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[18734] 【チラシ裏から移転】 Amber Horizon~Love for you & catch your love~ (ネギま・オリ主)
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/16 21:06
【注意】
・今回の作品は非常に多くのオリジナルキャラクターが登場いたします。
 原作の世界観を壊さないよう出来る限りの配慮は致しますが、物語の展開如何で、見る方によっては『原作レイプ』と揶揄される様な展開も起こり得る事を承知して頂ければ幸いです。

・私が書いていて、今作のオリジナル主人公はどちらかというと『最強系』と呼ばれる部類に属するかと思われます。
 又、原作キャラクターとのカップリングも御座いますので、注意して下さい。

・誤字・脱字・表現が拙い等、文章力が至らないところも多々あるかと思いますが、それは全て私の実力に依るものです。
 誤字・脱字・感想等は随時掲示板に書き込んで下さると嬉しいです。






それでは、魔法先生ネギま二次創作小説『Amber Horizon』始めていきたいと思います。

(※5月16日 チラシ裏板から赤松健板へ作品を移転しました。)



[18734] プロローグ
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/10 16:40
「ねえ、どうして夕焼け空がきれいに見えるのか、知ってる?」

 ブラックアウトの視界から聞こえてきた、ひどく懐かしい声。

 その幼い声音に導かれる様に、少年の意識はゆっくりと浮上する。



 開かれた瞼の先に見えたのは、濃い橙色に染まった空だった。

 一面に展開される草原のベッドは、背中に心地よい感覚を与えてくれている。

 そんな雲一つ無い快晴の空の下、横から再びあの耳をくすぐるような声が耳朶を打つ。

「ねえ、聞いてる?」

「あっ……うん」

「じゃあ、ちゃんとこっちを見て答えてほしいな」

 声に促されるがままに首を横に傾けると、そこには少年同じように横たわっている少女の姿があった。

 そう、忘れもしない少女の姿が。

「シュウちゃんの答えは……ハイ!!」

「え、えっと……そんなのわからないってば」

 困惑気味の少年に、向かい合った少女はただクスクスと笑いを堪えるので必死だった。

 もっとも少年自身、彼女の笑みが小馬鹿にした類のものでは無いことは感覚的に知っていたのだが。

「そうだよね、私もお母さんから話聞くまでわかんなかったもん」

 正直今もよくわかんないけど――そう前置きしてから、

「正解はね、死んじゃった人の『じゅんすいなぜんい』が集まってるからなんだって」

「ほんとによくわかんない答えだね」

「うん、お母さんにも子どもには早すぎたかもって」

 そう言いながら、彼女が身体を起こす。

「あ、葉っぱついてるよ」

 両サイドで黒い髪の毛を結いたツインテールの束に絡みついた草を取り出してあげる。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

 些細なやりとり。なのに少年にはそれが堪らなく嬉しかった。

「それじゃ、お礼にもう一個問題出してあげる」

「えー、そんなのうれしくないよー」

「だって今シュウちゃんにあげられるのないんだもん」

 そう言われると、少年に反論の術は無かった。

 正確には皆無という訳では無かったのだが、そのお礼を求めるのは恥ずかしいことだと自覚して言い出せなかったのだ。

「それじゃ問題。人が天国に行ける条件ってなーんだ」

「またむずかしいよー。答えられないよ、そんなの」

 もはや答えを放棄した少年に、少女は小さく溜め息を一つ。

「最初っから無理なんて思っちゃ駄目だってば。そんなんだからいつもみんなからいじめられちゃうんだよ」

「そっ、それとこれとは関係ないだろ!!」

 はいはい、と歯牙にもかけない様子で少女は続ける。

「……欠点が失くなった時なんだって」

「え?」

「お母さんが言ってた。人はみんな欠点をもって生まれてくる。人生はその欠点を見つけてうめあわせるものなんだってさ」

「ふーん、そうなんだ」

 水平線に沈みゆく太陽を眺めながらそう嘯く少女に、少年は何となく同意する。

 深い理由なんてないし考えてすらいない。ただ本当に、何となく頷いた、ただそれだけの事だった。

「だから私は欠点を持ったままでもいいかなって。まだしょうらいの夢も叶えてないしね」

 シュウちゃんは? ――少女の問い掛けに、少年は少し考えてからこう言った。

「だったら僕もだな。りおんがそういうなら、僕も頑張ってみるよ」

「うん、そうだよ、一緒に頑張っていこう」

 その言葉を最後に、唐突に映像が途切れる。

 あたかもテレビの電源が切られるように、無慈悲かつ無機的な途絶え方をしながら。

 緩慢な世界から一転、再びブラックアウトと化した視界の中で、意識だけ取り残された少年が静かに呟く。



 

 ――なあ莉音、俺に足りないものって一体何なんだ?





[18734] Chapter-01
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/15 08:17
2003年6月26日

『当機は間もなく新東京国際空港に着陸いたします――』

 人間こういう着陸前のアナウンスは不思議と耳の奥まで入ってくるものらしい。そんな些事を思いながら、少年――萩坂秀一はゆっくりと目を覚ました。



 懐かしい夢を見たのは久しぶりの事だった。少なくとも南アジアの地に赴いていた一年間はそんな夢を見る時間も精神状態になる暇も無かった。そんな夢想に浸っている暇があるなら、少しでも現地の内紛状態の改善に尽力するのが当然の義務だと考えていたから。

 それだけに、突然の単独任務の通達には驚きを禁じ得なかった。

 もう一度詳細を確認しておこう――秀一はバッグのポケットに挟んでいた封筒を手に取る。二重に封をされていたあたり、それなりに機密度も高いものだということなのだろうが。

「……にしては、内容が割に合わないよなー」

 実際封筒を渡してくれた上司ですら、バカンスのつもりで楽しんでこいと苦笑を交えて言ってくる始末だった事を思い出す。
 もし本当に内容が文面通りだとしたら、こういうのは新米に経験を積ませるなどして、自分を早く最前線に戻してくれというのが本音だったりする。

「ま、実際現場に赴かないと判らないよな」

 事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ――飛行機に乗っている間流れた映画の台詞が脳内再生される。
 その言葉の重みを秀一はこの一年間で痛いくらいに理解させられた。自分の能力が純粋なまでの盾にも矛にも成り得る事もまた然り。

「……まあ、散文的な刺激もたまには必要だわな」

 詩的な日々しか存在しなかったネパールでの一年を冷静に振り返ってみても、あまり喜べる話題は無に等しかった様に思える。
 内戦の最前線に立会った十六歳の少年の目に常に映ったのは血と骨と怨嗟と悲鳴ばかり。正直赴いた直後はショックで精神を病む日々だったが、時間の経過はその感覚をも容赦なく鈍らせてくれた。

 そんな非日常に慣れてしまった彼にとって、今回の単独任務の遠征は感覚をリセット出来るチャンスではないのかと前向きに捉える事も出来る。
 つまり、今の秀一には、現場に戻りたい気持ちとここで平穏という名の温かみを再確認したい気持ちがぶつかり合っている状況なのだ。
 そんな相反した感情を内心で渦を巻かせつつ、スーツに身を纏った少年は再び文面に目を通す。



 任務地:麻帆良学園都市
 任務内容:連日の騒動に関して麻帆良学園理事長との会談及び学園都市全体の調査



「……やっぱり、ネパールのと比べると大分穏やかな任務だよなー」

 もっとも最初の任務地も、当初は視察程度のものだったのだ。しかし、人民解放軍の急速なゲリラ戦の展開により、結果として鎮圧活動へと変化していったのだ。そういう意味では油断は禁物なのかもしれないが。

「さて、どんな運命が待っているのやら」

 視線を窓の方へとやる。眼下には、空港の滑走路が大きく展開されている。
 もうすぐだ――日本人の名を持っておきながら日本に来たことが無かった彼が初めての日本の地に足を踏み入れるまで、もう間もなくのところまで来ている。





 平日の空港のホームは、あまりごった返した様相を呈さなかった。お陰で荷物の受取りなどもスムーズに進む。
 ロビーを闊歩する秀一の視線は落ち着きを取り戻せずにいた。視線を向けた至る所に日本人がいるこの環境に、一人感嘆の声を漏らしていたからだ。
 周囲を日本語が飛び交っているのは、少年からしてみれば余りに新鮮な印象だった。過去に日本語で会話をしたのは魔法学校での一時期にまで遡る事になる。
 その日本語を会話として当たり前の様に使っている光景は、機内で見た夢とも相まって、彼にセンチメンタルな感情を呼び覚ましてしまった。
 生まれて十六年目にして初めて覚えた帰属意識を胸に、彼の足はそのままモノレールのホームへと向けられる。



 空港から麻帆良学園まではモノレール、JR線を乗り継いで凡そ二時間ほどの時間を要する。時間通りにやってくる電車に驚きつつ、浜松町からJR線へと乗り換えた秀一は、座席に腰を落ち着けるなり早速鞄からファイルを取り出す。
 中に挟まれていたのは、彼の所属するNPO法人『祝福の息吹』が作成した麻帆良学園都市に関する書類だった。
 書類には、麻帆良学園都市に関する基本データや統計一覧、また学園都市内独自の治安組織に関する詳細などが十数枚に及ぶレジュメとして記されているが、そういうのは後回し。
 まずは今回の視察の背景に関する文面に目を通した。

