サムライ列伝
● vol.010 リンエイプロダクト代表 田辺二郎さん
2007年に時代は大きく変わる
2007年というのは、団塊の世代がいよいよ定年退職を迎える年である。人口比率が最も高いこの世代がいっせいに職場から抜けるとき、彼らの持っていた仕事上のスキルを下の世代がどれだけ引き継げるか。それを、どこの企業も心配しているらしい。「2007年問題」というのは、その引き継ぎにまつわる懸案事項を語った言葉だ。
しかしこの言葉は、2007年になると空前の消費ブームが日本中に巻き起こるという、ある種の期待感を込めて使われはじめた。
退職金を手にし、ダウンや遅配があるとはいえ、年金をあてにすることができるようになった団塊の世代は、これから旅行・趣味・教養関係などの分野で大型消費を行うという読みが広まってきたからだ。
世代交代を唱える風潮が高まってきた世のなかで、団塊の世代は“お荷物”的に扱われることも多くなった。しかし、この言葉の生みの親である堺屋太一さんは、そういう見方に否定的だ。
「これからの10年は団塊の世代にとって黄金の10年になる!」と、堺屋さんは断言する。定年を迎え、仕事から開放される今こそ、団塊の世代だけが持っている個性的なライフスタイルを大いに伸ばすべきだという。
団塊の世代は、自分の価値観を貫くことにこだわり続けた世代である。彼らは豊かな社会を経験しているために、自分の趣味にお金を投じることにためらいを持たない。電通シニアプロジェクト部の調査によると、子供に財産を残すより自分たちで使いきると言う人が半数近く(45%)存在する。
こういう金銭感覚を持っている人たちが、2007年には900万人近く登場する。これを各企業の商品開発を行っている人たちが見逃すはずはない。いま各企業の新商品開発スタッフは、2007年から本格化する団塊マーケットを意識した商品を必死になって追求している。
ふたりのくるま旅
リンエイプロダクトの田辺二郎社長だ。
田辺さんは、ビジネス雑誌などが団塊世代の定年退職を取りあげる前から、「これからはジジババの時代だ」と喝破した人である。
ジジババ。
田辺さんは団塊の世代を、愛情と親近感を込めてこう表現する。
イベント会場で、彼は自社のキャンピングカーを覗いている中高年のお客に対して次のように語りかける。
「あんたももうジジババだろ。子供たちをキャンプに誘ってもついてこないだろ?だったら、ジジババだけが楽しめるキャンピングカーを買わないとだめだよ」
こんな感じで、きさくに話しかけられたお客にムッとする人はいない。逆に田辺トークに引き込まれ、「そうだよねぇ」と、たちどころに共感してしまう。
ジジババ仕様のキャンピングカーとは何か。
「ふたりのくるま旅」といわれるバンコンバージョンのことだ。基本的にセカンドシートを持たないレイアウトを特徴とする。エントランスから入ったとたんに広々とした空間を享受できるというのが、このクルマの狙いだ。
リヤは固定ベッドの場合もあればソファ兼用もあり、さらにシングルの振り分け、ダブルと多種多様。2段ベッド仕様もある。
しかし、どんなレイアウトであっても、基本的な就寝定員は2人だけ。家族をたくさん乗せてキャンプをしたいという人はハナから無視されている。
「それでいい」と田辺さんは強気だ。
「このクルマは、カップルが快適な旅行を楽しむということだけに目的を絞り、それを特化させたもの。カップルとファミリーの両方の要望をかなえるようなものにすると中途半端になる。ファミリーのためのキャンピングカーは別に用意している」という。
田辺さんの狙いどおり「ふたりのくるま旅」は、水入らずの旅を満喫したいという熟年カップルの心をずばりと捉えた。このクルマを見て、「恋人同士だった頃にドライブデートをした感覚がよみがえった」という人さえいる。
