.10 2010
y_arimさん、先日ははてなブックマーク(以下「
ぶくま」)にてidコールをしていただきありがとうございました。
字数制限があるという
ぶくまの特性上とりあえずあのような不本意なご返答になりましたが、ここに改めてご返答させていただきたく思います。
かなり長くなってしまいますが、最後までお付き合い願えれば幸いです。
外交・安全保障全体の前にまずは焦眉の普天間問題について書きたいと思います。
私事になりますが、私は以前からこの問題については非常に関心を持ってその行方を見てきました。
その理由は次の通りです。
私の祖父は沖縄で戦死しています。
そのため、私は子どもの頃から沖縄にはとても関心を持っていました。
1995年に、『平和の礎』が完成したというニュースを耳にしました。
そこには沖縄戦での戦死者の名前が刻み込まれているとのことでした。
北海道からはとても遠い沖縄ですが、幸い私は当時東京でサラリーマンをやっていました。
「よし、沖縄に行こう!」そう決めました。
1996年4月12日の金曜日、仕事が終わった後、私は羽田発那覇行の最終便に乗り込みました。
夜11時頃、那覇空港に到着しタクシーでホテルに向かう途中、ラジオからニュースが飛び込んできました。
「日米両国が普天間基地を返還することで合意したと政府が発表しました。」
タクシーの運転手がラジオのボリュームを上げて私にこう言いました。
「お客さん、このニュースを聞いてどう思う?」
私はこう答えました。
「普天間基地は市街地のど真ん中にあって、非常に危険だと聞いていたのでとても良かったと思います。」
運転手はこう返事しました。
「これだから本土の人間は困るんだ。そう単純なものじゃないんだよ!」
気まずい空気がタクシーの中を支配しました。
ホテルに着いた後、「あれはどういう意味なんだろうか?」そう考えながら床に着きました。
翌日、私はレンタカーを借りて当初の予定通り『平和の礎』がある沖縄戦跡国定公園に向かいました。
祖父の名前が刻み込まれているのを確認してホッとすると同時に、関係者の方々に対する感謝の念や戦死者への想いなど複雑な感情がこみ上げてきました。
敷地内にある沖縄平和祈念堂や平和祈念資料館なども見て回り沖縄戦の悲惨さを改めて知ることとなりました。
その後、ひめゆりの塔などにも立ち寄りその日の予定を終えました。
14日の日曜日、この日は祖父の命日に当たります。
昼の便で帰京する前にどうしてももう一箇所行っておきたい場所がありました。
祖父が戦死したと思われる嘉数高地です。
行ってみるとそこは公園になっていました。
いくつかの塔などがある以外は何の変哲もない公園で、とてもここが沖縄戦の激戦地だったとは思えないような雰囲気でした。
そしてここからは普天間基地が見えました。
話には聞いていましたが、まさに市街地のど真ん中に広大な基地があるのを見て改めて驚かされました。
それと同時にタクシーの運転手の言葉も思い起こされました。
騒音や危険に苦しむ人がいる一方で、米軍基地を頼りに生活している人もいる。
そんな沖縄の矛盾を多少なりとも肌で感じることとなりました。
その後私は沖縄本島に一度、八重山諸島に一度行く機会がありました。
再度訪れた平和祈念資料館はリニューアルしていました。
広くてきれいになった反面、沖縄戦の悲惨さを伝える力が少し弱くなった印象を持ちました。
八重山諸島では、直接は戦場にはならなかったものの、強制疎開でマラリアにより命を落とした人が多かったことを知りました。
これは一般にはあまり知られてはいないことなんだろうと思います。
一方政治の動きは当初は活発でした。
当時のアメリカは日本に対する強硬姿勢が目立っていたクリントン政権でした。
悪名高い『年次改革要望書』が始まったのもクリントン政権(日本は宮沢政権)からです。
橋本首相は米軍兵士少女暴行事件を受けて、このままでは沖縄県民は到底納得しないし、国の安全保障の根幹も揺るがす重大な危機だと考えて、この問題を非常に重視して本腰を入れてアメリカとの交渉に臨み、難色を示すクリントン政権を押し切りました。
橋本首相は個人的にはあの高飛車な感じがあまり好きではありませんでしたし、政策的にも問題はあったと思いますが、日本や日本国民のことを真剣に考えて首相としての職務に取り組む政治家ではあったんだなと今となっては思います。
その後対米従属が強まり、小泉首相に至ってはイラク戦争に真っ先に賛成し、経済政策ではアメリカ万歳の竹中平蔵を重用しました。大きな落差を感じます。
少し話が逸れてしまいました。
橋本首相は大田知事と十数回にわたって会談しました。
参院選敗北を受けて橋本首相は退陣し、小渕首相になりました。
小渕首相も「冷めたピザ」などと酷評されましたが、若い頃の沖縄体験から沖縄に対する関心は非常に高く、サミットの沖縄開催も周囲の反対を押し切ってトップダウンで決断しました。
私は沖縄問題が迷走し始めたのは森政権からだと思っています。
特に小泉首相は「自民党をぶっ壊す!」と言っていましたが、あれは「経世会をぶっ壊す!」が本音だったのだろうと思います。
小泉首相は若い頃何度も田中角栄に煮え湯を飲まされる福田赳夫をすぐそばで見てきました。
田中派の流れを汲む経世会に対する怨念はすさまじいものがあったといいます。
小泉首相にしてみれば沖縄の基地問題は「経世会マター」だったのかもしれません。
この問題は次第に周囲に任せっきりになり、最終的には守屋防衛事務次官が仕切るようになりました。
面倒なことは官僚に丸投げするという政治家の無責任ぶりにもまたあきれ果てます。
5〜7年で返還の約束は果たされませんでした。
とはいえ一応は沖縄県知事、名護市長、アメリカ政府の三者が辺野古沖案(以下「現行案」)に同意しました。
