「給料っていうのは、右肩上がりに上がっていくものと思っていたんだけど、世の中変わっちゃったよね〜。あと3年でリタイアだっていうのに、この年になって下がるなんて考えてもいなかった。年収にすると200万円は下がった。大変な世の中になってしまったね」
これは先日、知り合いの男性がふと漏らした言葉である。
仕事から“希望”がなくなり、「仕事=ストレス」という方程式が当たり前になってしまった今の世の中。頑張ったからといって給料が上がるわけでもなければ、出世が期待できるわけでもない。50代になれば悠々自適に過ごせたのは、もはや遠い過去の話だ。
どんな大企業であれ何が起きるか分からない。どんなに出世しても、リストラされないという保証はない。いつの間にか会社の人間関係もギクシャクし、何を信じ、どんな希望を持って働けばいいのか、どんな働き方をしたらいいのか、そんなことさえも分からなくなってしまった。
ストレス、うつ病、過労死、派遣切り、上司と部下のコミュニケーションレス…。現代の仕事に関連するキーワードは、ネガティブなものばかりである。
そんな現実を「時代が変わったから…」と誰もが釈然としない思いで受け入れ、「仕事だけに人生を賭けるなんて時代遅れだ」と誰もが言う。仕事に働きがいを求めたり、仕事に何かを期待したりすることが、タブ―視されているのが今の世の中なのだ。
「会社は人間の欲求を満たす最適の場所」と語ったマズロー
「すべての人間は無意味な仕事より、有意義な仕事を好むものである。仕事が無意味であれば、人生も無意味なものになる」
これは心理学者でありながら、経営学に強い影響を与えたA・H・マズローの言葉である。
彼は人間の欲求を、「生理的欲求」「安全への欲求」「社会的欲求」「尊敬への欲求」「自己実現の欲求」という5段階のピラミッドで示した。さらに、「ユーサイキアン・マネジメント(働く人々が精神的に健康であり得るためのマネジメント)」という造語を作っている。
「個人の成長という観点から見た場合、企業は自律的な欲求充足に加えて、共同的な欲求充足をもたらすことが可能であり、この点において心理療法に勝っている。私の知る幸福な人々は、いずれも自分が重要と見なす仕事を立派にやり遂げている人である」
こう説いたマズローは,企業を人間の様々な欲求を満たすために最適な場所であると位置づけ、最も高次の欲求である「自己実現の欲求」を充足するためには、仕事が必要不可欠な要素だと考えた。
そして、「重要で価値ある仕事をやり遂げて自己実現に至ることは、人間が幸福に至る道」であるとして、「仕事が無意味であれば人生も無意味なものになる」と結論づけたのである。
このマズローの仕事に関する解釈を真摯に受け止める人が今、どれだけいるだろうか。
「少しでも働きがいを感じたい」「少しでも自分の能力を発揮したい」「少しでもいい人間関係の中で働きたい」──。
誰もが本当はこうした気持ちを持っているはずなのに、マズローの言葉が「きれいごと」にしか聞こえないほど、“現代の仕事”はネガティブにとらえられているように思う。
思い返せば世間がバブル景気に浮かれ、「新人類」と冷やかされた世代が就職した頃は、「自己実現のため」に仕事があり、よく働き、よく遊ぶことがカッコイイと考えられていた。「24時間戦えますか?」というキャッチフレーズを用いたドリンク剤のCMがヒットし、「ヤンエグ」なる言葉が流行り、「5時から男」のコピーそのままに夜まで元気なビジネスマンがたくさんいた。
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