東地区気象観測所付近。
正式名称、沖縄気象台国端新島出張所。
短いL字型の鉄筋コンクリートの三階建て。
2013年に沖縄沖地震を教訓に地震予知と台風観測を目的として建てられるが、中国政府(当時)の横槍で建設が途中で中止。
今日に至るまで放置されていた。
既に小山二曹が率いる斥候班が施設内に突入してから5分。
1階を制圧したら本隊を呼び寄せ、後は接敵するまで索敵を続ける。
緊急時には機動部隊が装甲車で救援に向かう手筈になっていた。
大野を組長とする山岡、金突の三人は、火力支援チームとして斥候班と本隊を援護する為観測所より200メートルの位置に配置され、倒木を遮蔽物に息を潜めていた。
第17普通科連隊、第3中隊の任務は、気象観測所の占拠。
それによる国道3号線を通過する後続部隊の安全確保である。
海岸地区ヘリポートに到着した山岡達増援部隊は、短いブリーティングと編成完結の後、第15師団が用意した車輌に乗り込み、90式戦車改と105ミリ低反動機動砲装備の96式装輪装甲車2型を護衛に従えて一路戦場へ向け瀑進したのだった。
皆いきなりの実戦投入に、話が違うと一瞬慌ててはいたが、今はとても落ち着いていた。
その要因は中隊名物の大野、金突コンビVS小山とのどつき漫才である。
道中、組分けと合言葉の徹底がなされた。
その際合言葉を募集したところ、大野が「境界線」と言い出し「不吉だろうが」と小山二曹に拳固と共に一蹴され、それを金突に大笑いされるという一幕があった。
山岡は狙撃手とはもう少しクールな人種だと思っていたが、それが思い込みであるコトをこの数ヵ月で思い知った。
大野はどこでも眠るし食い意地が張ってるし、そのくせ要領が悪い。
しかし、射撃に関しては全自衛隊射撃競技会第三位の成績保持者で、有事が起きなければ先月より狙撃手の専門教育を受ける為、富士学校に入校する予定だった。
だが、初の実戦を前にして笑いが絶えないのは良いことなのかもしれない。
他の小隊では緊張の余り、胃痙攣を起こしている隊員もいる。
最初から落ち着き払っているのは、谷本一曹や小山二曹といった、九州騒乱やPKFを経験した一部の古株だけだ。
進出経路は特殊作戦群の哨戒挺身部隊(戦闘パトロール)が確保し、敵砲兵部隊が本部として利用していた事もあって、警戒されていた待ち伏せもブービートラップも無く、物事は万事滞りなく進んでいるかのように思えた。
1階エントランス・ホールを確保との連絡を受け、中隊長の原田昌史一尉が、本隊への前進命令を下した直後だった。
施設内から銃声が響き、特小無線ががなり立てた。
『敵とコンタクト!真上から撃たれている!』
斥候班からはそれっきり連絡が途絶え、即座に原田一尉は機動部隊に出撃を命じた。
機動部隊は重装甲機動車2輌に40ミリ自動擲弾銃装備の96式装輪装甲車2型が1輌で編成され、指揮するのは第二小隊長の後田三尉だ。
重機関銃ポッド搭載型の重装甲機動車を先頭に国道3号線を猛スピード瀑進した。
その時山岡達火力支援チームは、銃声が聞こえても成り行きを見守るしかなかった。
撃とうにも観測所の窓は全て内側より土嚢や角材で築かれたバリケードで塞がれ、外から中を窺うことはできない。
屋上には北中国軍が遺した衛星通信システムのパラボラアンテナの残骸が残されているのが見えるだけだ。
後方から重装甲機動車と装輪装甲車の車列が猛スピードで近づいてきた。
やはり斥候班が危機に陥っているらしい。
何処を狙えばいいか分からず狼狽える山岡に大野は「屋上を見張れ」と命じた。
山岡が屋上からRPGで装甲車を狙う敵が現れないかと見張っているその時、施設三階の壁の一角が爆破され吹き飛び、中から25ミリ双連高射機関砲の太い銃身が現れた。
それが重装甲機動車を認めるや否や、一斉射を見舞った。
重装甲機動車の基となった〈ライトアーマー〉こと軽装甲機動車は、「インドネシアPKF」でRPGはおろか、重機関銃に対しても無力との指摘を受け、乗員の生存率向上と対戦車、対拠点防御用に重装甲、重武装化を目指し改良されたものだ。
2010年頃迄武装は5,56ミリ機関銃だけだったが、今では50口径重機関銃とスモークディスチャージャーのコンビネーションポッドを装備した物や、中MAT装備の対戦車型、50口径重機関銃や40ミリ自動擲弾銃装備型、通信支援型、救急車型等々バリエーションが増え、名称も重装甲機動車〈ヘビーアーマー〉へと改められた。
重量増化による速度低下や、燃費が悪くなったなどの欠点もあるが、現場の評判は上々である。
しかし、上から高射機関砲で撃たれるのは想定されていなかった。
25ミリのカウンターパンチを喰らった先導車が紙細工のように宙を舞った。