 この世界では、多くの魔法使いたちが様々な分野で貢献している。勿論、そういった事実が公の場で発表される事はほぼ皆無に等しいし、程度も大なり小なりとバラバラである。
 秀一が所属するNGO団体『祝福の息吹』はアメリカはイェールを拠点に、主に和平仲介活動を請け負う集団である。和平仲介活動と名前からは政治的な印象を受けるが、実態は中立の立場の下、双方の和平の為にあらゆる手段を講じて紛争または内乱を抑えるのが主となる。そう、あらゆる手段でだ。

 こういった権限をどうして持つことが出来るのか、秀一も配属当初は疑問に思ったが、それも本部に足を運んで直ぐに理解出来た。
 この団体の拠点地はイェール大学の敷地内に存在する――つまり、このチームの後ろ盾には例のイルミナティが付いているのだと彼は察し、事実中心人物の経歴を辿ってみるとその通りであった。
 なるほど、設立十数年で一躍世界でも名だたる組織となるのもそれなりの訳があったのだ。

 実質国防省直轄ともいえるこの団体が現在関わっている地域は大きく三つ。
 一つは中東、もう一つは東南アジアである。
 この地域の紛争などは日頃新聞などで大きく取り扱われることも多いが、対立の根源は余りにも深い部分にまで根を張っており、一中堅団体がどうこう出来る状況ではない事を痛感しているのが現状だ。
 そして最後の一つとしてあげられるのが、これから秀一が赴く日本である。
 近年日本に入ってくる魔法使いの数が急速に増えており、また国内の魔法使いの技量が少し上がっているのだ。宗教に固執しない気質が、結果として国力の上昇に繋がっている、というのが上層部の推察である。
 国力の上昇は即ち今後の魔法使いの世界に於ける外交に大きく影響を及ぼす可能性がある。当然、それが表舞台の外交にも間接的に影響を与える危惧は、秀一自身の立場からも容易に窺える。

 今回彼が訪れる麻帆良学園都市は、その中でも特に視察の必要がある地域だと上司の面々が注視していた事を思い返す。魔法使い達による情報漏えいの防止によって陸の孤島と化していたこの都市は、ここ数ヶ月の間に様々な問題を引き起こしていた。
 特に『関西呪術協会と関東魔法協会の京都での小規模対立』及び『学園都市世界樹の大規模発光』に関する報告書は、秀一の目にも無視し難い内容として映る。日本でも最大の魔術組織が己の管轄都市をしっかり管理しきれていないのは、確かに諸外国の目からすると良い印象を受けないのは当然と言えよう。
 今回の視察では、関東魔法協会の理事長でもある麻帆良学園長・近衛近右衛門から直接事実を聞き出すのが最大の任務となる。そして、学園都市全体の調査というのは、恐らく三週間という長い調査期間設定を潰させる為のおまけといったところなのだろう――文書に目を通しながら秀一は思った。

 レジュメの最後の方には、麻帆良学園都市の自治組織のメンバーリストが添付されてあった。下は小学生くらいの子から、上は還暦を過ぎた者まで、その数は数百人にも及ぶ。もし有事の時にこの面々が一斉に動くのだと考えると、実はかなり強力な組織と成り得る事が想像につく。
 それらを適当に眺め、眺めて、そしてピタっと動きが止まる。

「そっか……アイツもここにいたんだっけ」

 視線を釘つけにした一人の少女の名前。かつて出会った彼女のその姿が瞼の内側でフラッシュバックする。
 一緒にいる期間は短かった。だけど、目標に向かってひた走る彼女の姿に感化された記憶がゆっくりと引きずり出される。

「元気でやってんのかな、アイツ……」

 自分勝手な想像を膨らませながら、電車は淡々と秀一を新たな『最前線』へと運んでいく。




[18734] Chapter-02
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/15 08:25
 電車に乗る事およそ一時間半。麻帆良学園都市駅のホームに降りた時には、座席の背中に直に射してきた陽光もかなり西の方へと傾いていた。時間的に考えても、学園長との本会談は明日へと持ち込みにせざるを得なそうだと考える。

「正直挨拶も明日に持ち越しでもいいと思うんだけどな……」

 しかし、ちゃんと日程が決まっている以上、形式的な挨拶は今日中に済ませておくべきなんだろうな。思わず秀一の口から溜め息が零れる。
 駅の改札へと向かう間、不意に四日前までいた現地の記憶が掘り起こされる。ネパールにいた頃などは、一刻の判断の遅れが多くの国民の命を左右しかねない状況下にあった。当然妥協なども許されるハズも無く、彼は毎晩不眠不休の日々を送らざるを得なかったのだ。
 両者を比較しても、彼にとって今回の任務は、半ばバカンス同然といった様なものだという認識が固まりつつあった。確かに仕事そのものに手を抜くつもりなど毛頭ない。しかし、これまでの場所が場所だっただけに、どうしても張り詰めた緊張の糸も緩んでしまうのは無理もなかった。
 そんな弛緩したメンタリティのまま、秀一は切符を改札へと通す。進路を塞いでいた小さな門扉が開かれた先を、彼は何の気なしに踏み込んでいき、

「……ハハ、すごいな」

 俺、日本に来てるんだよな――そう錯覚を覚えさ得る程に、眼前に展開された景観に、秀一はただただ圧倒された。
 駅前から見渡す限りの石畳の通路も、沿道に展開する商店街も、この街に辿り着く前まで一瞥してきた光景と比較しても、この都市は明らかに浮いているとしか言いようがない。なるほど、陸の孤島と言われる所以が秀一にも感覚的な面ではあるが納得してしまった。

「取り敢えず、学校へ行かないとだよな……」

 そう言って、封筒に同封されてあった学園都市の地図を広げてルートの目星を付ける。しかし、地図を広げてみて改めてこの学園都市の大きさを痛感させられる。

「本当にこの街一つで人生送っていけそうだな」

 野暮な独白を濃橙色の射光に零して、秀一は底が擦り切れかけたスニーカーで学園都市への一歩を踏み出すのだった。


 腕時計に目をやる。午後五時四十分――ざっと目を通した資料を読む限り、そろそろ学園都市内の中高生も部活動の時間を終えて帰路につく時間となるのだろう。事実、秀一の進行方向とは逆に、周囲の制服に身を纏った学生の群れが駅の方向へと歩んでいるのが何よりの証左といえる。
 制服の行軍が送る注視の洪水に些かの羞恥心と疎外感を覚えつつも、約二十分の道のりを経てようやく学園長室がある女子校舎のエリアに到達した。

「うわーかなり痛い視線を受けてる気がするんですけど……」

 仮に視察という名目上で依頼を受けているとはいえ、中身は思春期真っ只中の十六歳の少年だ。そんな彼が果たして花も恥じらう乙女の領域に、しかも制服ではなくポロシャツ七分丈ズボンというバックパッカー然とした格好で歩くという状況にあっては、筆舌に尽くし難い心境に陥るのも無理なかった。
 まさかこんな所に落とし穴があるとは。視線を一切曲げる事もせず、周囲の双眸から放たれる不審という名の槍の攻撃に耐え忍びながら、秀一は目的地の学園長室の前まで辿り着いた。
 足を止めて、小さく深呼吸。ここからはモードを切り替えて行動をとらなければならない。既に本部から連絡は行き届いているとはいえ、相手は初対面の人間である以上、下らないポカだけは避けたいという思いがあった。
 対人コミュニケーションの基本として、まず第一印象を良くする必要がある。人がその人の印象を脳に刻みつける時間は約六秒とは上司の談。その時間の行動如何で、その後のやり取りにも大きく影響を与えることだってあるのだ。

「……よし」

 音には出さず口元だけそう動かすと、秀一は右手の甲で見るからに重厚そうな眼前のドアを二回叩いた。コンコン、と想像よりも軽快なノック音からしばらくして、「入ってきなさい」との声。温情味溢れる声音に、背中を緊張が駆け抜けていく。それでも臆することもせず、秀一はそれまで右手に掛けていたドアノブを時計回りに回すと、一気に引いた。

「失礼します」
「長旅ご苦労じゃった。適当にくつろいでくれて結構じゃぞ」

 最敬礼の角度でお辞儀をする秀一に対して、近衛近右衛門の対応は意外にも砕けたものであった。若干の拍子抜けをしたものの、すぐに上層部からの連絡がこの老獪さを湛えたこの男性にしっかり伝わっているのだと解釈する。

「初めまして、萩坂秀一です」
「近衛近右衛門じゃ。ようこそ麻帆良学園都市へ」

 お互いに名刺交換を交わしてから、学園長の手に促されるようにソファーへと座り込む。

「もう出来上がってたんですね、書類……」

 事務処理用の机の傍に設けられたソファー、その中心に置かれた大理石の長テーブルには既に報告用の書類が周到に用意されてあった。カバー本一冊分はあるのではという報告書の束に、改めてイニシアティブを秀一自身が握っていることを確信する。

「こういう事態がいずれやって来る事は想像出来たからのう。備えあれば憂いなしというやつじゃよ」
「ことわざですか、それ?」
「そうじゃった、確か初めての来日じゃったかね、君は?」