そういう話を聞くたびに、田辺さんは内心「やった!」と快哉を叫ぶ。彼の目指したものこそ、キャンピングカーをきっかけに、夫婦が「再び恋人同士になる」というコンセプトだったからだ。
田辺さんはいう。
「結婚相手を見つけるスタイルが、見合いから恋愛に変わったのが、ちょうど団塊の世代が適齢期を迎えた時代だ。この世代は最初から仲良し夫婦としてスタートするから、いまだにふたり旅が好き。うまくいっている夫婦は、年を取ってもベタベタとくっついて暮らしているので、クルマの中で体を寄せ合って寝ることに抵抗がない」
団塊世代の夫婦の特徴をこう語る田辺さんの見方を補うように、電通シニアプロジェクト部もそれを裏づけるデータを発表している。
同部の調査によると、団塊世代の前に属する夫婦は、見合い結婚が主流だったために、お互いを「家庭を維持するためのパートナー」と割りきる傾向が強い。従って、旅行するときも、この世代は夫婦よりも気心の知れた友人同士で行くことを好むという。
いっぽう恋愛で結びついた団塊の世代は、旅行やレストランに行くにも夫婦同伴を好むという結果が出ており、「夫婦同伴で旅をしたいか」と問う質問に対して、YESと答えたのは、団塊以前の世代で38%。それに対して団塊の世代では49%と、10ポイント以上高くなっている。
自動車の進化とともに成長した団塊の世代
田辺さんは、なぜそれほどまでに団塊世代の心が読めるのか。
「だって、俺自身がその世代のまっただ中だもの」
彼はそう明かす。
1947年(昭和22年)生まれ。太平洋戦争が終わった2年後に、彼はこの世に生を受ける。池田内閣の所得倍増計画がスタートし、東京オリンピックが開催され、東海道新幹線が開通するという日本の右肩上がりの成長期に、彼は多感な中学・高校生活を送る。
そして、田辺さんが大学生の時代に名神高速道路が開通。日本に本格的なクルマ社会が到来する。
「クルマを持っていないとナンパもできない時代になっていた」
と、彼は当時を振り返る。
もちろん自家用車は、庶民にとってはまだ高級品だったが、クルマが増えるに従って自動車解体業のようなビジネスも盛んになり、そこに行けば、手直しすれば乗れるポンコツ車が出回るようになっていた。
田辺さんは、お金を工面して、程度の良いポンコツ車を買ってはひとりで修理するという趣味に没頭する。
気の合った仲間たちと、ポンコツ車を使った旅行が始まる。
みなそれほどお金のない若者同士。泊まるの必然的に車中となる。仲間が増えたときは、シートの背もたれを外したり、シートの上に板を渡してたりして必死にベッドスペースをつくらねばならない。キャンピングカービルダーとして活躍するための訓練を、彼はこのときから始めていたのかもしれない。
「だいたい俺たちの世代から、クルマを遊びの道具として使う感覚が定着したと思う。それ以前の人たちにとって、クルマは仕事の道具に過ぎなかったからね」
団塊の世代とは、クルマに対して特別の思い入れを持った世代だと田辺さんはいう。
伝説の名車ダットサン・フェアレディ1500がデビューしたのが1962年。いすゞベレットが63年。ポルシェ・カレラGTSが日本GPにデビューしたのが64年。同年に、その対抗馬としてスカイラインGTも登場。
田辺さんが中・高生時代を過ごした60年代半ばというのは、自動車が一番輝いていた時代。当時の若者ならば、誰もが憧れの名車を心のなかに1台は持っていた。
その熱狂を、団塊の世代は忘れることができない。
「クルマ好きの人間が多いからクルマを使った旅行に対しても、俺たちの世代が一番思い入れを持っているのではないかな。自分も、若かった頃はポルシェとジャガーを所有し、ほかに旅行車として、4WD車とモーターホームを持つことが夢だった」
田辺さんの学生時代の夢は少し形を変え、ポルシェとジャガーはヨットになり、モーターホームへの夢は自作のキャンピングカーになった。
