。 (3)輸入検疫措置 A農場において中国産麦ワラが給与されていたことから、口蹄疫の侵入防止の 徹底を図るため、3月30日より口蹄疫清浄地域以外から輸入される稲ワラ等(稲 ワラ、麦ワラ、乾草)については輸入時の検査および消毒を行うこととし、併せ て国内にすでに輸入されたこれら稲ワラ等については、家畜の飼料および敷料と しての利用を控え、たい肥化、園芸用等他用途での利用を指導している。 (4)その他の措置 ・口蹄疫への注意喚起および早期通報の徹底のため、(社)全国家畜畜産物衛生 指導協会が口蹄疫の症状および発見後とるべき処置に関するカラーパンフレッ ト266千部を印刷し、3月27日に全国の農場、獣医師等へ配布した。 ・また、国では、万一の発生に備えて常時30万頭のワクチンを備蓄しているが、 今日の発生に際しては、まん延の拡大に備え、380万頭分の口蹄疫ワクチンを 緊急輸入するとともに、防疫衣、注射器等の買い入れを行った。 各種調査、検査 (1)臨床検査 全国で都道府県家畜保健衛生所等の家畜防疫員による農場への立入検査、民間 獣医師からの診療時の検査により、異常の有無について情報収集を行った。 初発の3月25日以降、終息が確認された6月9日までに、移動、搬出制限地域内 の牛飼養農場全戸を含め、立入検査延べ9万3,225戸、民間獣医師等からの報告延 べ14万3,306戸となった(表4)。 表4 立ち入り検査及び民間獣医師等診療時検査実績 注:移動、搬出制限地域内の全戸15,942戸は血清サーベイランスを実施。 注:立入検査戸数と民間獣医師等報告数は一部重複する。 実施期間:3月26日〜6月9日 (2)血清サーベイランス ・宮崎県での発生関連 移動、搬出制限地域内農場、同地域から家畜を導入している農場、輸入粗飼料 利用農場等を中心に全国で2万7,890戸、4万7,177検体の抗体検査(ELISA法) を実施したところ、405戸が再検査の対象となり、うち60戸については再検査で 陰性であることが確認できなかったため、さらに抗体検査とプロバングテストに よるウイルス検査を組み合わせた検査を行い、宮崎県のB農場、C農場および北 海道でのD農場を除き全戸の清浄性を確認した。(表5) 表5 宮崎関連血清サーベイランス実績 注:3県とは宮崎、熊本、鹿児島県である。 ・北海道での発生関連 5月14日までに移動制限地域内農場(139戸)について、5月20日までに発生 農場導入元農場(85戸)について、224戸、5,717検体の抗体検査(ELISA法)を 実施し、全戸の清浄性を確認した。(表6) 表6 北海道関連血清サーベイランス実績 (3)緊急病性鑑定検査 国には、6月9日までに計31件の口蹄疫類似症例が報告され、緊急病性鑑定検 査を実施し、臨床症状(口、鼻部の異常、同居牛の異常の有無等)、家畜衛生試 験場による病変部ぬぐい液、プロバング材料を用いた抗原検索(ELISA、PCR検 査)、血清抗体(ELISA)検査により全例口蹄疫を否定した。 (4)原因ウイルス性状 分離されたウイルスの遺伝子配列が家畜衛生試験場により解析され、そのデー タを英国家畜衛生研究所に送付したところ、ウイルス遺伝子が検出されたA、C およびD農場では、いずれもアジアで流行しているウイルスに近縁で同一の遺伝 子配列を持つウイルス(O/JPN/2000)であることが判明した。 (5)感染試験 家畜衛生試験場で実施されたC農場からの分離ウイルスを用いた感染試験では、 乳用牛では病原性は弱く同居感染も起こりにくかったが、豚では典型的な症状を 示し、同居感染も成立することが明らかとなった。 なお、黒毛和種での病原性、黒毛和種と豚の組み合わせで同居感染の可能性の 有無を確認するための試験が行われている。
今回の発生に伴う発生農家および周辺農家等について、国、農畜産業振興事業 団の助成等により次の対策が実施された。 防疫関連対策 ・発生農家における殺処分疑似患畜、汚染物品については家畜伝染病予防法に基 づき、評価額の5分の4、疑似患畜、汚染物品の埋却費についてはその経費の 2分の1を補償 ・生産者、畜産関係団体が実施する防疫措置の普及のためのパンフレットの作成 および防疫手法の普及啓発ならびに消毒関連資材の整備等に対する助成 ・口蹄疫ワクチンの追加備蓄(380万ドーズ追加) 畜産物等の消費拡大対策 ・国産畜産物の消費拡大のため宮崎県産食肉および北海道産畜産物PRの助成 経営対策等 (1)当面の資金対策 ・移動制限等で家畜の出荷が困難な畜産農家等へ経営に必要な運転資金の低利融 資(国の利子補給1.01%以内、道県等の補給等により末端金利は無利子) ・自作農維持資金の融通(末端金利2.1%) ・宮崎県、鹿児島県、熊本県内の食肉処理業者等の経営に必要な運転資金を低利 融資(国の利子補給1.01%以内、末端金利2.00%以内) (2)収容しきれない家畜対策 ・搬出制限地域内の養豚農家が家畜防疫員の確認に基づき、子豚をとう汰および 焼却、埋却等を行う場合の助成(7千5百円/頭) ・宮崎県の搬出制限地域内における緊急的な簡易畜舎の設置等に対する助成およ び北海道十勝支庁内における農協が、新たにヌレ子哺育に取り組む者等に貸し 付けるために簡易なヌレ子飼養施設(カーフハッチ)を導入した場合の経費の 助成 (3)出荷遅延等対策 ・宮崎県、鹿児島県、熊本県の搬出制限地域内の養豚農家が出荷適齢期を超える 肉豚(枝肉重量85キログラム以上の肉豚)を出荷した場合の助成(6千円/頭) ・繁殖雌牛の自家保留等による増頭(6〜8万円/頭)、経産牛肥育(2万円/頭)、 ヌレ子哺育(1カ月以上哺育で7千円/頭、北海道十勝支庁内でヌレ子を3カ月 以上哺育した場合には3千円/頭上乗せ)等の奨励金を交付 ・北海道十勝支庁内の初妊牛育成専門農家で、出荷できなかった初妊牛が経産牛 として出荷せざるを得なくなった場合の助成(2万9千円/頭) ・肉用子牛補給金の交付要件である譲受けに係る子牛の月齢要件を「2カ月齢未 満」から「4カ月齢未満」に緩和 ・肉用牛肥育経営安定緊急対策事業の助成 要件である導入肥育もと牛の月齢要件を「12カ月齢未満」から「15カ月齢未 満」に緩和 (4)豚原皮需給調整 ・輸出できなくなり余剰となった豚原皮の処理等を行う場合の助成 国産稲ワラ等の安定供給対策 ・国産の稲ワラ、麦ワラ等の供給拡大の取り組みに対する助成(基本タイプ:15 円/キログラム、長期・大口供給タイプ:30円/キログラム) ・水田農業経営確立対策においてワラ専用稲を飼料作物として取り扱う場合の助 成(最高額7万3千円/10アールを助成) 家畜市場再開後の畜産経営安定等の対策 (1)集客対策等 ・家畜市場開設者に対し、市場のPR等を行う場合の助成(100万円/市場) ・家畜市場から牛を購入する場合の購買者に対する輸送費の助成(九州3県の肉 用子牛:県内1千円/頭、九州地域内2千円/頭、九州地域外5千円/頭、北 海道の肉用牛:十勝支庁内1千円/頭、道内2千円/頭、道外5千円/頭、初 妊牛:十勝支庁内2千円/頭、道内4千円/頭、道外1万円/頭) (2)価格安定対策 ・農協等が一定価額で地域内肥育等のために黒毛和種の肉用子牛を導入した場合 の助成(5万5千円/頭) ・九州3県における肉用子牛及び北海道十勝支庁内における初妊牛の市場価格が、 過去の実現価格相当額を下回った場合にその差額の9割を助成 ・市場価格低迷時において農家が肉用子牛を自家保留した場合に助成(4万6千 円/頭)
台湾をはじめとする韓国、日本、ロシアおよびモンゴルで、この数か月間に連 続して口蹄疫が発生したことにかんがみ、本年6月下旬、東京において、9カ国 2国際機関の出席により国際獣疫事務局(OIE:家畜伝染病の防疫等に関する国 際機関)主催の緊急会議が開催された。 会議では、口蹄疫の発生国(地域)における発生状況、まん延防止対策等の報 告が行われた後、一連の東アジアにおける口蹄疫に関する取りまとめが行われた。 会議報告の概要 会議における今回の口蹄疫に関する結論の一部概要としては、@少なくとも2 つの口蹄疫Oタイプウイルス株があり、日本、台湾、韓国、ロシアおよびモンゴ ルで発生している株は同じタイプと考えられ、この株による疾病は、台湾の黄牛 および日本の乳用牛に臨床症状を示さないで感染することから診断が難しいA今 後さらなる調査の必要があるが、韓国と日本のほぼ同時期の口蹄疫の発生は、中 国から輸入された飼料が関与していることは否定できない−とされたところであ る。
今回の口蹄疫の発生原因について、OIEの緊急会議でもその可能性が否定でき ないとされた中国産麦ワラをA農場が利用していたこともあり、輸入粗飼料によ る海外からの侵入を念頭において、発生農場を中心とする疫学調査の徹底、想定 される各侵入経路の危険度評価を実施しているところである。 国内の畜産の飼養規模の拡大による伝染病発生時の被害の大型化の懸念や国際 的な物流の活発化の中で、伝染病発生時の危機管理体制の強化に取り組んでいる 中の今回の発生であったが、地元道県はもちろんのこと関係者一体となった取り 組みにより、まん延を最小限にくい止めたことは国際的にも高く評価されている。 清浄国において口蹄疫が発生した場合、再び清浄国に復帰するための手続きは、 最終発生の措置後3カ月を経過した後、国内に感染動物が存在しないことを示す 科学的調査の結果をOIEに報告し、了解が得られれば、口蹄疫清浄国として再認 定されることとなることから、現在、発生原因の究明とともに、口蹄疫の清浄国 復帰に向けた作業を実施中である。 今後は、今回の経験も踏まえ、検疫体制の強化と関係者と一体となった危機管 理体制の強化に努めていく。
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