乗っていた3人の自衛隊員は即死し、後に続く小隊長車も直ぐに射線に捉えられ擱座した。
ドライバーの三輪士長が上半身を粉砕されて即死。
無事だった後田三尉は破片を浴びて伸びている通信手の平田三曹の襟を掴んで、施設とは反対側のハッチから重装甲機動車の外へ引っ張り出した。
装輪装甲車が乗員を救助すべく自動擲弾銃を撃ちながら高射機関砲の射線に割り込んだ。
96式装輪装甲車2型は、従来型の装甲、火力向上に加え、情報共有化システムを搭載した〈ストライカー装甲車〉の日本版を目指したモノだ。
初期型が形的な問題で、対戦車ロケットや地雷に対して脆弱だったためデザイン、装甲材質が一新された。スペースドアーマーの採用やリアクティブアーマーのオプション等防御力が大幅に改善された。
だが、上面からのRPG釣瓶撃ちには無力だった。
観測所の屋上に北中国兵が現れ、RPG(正確にはコピーの69式火筒)と機関銃の猛射を浴びせてきた。
装輪装甲車が煙を上げて停止し、後部ランプから消火剤の泡にまみれた乗員達が脱出した。
小隊陸曹の谷本一曹と共に転がり出てきた矢岳友重二等陸曹は、部下と一緒に装甲車の陰にへばりつき、銃撃を凌ごうとしていた。
擱座した重装甲機動車の方をみると、後田三尉が平田実三等陸曹の手当をしつつ、無線で何処かと連絡を取っていた。
通信手の平田三曹は、両手を世話しなく動かしながらしゃべる男で格舌が悪く、よくドモる。
しかし、一旦受話器を握ると流暢にしゃべりだす珍しい男だ。
とにかくラーメンが好きで、休日に隊舎で昼寝をしている陸士を見つけると「ラーメン食い行きましょう!」と近所のラーメン屋に引きずっていくので皆非常に迷惑がっていた。
手当を受けている最中も平田三曹は頚から血を流しながらピクリとも動かず、既に死んでるようだった。
後田三尉が谷本へ向け大声で叫んだ。
「小隊陸曹!そっちに行きます。援護してください!」
直後、後田三尉は頭上で炸裂した擲弾の破片を全身に受け倒れ込んだ。
平田三曹は半身を砕かれ完全に息絶えた。
後田三尉は無線機にもたれ掛かり、血塗れの顔を矢岳の方へ向けた。
それを見た矢岳の中で何かが爆発した。
矢岳は回りに向けて叫んだ。
「小隊長を助ける、みんな撃て、撃ちまくれ!!」
自衛隊員達が一斉に銃を撃ち始め、屋上からの銃撃が弱まるのを見定めると、全速力で後田三尉の元へ走った。
回りで銃弾が飛び回っていたが、そんなの気にしていられなかった。
重装甲機動車の残骸の陰に飛び込むと、後田三尉を地面に引き倒し、平田の遺体から無線機を外そうとした。
しかし無線機のハーネスを掴んだら、そのまま本体がバラバラになった。
銃弾が貫通していのだ。
無線機の残骸を投げ捨て、後田三尉の体を折り畳むかの様に抱えると、もと来た道を駆けを戻った。
後田三尉を抱える矢岳を狙って、再び高射機関砲が唸りだし、擱座した重装甲機動車を完全に破壊した。
屋上の敵も撃ち出し、たちまち2人は銃弾の土埃に包まれた。
矢岳二曹と小隊長の危機に火力支援チームのトリオは射撃を開始した。
金突のSAW(ミニミ)が轟然と屋上に向け曳光弾を吐き出した。
山岡はとにかく屋上の空際線上を狙い単連射を撃ち続けた。
機動部隊との撃ち合いに集中していて、目前にいた脅威を失念していた北中国兵達は伏せる間も無く銃撃に晒された。
「山岡!銃座を撃て!」
大野が89式小銃で屋上の北中国兵を狙撃しながら叫んだ。
大野の持つ89式小銃は山岡達が持つ3型とは違い〈高級品〉と言われる初期型だ。
左右非対称の握把。緻密に計算され、日本人の体格に合わせて湾曲した銃床。
掴みやすい被筒部。
生産性とコスト削減のため、質実剛健と言えば聞こえは良いが、味も素っ気もないデザインとなった3型と元は同じ銃には見えない。
大野はそれに12倍率のスコープを載せ、消炎制退器の代わりにナイツ社製減音器を着け撃ちまくる。
恐ろしい精度で屋上の敵が倒れていく。
「早く銃座を撃て!小隊長達が殺られちまう!」
慌ててAOCGサイトを覗き、機関砲に向けて引き金を引いた。
機関砲の防盾に火花が散った。
「馬鹿!違う!40ミリだ!」
大野に怒鳴られ震える手で40ミリ擲弾発射器に榴弾を装填する。
こちらの位置を掴んだ敵が撃ち返し初め、山岡の頭上を銃弾が飛び交った。
擲弾発射器の尾栓を閉じて再びサイトのレクティルを機関砲に合わせる。
しかし、今の銃撃で砲手の注意を引いてしまったようだ。
サイト越しに機関砲の銃口がこちらに狙いを付けていた。
山岡の思考が止まった。
金突が「狙われているぞ!」と叫んでいた。大野から「早く撃て!」と叫ばれていた。
しかし体が鋤くんで動かない。
次の瞬間山岡の視界は閃光に染まった。