この案にはひとつ問題があったと思っています。
当時の稲嶺知事が主張していた使用期限15年限定が盛り込まれなかったことです。
これでは沖縄の基地が恒久化するということになります。
私は5〜7年の返還期限を大幅に過ぎてしまった以上、普天間の早期返還による危険の除去が最優先だと考えているので、とりあえずは現行案でやむなしとしても、将来的には日本の安全保障全体を考える中で沖縄の負担軽減をすべきだと思います。
最終的には国外または県外移設すべきであり、そのためには期限を切ることが不可欠です。
もちろん今度こそは絶対に守るべき期限です。
期限を切らなかったことにより、結局基地は沖縄県内でたらい回しになるんだという沖縄県民の不信感が高まり、その後のさらなる迷走につながっていったのではないかと考えています。
そういった背景で、民主党は最低でも県外移設という方針を打ち出し、沖縄県民の期待を集めることとなりました。
私は昨年の総選挙では自公政権のあまりの体たらくにあきれ果て、民主党に投票しました。
自公政権より少しでもましならと思い、政権交代に賭けたわけです。
その際一番不安だったのが外交・安全保障でした。
民主党自体が外交・安全保障に対する考え方が自民党以上にバラバラな政党である上に、自衛隊を違憲とする社民党との連立が確実だったからです。
ただ民主党は基本的には保守政党だし、政権をとればある程度継続性を図りながら対米従属を軌道修正していくのだろう、そう思いました。
国外または県外移設もある程度目処が立っているのだろう、そう思いました。
これは私の見通しが甘かったといわざるを得ません。
今の事態は私の想像を遥かに超えるものでした。
オバマ大統領には「トラスト・ミー」と言い、党首討論では「皆様方にご理解いただけるような腹案を用意している。」とまで言いながら、実はなんの当てもなく国外・県外移設やアメリカとの対等な関係を選挙で言っていたことが明らかになってしまいました。
これに関しては鳩山語録がたくさんあり、
ぶくまでも話題になっていますが、ここではいちいち触れません。
ただ、外交・安全保障をどうするか、その全体像の中で沖縄の基地問題をどうするか、そしてアメリカとどう向き合っていくのかという全体像のないまま、行き当たりばったりの迷走劇を見せられることとなってしまったのです。
沖縄でも民主党は圧勝しましたが、期待を裏切られた沖縄県民の心中察するに余りありません。
問題は今後どうするかです。
5月末での決着は絶望的ですし、無理やり決着させることでもありません。
ただし鳩山首相は5月末までに職を賭して必ず決着するとまで言い切ったわけですから、それができない以上辞任すべきです。
他にも辞めるべき理由は枚挙にいとまがありませんが、これがダメ押しです。
それにこれほど各方面に不信感を抱かせてしまった以上、鳩山内閣では普天間問題の解決は不可能です。
煽りに煽った末に国外・県外移設できませんでしたということで、理屈以前にみんなを感情的にさせてしまいました。
もう聞く耳は持ってもらえないでしょう。
新内閣での仕切り直しが必要です。
私は今でも現行案がベストだと思っています。
これからまた一から案を作っていったい何年かかるのかということと、普天間の危険除去をまずは最優先にすべきだというのが理由です。
普天間基地の恒久化だけは絶対に避けなければなりません。
名護市長は反対派に代わりましたが、誠心誠意説得するしかないでしょう。
ただし使用期間は限定すべきです。
15年では長すぎるのなら10年でもいいと思います。
そして、10年で新たな移設先が決まらない時は無条件撤去するということにすべきです。
まずは地元の合意を得ることを最優先に考え、その上で腹を据えてアメリカと交渉すべきだと思います。
私は父が転勤族でしたので、子どもの頃は道内各地に住みました。
航空自衛隊の基地のある街に住んだこともあります。
小学校の頃は、自衛隊機が飛ぶと授業は中断しました。
先生の声が全く聞こえなくなるからです。
家にいても家族との会話はできなくなりますし、テレビの音も全く聞こえなくなります。
そうした経験があるので、騒音のすごさは多少なりとも身をもって経験しています。
また、北海道は共用施設なども含めると米軍施設の面積が一番大きい都道府県です。
数年前には沖縄の負担軽減の一環として日米共同訓練の受け入れも行っています。
ですから祖父が沖縄で戦死しているという縁も含めて、普天間問題は他人事として片付けられないのです。
理想を追うのもいいのですが、段階的に少しずつでも前に進めることも必要なのではないかと感じています。
国外移設を主張する方々からはグアム・テニアンという具体的な地名が出ています。
安全保障の観点から国外移設が妥当か否かは別にして、私が疑問なのはその方々がグアム・テニアンの人たちのことをどう考えているかです。
こういう主張をされている方々の中には普段は国際的連帯を重視されるような主張をされている方が多いようです。
アメリカの基地なんだからアメリカ国内に置くのが当然だというのはまだわかるとしても、グアム・テニアンの人たちは大統領選挙権がなく、連邦議会にも議決権のない議員を送っているにすぎません。
日本さえよければアメリカの実質的な支配にある人たちはどうなってもいいというのでは左派・人権派の名が泣こうというものです。
それでは排外主義的だとして忌み嫌う「ネトウヨ」とあまり変わらなくなってしまうのではないでしょうか。
賛否は別として、アメリカ本土に撤収すべきだというならまだわかるのですが。
県外移設についても具体的な地名を挙げる人がいます。
ただ自分の住んでいるところに移設するべきだという主張をする人は少ないようです。
