現在位置: トップ > コラム一覧 > コラム詳細

コラム

国際大会で生じる金と保険の話

「ダニエルG」のサッカー法律講座

5月17日 9時58分配信

ダニエル・ギーイ/Daniel Geey(スポーツナビ)

Twitterでつぶやく

UEFAのプラティニ会長。お金の問題は常に頭を悩ませる 【Bongarts/Getty Images】

UEFAのプラティニ会長。お金の問題は常に頭を悩ませる 【Bongarts/Getty Images】

 ワールドカップ(W杯)・南アフリカ大会の開幕まで1カ月を切った。今回は、W杯をはじめとする国際試合に参加する各国の代表選手にまつわる法律問題を考えてみたい。近年、法律的に興味深いケースが相次いでいる。以下に紹介するケースの多くが物語るものは、選手に賃金を支払うクラブと国際試合の代表選手を選ぶチームとの間に、敵対意識のようなテンション(緊張)が存在するということである。具体的な争点として、次のような点が挙げられる。

・W杯などの国際試合に選手が参加する場合、その選手の所属クラブにはどの程度の代償金が支払われるべきか

・国際試合参加でけがをした選手に賃金を支払うのは誰か

・イングランドサッカー協会や日本サッカー協会などの団体自らは、選手の傷害保険に加入すべきか

■ウルマール選手事件

 長年にわたりクラブ側は、選手が国の代表メンバーとして、クラブの試合以外の国際試合での参加を余儀なくされる場合、何らかの代償金が自分たちに支払われるべきだと主張してきた。一方、各国のサッカー協会側は伝統的に、国の代表として選手の参加を許可するクラブに金は支払えないとして異議を唱えてきた。このクラブとサッカー協会の不一致に変化をもたらす引き金となったのが、2004年に起こったある重要な事件である。

 それは、同年11月にアブデルマジド・ウルマールというサッカー選手がモロッコ代表として出場したブルキナファソとの試合を発端とする。彼はこの試合で全治8カ月の大けがを負い、彼の所属クラブのスポーティング・シャルルロワは自分たちが国内のリーグ戦に勝てなかったのは、同選手のけがによるリーグ戦不参加が原因であるとした。
 この問題が、欧州内における全クラブにとり極めて重要なものであると認識したG-14(後述参考)は、スポーティング・シャルルロワによるFIFA(国際サッカー連盟)への、負傷したウルマール選手に対する賠償金請求の訴えをバックアップした。

 G-14とは2000年9月に創設された団体で、欧州の主要クラブ14から成る。これは、サッカー界において公式な権威は持たないが、UEFA(欧州サッカー連盟)などは、さまざまなクラブの声を代表する影響力のある圧力団体であると見なしていた。元々は、原加盟クラブのUEFAに対する不満が団体の誕生につながったもので、その不満とはUEFAの正式な意思決定プロセスにクラブの声が反映されていないというものであった。
 G-14は、上記のウルマール選手のケースのほかにも、国を代表し無報酬でプレーする選手に賃金を払い続けるクラブが被った損害賠償および代償を求めて、高額の8億6000万ユーロ(約1000億円 ※以下、すべて現在のレートで換算)の請求も起こした。

■ユーロ2008より代償金が支払われることが保証

 ただし08年1月、UEFA、FIFAおよびG-14の交渉の結果、G-14を構成するクラブは当団体の解散を決定。新たに欧州クラブ協会(ECA)が設立された。また同時に、UEFA、FIFAおよびG-14は、当時係争中であったすべての訴訟(ウルマール選手のケースも含めて)を取り下げることにも合意した。結果、ウルマール選手のケースに最終判決が下されることはなかった。

 G-14からECAへの移行は、双方(UEFA&FIFAとクラブ)にとって至極都合のよいものであった。ECAの設立により、G-14が起こした(またはバックアップした)訴訟問題が取り下げられるのはUEFAとFIFAにとって好都合であったし、またクラブ側には、国の代表選手として所属選手の出場を許可するクラブに対し、ユーロ(欧州選手権)2008より代償金が支払われることが保証された。
 多くのコメンテーターが最も意義深いとする合意事項は、FIFAおよびUEFAが統括する決勝トーナメントで、選手の出場を許可するクラブに代償金が支払われることになったことである。ただし、このUEFAやFIFAによる代償金の支払いは、選手が国の代表としてプレーしているときに負傷した場合には適用されない。以下に紹介するマイケル・エシアンの負傷が、その一例である。