彼は、人に売るためではなく自分で使うためのキャンピングカーを必ず1台は工場でつくらせ、それを使って気ままな旅を楽しんでいる。
そこには、鍋、シュラフ、バーベキュー用具、入浴セット、ポータブルトイレ、食器類のほか、鍋料理の本や混浴温泉ガイドなどを揃えた書棚まであった。
ワイングラスも吊るされていたし、立って着替えができるように屋根の一部まで切り取られていた。全長4.6m、全幅1.6m、全高1.9mという小柄なデリボーイのなかに、フルバンコンのような機能が凝縮されていたのだ。
そのクルマで寝泊まりをくり返すうちに湧いてきたアイデアが、かなり商品開発の役に立ったという。
使いやすい棚の形はどうあるべきか。
効率の良い収納方法はどう編み出すべきか。
クルマが狭いがゆえに、真剣に検討する習慣が身につく。頭だけで考えた仕様など、実践では使いものにならないという感覚もつかんでくる。
要は、いかに使いやすい「道具」に徹することができるか。
キャンピングカー開発の極意は、その道具の出来映えを見抜く眼力にあるという。
自分が欲しいモノは他人だって欲しいはず
彼の新車開発のやり方はいたってシンプルだ。
先に紹介したデリボーイのように、「自分が使いたい装備だけをつける」というのが開発の原点になっている。
マーケット分析もシンプルだ。
「自分が欲しいものは、他人も欲しがっている」
その楽天的な信念だけで、田辺さんはこれまでの数々のキャンピングカーを開発してきた。そしてそれはことごとく当たった。
秘密があった。
昔の発言がメモに残っている。
「キャンピングカーというのは、団塊の世代の流れに沿って進んできたと思う。だから、その世代に属している自分の軌跡をたどるだけで、自然に次に開発するクルマのコンセプトが見えてくる。次にやるのは、おそらく子育てを終えた夫婦のための旅行車だろう」
取材メモの日付けをみると、田辺さんがこの発言をしたのは10年前の1995年10月23日なのである。ほとんどのキャンピングカーメーカーが、ファミリー向けの車両開発にしのぎを削っていた時代に、彼は「ふたりのくるま旅」というクルマの構想を育んでいたのだ。
彼が開発したキャンピングカーがことごとく当たったのは、団塊の世代に焦点を当てた企画に徹してきたからだ。自分自身をモニターにすればいいのだから、そのリサーチにも狂いが生じることがなかったのだ。
田辺さんは、ふたり旅を快適にするインフラ整備にもアイデアを提供している。
現在JRVAが進めているくるま旅クラブの湯YOUパークというシステムも、田辺さんと奥さんがキャンピングカーで旅している時にひらめいたアイデアがもとになっている。キャンプ場や道の駅だけではなく、ホテルや旅館の駐車場にクルマを停め、その入浴施設だけを使わせてもらうというこのシステムは、キャンピングカーの使い道をいっそう広げることになった。
そして今、田辺さんの思いはしっかりと団塊世代ユーザーの心に根をおろしている。定年後は、ふたり旅用のキャンピングカーに乗って日本全国を旅することを目標とするカップルが増えているのだ。
統計的にも、そういう傾向を裏づけるデータがある。シニアマーケットを調査している各社の調査によると、どの調査においても「定年後にしたいこと」の筆頭に「旅行」が挙がっており、特に、若い頃から一人旅を経験している団塊の世代においては、拘束されることの多い団体旅行よりも、きままな個人旅行を好む傾向が強いという。
個人が味わう気楽な旅行を実現するなら、まさにキャンピングカーは理想のツールだ。団塊の世代のすべての人が、旅行のツールにキャンピングカーを選ぶことはありえがないが、900万人の1割である90万人がキャンピングカーに注目しただけでも、この小さな産業は大変な活況を呈することになる。田辺さんたちビルダーの期待がかなってほしいものである。(町田)