それでは沖縄のことを考えているフリをして結局は自分たちのことしか考えていないと言われても仕方ないのではないでしょうか。
私は現在米軍施設のない府県こそ積極的に受け入れるべきだと考えています。
日米地位協定についても触れておきたいと思います。
普天間返還の直接のきっかけになったのは米軍兵士少女暴行事件でした。
その前から、そしてその後も米軍兵士による犯罪は起きています。
そのたびにアメリカ政府や米軍幹部は綱紀粛正に努めると言いますが、残念ながら大きく改善したとは言えない状況です。
日本人にも犯罪者がいる以上、全く犯罪者をなくすことは不可能にしてもアメリカも努力して改善されたなという実感がない限りはこれからも米軍基地反対運動はやむことはないかと思います。
そしてその上で、日米地位協定により犯罪者は日本の司法で裁くことにしなければ、それこそ抑止力ではありませんがどうせたいした罪に問われないだろうと見越した犯罪の発生も後をたたないのではないかと思います。
一方で不思議な論調も見受けられます。
日米安保破棄や米軍基地の日本からの即時全面撤退を主張している人の中に、日米地位協定の改善も主張している人がいるからです。
安保や米軍基地がなければそもそも日米地位協定など必要ないわけで、矛盾があるといわざるを得ません。
また、米軍全体を犯罪組織とする人がいるのもおかしな話です。
普段「ネトウヨ」の排外主義に反対しているならなおさらのことです。
一部の無法者をもってして全体を敵視するのであれば、忌み嫌う「レイシスト」と何ら変わりありません。
米軍も地元の学校を訪問して子どもたちと触れあうなど、地域活動も行っています。
努力不足を指摘するのはいいとしても、全く努力していないという喧伝はやめた方がいいのではないでしょうか。
私は現在の日本には米軍基地は必要であり、だからこそ日米地位協定は改定すべきだと主張しています。
普天間の問題だけでかなり長くなってしまいました。
ようやく外交・安全保障に移ります。
例の
ぶくまでは私は強い調子でコメント(以下「
ぶこめ」)を書きました。
わずか100字の中にメッセージを込める作業は長い文章を書くのとはまた違った意味で大変です。
誤解も受けやすいでしょうし、日々試行錯誤の連続です。
ただ今回はあえてあのような書き方をしました。
元々安全保障については、その前提条件となる周辺諸国の軍事的脅威に関する認識の隔たりが大きすぎて議論するのは難しいと感じていましたが、あの
ぶこめの数々を見てそれを確信したからです。
そして普段はアメリカを敵視したり、敵視とまではいかなくてもかなり距離を置いているような方々が元CIA顧問の言うことなら鵜呑みにして「噴き上がって」いたからです。
もし元CIA顧問が真逆の発言をして「ネトウヨ」が「噴き上がって」いたら、いつもなら嘲笑するような方々がです。
人間というのはある程度の肩書きのある人が自分の考えに近い主張をしていると左右問わず浮かれてしまうものです。
そのことは認めなくてはならないかと思います。
本題に入ります。
まず前提となる周辺諸国の軍事的脅威に関する認識について、私の考えを書きたいと思います。
私はいわゆる軍事オタクではないので、素人くさくなるかと思いますがご了承ください。
まず最初になにかと話題の中国ですが、はっきり申し上げれば今一番の脅威だと私は思っています。
軍事費は発表されている部分だけでも毎年2桁パーセントの伸び率であり、それ以外にも不透明な軍事費の存在が指摘されています。
金額以外にも空母の建設を着々と推し進めていますし、東シナ海、南シナ海及び西太平洋での海軍の活動も活発になっています。
先日も沖縄諸島と宮古諸島の間の海域を抜けて沖ノ鳥島の方まで航行したことが確認されていますし、海上自衛隊の護衛艦や海上保安庁の測量船に対する威嚇行為も起きています。
普天間問題で日米関係が不安定化しているのを見越したかのような動きです。
数年前でしたか、米中の軍高官の会談の中で「太平洋を東西で分割しよう。」と中国海軍高官が発言したこともありましたが、一連の動きを見れば半分は冗談ではないと思います。
少なくとも海軍増強による海洋軍事大国を目指していることは否定しきれないでしょう。
ここで日本として問題になるのはシーレーン防衛です。
貿易立国の日本としては東シナ海や南シナ海が中国海軍に万が一にも封鎖されるようなことがあると致命的です。
今は同盟国であるアメリカ海軍が海上優勢を掌握していますが、中国にそのようなオプションを渡すのは日本の安全保障にとって危険であると考えています。
なお日本自身が憲法を改正して自国軍を持ち、自らシーレーン防衛を行うことができるようにするという選択ももちろんありますが、私は後述するようにそれには反対なので、同盟国であるアメリカの力を借りようという考えです。
これが私が日米安保体制を支持する理由のひとつになっています。
なおシーレーン封鎖については、日中間で紛争が起きた時はもちろんですが、もうひとつ考慮しなくてはならないのは台湾有事です。
私は中国は台湾の武力統一のオプションはまだ捨てていないと見ています。
中国がかたくなに「一つの中国」の原則を変えておらず、反国家分裂法を制定したことがその根拠です。
もしこの原則を変えてしまうと「内政干渉」として国際的圧力をはねつけることができません。
一方朝鮮半島では北朝鮮と韓国がそれぞれ自国のみが正統性があるというという建前を持ちながらも、国連に同時加盟し首脳会談も行うなど、実質的には違う国であることをお互い認め合っています。
朝鮮半島で有事が起こればそれは「国際紛争」であり「国家間の」戦争です。
国際社会の関与から逃れることはできません。
しかし中国の主張をそのまま認めてしまうと台湾有事は単なる「内乱」「内戦」で済まされてしまい「内政干渉」の伝家の宝刀を抜かれれば国際社会は指をくわえて見ることしかできません。
