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2010-04-19 感覚統合療法について考える

感覚統合療法について考える

先日、ある県の自閉症協会で感覚統合療法のセミナーがあったようですので、今日はこの療法についての現在の評価と私の考えを書きたいと思います。


自閉症などの発達障害の伝統的な療育法に感覚統合療法(Sensory Integration Therapy :SI)があります。感覚統合療法は1970年代にジェーン・エアーズという作業療法士によって開発された感覚統合理論に基づいています。感覚統合機能に障害のある子どもは外界からのある種の情報を統合することが困難であり、通常の方法での学習や発達が困難であるという考え方です。


感覚統合障害の症状には、多動性、注意力散漫、行動上の問題、発話の発達の遅延、筋緊張と協調の粗末さ、学習困難などがあるとされ、感覚統合療法は、感覚刺激を与えて、感覚統合障害のある子どもの脳が感覚を処理し構成する方法を変化させることを目的としています。感覚統合療法を支持する人びとは、自閉症の多くの症状を感覚異常が原因で起こる行動であると解釈します。


感覚統合療法の目的は、特定の行動やスキルを学習させることではなく、より適応的なやり方で子どもが世界と交流できるように、感覚上の問題を改善させることにあります。エアーズらによると自閉症児は前庭、触覚、自己受容系からの情報を統合する際に問題を抱えている可能性があるということです。治療はこのような感覚系を刺激し、感覚機能の再調整を促すために、器具を使ったゲームを行います。エアーズは子どもが自分で活動を選択する「自己制御的」治療環境を勧めています。子どもはたいてい自分から弱点を治療するのに必要な活動を求めるとしているからです。


感覚統合療法は米国の特殊教育で広く普及しました。ところが、前述のメカニズム論に根拠がないばかりか、後年明らかとなった神経科学の知見に矛盾する部分があることが指摘されています。つまり感覚統合療法の理論は、一見もっともらしいですが、実はとてもマユツバなものなのです。


ただし、たとえメカニズム論がまやかしであるとしても、効き目があるかどうかはまた別の問題です。むしろ実際に効果があるのかどうかが一番の注目点。メカニズムは解明できなくても、効き目が明確に確認されるのであれば有望な療育法となりうるからです。こちらについても、米国ではかなり多くの著作があるようですが、その大部分がエピソード、ケーススタディのようです。僅かな実験的研究もサンプル数が小さすぎたり、適切な対照群を設定していないなど、子どもの成熟や慣習の変化といった交絡要因を排除できておらず、また効果を計測する手法も観察者のバイアスを排除できていません。


「臨床心理学における科学と疑似科学」(北大路書房)という本には以下のように記述されています。

文献展望を行ったところ、十分に統制された臨床研究で自閉症児におけるSIの使用を支持するものは1つも発見されなかった。ニューショーク衛生局によって実施された展望によると、自閉症児に対するSI使用に関する29の記事が、展望の基準を満たした(New York State Health Department 1999a)。これらの29件を注意深く再検討したのち、委員会はどの記事も実験的に適切な科学的手法を使用しておらず、SIの効能を裏付けるには不十分であるという結論を出した。

SIは自閉症児用に特別に考え出されたものではない。しかしながら、多種の母集団でSIの効能の証拠を示す展望もほぼ否定的なものである。(中略) アレントら(1998)は特に精神遅滞児において、「研究目的以外で、感覚統合療法の継続使用を、実験的、理論的に支持する証拠はない」(p.410)と結論づけた。

要するに、自閉症児の治療に感覚統合の使用が有効であることを示す健全な実験的研究はない。このことから、実証的に支持された治療に費やすことのできる時間や費用など限りある資源を奪い合うことへの疑問が生じる。

※強調は引用者による。


つみきの会が翻訳した「オーストラリア自閉症早期療育エビデンス・レビュー」での評価も以下のとおり。

感覚統合とは、どんな単純な行動によっても生ずる、多くの異なった感覚上のメッセージを、直ちにかつ同時に処理する能力を意味する。自閉症児がしばしば複雑な感覚刺激を処理する能力に問題を持っており、騒音や布地といった特定の種類の刺激に感受性が高い、ということは立証されている(Howlin,1997)。自閉症児は感覚的インプットへの反応を調整し、最適の覚醒状態と注意の集中を維持することに困難を有しているようにみえる(Prior & Ozonoff, 2006)。感覚処理の問題が、自閉症児に一般に見られる不適応行動や社会関係構築の困難さの原因となっているのかも知れない(Schaaf & Miller, 2005)。40%もの自閉症児が、何らかの感覚的障害を持っていると報告されている(Attwood, 1998; Rimland,55 1990; Taley-Ongan & Wood, 2000)。自閉症の感覚−運動理論は、自閉症児の運動困難は、運動目標の形成、目標を達成するための運動プランニング、目標を達成するための運動の遂行に関係すると主張する。自閉症の認知的、感覚的特性は、これらのうち最初の二つのステップに特に影響を与え、その結果、顕著な運動機能の障害、すなわち統合運動障害(dyspraxia)をもたらす可能性がある(Anzalone &Williamson, 2000)。


発達的統合運動障害(developmental dyspraxia)は微細運動及び粗大運動の遂行に関係し、感覚運動的探索行動、遊び、道具の操作などに影響を与える。口部・音声に関する統合運動障害は、発話及び摂食行動の発達を阻害する。しかし自閉症と統合運動障害の併発の問題は未解決のままである。模倣と自閉症に関する最近のある研究では、自閉症幼児に見られる模倣能力の不足を統合運動障害と結びつける証拠は何も見いだせなかった(Rogers, in press)。