 近右衛門の問い掛けに、ソファーに身体を預けた秀一は小さく縦に頷いてみせる。

「じゃったら、日本人としてお土産の一つに覚えて帰っても損はないと思うがの。」
「それでは有り難く頂戴させて頂きます」

 満面の営業スマイルで返してから、咳払いを置いてざっと資料に目を通し始める。

「それで、どうするかね? 長旅とかで疲れておりはしないか?」
「このまま話すのもいいでしょうけど……いや、やっぱり明日にしてもよろしいでしょうかね?」

 秀一自身、ここまでの資料が用意されているとは考えていなかった。せっかくあっさり情報を公開してくれたのだから、それらをしっかり咀嚼分解して、自分から短時間且つ効率的な話が出来るよう再構築して臨んだ方が、双方にとっていいのでは。

「今日中に目を通して……明日空いてる時間は?」
「午前中なら暇を持て余しておるが、それで問題ないかの?」
「それだけあれば十分です」

 プリント束の端を机で揃えてから、クリップで留める。

「そうじゃ、さっき君の上司から連絡を受けた際に忠告されての、」

 そう言って、僕へ薄い封筒を手渡す。

「この小切手で、服の一着二着でも買ってくれ、との事じゃ」

 小切手に記された額に、思わず嘆息する。とてもじゃないけど一着二着の為にレジに提示するのもおこがましく感じてしまうような金額だったからだ。

「ついでにその中に滞在用の家の地図も入っておるから、目を通しておいとくれ」
「わかりました」

 そう言って、部屋を出ようと踵を返したところで、

「ふむ、確かに新しい服を新調してもいいのかもしれんのう」

 背中越しから聞こえた吐露に、堪らず首を反転して反応する。

「お気遣いありがとうございます。ですが、私としてはこれでも構わないので」

 改めて自分の服装を見直す。白色に黒いストライプの入ったポロシャツに、膝下まで隠れる七分丈タイプのヴィンテージズボン、そしてとどめの擦り切れ底のスニーカー。確かに、迎え入れられた客人の格好としては似つかわしくないといえるのかもしれない。
 それ故に、彼の口がふっと開いた。

「正直申し上げますと、もうこの服に着慣れたというのもあるのですが……」

 砂埃がこびり付いた服装を目にしてから、そのまま近右衛門に双眸の先を向けて、こう告げる。

「この服にはですね、砂埃や汗だけじゃなくて、『罪』も染み込んでるんですよ」
「罪……とな?」

 一段トーンを落とした訝しげな声音に、秀一は破顔一笑でこう答えてみせる。

「判断を誤った結果、百人単位の集落一帯の命を死の淵へと追いやった事。強硬な反乱活動阻止の為、反乱軍の殲滅に加勢した事。すっかり洗い流されてわからないかもしれませんが、この服には何百人もの血と肉が染み込んでるんですよ」
「………………」

 驚愕の表情をもって押し黙る学園長を尻目に、視察担当の少年は自嘲の色を残したまま、颯爽と部屋を出ていった。
  




[18734] Chapter-03
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/16 11:42
 不意に空を見遣ると、一帯がすっかり濃紺と橙とのグラデーションに覆われているのに気付く。そこから吹き下ろされる涼やかな夜風を背中に受けながら、秀一は同封されていた地図を見ながら道に次ぐ道を歩き続けた。

「で、地図の通りだと確かここら辺のはず……」

 周辺を見渡してみるが、一面の芝生模様しか存在しない。更に遠方へと視線を回してみるが、右手には湖が、左手には雑木林が広がっており、家の一つも見かけられないとはどういう事だろうか。

「不自然過ぎるだろ、こんな芝生のど真ん中に家なんてよ……」

 傍から見てもおかしいと思える立地に、木造のコテージが一つ建っている。
 もしかして、俺の為にわざわざ建てたとか――いやいや、自意識過剰過ぎるだろ。そんな脳内に展開された妄想を払拭しながら、秀一は指し示されたコテージの中へと入っていった。

 電気を点けて家の全容が明らかになるが、どうみても突貫工事で作られたものとは考えにくい構造を晒している。トイレ、システムキッチン、ネット回線、そして檜風呂の付いた二階建ての建物なぞ、イベント設営の様に一週間そこらで完成出来るものではない。なのに、鼻孔には新築の家特有の木々の柔和な香りが絡み付いてきて。

「……深く詮索するのは止めよう」

 その労力はもっと別の事に割くべきだと悟った秀一は、早速手を洗おうと洗面所へと向かう。
 水道の蛇口をひねり出して、ふと何かを思い出したように声を零す。

「そういえば、あの人俺の手について何も言ってこなかったよな」

 服のことは言及しておきながら――その囁き同然の独白は、自分の右手へと向けられる。
 掌に刻まれたタトゥーは赤い幾何学模様。シルピンスキー・ガスケットの線に沿って、無数のラテン文字の列が肌の上を埋め尽くす。
 それは少年を屈指のエリート校であるジョンソン魔法学校の首席卒業へと導いた、禁断の力。少年の好奇心と努力が掴んだ、未知数の魔術式だ。

「多分、お偉いさん方の耳には行き届いてるんだろうな、この力は……」

 今度の呟きは、決して自意識過剰から発したものではない。事実彼はこの力があったからこそ、アメリカの秘密結社をバックボーンとする巨大NGOの一員としてスカウトされたのだ。少なくとも、先進諸国の魔法協会には、秀一の開発した新型魔術式の一端は知られているのかもしれない。

「まあ、手の内全ては見せてないけどさ」

 ふぅ、と一息ついて蛇口を締める。と同時に、今までの抑えていた疲労がどっと身体の至る所を侵し始める。始めて訪れた土地に対して、これまで張り詰めていた緊張の糸がプッツリと途切れた瞬間だった。
 参ったな、まだ書類を読む作業が残ってるのに――心中とは裏腹に、それを実行するための思考がついてきてくれない。無理矢理魔法の力を自らにかけるという手もあるのかもしれないが、あまり気が進まない。魔法に依存する人間にはなるな――魔法学校時代の校長から言われた言葉が脳裏でリフレインする。

「取り敢えず、気が緩んだ時点で既にアウトだよな」

 無理矢理起き続けて読んだところで、思考が追いついていなければ、ただ読んだだけにしかならない。それよかは思い切って寝てしまって、翌日短時間で目を通した方が遙かに効率は良くなるのではないか。

「……よし」

 小さく頷いて、秀一が選んだのは後者の方だった。半睡半醒の状態に陥っていた状況にあっては、最早選択の余地も無いに等しかった。
 ベッドに後ろを預ける。柔らかい心地が徒労を滲ませた体躯を包み込む。

「しまった……シャワー浴びるの忘れてた……」

 不意に湧き上がった後悔の念も睡魔に丸ごと呑み込まれ、萩坂秀一の来日初日は静かに幕を閉じるのだった。




[18734] Chapter-04
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/15 23:03
 終業のチャイムが学校中に響き渡る。長い座学から開放された学生たちの多くが、ゲートから放たれた競走馬の如く校舎から出て行く。
 足早に学校を去って行く生徒たち。疾走感に満ち溢れる彼らの背中を見やりながら、少年は一人、校門とは真逆の方向へと足を進めていった。

 学校の裏手にはグラウンドだけでなく広大な緑地も広がっている。緑地といっても実際は樹林の様相を呈していて、放課後になると様々な目的を持った少数の生徒達がこの場所を利用しているのだ。

「よし、ここら辺なら誰もいないよな……」

 周囲に人がいないかをしっかり確認しておく。時折、樹木の裏側でカップルが愛の情交に浸っていたりする時があったりするので、これだけは怠るわけにはいかないのだ。
 安全を確かめてから、少年は鞄の中から一冊のノートを取り出す。

「えっと、前回は十五秒まで持ち込めたから、今日はまず遅延時間を倍まで延ばそう」

 目標を定めて、『応用魔法実践ノート』と銘打った冊子を静かに閉じると、早速少年は静かに練習に取り掛かり始めた。

「si vis amari ama ――」

 静かに紡ぎ出される呪詛の連なり。それに応じるように赤い魔法陣が展開される。基本呪文『魔法の射手』を諳んじながら、前回の感触を頭の中で思い出していく。

『遅延詠唱三十秒――魔法の射手、光の十一矢』

 魔法陣がふっと消無する。まず術式までは無事に成功した。とはいえ、ここから三十秒間、しっかり魔力をコントロール出来なければ意味が無い。外気に漂うエネルギーを随時取り込んで、しっかり術式の均衡を保つ。

 十五秒経過。前回はここまでが限界だった。
 二十秒経過。まだいける。
 二十五病経過。よし、後五秒。
 四、三、二、一――


 ズドン!!! と背後から巨大な地響きが少年の耳朶を打つ。


「…………失敗だな」

 不意打ちに驚いたあまり、構築していた術式はすっかり崩れてしまっていた。だが、少年の表情に嘆きの色は見当たらない。それ以上にあの音の正体が何なのか把握しようと、彼は一目散に駆け出していた。