アメリカはそれがよくわかっているので建前では「一つの中国」を認めていますが、一方では台湾関係法により実質的には台湾を軍事支援しています。
思い出されるのは1996年の台湾総統選です。
台湾独立派の李登輝が優勢だと伝えられると中国は露骨に軍事的恫喝を行い、核の使用まで持ち出してアメリカの介入を牽制しました。
しかしアメリカは断固たる対抗手段をとり、軍事的に劣勢である中国の軍事的恫喝を押さえ込みました。
現在中国が特に海軍の近代化に力を入れているのはこれがきっかけだと言われています。
台湾は年々台湾で生まれ育ち「台湾」のアイデンティティを持つ人が増えています。
もし将来台湾が民主的な投票で独立しようとし、中国がアメリカに対しこの地域での軍事的な優勢を確保していれば、今度こそ反国家分裂法を根拠に中国は武力侵攻することでしょう。
台湾はそれがよくわかっているからこそ、親中国の馬政権といえども普天間問題により日米関係が不安定化していることを懸念し、弾道・巡航ミサイルの再開発に踏み切ったのです。
そして台湾有事の際にシーレーンが封鎖されれば日本としても死活問題になります。
日本の領土・領空・領海だけを守っていれば日本の平和は保たれるということにはならないのではないかと思います。
日米安保条約が「日本」ではなく「極東」の平和と安全という文言になっているのはそういう意味合いです。
米軍基地が日本になければならないと私が考えるのは、日本にはできない台湾有事への対処もその理由のひとつです。
中国は核も持っていますし、民族も言語も宗教も文化も異なるチベットや東トルキスタン(ウイグル)を武力制圧し、未だに支配している国です。
直接日本に侵攻することはないにしても、私は決して警戒を解いてはいけない手強い相手だと考えています。
次にこれまた話題豊富な北朝鮮です。
北朝鮮に関して一番怖いのはやはり核ミサイルです。
実際何度か日本の方向にミサイル実験がなされています。
私は瀬戸際外交を重ねる北朝鮮の暴発をとても恐れており、日米共同でミサイル防衛を推進すべきだと考えています。
ミサイル防衛はその軍事的効果を疑問視する向きもあります。
しかし軍事的なものに限らず技術力の進歩というのは目覚しいものがあります。
研究を重ねることで精度が高まることは十分ありえますし、政治的・外交的な牽制効果は現在でも非常に高いです。
アメリカのブッシュ政権がポーランドにミサイル防衛の基地を作ろうとしてロシアが反発したのは記憶に新しいところです。
核保有国にとってミサイル防衛は核カードの実質的な無力化につながる可能性があるのでとても嫌なのです。
核を持つというオプションがない日本としては、ミサイル防衛は自衛隊の陸上戦力を削減してでもやるべきだと思っています。
これも私が日米安保体制を支持する理由のひとつです。
また、先日は韓国の哨戒船が魚雷らしきもので沈没し多数の人が亡くなりました。
原因はまだわかっていませんが、これを機にノ・ムヒョン政権時の韓米関係悪化に伴い撤退するとも言われていた在韓米軍の現状維持も本格的に検討が始まりました。
朝鮮戦争はまだ正式には終わっていません。
朝鮮半島の情勢は未だ不透明です。
朝鮮有事が再度起きないという保障はないですし、もし万が一のことがあれば再度北朝鮮と血盟関係にある中国軍と国連軍(実質米軍中心)との衝突の恐れもあり、戦線が海上にも広がれば封鎖の可能性も十分考えられます。
そうなると自衛隊だけでは対処できない可能性もあります。
この場合の日本の安全確保のためにも在日米軍の果たす役割は大きいと考えています。
最後に最近は影の薄いロシアです。
冷戦時代は最大の脅威であったソ連ですが、ソ連崩壊後のロシアは北方領土問題があるとはいえ、現時点では中国や北朝鮮ほどには大きな脅威にはなっていないかと思います。
ただこれは強権的なプーチン体制の下、経済の好調もあって国がある程度安定していることが大きいからだと考えています。
プーチンはチェチェンなど国内の分離独立派には非常に厳しいですが、伝統的な南下政策はあまり見られないなど対外侵略的ではなく、また不満の目を外にそらす必要性もないので、かつてのアフガニスタン侵攻のような行動に出る可能性は低いと思います。
問題はプーチン後です。
プーチンの求心力があまりに大きいため、プーチンがいなくなった後のロシア政界は流動化することが予想されます。
現在圧倒的な第一党である統一ロシアは実質プーチン党ですから、プーチンなき後は恐らく分裂するでしょう。
そうなると連立政権の目も出てきますが、私が注目しているのは現在第三党のロシア自民党です。
この党はアラスカや中央アジア諸国の領有権を主張しています。
イスラエルの連立与党の一角であるイスラエル我が家のロシア版とでもいったところでしょうか。
もっともイスラエル我が家はロシアからの移民が中心となっていますから、ロシア自民党の方が元祖かもしれません。
ちょっと話が横道に逸れてしまいました。
もしロシアの経済にかげりが出て、ナショナリズムが高まるとロシア自民党がキャスティングボードを握る可能性もあります。
そうなると今のイスラエルがハマスに対して核攻撃を示唆するなど強硬姿勢をとっているように、ロシアも日本など近隣諸国に対して強硬姿勢に転じることが予想されます。
中国はロシアとの長年にわたる国境紛争を解決しましたが、日本は北方領土問題を解決できていないのであればなおさらのことです。
しかもロシアは核保有国であり、日本は非保有国です。
核保有国である中国や北朝鮮との差は大きいと思います。
こう書くと日本も核武装すべきだという話になりますが、私は日本は核武装すべきではないと考えています。