 支払い額については、例えばユーロ2008においては、UEFAは選手1人につき1日当たり3000ポンド(約40万円)をクラブに支払うことに合意した。ただし、支払いのルールは決勝トーナメントの試合を対象とし、予選試合には適用しない。

 UEFAの発表によると、ユーロ2008において総額3200万ポンド(約43億4000万円)がさまざまなクラブに支払われた。また、ユーロ2012では4000万ポンド(54億2000万円)を上回る額が支払われると予想される。UEFAのミッシェル・プラティニ現会長は「有力な選手を提供することによりUEFAやFIFAにばく大な利益をもたらしているクラブは、何らかの代償を受けるべきであるし、利益の配分にあずかるべきだ」と述べている。

 W杯・南アフリカ大会では、総額2600万ユーロ(約30億2000万円)がさまざまなクラブに支払われる見込みだという報告がある。これは、選手1人につき1日当たり1000ユーロ(約11万6000円)弱ということになる。さらに、この額は2014年W杯・ブラジル大会では7000万ユーロ(約81億4000万円)にまで上ると言われる。バイエルン・ミュンヘンの顧問弁護士ミカエル・ゲルリンガーによると、当クラブは、ユーロ2008にスター選手を送り出すことで100万ユーロ(約1億1600万円)を得たとしている。

■傷害保険の加入問題

代表戦で大けがを負ったファン・ペルシ。アーセナルはオランダサッカー協会に対し損害賠償を請求を起こした 【Getty Images】

代表戦で大けがを負ったファン・ペルシ。アーセナルはオランダサッカー協会に対し損害賠償を請求を起こした 【Getty Images】

 以上のように、W杯の決勝戦やユーロの決勝トーナメントに選手を出場させるクラブに対し、FIFAおよびUEFAは代償金を支払うようにはなったが、国際大会で選手がけがを負った場合の支払いについての損害賠償に関しては、依然として包括的な体制は整っていない。この問題の深刻さは、最近のアフリカ選手権に参加していたトーゴ代表の銃撃事件からも察することができる。もしエマニュエル・アデバヨルがこのテロ事件に巻き込まれ負傷していたら、所属先のマンチェスター・シティまたはトーゴ代表のどちらが彼の賃金を払っていただろうか。

 これは、たいていの場合が、国のサッカー協会が不慮の事故をカバーする保険に加入していたかどうかによって決まってくる。しかし、多くのサッカー協会の言い分としては、不測かつ突発的な事故をカバーするような保険は高額すぎるということになる。とりわけ、移籍金が1000万~2000万ユーロ(約11億6000万~23億2000万円)のレベルで、かつ週給10万ユーロ(1160万円)も稼ぐような欧州のトップレベルの選手になると、国際大会出場のための保険加入が不可能という事態が生じる。このような事態を避ける安全策は、クラブ自らが国際大会のために選手に保険をかけることである。

 06年のW杯でマイケル・オーウェンが故障した際、彼の所属クラブであるニューカッスル(当時)は1000万ポンド(約13億6000万円)の保険金を受け取ったとされている。オーウェンはW杯後のプレミアリーグのシーズン中、ほとんどプレーオフであった。だが、イングランドサッカー協会は、万一、当国際大会においてオーウェンおよびほかの選手が負傷した場合、彼らの賃金をカバーする保険に加入していたため、ニューカッスルは保険金を受けることができた。この保険会社は彼が故障している間、彼の賃金の何パーセントかを支払っている。ただし、多くのサッカー協会では選手のための傷害保険というものは備えていない。

 同様に、チェルシーのMFマイケル・エシアンも、ガーナ代表としてプレー中にひざ前十字じん帯を痛めた。チェルシーがガーナサッカー協会を相手に賠償金の請求を行わなかった理由は、同協会にエシアンの賃金(週給10万ポンド=1360万円=以上とされる)を払う資力がないからだと言われている。エシアンのようなケースを防ぐためにも各国のチームがそれぞれの選手のためのに傷害保険に加入すべきだと主張するコメンテーターもいる。

 最近の例では、アーセナルがオランダサッカー協会に対し損害賠償を請求を起こしている。ロビン・ファン・ペルシが国際親善試合で負傷し、約5カ月にわたりプレーできなかったためである。アーセナルのアーセン・ベンゲル監督は「この負傷で、プレミアリーグへの期待や給料は打撃を受けた。それなりの金銭的賠償が支払われて当然」とし、さらには「サッカー協会はクラブより権威がありすぎる。それなのに、選手の給料を払うのはクラブだ」と不満をこぼす。