 茜色に染まる空に、もくもくと込める灰色の煙。誰かが攻撃魔法の詠唱に失敗したのかもしれない。仮説を打ち立てながら、少年は木々の間を疾駆する。
 現場に近づくに連れ、周囲を灼ける様な熱さが支配し始める。どうやら張本人は炎系統の魔法を使ったとみえる。
 歩を重ねる毎に、肌に当たる熱はその勢いを増す一方だ。これは下手したら一大事になり兼ねないぞ――危機感を抱き始めたときには、既に少年の口からは詠唱文が衝いて出ていた。
 視界の先、木々の間から見えたのは獰猛な赤橙色の塊。そこに照準を定めて、

『魔法の射手、水の二十七矢!!』

 躊躇はしない。双眸の先に見える一点に、全ての矢を放っていく。木々に燃え移った炎の勢いは静まった様に見えるが、尚も鎮火させるには程遠い状況には変りない。

「こんな特訓メニューは想定外過ぎるんだけど」

 内心で毒づきながら、秀一は立て続けに水系統の呪文を放ち続ける。
しかし少年が習得していた水系統の呪文は、魔法の射手、流水の縛り手のただ二種類だけ。とてもじゃないが燃え盛った炎柱を抑えるには心許ないとしか言い様が無い。

「ハァ、ハァ……ったく、何処にいるんだよ魔法失敗した犯人は」

 息を切らしながら、少年は尚も火の手を掻き分け続ける。最早自分の魔力が底を尽きかけ始めた、その時だった。

「この子か、犯人は……」

 少年の双眸を捉えたのは一人の少女。熱さにやられたのか、それとも魔法の失敗による反動なのか、既に意識を失っている状態だった。

「そろそろ先生方も来てもいい頃合だろうに……」

 少年は改めて少女を見遣る。ギンガムチェック柄のスカートに左右両サイドで纏めた髪型に、そして。

「あれ、もしかしてこの子……日本人?」

 そっとうつ伏せの状態だった少女の身体を仰向けに反転させて、ふと気付かされる。正直、驚きだった。このアメリカの魔法学校に、自分以外にも日本人が通っていたなんて。
 パチパチと音を立てながら、細長い木が地面へと倒れていく。もうこれ以上の長居は出来そうになかった。

「ホントは、したくなかったんだけどな」

 急に目を覚まさない事を心の中で祈りつつ、少年は彼女をお姫様抱っこするする形で抱えた。華奢な身体から伝わる重みが責任感の重みへと変わっていくのを感じながら、彼は全力で灼熱地獄の中を駆け出す。
 魔力が底を尽きかけている以上、魔法も最大限に節約しなければならない。当然精霊魔法の類を使うわけにはいかなかった。代わりに、腕に抱えた少女への結界に残りの魔力を注いでいく。

「持ちこたえてくれよ、俺の身体……っ!!」

 熱さを感じなくなって、いよいよ少年自身にも危険が及んでいることを自覚する。もう数十歩の辛抱だ――数歩刻む度にそれを呪詛の様に呟き続けながら、その足を止める事を決してしなかった。いや、止めるわけにはいかなかった。
 ――ここで止まったら、あの時の二の舞いだと判っていたから。


「……あれ……ここは?」
「ようやくお目覚めかな?」
「え……?」

 少女の耳元に届いた言葉は、ひどく聞き慣れた言語をしていた。

「しかし、君はとんでもない事をしでかしたみたいだね」
「へ……って、ああっ!?」

 思い出したように悲鳴を上げる少女に、少年の指し示す指が更なる追討ちをかける。少年の指先では、森林の一角から立ち込めた煙を魔法学校の先生総出で鎮火に取り掛かっている光景が広がっていた。

「あわわわ、ど、どど、どうしよう!!!」
「気にしなくても大丈夫だっての。先生からしたら、魔法の失敗で森林火災なんてもう慣れっこだと思うよ」

 さすがにここまで大きい火災は無かったと思うけど――そこまで口にはしなかったが、魔法の失敗などから生じる火災は頻繁にあるのは紛れも無い事実だったのでそれとなく伝えておく。

「取り敢えず、同じ日本人として忠告しておく」

 コホンと咳払い一つしてから、少年は口を開く。

「まず、炎系の呪文を使う練習はあそこの森で絶対するな。いくら魔法学校とはいえ、樹木の一本一本まで防御呪文は掛けられてないからな」
「…………」

 少年は尚も言葉を継ぐ。

「それともう一つは、特訓のに於いて特定の属性魔法の練習をする時は、その属性と対になる属性の魔法も覚えておくこと」
「あ、はい……」

 少女のシュンと俯いた表情を見て、しまったと気付かされる。アドバイスとはいえ、少々口が過ぎたかもしれない。

「でも、これだけの威力ある魔法を使おうと挑んだのはいいと思うけどな。上級魔法でしょ、君が練習してたの?」
「赤き焔の収縮を練習してたんですけど……」
「なるほどね……だったら、これからここで練習すれば?」
「ここ、ですか?」

 視線をキョロキョロと動かす少女の言葉に、静かに頷く。

「学校からは若干距離はあるけど、ここは殆んど人気がないし、芝以外障害物も無いし、特訓の場としては最適だと思うけど? 使えるんでしょ、箒?」

 少年の言葉に、今度は少女の頭が縦に振られる。

「学校の正門から十一時の方向に進む。んで、二つ目に見える山がここだから。ぶっちゃけ、ここまで練習しに来てるの俺くらいだし、結構のびのびと練習出来ると思うけどな」
「えっと……何だか色々とありがとうございます」

 御丁寧にぺこりと頭を下げる少女に、少年のなかに説教を垂らす魂胆もすっかり消え失せてしまっていた。つくづく自分は女の子に甘いな。そんな事を鑑みながら、質問を振り続ける。

「ところで、あまり見掛けた事ない顔だけど……もしかして留学生?」
「はい、先週から編入したんですけど……先生の英語が聞き取りづらくて、もう授業についてくのにいっぱいいっぱいで」
「ハハ、確かに訛りが酷い先生が多いからね。もっとも入学する前から訛りに慣れてれば別だけど」

 俺みたいにね、と苦笑交じりに少年が自分の事を指さす。

「でも良かったです。こんな所で日本の人がいるなんて思ってなかったので……」

 少女が漏らした安堵の笑み。はにかみの色を帯びた口元に、相対する少年も釣られるように笑ってみせる。





 今からちょうどニ年前の事。
 萩坂秀一と一人の少女との、初めての邂逅の瞬間だった。




[18734] Chapter-05
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/16 20:20
6月27日

「……はぁ、また夢か」

 窓越しから聞こえた小鳥のさえずりが、秀一の意識を浮上させる。ちらっとベッドの横に置かれていた目覚まし時計は午前五時十分前を示していた。

「二日連続で見知った女の子の夢とはね……」

 てっきりあそこまで深くまどろんでいるから、夢なんて見ることも無いだろう思っていた。もしかして女難の相の前振りなのか?

「取り敢えず、シャワー浴びよっと」

 夢の中で見せてくれた少女のはにかんだ笑みが、未だに網膜に焼き付いて離れてくれない。その残像を残したまま下に視線を落としてしまった少年は、結果更なる罪悪感に駆られてしまった。

「健全な精神は健全な肉体に宿る。うん、いい兆候……だよな?」

 あっちでは不眠不休の上、起きた時も大体がすぐに仕事に取り掛からなかればならなかった。とてもじゃないがモーニングウッドになんてなれやしない。
 それを思うと、今の傾向は寧ろ良い方向なのかもしれないけど。そんな事を思いながら、秀一はバスルームへと向かう事にした。理想としてはお風呂に水を張りたかったのだが、仕事を後回しにしてる以上、それは翌日以降に持ち越しにする。
 シャワーでささやかなリフレッシュを図ってから、すぐさま資料に取り掛かる。具体的な時間こそ決まってはいないが、やはり早く話に漕ぎ着けたいというのが本心だ。いつもの服に着替えて、報告書の文章に全神経を集中させる。


 書類を一通り読み終えたのは午前七時半を過ぎてからからだった。朝一番から視神経に全てを注ぎ込んだせいで、既に目が疲れている状態にあった。
 目頭を指で押さえながら、彼は一旦家を出る。朝食の準備も何もしていなかったので、何処かしらのお店で買わなければならなかったのだ。
 初夏とは言え、早朝の外気にはやはり涼しさが滲み込んでいる。湖畔や森林といった周囲の環境が、それに一層の輪をかけているのかななどと思いつつ、秀一は地図を片手に都市の中心部へと歩いていった。
 
 学園都市の中心部は朝から活気に包まれていた。出店然り、部活動の朝練然り、秀一と同い年かそれより下の学生達が、各々やるべき事に精を出している。どうやらこのブロックに足を踏み入れてから気持ち暑く感じるのは、単に日が昇ってきたからというだけではないのかもしれない。
 熱気を肌に当てられながらとぼとぼと歩いていると、沿道沿いに屋台が開かれているのに気付く。

「ちょうど、頃合いかな……?」

 徐に腹部に手を当ててみる。タイミングよく腹の虫も鳴ってくれたので、そのままその屋台へと足を運ぶ事にした。

「朝から中華か……まあいいか」

 すいませーん、という掛け声に応じてレジに出てきたのは、これまた自分と同じ位の女の子だった。

「注文はどうするネ?」
「えっと……じゃあ、この特製スタミナスープで」
「了解アルね」

 女子中学生と思しき店員に促されるように席に着く。見回してみると、自分の他にも料理を待っている生徒や先生の姿がちらほらと見受けられるあたり、それなりに人気があるのだろうと推察する。