これについては後で詳しく書きたいと思います。
私は日本に米軍がいることで、日本を敵に回すということはアメリカを敵に回すことだという抑止力になると考えています。
これは中国や北朝鮮にも当てはまる話ですが、特にロシアはソ連時代長年にわたってアメリカと対峙してきたのでアメリカを敵に回すということはどういうことかよく知っていると思います。
プーチンは頭のいい男ですからそれがよくわかっていて、今のロシアの国力ではアメリカに到底太刀打ちできないのでとことんアメリカと対立するようなことはしませんが、アメリカとロシアの核戦力が均衡している限りはこれは変わらないのではないかと思っています。
私は北海道に住んでいて、自衛隊にも何人か知り合いがいます。
ソ連時代は津軽海峡や宗谷海峡、日本海やオホーツク海で活発に活動するソ連海軍と海上自衛隊がつば競り合いをしていたという話も聞いたことがあります。
ミグ25が函館に飛来した時は子ども心にもとても怖かったですし、大韓航空機がサハリン沖でソ連防空軍に撃墜されたニュースを聞いたときの戦慄は昨日のことのように覚えています。
ソ連防空軍はたとえ民間機であっても領空侵犯機は撃墜せよと指令されていたようですが、現在でも民間漁船がいきなり銃撃・拿捕され死者もでるなど、ロシアの強権的な体質はソ連時代とは変わっていないのではないかと思います。
ソ連は太平洋戦争末期に日ソ中立条約に違反して満州や朝鮮、南樺太・千島に侵攻し、ポツダム宣言受諾後も戦争をやめることなく、民間人の引き揚げ船数隻を北海道沖で撃沈しましたし、シベリア抑留も行いました。
私の叔父もシベリアで抑留されています。
この帝国主義的なソ連の体質を受け継いだロシアに対する警戒を必要以上に緩めるべきではないと私は考えています。北海道には冷戦時代のように常駐する米軍こそいなくなりましたが、今後も米軍施設は必要だと思いますし、緊張が高まれば再び常駐する必要があると思っています。
以上が近隣諸国の脅威に関する私の認識です。
認識する脅威の程度に差があるというのであればまだ議論も成り立ちます。
ただ脅威は一切ない、だから米軍基地も日米安保も自衛隊もいらない、抑止力も必要ない、憲法9条だけ守っていれば攻めてくる国はない、ということであればそういう考え方もあるんだなとは思いますが、安全保障について議論することは困難でしょう。
私が
ぶこめに書いたのはそういう意味です。
私には警察がなくなれば犯罪者もいなくなる、ファイアーウォールがなくなればハッカーもいなくなる、そのようにしか聞こえないのです。
危機管理なんて必要ない世の中だということになるのです。
本当にそうなんでしょうか?
当たり前の話ですが、世の中にはいい人も悪い人もいます。
だからこそ犯罪者もいるしハッカーもいる。
同じ人間が営む以上国家も同じです。
とんでもない人間が何かの間違いで国家の指導者になることもある。
国家レベルでの危機管理、それこそが安全保障なんだと私は思います。
日本で安全保障の議論が低調な理由は私にもわかります。
あまり使いたい言葉ではありませんが一言で言うと「平和ぼけ」なんだと思います。
戦後65年間、日本は戦争を仕掛けることも仕掛けられることもありませんでした。
これは素晴らしいことですし、喜ばしいことです。
私の祖父を含め、天国にいる戦争の犠牲者の皆さんも日本が平和になったことを心から喜んでくれていることでしょう。
しかしこれからも平和を維持するには努力が必要なんだと思います。
平和は何もしなくても天から降ってくると思考停止してしまうのは、現実の国際社会ではあまりに危険なことだと私は考えています。
歴史を見ても戦争が絶えなかったことはありませんし、今も世界中あちらこちらで戦争や紛争が起こっています。
現在そして将来にわたって日本だけが大丈夫、自分たちだけは大丈夫とどうして言い切れるのだろうかと思います。
歴史から学ぶことは多く、歴史認識はとても重要なものだと私は考えています。
だからこそ歴史認識を巡っては「自虐史観」「歴史修正主義」などと激しく対立するのだと思います。
私は日中戦争は侵略戦争、太平洋戦争は帝国主義国同士の植民地や利権を争う覇権戦争だという見解です。
ですから一連の戦争は自衛戦争だという歴史認識の人と議論するのは困難だと感じますし、ましてコミンテルンの陰謀だと言われてしまうともうお手上げです。
あまりにも前提が違いすぎて、戦争責任の問題とか戦争再発をどう防ぐかといった議論に進めなくなってしまうからです。
そして同様の困難さを私は、近隣諸国の脅威など一切ないと言い切ってしまう人たちに感じてしまうのです。
理想を高く持つこと自体は私は素晴らしいことだと思っています。
私も最終的には核のない、そして戦争のない世の中を目指すべきだと思います。
軍隊など必要のない世界になったらどんなに素晴らしいことかと思います。
だだ理想と現実のギャップが非常に大きいのも事実です。
理想に向かって少しずつ現実を良い方向へと変えていくことが大事なのではないでしょうか。
歴史といえば、二つほど書いておきたい実例があります。
すっかり長くなっていますが、もうしばらくお付き合いください。
たぶん歴史に興味のある方以外はあまりご存じないことかと思います。
もし知っているということであれば、ご容赦ください。
一つ目はスイスです。
スイスは永世中立国ですが、5ヶ国と国境を接する内陸国であるためそれなりの軍隊を持っており、徴兵制度もあります。
第二次世界大戦が勃発し、ナチスドイツが交戦国以外の国(ベルギー、オランダ、デンマーク、ノルウェーなど)を次々と占領していくと中立国であるスイスにも危機が訪れました。
スイスの周辺国は全て枢軸国(ドイツ・イタリア)またはその占領国となっており、実際ドイツは具体的なスイス侵攻計画を持っていました。