感覚統合療法は、前庭覚、触覚、および固有覚刺激の入力を通じて、脳の感覚処理能力を向上させることを目指している(Ian Dempsey & Foreman, 2001; Schaaf & Miller, 2005)。この療法は一般に作業療法士によって行われ、ハンモックに乗せて揺らしたり、平均台で均衡を保させたり、子どもの体をブラッシングしたり、なでたり、といったことを行う(Dempsey & Foreman, 2001)。作業療法士は個々の子どもの「感覚上のニーズ」に基づいて、その子どもに合わせた活動を選択する。感覚統合療法は直接子どもの神経系の機能に働きかけ、神経系の可塑性を利用して、適応的行動の発達や学習能力の向上をもたらす、と考えられている(MADSEC, 2000)。


自閉症児に対して感覚統合療法を用いることを勧める意見(Mailloux, 2001; Richards, 2000)や、逸話的報告(Cook, 1991; Sachs, 1995)はあるが、この療法の効果に関する実験的エビデンスはほとんど文献に報告されていない。Dawson and Watling (2000)は、感覚統合、聴覚統合及び伝統的な作業療法に関するエビデンスをレビューしたが、感覚統合療法に関しては質の低いエビデンスしかなく、それらは同療法を全く支持しないか、せいぜいどちらともとれる程度のものでしかなかった。自閉症への作業療法の効果に関しては実証的なエビデンスは全く見いだせなかった。MADSEC 自閉症作業班 (MADSEC, 2000)も、文献をレビューした結果、類似の結論を報告している。彼らの結論によれば、感覚統合療法は現在の研究に基づく限り自閉症の効果的な治療法とは見なされない。また一つの研究は自傷行為の増加を示しているため、その点で注意を要する。


無作為比較試験は行われていないものの、Schaaf and Miller (2005)は、感覚統合療法の効果の何らかの側面を測定する80 以上の研究がなされている、と指摘している。しかしながら彼らは同時に、今日までに行われている諸研究の有効性に影響を及ぼすいくつかの重要な限界にも言及している。それは(a)研究対象児の同質性の欠如、(b)今日までの諸研究において、一貫した独立変数(すなわち治療)を同定できていないこと、(c)従属変数(結果測定値)がしばしば介入の目的と明確な関連性をもたないか、あるいはあまりに多くの従属変数が測定されていること、(d)包括的な作業療法の一部としてではなく、感覚統合療法を単独で実施し、評価していること、などである(Schaaf & Miller, 2005)。感覚統合療法を支持する研究が存在しないことは、この療法を自閉症治療の中で困難な立場に置いている。現時点ではその有効性がエビデンスによって支持されていないにも関わらず、オーストラリアにおいて、この療法は自閉症児に関わる専門家の間で広く受け入れられ、実施されている。


感覚統合療法と、自閉症としばしば結びつけられる感覚上の特性への対処とを区別することが重要である。感覚的問題に対処する介入は、環境調整であることもあれば、自閉症者への直接介入を含むこともある。言うまでもなく自閉症における感覚上の問題に有効に対処することは、大きな利益をもたらす可能性を秘めており、このタイプの介入を評価するさらなる研究が必要とされる。

http://www.tsumiki.org/kankakuundou.pdf

※強調は引用者による。


以上のように、感覚統合療法は理論的な面で非常にマユツバであるばかりか、その効果を支持する確からしい根拠のない療育法と言えます。Autism Watch というサイトでも” Doubtful or Discredited Methods”にキレーションやホメオパシー、ファシリテイテッド・コミュニケーションなどに並んで、Sensory Integration(感覚統合療法)が挙げられています。米国での科学者の批判の声はかなり大きいようです。


さて、ここまで否定的なことを書き連ねましたが、さりとて、多くの感覚統合療法的な遊びは当事者にとって楽しめるということは言えると思います。子どもが楽しく体を動かすことは、科学的根拠を待たずして一般的な通念としてよいことだと言えるでしょう。従って療育の中心には到底なりえない(してはいけない)けれども、時間やお金などのコストをかけず、安全で、正規の療育を妨げない範囲において、「単なる楽しい遊び」として取り入れることまでは、私は否定するつもりはまったくありません。


粗大運動が不器用で、なおかつ模倣も苦手な自閉症児にとって、楽しく体を動かすことのできる機会なんて、そう多くはないですよね。そんな中、親子で感覚統合療法的な遊びを楽しむことは一つの選択肢として「あり」だと私は思っています。あくまでも「余暇の一環として」ですが。したがって、もしそのような遊びを楽しめない、もしくは他の体を使った楽しい遊びがあるのなら、無理にリソースを割いて感覚統合療法的なものにこだわり続ける必要もないということも申し添えたいと思います。



<参考文献>

AFCPAFCP 2010/04/19 16:06 「単なる楽しい遊び」ではなくて、「大人と一緒でなければできない単なる楽しい遊び」が正確でしょうね。一人遊びではないところ、一人ではちょっと不安だけどとっても魅力的な遊びを、大人と一緒にやるというあたりが、ミソでしょうね。

なので通い付けの療育センターにOTの先生がいてSIの設備があるなら、ぜひ受けられるとよいと思います。わざわざ遠くの病院まで行かないと受けられない、と言う状況では適応に悩みますが、大人との遊びの開発がとても難しい子どもには、それでもお勧めかも。

bem21stbem21st 2010/04/19 17:48 AFCPさん

補足していただきありがとうございます。
実は私も息子が幼少の頃は感覚統合療法の本を買ってきて、それっぽい遊びをしたものです。

普段、こちらからの働きかけに対する反応が乏しく表情も乏しい息子が大喜びしてとても楽しかったです。親子の愛着が増したような。「愛着」とかいうと行動主義の人に怒られそうですが^^;

少なくとも私には幸せな時間でした。専門家の先生の指導も受けたかったですね。

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