「お待たせネ」

 注文された料理が届いたのは、それからものの数分もしなかった。スタミナと冠した割に、香りそのものはあっさりとしている。

「早いですね」
「クイックアンドクオリティが超包子(チャオパオズ)の信条、アナタみたいな一見さんにもきっと喜んでいただけると思うヨ」
「それじゃ、美味しく頂きますかね」
「まあ、ゆっくりしていってネ」

 そう言って、店員さんは足早に次のお客の元へと踵を返していく。

「それにしても……」

 学生だけで屋台とか運営してもいいのかよ――内心で野暮な突っ込みを入れつつ、秀一はスプーンで掬ったスタミナスープを一口啜ってみる。

 ――なるほど。この味なら、誰も文句は言えないわな。


 家に戻ってからの秀一は、ネット回線開通の準備やらこの後の学園長との対談に向けての資料作成やらに奔走されっ放しだった。もっとも彼からしたら、この程度の忙しさなどさほど苦にはならないのだが。

「……よし、まだ十五分は余裕あるな」

 そう言って、備え付けの液晶テレビの電源を何となしに付けてみる、ディスプレイに映ったニュース番組では、奇しくも中東諸国の紛争について特集が組まれている最中だった。
 屋台からの帰り道に購入した缶コーヒー片手に、その画面の映像群に目をやりながら、思わず呟いてしまう。

「全くもって温いよな、こういうテレビで流す内容ってのは」

 コメンテーターの悲観的な論調やら批判的な論調を嘲笑うように見入る。事実はそんな二元論や三元論的に片付けられる問題ではないのだ。単に宗教や人種といった問題だけではなく、その裏で利権を持っている先進国諸国を始めとする諸外国やの対立関係などが複層的に入り組んで成り立っている。テレビで解説出来る程度の問題ならば、言われなくても解決策も自ずと出てきている筈なのだ。

「まあ、最前線に出向かないとわからないだろうけどさ、こういう問題の実情なんざ」

 あまりの馬鹿馬鹿しさに、電源を消してしまう。単純に主観的にしか話さないコメンテーターの態度に不快感を抱いたのもあるが、折角の休暇指令を貰ってる時にまでわざわざ考えたくないというのもまた事実だった。
 まだ家を出るにはまだ早いかもしれないが、早く出るに越したことはないだろう――そう思い至った秀一は残ったコーヒーを一気に飲み干すと、書類を入れたバッグと共に家を飛び出すのだった。





[18734] Chapter-06
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/16 20:24
「失礼します」
「だから、そんな堅苦しい挨拶は必要ないと言っとるじゃろうに」

 学園長室に入るなり耳朶を打った近右衛門の第一声には、苦笑が含まれていた。

「申し訳ありません。やはり話し合いというお題目がつくとどうも堅苦しい言葉しか出てこなくって」
「姿勢を否定しとるわけじゃないぞ。ただワシの場合、お堅い内容の話となるとどうも集中できなくてのう」
「確かに。ある程度砕けた方が、お互い言いたい事も言えるでしょうしね」

 与太話を続けている間に、バッグから書類の入ったファイルを取り出す。中には昨日貰った書類の他、今回の書類を読んで疑問に感じたことについて、そして自分たちの所属する『祝福の息吹』と麻帆良学園都市との今後の関係性の構築について、の二点を詳細に記したレジュメも入っている。

「それじゃ、学園長もお忙しいでしょうし、手短に話を進めていきたいと思います」

 お互い向かい合う形でソファーに腰を下ろすと、秀一の一声で静かに会談は始まった。
 今回気になった点に挙げたのは、やはり『関西呪術協会と関東魔法協会の京都での小規模対立』及び『学園都市世界樹の大規模発光』についてだ。資料に目を通す限り、いずれも身内の問題で片付けていい問題とはやはり言えない内容であったことは確かだった。


「もし、本当に取り返しの付かない結果が起こったとしたら、如何なさるおつもりだったのでしょうか?」
「監督責任者として、それなりの行動は起こすつもりではおったぞ」

 近右衛門のその返答に頷きこそすれ、秀一は尚も追求の手を緩めようとはしない。

「事実、一歩間違えれば広範囲において不特定多数の一般人に魔法が認知される可能性があった。それについてどうお考えですか?」
「それはワシとて予想外の事態じゃったと言わざるを得ないかった。世界樹の大規模発光を利用して広範囲に魔法の存在を認知させようとするなど、普通の人間は考えんからのう」
「そうですか……わかりました」

 呟きながら、メモ帳にシャープペンを走らせ続ける。発言の内容も後で要約して、上に報告することが義務付けられてるからだ。こういう場に於いて、言葉の綾による勘違いは、今後の二者間の関係性を大いに悪化させる危険性も孕んでいる。その事を念頭に入れていたら、自然と傾聴の姿勢も身に付いてくるというものだ。

「念のために確認しておきますが、関西呪術協会との関係は今現在は良好だという事で宜しいのですね?」
「うむ、その通りじゃ」

 その声音には確信の色が込められていた。どうやら片方の問題はあまり深く詮索する必要はなさそうだと結論付ける。

「レジュメの方に目を通して頂けますか? 後は個人的に今後の私達との関係性をどうしたいか申し上げたいのですが……」

 そして上層部からの伝言を的確に宣言しておく。

「今後しばらくの間は、私達の組織の人間が定期的にこちらを視察に来る事を考えているのですが、よろしいですか?」
「……理由を聞かせてくれると嬉しいのじゃが?」

 わかりました。そう短く返事をして、秀一は言葉を続ける。

「端的に説明しますと、今回一連の問題を聞いてみて、やはり今の麻帆良学園都市には自己管理機能が不十分だというのが我々の見解です」

 きっぱり言い切った秀一に対して、近右衛門もまた表情を崩すこと無く押し黙ったままだった。近右衛門の視線は見た相手をそのまま拘泥させる程気迫に満ちたものであったが、それでも秀一が全くもってたじろぎを見せないのは、これまで厳しい場数を多く踏み越えてきた賜物なのかもしれない。

「現在の学園都市には優秀な魔法の使い手が多数いる。しかしその一方で、関与している人間が多いあまりそれをコントロールしきれていない。そこが問題点だと言えるのです」
「…………」
「様々な問題を起こした今、世界各国の魔法協会があなた方の魔法協会を注視しているという現状は学園長も薄々は認識されてる筈です。それは即ち各国間の魔法協会の関係にも少なからず影響を及ぼしてくる事も承知済みですよね?」

 その問い掛けに、それまで閉口していた近右衛門が重々しく動かし始める。

「……確かお主の所属するNGOは、少々特殊じゃったな?」
「はい、実質国防総省の管轄組織といっても差し支えありませんよ。バックからしてS&B(イルミナティ)なんですから」

 イルミナティ――その単語に学園長の眉がピクリと動いたのを秀一は見逃さなかった。そしてすかさず「察して頂けますよね」という意味合いを込めた視線を送っておく。

「あまり、こういう類の話は好きではないのですが、上がそう言ってる以上、私もその命に従うしかないのです」

 つまるところ、バックボーンの大きさを明かした時点で、学園側に拒否権は存在しない。下手に拒否権を行使しても、S&B経由でアメリカ政府から日本政府に話を持ちかければいいだけの話だからだ。

「曲がりなりにも情報統制をしている学園都市からしたら、魔法に関して寛容な日本政府からの介入は望ましくないと思うのですが……」

 ダメ押し同然の説得に、遂に学園長の口から大きな溜め息が漏れる。

「……お主の話術、あっ晴れじゃ」
「ありがとうございます」

 ようやく近右衛門から実質降参の言葉が口を衝いて出てくれた事に、秀一の口からも安堵の息が零れてしまった。
 本来ならこんな遠回しにせず、直接命令として伝えればいいのかもしれない。しかし、ストレートな意見は相手に極端な不快感を与える可能性がある事も慮って、敢えて迂遠な言い回しを用いざるを得なかったのだ。
 もっとも秀一自身、今の説得の仕方でも十分良い印象を与えてないのは自覚しているのだが。

「……はぁ、これで後は報告書作って送れば、長期休暇か」

 それまで怜悧さを保っていた秀一の口調が緩む。ここからはプライベートのトークで大丈夫ですよという彼なりの意思表示だった。

「いつまでお休みをとっとるのかね?」
「きっちり決められてはいないのですが、先輩の話曰く三週間前後が平均だそうです」

 言いながら、大体7月20日前後迄かと脳内で大まかな期限を想定しておく。

「ふむ。初めての日本じゃろ? ゆっくり満喫しておくれ。学園都市内の事ならワシにコンタクトを取ってくれたら、色々サポートするからの」
「ありがとうございます」
「そうじゃ」

 校長が何かを閃いたと言わんばかりに手をポンと叩く。

「折角の機会じゃし、この学園都市を一通り紹介しておこうかのう。勿論、ガイドも付けて」
「いやいや、そんなのご迷惑ですって」
「気にしないで構わんよ。ガイドには君と話が合いそうな子を既に選定しとるから」
「話が合いそうな子、ですか……」