スイスは交通の要所であり、スイスを占領すればドイツとイタリアの連絡が容易になります。
またスイスにはドイツ系住民・フランス系住民・イタリア系住民がいますが、フランスが占領された状況を背景に多数派であるドイツ系住民を中心に枢軸国側に立って参戦すべきだとの声も高まっており、国内は不安定になっていました。
長年スイスの外交を牽引してきた外務大臣のモッタは直前に急死していました。
こうした危機的状況の中で救世主になったのはフランス系軍人のアンリ・ギザンです。
既に軍のトップとしてドイツの侵攻に備えていたギザンですが、この人は政治的能力もあったようでモッタの急死を受けて政治的にも事実上のトップになりました。
そのギザンがスイス国民の団結を訴えるリュトリ演説を行ってからは、国内の雰囲気が変わりスイスの中立を守っていこうという意見が主流となりました。
結局ドイツはスイスに侵攻しても頑強な抵抗が予想されるため、計画を断念しました。
なおギザンは第二次世界大戦終了後まもなく引退しました。
もう一つはフィンランドです。
ここでも主役は軍人であり政治家でもあるカール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムです。
フィンランドは1917年のロシア革命を機にロシア(のちソ連)から独立しましたが、その後も隣国である大国ソ連に苦しめられることになります。
第二次世界大戦のどさくさに紛れてソ連は再属国化をめざしてフィンランドに侵攻しました。
マンネルヘイムの指揮の下、フィンランド国民の士気は高く軍事的準備も怠りなかったためソ連は予想外の苦戦を強いられました。
しかし国力で圧倒的に劣っているフィンランドは国際的な支援がほとんど得られない状況でソ連と戦い抜くことはできず、産業の盛んな地域を中心に約1割の領土をソ連に譲ることで独立を守らざるを得ませんでした。
一方フィンランドとともにロシアから独立したバルト三国はソ連に対抗するだけの政治的な意思も軍事力も持っておらず、再属国化され独立回復までに50年以上の歳月を要することとなりました。
フィンランドはその後独ソ開戦の渦に巻き込まれラップランド地方は焦土と化しましたが、大統領になっていたマンネルヘイムの指導でソ連の属国または衛星国になることは免れました。
マンネルヘイムは第二次世界大戦後まもなく病気により引退しました。
この2つの歴史を例にとったのは、軍人が政治家をやればいいということではありません。
たまたま軍人が政治家としても有能であっただけの話で、これはむしろ稀なことでしょう。
ただ、安全保障には政治と軍事の両方がバランスよく必要なんだと私は思います。
軍事が突出すれば戦前の日本のように暴走しますし、政治だけでは理不尽な侵略から国を守ることはできません。
そのことをこの2つの歴史は私たちに教えてくれているような気がします。
日本に話を戻します。
私はこれまで書いてきた通り、日米安保と自衛隊による安全保障を支持しています。
その一方で私は護憲派で、憲法9条の維持も主張しています。
一見不思議な感じがされるかと思います。
自衛隊違憲論者などから見れば「解釈改憲」ということになるのでしょう。
ただ自民党政権が全盛だった時代はこういう政治家はけっこう存在していました。
主流だったと言ってもいいと思います。
自分や家族に戦争体験があり、戦争の悲惨さを知っている世代が多かったからでしょう。
私も祖父が戦死しており叔父がシベリアで抑留されていることから、子どもの頃から第二次世界大戦(日中戦争や太平洋戦争を含む)に関する本をよく読んでいました。
大人になってからは沖縄はもちろん、広島(平和祈念資料館)・長崎(原爆資料館)・知覧(特攻平和会館)を訪れ、戦争や核兵器がいかに非人道的であるかを思い知らされました。
何度か行った海外でも戦争や平和をテーマにした博物館を訪れました。
もう二度と戦争はしてはいけない、少なくとも日本から戦争をすることがあってはならない、そう思いました。
核兵器も二度と使用されてはならない、日本は唯一の被爆国として核兵器廃絶の先頭に立たなければならない、そうも思いました。
それが戦争や原爆の犠牲者の方々に報いることになるのだと思います。
原爆の犠牲者を慰霊する平和祈念式典は左翼の集まりだという心ない発言もありましたが、激しい怒りという程度の言葉では言い表すことのできない気持ちになりました。
広島・長崎の資料館を見たとしてもまだそう言えるのか、言えるとすれば人間の心というものが微塵もないのではないか、そう思います。
再び政治の話をしますと自民党は改憲を党是として保守合同により1955年に成立しました。
しかし改憲論者の首相はいましたが、50年以上にわたって積極的に改憲に動くことはほとんどありませんでした。
社会党など護憲派勢力が一定程度いたこと、自民党内にも護憲派あるいは改憲に積極的でない勢力が存在したこと、他に優先すべき政治課題が多かったことなど要因は様々だと思いますが、一番の理由はやはり今の体制を支持する国民が多数を占めていたことが大きかったんだろうと思います。
本格的に改憲を政治のメインテーマに掲げたのは「戦後レジームからの脱却」を旗印にした安倍政権でした。
「戦後レジーム」って自民党が作ってきたんだから自己否定じゃないの、私はそう冷ややかに見ていましたが世論はその気になり、改憲を支持する国民が増えていました。
十数回もの強行採決を繰り返し、テレビでは御用評論家が「こんなに短期間でこれだけの成果を挙げた政権はかつてなかった。」などと囃し立てましたが、小泉首相の遺産で得た圧倒的多数の議席で民主主義のルールを無視してごり押しすれば誰だって同じことができると思いましたし、そう思った国民は思いのほか多かったようです。