 アーセナル、チェルシーおよびバイエルンなどのクラブが、自分たちの選手を国の代表選手としてW杯やユーロの決勝トーナメントに出場させることに対し代償金が支払われるようになった現在、選手の国際試合における負傷の際の傷害保険に関しては依然として未解決な部分が多い。保険加入の義務を負うのは誰か、選手が負傷しプレーできない期間その選手の所属クラブに損害賠償金を支払うのは誰か、といった問題である。

 皮肉なもので、これらの問題こそが、「お蔵入り」したウルマール選手事件が解決を試みた争点である。ECA、FIFAおよびUEFAは妥協的に合意に達したが、国際試合から負傷して戻ってくる選手が続く限り、クラブとサッカー協会間には訴訟が起こり得るだろう。このことは、国際的にも切迫した問題だと言える。

<了>

■チャリティー・ゲーム

フィールド・フィッシャー・ウォーターハウスLLP法律事務所(FFW)が支援する「フットボール・エイド(Football Aid)」は、糖尿病リサーチと糖尿病患者のサポートのために募金活動を続ける慈善団体。コンセプトはシンプルで、サッカーファンなら誰もが夢見る、本物の試合の醍醐味(だいごみ)を体験してもらおうというもの。「フットボール・エイド」が運営するチャリティー・ゲームに参加することで、オールド・トラフォードやアンフィールドといった世界トップクラスのホームグラウンドで、サポートするチームのユニホームを着て90分間サッカーを楽しむ、そんな夢を実現できる可能性も。「Live The Dream」プロジェクトに興味のある方は、『www.footballaid.com』まで

ダニエル・ギーイ/Daniel Geey(だにえる・ぎーい)

ニックネームは「ダニエルG(ジー)」。フィールド・フィッシャー・ウォーターハウスLLP法律事務所(FFW)所属の英国法弁護士で、専門はスポーツ法。リバプール出身。リバプールFCのシーズンチケット保有者。得意なスポーツはサッカー、テニス、クリケット、トライアスロン。FFWはスポーツ法を専門に扱うチームを擁し、スポーツに関する幅広い法律相談を提供している。取扱分野は、テレビおよびメディア権、スポンサーシップ、ブランド保護、スポーツくじ、ゲーミング、マーチャンダイジング、発券業務、コマーシャル契約、訴訟、スポーツビジネスの買収および資金調達、スタジアム開発など。問い合わせは、daniel.geey@ffw.com(日・英可)まで。なお、ダニエル・ギーイがこれまでに執筆したサッカー法に関する論文は公式ウェブサイトで読むことができる(英語のみ)

ダニエル・ギーイ公式ウェブサイト(英語)

ダニエル・ギーイ/Daniel Geey

日本代表の最新ニュース

PR

2010 FIFA ワールドカップ 南アフリカ大会開催まで

25日
開催期間:2010年6月11日~7月12日

ニュースランキング

アクセス数の多い記事

もっと見る

コメント平均投稿数の多い記事

もっと見る

コラムランキング

アクセス数の多い記事

もっと見る

twitter

  • 奥寺 康彦

    奥寺 康彦
    今シーズンのバルサはメッシの活躍が目立ったね。最終戦はシャビがイエローの累積て出ることが出来なかった。マークもきつい中アシストや得点するのは流石だった。ワールドカップのアルゼンチンの中でも出来るのか、非常に興味があるね。25分前

  • スポーツナビ サッカー編集部

    スポーツナビ サッカー編集部
    2つめについては、世界中400個所でパブリックビューイングのようなファンフェストを行うというもの。3つめは、世界208の地域から約6000人の子供を招待し、環境教育、平和教育のツアーをしながら経験してもらうというものです。30分前

  • スポーツナビ サッカー編集部

    スポーツナビ サッカー編集部
    1つめについては、360度の映像が見れるフリービューポイントビジョンという技術、ピッチ全体を俯瞰した立体映像を映し出すフルコート3Dビジョン、そして言語、チケット、電子マネー機能を備えた携帯電話サイズの機器などを駆使して、新しいサッカーの魅力を提供するということです。34分前

  • スポーツナビ サッカー編集部

    スポーツナビ サッカー編集部
    コンセプトは「208smiles」。次世代型のW杯を目指した提案で、柱は3つ。1つめは最先端テクノロジーによるサッカーコンテンツの革新、2つめがファンフェストの革新、3次世代教育活動の革新。41分前

  • スポーツナビ サッカー編集部

    スポーツナビ サッカー編集部
    自動翻訳、3Dビジョン等ハイテクノロジーを駆使した次世代W杯が強調されています。約1時間前

(外部サイト)もっと見る