 何処か意図された様なフレーズに、真っ先に『あの少女』のシルエットが否が応でも想起されてしまう。
 だからなのかもしれない、秀一の口からこんな申告の弁が出てしまったのも。

「わかりました。その代わり、待ち合わせ場所とか設定しても宜しいでしょうか?」
「……ふむ、よかろう」

 このあまりにも物分りの良過ぎる学園長の対応に、秀一は確信する。

「正直に申し上げて下さい。私の事、結構調べておられるのですか?」
「無論じゃ。初めて合う相手なら、その相手の情報は出来る限り取っておくべきじゃろ。その方が円滑に出来るしのう」
「同感ですね。じゃあ。私の魔法についても……」
「情報として得られうる限りじゃがな」

 色々学園長が把握しているのなら、これは思った以上に羽をのばす事が出来るかもしれないな――あっけらかんとした学園長の返答に、秀一も肩の荷が下りた心地を覚える。

「色々問題こそあったが、基本安全対策はしっかり整えておるからの。申し訳ないが、君の『力』を発揮する機会はここでは無いと思って貰っても結構じゃぞ」
「寧ろそうであって欲しいですね……」

 この魔法はあまりに利便性と効力が高い水準で兼ね備わってしまっている。だから、無闇矢鱈と使いたくないし、周囲からの認知度も上げたくない。

「それでは、失礼させて頂きます」

 畏まった口調で以て、ビジネスマナーの模範とも言えるような礼を一度してから、

「そして、これから暫らくの間ですが、よろしくお願いします」

 今度は年相応然とした快活な挨拶を残して、秀一は部屋を後にした。
 




[18734] Chapter-07
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/16 20:54
 家に戻って、早速秀一は報告書の作成に取り掛かる。この手の作業は後手後手に回すに連れて効率が下がるのを、経験則上理解していたからだ。
 既にネット回線を繋ぎ終えたパソコンのメール作成ソフトを立ち上げる。設定を打ち込んだところで、ピコーンとそれまで溜め込んであったメールが一斉に受信ボックスの中に舞い込んでくる。

「ああ、通販のヤツか……」

 注文を承った旨の文章に目を通していると、再び新着メールのアラートが内蔵スピーカーから鳴り響く。送信先の『Breathe of Bless』の文字が真っ先に目に飛び込んでくる。
 色々な憶測を立てつつ、いざメールの本文に目を通してみたものの、実際の中身は今回の査察に関しての注意事項と、今回の休暇のリミットが七月十九日迄である事が記されてあるだけ。さして重要な内容なども無く、安心した反面肩透かしを喰らった心地を抱いた。

「取り敢えず、頼んだヤツをこっちに届けて貰わないと」

 折角ならこの休暇中に色々新しいプログラミングの知識を取り入れておきたいし――そう思いながら注文したプログラミングの本をこっちまで届けて貰える様、設定を変更しておく。
 それから四時間半の間を近右衛門との対談の要旨の打ち込みに費やして、秀一は自ら設定した待ち合わせ場所へと、再び外へと足を踏み出した。


 日中の麻帆良学園都市に於いて、学生を見かけない時などありはしないのだという事を、待ち合わせ場所に至るまでに秀一は改めて痛感させられる事となった。
 例えば、お昼ごはんを食べにお店に入った時がそれに当てはまる。午後二時という時間帯にも関わらず、店内のテーブルの大半が制服姿の女子中高生と思しき面々で占められていたのだ。一体授業はどうしてるのだろう――率直な疑問を思いながら食べたペペロンチーノの味は少々辛かった。
 そんな一面を肌で感知しながらも、待ち合わせ場所として設定したスターブックスコーヒーに到着したのは午後三時十五分。待ち合わせ時間より十五分早い到着だった。

「約束の時間まで、もうすぐか」

 左手に嵌めていた腕時計を見て、秀一は店外に設置されたテーブルの一角に腰を落ち着かせる。日本に来て二回目の夕焼けが訪れようとしていくのを見届けていると、

「あ、あの……」

 ――ああ、全くもって変わってないんだな、その声音。
 夢の中で再生されたのと変わらない声。その僅かなワンフレーズを少しずつ噛み締めながら、視線を変えることもせず少年はゆっくりと言葉を返す。

「相変わらず時間はしっかり守るんだな」
「そんなの、当たり前じゃないですか。お仕事というのは勿論ですけど……」
「ですけど?」

 懐かしい日々。その光景の数々が、瞑目する彼の脳内をフラッシュバックする。

「正直、こういう形で又逢えるとは思わなかったな」
「繋がりって案外途切れないものだ――お姉様もそんな事言ってました」

 お姉様? ――少し聞き慣れない単語も耳に入ってきたが、一先ず受け流す事にして、

「お久しぶりです、萩坂先輩」
「元気そうで何よりだよ――佐倉愛衣」

 秀一がここで漸く視線を左へと動かす。双眸が捉えた少女の姿は、彼から見てあの頃と殆んど代わっていない気がした。

「凄く……大人っぽいです、先輩」
「ハハ、ありがとな」

 よいしょ、と椅子から立ち上がる。

「それじゃ早速だけど、案内の方お願い出来るかな?」
「ハイ、勿論です!!」

 破顔一笑で答えた彼女の声に釣られる形で、秀一もまた心の底から安堵を込めた笑顔を覗かせてみせるのだった。


 琥珀色に染まる石畳の道を、二人並んで歩いていく。腕時計を見て、門限とか大丈夫なのかと問い合わせてみるも、「学園長権限でしっかりOKもらってますので」と答える始末だ。
 校長の声は本当に鶴の一声になるんだなと、秀一も思わずにはいられなかった。

「何年ぶりになるんですかね、前に会ってから」
「一年ちょっと、だろ?」

 口に出して、改めて長いようで短い一年だったのだなと一抹の感慨を覚える。俺が魔法学校を卒業したのと同じ時期に、愛衣も日本に帰ったんだもんな。

「はい、あの先に見えるのが世界樹です」

 後輩の指し示す先へと視線を追ってみると、奥の方に鬱蒼と葉々を生い茂らせた巨木が屹立しているのを確認する。

「話を聞いてると、学園祭の時には大変だったらしいな」
「ちょうど今年は世界樹に蓄えられてた魔力が、外にも漏れ出してしまう周期だったんです。お陰でまったりと学園祭を楽しむ暇は殆んどありませんでした」

 実際はそんなチャチな問題では無かったことは報告書で確認済みなのだが、敢えて口出しはしなかった。文章で読む限り、個々人の能力でどうこう処理出来る類の問題でなかったらしいし、それを一魔法生徒に突っ込むのは野暮だと感じたから。

「あと、この先に見えるのが麻帆良大学になりますね。私達魔法生徒はよくここか世界樹前に招集を掛けられたりします」
「へぇ」
「それじゃ、次の場所に案内します」

 愛衣の先導に促されるように、秀一も華奢な彼女の後を追うように付いて行く。
 
 規則正しく配列された石畳。そこから伸びる影は歩数を重ねる毎に、徐々にではあるが伸びている。
 同時に靡く涼風がその強さを増している事に気付く。後輩との思い出話に耽って気が付かなかったが、いつの間にか周囲を囲っていた建物が少なくなっている。

「そういえば先輩って、NGOに属してるんですよね?」

 赤を基調としたチェック柄のスカートをたなびかせながら、愛衣がまた新たな質問を投げかける。

「そうだけど。『祝福の息吹』って言ったらわかるかな?」
「勿論です。アメリカにいた時も幾度となくその名前を聞きましたし」

 そこまで私馬鹿じゃないですとでも言わんばかりに、彼女の口が横一文字に閉じる。

「それで先輩って、今どういう仕事しているんですか?」
「えっ、どんなって言われてもな……」

 言葉を選ぶようにしてから、秀一が再び口を開く。

「まあ紛争の国で困っている人を助けてあげたりとかかな」
「凄いじゃないですか。魔法の力で社会貢献……すごくカッコイイです!!」
「……そう言って貰えて何よりだよ」

 敢えて深いところまでは語らない事にしておく。今この瞬間も目を輝かせている後輩の少女に対して、高尚な大義名分とは裏腹にアンダーグラウンドな部分がひしめいている自分の仕事の実際を伝える事に、気が引けてしまったからだ。

「はぁ、私も早く一人前の魔法使いになれるよう頑張らないとですね」
「そう焦らなくても大丈夫だって。今は自分を見つめ直す機会を大事に持つようにしとけ」

 実社会に出たら、そんな余裕殆どないんだから――自分自身への戒めでもあるかのように、秀一は呟いてみせる。
 その言葉が耳に入ってか知らずか、愛衣がふとその足を止める。