私はこの時、戦後民主主義の最大の危機が訪れたと考えていました。
他にも色々理由はあったかと思いますが、結局参院選惨敗をきっかけに求心力を失った安倍首相が退陣に追い込まれたのは周知のとおりです。
それ以降は今のところ改憲の機運は萎んでいます。
世論調査でも改憲派は一頃よりは減る傾向にあるようです。
ただ国会での護憲派勢力は社共などごくわずかです。
今やすっかり護憲=左翼という固定したイメージになってしまった以上、いずれまた改憲の動きが出てくるのだと思います。
憲法9条についてもう少し書きたいと思います。
自衛隊は明らかに憲法9条に違反しているという意見があります。
わからなくもありません。
ただ一方ではどの国にも自然権としての自衛権があるはずです。
もちろん戦前の日本の一連の戦争は自衛戦争だったなどというのは論外としても、他国の攻撃や侵略から自国を守る権利は認められるはずですし、国際法上でも認められています。
自衛隊違憲論者でありながら国際法を国内法である憲法の上位概念であることを認める人がいますが、それには矛盾があるのではないかと思います。
国際法と国内法の関係については諸説あるかと思いますが、この「戦争と平和」という昔ながらのテーマで長年積み上げられてきた自衛権という概念は憲法に明示されていなくても自明のものとしていいのではないでしょうか。
では改憲して自分の国は自分で守るというのはどうでしょうか。
これは法律論としては「解釈改憲」より正しいかもしれませんし、すっきりすることは間違いないでしょう。
つまり「普通の国」になるべきだという論理です。
もちろん憲法9条のタガが外れれば基本的には全てが可能になります。
・日米安保破棄・米軍基地撤退→軍隊による単独自主防衛
・核武装(ただし現実的には国際的な制裁を受ける可能性がある)
・先制攻撃(ただし国際法上は違法の可能性が高い)
・シーレーン防衛やISAFのような国際平和活動における海外での武力行使
・集団的自衛権の行使
などなど
これは最終的には国の形がどうあるべきかという話に行き着くのだと思います。
私はここまで書いてきましたように日本は再び戦前のような道を歩むべきではないし、ましてや核武装などもってのほかだと思っていますから、歯止めが利かなくなる恐れのなる改憲には反対です。
シビリアンコントロールの観点から軍隊をきちっと位置づけるべきだという主張もわからなくはありませんが、私はシビリアンコントロールの問題は憲法ではなく政治家の資質にあると思っています。
官僚すらまともにコントロールできない政治家がなぜ憲法を改正すれば実力組織である軍隊ををコントロールできるようになるのか疑問です。
無能な政治家が軍部の暴走を許した歴史の教訓に学びたいと私は考えています。
官僚の悪口でお茶を濁そうとするような政治家がシビリアンコントロールができない言い訳をするのに騙されてはいけないと思っています。
もし制度に不備があるなら、自衛隊法を見直していくべきなのではないでしょうか。
核武装については今でもアメリカの核抑止力に頼っているのだから、それならばいっそのこと日本自身が核抑止力を持つべきだという主張があります。
アメリカや国際社会がそれを許すかといった実現可能性の話は別として理屈としてはありでしょう。
ただ私はここまで書いてきたような理由でその意見には賛成できません。
日本は唯一の被爆国として核兵器を廃絶したい、しかし今はアメリカの核に頼らなければならないほど理想と現実がかけ離れてしまっていると国際社会に堂々と訴えていくべきだと思います。
アメリカの大統領が核廃絶を訴えるという画期的な出来事が現在進行形で起きています。
被爆者のためにもこのチャンスを逃して欲しくないと思います。
ここでいったんまとめておきます。
基本的には日本の安全保障は自衛隊だけでもかなりカバーできるはずです。
カバーできないのは核兵器への対応とシーレーン封鎖など日本の領土・領海・領空以外で日本の存立を脅かす事態への対応がメインに挙げられると思います。
良くも悪くも実戦経験がない自衛隊の補完という意味合いも含めて日米安保と米軍基地は必要だと私は考えています。
そうなると日本はアメリカとどう向き合っていくかといったことが問題になります。
軍事的にはアメリカにどうしても頼る部分があります。
これを従属ととらえるか役割分担ととらえるかは人それぞれだと思いますが、そう単純な二者択一でもないように思います。
例えば一頃に比べるとその地位は低下していますが、NATOという軍事同盟があります。
ヨーロッパ諸国はNATOによりアメリカと集団安全保障体制を敷いていますが、これをもってヨーロッパがアメリカに従属していると言い切ることはできないかと思います。
私はやはりここでモノをいうのが外交力だと思っています。
本音では「日本はアメリカに守ってもらっている」と思っていても、建前では「アメリカだって日本から基地がなくなったら困るんでしょ」みたいな感じです(実際そういう面もあります)。
日本の外交は日本人の特性を反映しているのか、昔から少しバカ正直すぎる嫌いがあるのではないかと思います。
北朝鮮のようになれとは言いませんが(あれはあれですごいですが)、生き馬の目を抜く国際社会においてはもっとしたたかになっていいんだと思います。
軍事面でアメリカに頼る代わりに日本は他の面で貢献できるはずです。
経済なのか技術なのか人道支援なのか環境なのか、それとも他の何かなのか、アメリカだって日本を必要としているんですからもっと自信を持っていいのだと思いますし、日本がアメリカよりも得意なことはたくさんあるに違いありません。
例えば自衛隊の海外派遣にアレルギーのある人も多いようですが、人道支援で海外に行くのは戦前の大陸進出なんかとは全然違います。