「はい、あそこがさっき話してた図書館島です」
「おお、これは凄いな」

 愛衣が視線を送った先へと秀一も目を凝らす。そこにあったのは、嘗ての学び舎と見紛う程の壮観を湛えた巨大な図書館の姿であった。

「確認しとくけど、あの建物全てが図書館なんだよな?」

 秀一の質問に、愛衣はコクンと首肯する。

「どれほどの蔵書数があるのか、管理してる側も測定出来てないみたいですから。当然、魔法に関する書籍もたくさん保存されてますよ」
「なるほどねぇ……」

 ここまで大きいと、案外術開発に役立つ資料とかもありそうだな。少年の脳内でそんな逡巡を張り巡らせていたところで、

「あ、魔法で関して思い出したんですが、」

 右方向から聞こえてくる少女の言葉に、視線を向けることも無く耳をそばだてる。

「まだ続けているんですか……あの『魔法』の研究」
「……そっか、愛衣には話してたんだっけ?」

 どこまで話していいものか。少年は腕を組みながら先の言葉を継ぐ。

「まあ、研究は仕事の合間に少しずつだけどな。それでも、かなりの魔法は習得したよ」
「かなり?」

「ああ、とりあえず今は上位精霊魔法と上位古代語魔法の完全習得の最中だな。それと他には……ん?」

 チラッと一瞥するつもりが、振り向き様に捉えた彼女の驚愕に染まった表情に視線が定まってしまった。

「そんなさらっと習得してるとか言えるなんて……ああ、また先輩との差が広がっている気がします」

 はあ、と深い溜息をつく愛衣に、勘違いされては困るとばかりに秀一がフォローを入れる。

「だけど、毎日試行錯誤の日々だぜ。単純に魔法が発動できりゃいいってものじゃない。正確性、リスク、そういった側面も加味しつつ開発してかなきゃいけないからな」
「やっぱり先輩の場合、魔法系統のパイオニアにもなりますからね。全然簡単じゃないんですよね」
「そうだな。大っぴらげには口外出来そうにないけど」

 自嘲の笑みを浮かべながら、その視線を湖面へと落とす。夕焼けの赤光が反射して、琥珀色の輝きを見せている。この色はこんなにも幻想的な一面も持ち合わせてるのかと、しみじみとした感傷を抱く。

「パッと見すごい簡単そうに見えるんですけどね……えっと、」
「現代魔術、な。結構理論は複雑なんだぞ。何なら今度講義してあげてみてもいいけど?」
「いえいえ、流石にそれだけは勘弁して下さい!!」

 ジェスチャーを交えつつ明確な拒絶を示す愛衣に、秀一も笑顔で返しておく。そこまで拒否しなくてもいいのに――若干傷ついてしまったという本音を、表情に出さないようにしながら。



「今日は本当にありがとな」
「これも仕事ですからね」

 愛衣が案内を終える頃には、既に街を覆う空もすっかり暗く沈んでいた。まだ午後八時前だというのに人気がひっそりと静まり返っているのもまた学園都市ならではの特色なのかもしれない。

「先輩って、明日も暇ですか?」
「暇ですかも何も、今完全にフリーだしな」
「それじゃ決まりですね。明日一緒に服買いに行きましょ」

 そこまで言っちゃってるのね――愛衣の提案を聞いて、秀一は思わず天を仰いでしまった。

「……それも学園長先生から聞いてるのか?」
「勿論です。折角長い休暇なんですから、新しい服装にして、気持ちをリフレッシュしましょうよ」

 後輩なりの思慮に満ちた言葉は素直に嬉しい。だけど、それを聞いて素直に応じれるかと問われると、否としか言えなかった。彼女の想いと自身の固執した概念が、胸中で複雑にせめぎ合う。

「ね、行きましょうよ」
「う……愛衣が嫌じゃなかったら構わないけどさ」
「それじゃ、決まりです」

 こうも快活な笑顔で予定を取り付けられてしまうと、もはや拒否という選択肢を取る事すら躊躇せざるを得ない。
 仕方無しに了解を得てから携帯の番号を交換して、この日はお開きとすることにした。

「先輩!!」
 別れ際、背中越しから聞こえてきた愛衣の言葉に振り返ってみると、

「これから暫らくお世話になりますので、よろしくお願いします!!」
 それはコッチのセリフだっての――そう思いながら、俺は彼女に手を振ってあげるのだった。






[18734] Chapter-08a
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/16 21:00

 学園都市は他の街と比較して、星が綺麗に見えるという。大半の住人が学生である故に車による交通量が少ないこと、そして都市全体が一丸となって環境美化に取り組んでいる結果だった。
 そんな一層の輝きを放っている星の数々を見上げながら、金髪の少女は呪詛を紡ぐかのように口を開く。

「相変わらず憎々しげに光ってくれてみせる……」

 お前も見ていてそう思わないか、茶々丸――小学生にも見紛う程の矮躯しかない女の子は、背後から聞こえてきた足音の主に向けてそう呟いてみせた。

「私に聞かれましても……純粋に綺麗だと思いますが」
「……まあ、それが尋常な反応だろうな」

 共感を得られなかった事に自嘲の笑みを浮かばせながら、少女――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは言葉を続ける。

「どんな綺麗な光景も、何十回何百回と繰り返し見てると見飽きてしまうのだよ。贅沢を通り過ぎて苦痛にしかならん」
「…………」

 その愚痴に、絡繰茶々丸はただ沈黙を貫くだけだった。


 彼女らは魔法使いが多数籍を置く麻帆良学園都市において、自治組織から外れた、いわば埒外の魔法使いだった。それはエヴァンジェリンという少女が、かつては様々な悪事に加担していた闇の魔法使いだからだ。
 そして、そんな彼女の従者である絡繰茶々丸は、エヴァンジェリンの魔力を元に動くロボットだった。麻帆良大学工学部の技術力の高さも相まって生まれたこのロボットの存在が外部から注視されないのも、またこの街の特異性の一つを指し示しているのかもしれない。


「なあ茶々丸、この四月から私らが出張った出来事が幾つあるか数えてみろ」

 突然の質問に対しても、従者でもある茶々丸は冷静に答えを教える。

「先生との決戦、修学旅行、学園祭……でしょうか?」
「そうだ、確かに間違ってはいない」

 だが問題はそこじゃない。少女は嘆息混じりにそう言ってのけた。

「どうして去年まで殆んど魔法も使わず安穏と過ごしてたのが、今年に入ってここまで動いているのか、それが問題なのだ」

 エヴァンジェリンの脳裏に掠める一人の少年の面影。それを払拭するように小さく頭を振ると、

「茶々丸には話した事あったかな……私のジンクス」
「マスターのジンクス……それは初耳です」

 記憶を掘り返した果て、茶々丸が結論を告げる。

「なら教えといてやる……?」
「どうかしましたか、マスター?」

 それまで図書館島の方向へ向けられていたエヴァンジェリンの視線が、突然駅の方向へと向けられる。涼し気な向かい風が制服を揺らめかせていく。

「何か気配でも?」
「……いいや、私の気のせいだ。それより、ジンクスの方だな」

 そう言いながら、エヴァンジェリンは茶々丸の方へと踵を返す。そして、丁度対面で会話する位の距離まで近づいたところで、

「私が派手にやらかす時は、近い内大きな争いが起こる前兆なんだよ。そして、その先に待っているのは……絶望だけさ」

 自虐じみたセリフを吐き捨てると、そのまま校舎の屋上から飛び降りる。女子中等部屋上から地上までは約十メートル。もっとも、ある程度の魔力コントールが可能であれば、魔法生徒の殆んどが可能な芸当ではあるのだが。

「悪いことは連鎖する――」

 後に続いて地面に着地した従者に、マスターは諳んじるように、こう告げた。

「――どうやら、またオモシロ面倒な事が起こるニオイがするな」

 月下に佇むエヴァンジェリンの表情は、呆れを通り越して笑顔に変わっていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 
「うわー、マジで遊び過ぎちまったよー」

 終電間際の麻帆良学園駅の改札に切符を通しながら、麻帆良学園高等部2年、峯田綱紀(みねたこうき)は夜半の虚空へ独りごちた。
 この日は自分の好きなバンドがライブをするということで、わざわざ下北沢まで足を向けていたのだ。その後会場で仲良くなったファン達で近場の居酒屋で雑談して、気がついたらすっかり帰りが日を跨いでしまっていた。
 若干お酒が入っているのは内緒にしなければならない。そうじゃなくても寮の門限を過ぎているのだ。それを考えると、これからどうやって自分の部屋へと帰るかが一番の悩みどころだった。
 万が一にもバレたりでもしたら、先に待ち受けるのは担任である神多羅木の説教だ。それも普通の生徒よりも面倒な説教が。

「とりあえず、寮まで行かねえとな」

 自分自身に言葉を投げかけてから、石畳の上を駆け抜けようとした、その時だった。

「ん、なんだアレ……?」

 一歩を踏み出そうとしたところで、足が止まる。もしかして、酔いが回ってるのか、俺? 眼前に捉えた不審な物影に、綱紀は思わず眉根を細めてしまう。
 目の前に現れたのは、騎士だった。中世ヨーロッパを彷彿とさせる白い鎧は、イタリアのフィレンツェを模倣したこの街には不思議と釣り合って見えてしまう。

「…………」

 終始無言の白騎士は、その場に立ち尽くすだけで明らかに不審者めいて見える。しかも、右手には槍まで携えてるときた。まだパフォーマンスの為に被っているのならまだしも、今は真夜中だ。だから綱紀の目には、ますます頭の可哀想な人が何かしらの被り物をしてるようにしか映らなかった。

「取り敢えず、無視しよう……」

 一瞬気を取られてしまったが、それよりも今は寮へと向かわないと――その一心が彼を再び急ぎ足へと駆り立てる。
 ただ呆然と立ち尽くす白騎士との距離が徐々に縮まる。最初は槍も持っているので不安もあったが、依然行動の気配は見せない。
 やはり、単なる自意識過剰だったのか――駆けながらも、疑心暗鬼の心が胸中に芽生え始めようとしていた刹那、


「……へ?」

 突然、何かとぶつかった感触が体内を駆け巡る。衝突の感覚自体は僅かだったが、それとは別にこの感覚が危険だと、彼自身の本能が知らせる。
 条件反射で衝突の箇所を見やる。一本の槍が綱紀の脇腹を綺麗に貫通していた。
 嘘だ――第一印象を覚えた、次の瞬間。

「グ、ガフッ……ゴッ、フッ……」

 視覚情報を通じて、初めて他の知覚を働かせる事もある。神多羅木の言葉を、今綱紀は身を持って実感していた。
「ク……ッソ!!」
 せり上がってくる吐血の気を堪えて、綱紀は距離を取る。それは駆け足ではない。こんな傷負いの逃げ足では、追撃されるのが容易に想像がつく。

「瞬動……練習しといてよかったわ」

 折角の酔いを覚ましやがって。いつの間にか張られた結界の中、憎々しげに口だけを動かしながら、綱紀は次の策を考える。
 

 綱紀は魔法学校時代、今の担任の神多羅木に才を見出されてこの学園都市へと編入した。勉強や素行態度などは客観的に見て褒められるものでは無かったが、魔法の技術に関しては地道に努力を積み重ね続けていた。
 麻帆良学園での日々を通じて、自分の才能は全体の中でも並の程度だということは自覚していた。だから研鑽を重ねて、少しでもその溝を埋めていくしかないのだ。
 例えば――

「クッ……!!」

 今こうして白騎士の槍が空振りしているのも、彼が独学で瞬動の技術を身に付けたからに他ならない。
 それまで何となしに覚えてれば便利かなとは思い、何となしに練習はしていた。それが、先日の学園祭のイベントで行われた武闘会で一部の選手が瞬動を駆使して戦っていたのを見て覚えるべき技術だと感じてから一転、ものの四日で瞬動を半ば扱えるものにまで仕立て上げたのだ。

「まずは、これで単純な物理攻撃は避けられるぜ。後は……」

 そう言って、綱紀はぐっと瞑目すると。

「You Can't Hurt Me――」

 名は体を表す。そんな言葉がある様に、始動キーにも詠唱者のパーソナリティーが込められてる事が多い。ある者は好きな食べ物の名前を組み込んだり。又ある者は語感の響きがいいからと始動キーを組み立ててみたり。
 そして、自分の好きな言葉を始動キーにはめ込むものもいる。綱紀がまさにその一例といえた。
 誰一人、俺を倒す事は出来ない――それは学園都市に来る前の頃、世界の困っている人たちを助けるチームの中心部に自分がいる姿を想像しながら込めた始動キーだった。
 今思えば、何と大仰な夢なんだ。しかし、それでも変えないのは、少しでもその理想に近づきたいという信念があるから。
 だから、この状況に於いて、峯田綱紀は負ける訳にはいかなかった。己の信念を貫くために。




[18734] Chapter-08b
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/16 21:03

 建物壁を足場にして、一気に建物の屋上まで跳躍してみせると、

『加速連弾・魔法の射手・光の25矢!!』

 高速の矢の雨が地面へと降り注ぐが、白騎士の機動力がそれを無効化する。どうやら、相手の機動力は想像以上のものらしい。

「まだまだあるんだぜ!!」

『開放!!』高らかに宣言すると、虚空に舞う彼の周囲に再び光の矢が発生する。その数、延べ三十八本。
「Go!!」掛け声とともに、再び光の雨が石畳を抉っていく。音と閃光が発動者の五感もろとも奪い去る。

「はぁ、はぁ……どうだ」

 出血が続く左脇腹を押さえながら、建物の屋上に着地した綱紀は地面を見下ろす。相手の能力が未知数である以上、自分の手の内をあっさりさらけ出す訳にはいかない。取り敢えず肉体強化の呪文を保険としてかけて、相手の動向を見守る事にする。
 土煙がはける――その中に白騎士がいるなど、当然なく。

「……ッ!!」

 いつの間に背後に回っていた白騎士が繰り出す会心の一撃を、綱紀はひらりと躱してみせる。

『光精召喚、叩き潰せ!!』

 瞬時に召喚した六体の精霊が白騎士に襲いかかる。
 上から、下から、横から、六方向からの一斉襲撃。致命的とまでならずとも、攻撃が当たるのはもはや決定的とも言える場面だ。
 決まった――そう思った瞬間、屋上が激しい閃光に包まれる。

「やっぱり、コイツも魔法使い、か……」

 明順応に陥らないようにと、腕全体で顔を覆い隠す。やがてフラッシュの中から現れたのは、やはり無傷の騎士の姿だった。
 正直言ってしまえば、しまったという想いがあった。というのも、万が一普通の攻撃で精霊の攻撃が凌がれても、立て続けに自身の最強呪文『貫く光剣』でコンボを組み立てる算段を立てていたのだが、そのプランが崩れてしまったからだ。
 白騎士の槍が白光を煌めかせる――魔法が来る!!
 横薙ぎの一閃が振られたかと思った瞬間、屋上の地面がガリガリと削られていく。磨き上げた動体視力で鎌鼬(かまいたち)を避けると、綱紀は静かに呪文を紡ぎ上げる。
 詠唱を終えると、痛みを堪えて屋上から一気に地面へ降りると、そのまま近くの公園へと移動する。瞬動がこうも綺麗に決まってくれるのは僥倖といえた。
 しかし、対する白騎士の移動スピードも綱紀のそれに引けを取らないものだった。命懸けの追いかけっこが延々と続く。


 やがて、公園の緑地広場にまず綱紀が辿り着いた。普段は少年野球チームが練習の場として使っている所だ。
 綱紀自身白騎士の動きからして逃げ切れないのは理解していた。だからこそ、綱紀はここで最後の博打に出ることにする。
 本来なら、この呪文はもっと効果的に使いたかった。だが、残存する魔力を考えると、今しか放つタイミングはない。腹は括った。
 広場の真ん中に足を着けた瞬間、くるりと身体を反転させる。一八〇度転換して視界の中心に倒すべき敵の存在を確認すると、

「頼む、これで決まってくれ……!!」

 痛切な咆哮と共に、蒼白の魔法陣が展開される。

『開放――貫く光剣!!!』

 それは峯田綱紀が編み出した最大の術。氷系の広範囲呪文『凍る大地』をベースに、独自の理論を加味し開発したその呪文は、

「――Assalut!!」

 掛け声が放たれた一瞬で、周囲一帯を光剣の園へと変貌させた。
 全長約五メートルの光剣を、掛け声と同時に一瞬で地面から貫通する形で出現させる。それも一本ではない、約千本の光剣をだ。
 半径百メートル以上の範囲が剣山地獄と化した緑地広場。その中に白騎士が貫かれていることをただ願って、綱紀は辺りを見回し始める。


 だが、その一瞬が命取りだった。
 突如、グサッ、と冷たい衝撃が再び身体を貫く。しかも、今度は右胸――致命的だった。

「あ……ああ……ガハッ……」

 恐る恐る視線を落とす。槍に付着する血は、白光によって狂おしい程に鮮やかだった。

「マジ、かよ……クッソオオオオ!!」

 叫ぶ。あらん限りの力を込めて絶叫する。頭の中で一斉にフラッシュバックし始めた映像群を払拭するために。
 やり残している事がいっぱいあった。まだバンドの作曲が途中だ。まだ明日提出の宿題が片付いてない。まだ学園祭で見て一目惚れしたガールズバンドのボーカルに告白を果たしてない。探せば際限なく出てきそうで、思わず涙が溢れそうになる。
 しかし、背後から聞こえてきた呟きが、その感情を吹き飛ばした。

「……契約に従い、我に従え、炎の覇王……」

 聞こえてきた囁きには一切の感情が感じられなかった。あまりに無慈悲なこの言霊の連なりを、彼はつい最近耳にした覚えがあった。

「……迸れよ、ソドムを焼きし火と硫黄。罪ありし者を死の塵に……」

 以前学園祭の騒動でその術を見た時の記憶を掘り起こす。そして、自分がもう助からないことを悟る。
 もう声が出ない。身体が刻々と冷えていくのを感じる。
 無性に空を見上げる。走馬灯は既に消え、綱紀の視界に映るのは、ただ自分の心情とは全く正反対に輝く夜空だけ。
 ――本当に美しいなあ、畜生。

『燃える天空』
 術名が耳朶を打った途端、それまで彼の目に映っていた景色が一瞬で途絶した。燃える天空――広範囲の焚焼殲滅魔法を体内で発動したらどうなるのか、答えは問うまでもない。
 もう悩みも不安も消えた。代わりに、さして華美ではなくともそれなりに楽しかった明日はもうやって来ない。
 突然の闖入者によって、峯田綱紀の明日は永遠に奪われたのだった。




「――I can kill everybody」
 術名の告げる前、一瞬だけ白騎士が詠唱以外の呟きを零していた事など、少年は知る由もない。



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