もちろん民間人だけで人道支援できるならその方がいいのですが、どう考えても民間人には危険であり、でも支援は必要としている国や地域が現実にあります。
民間人の護衛や人道支援とそれに伴い最低限必要な治安維持活動などはもっと積極的にやってもいいと思います。
これは別にアメリカのためだけではなく、国際社会全体に喜ばれることだと思いますし、自衛隊の国際的なイメージの向上(=戦前の日本の軍隊とは全然違うということ)にもつながるのではないかと考えます。
このようになって初めてアメリカにはっきりモノが言える対等な関係が結べるのだと思います。
そしてそれはもちろん反米ではありませんが、「アメポチ」思考の親米でもありません。
片務的ではなく双務的なアライアンスです。
アライアンスと書きましたが、直訳の同盟と言うよりはむしろお互いの強みを活かし弱みを補うといった意味合いで企業間でよく使われる戦略的提携により近い関係かもしれません。
アメリカのご機嫌伺いではなく、あくまでも日本が自分の意思で方針を決定し、アメリカと交渉する姿勢が大切になると思います。
やや抽象的になってしまったので、もう少し具体的に書きたいと思います。
オバマ政権とはどうやって向き合うべきなのでしょうか。
オバマ政権はブッシュ政権と違って「話ができる」と思います。
ただ普天間でこれだけ迷走した鳩山政権では難しいでしょう。
誰が後任になるべきかというのはまた別の話ですので横に置いとくとして、新しい政権で仕切り直すことが必要です。
先日の鳩山首相の訪米では「10分間トーク」の話題で持ちきりでしたが、私が注目したのは他国の首脳との会談状況です。
今までは日本の首相との会談となると基本的には相手が一目置いており、日本側が指定した場所で行われることが多かったそうです。
ところが今回は様子が違っていて、会談そのものに難色を示されたり、会談にこぎつけても相手の指定した場所に行かなければならず、鳩山首相は右往左往しなければなりませんでした。
ブラジル大統領との会談はブラジル大使館で行われたそうですが、外務省によればこんなことは初めてで、日米関係の悪化で他国からも足元を見られ、以前ほど日本が重要視されなくなってきているようです。
同盟国とさえうまくいかない政権と話をしても仕方がないということなのでしょう。
日本が国際社会で影響力を持つには、まずはアメリカとの関係が良好でなければなりません。
そのためには「トラスト・ミー」で失った信頼をまずは取り戻し、普天間問題を早急に解決することです。
そしてその後に日米安保は今後どうあるべきか、その中で日米地位協定の改定や沖縄の負担軽減をどうするかをしっかり協議してもらいたいと思います。
現在は随時協議となっている安全保障の問題については、常設の協議機関の設置が望ましいと考えます。
また経済面では『年次改革要望書』の取りやめも課題になるでしょうし、オバマ政権が力を入れている環境の分野などで日米で協力して何がやれるかなど、安保以外にも幅広い分野で定期的な協議を行うような仕組み作りをすることでコミュニケーションを密にし、連携していくこともこれからの日米関係には不可欠だと思います。
今までは良くも悪くも軍事面に偏りがあったのではないかと思っています。
オバマ政権である今は絶好のチャンスです。
オバマ政権も国内保守派からは同盟国とさえうまくやれないのかと攻撃されています。
正直日本の迷走のとばっちりがいっています。
私が心配するのはオバマ大統領が再選を阻まれた時のことです。
もしペイリン辺りが大統領にでもなったら最悪です。
ブッシュが大統領になるような国ですから、可能性がないとは言えません。
ペイリンじゃなくてもおそらくオバマ大統領のアンチテーゼとして共和党から出馬する大統領候補はかなりの保守派になると予想されます。
もし大統領になればオバマ大統領相手よりも交渉は大変になるでしょう。
オバマ大統領もノーベル平和賞を受賞しながらアフガン戦争を継続していることで批判もありますが、アメリカ大統領の立場としてはやはりすぐにできることとできないことがあるのではないかと思います。
オバマ色をより打ち出せるのはおそらく二期目です。
それを見据えて今からオバマ政権との関係を改善し、側面支援をすることは日本にとってもメリットがあると考えます。
保守という言葉が出てきましたので、ここからは私にとっての保守について書きたいと思います。
ここまででおわかりかと思いますが、私は戦後日本の良く言えば「伝統的な」保守、悪く言えば「古い」保守に該当します。
「新しい」保守=改憲派、右翼というイメージですので、今は単に保守と言えば普通はこちらになるのでしょう。
私にとっての保守とはもちろん政治的な意味合いも含みますが、もう少し広い概念です。
保守とは理想を持ちながらも現実との大きな乖離を自覚し、漸進的に現実を理想に近づけていこうとする考え方です。
そういう意味では小泉・竹中路線のような劇薬的な政策は本来保守とは相容れない考え方です。
こういった急進的なやり方は左右問わず一時的には効果があるかもしれませんが、長続きさせるのは難しいですし、副作用も大きくなって結局大きな反動が来てしまいます。
ここ数年の日本がまさにそうであったと思います。
特に日本人は「和をもって尊しとなす」のことわざや「三方一両損」のエピソードにもあるように、穏健なやり方を好む傾向があります。
それぞれが謙譲の気持ちを持って一歩引き、「うさぎより亀」「ローマは一日にしてならず」的な地道なやり方のほうが結果的には無用な対立を引き起こすことなく大きな成果を生むことができるのではないでしょうか。
例えば普天間問題でもそれぞれが原理原則に固執し、結局普天間に基地が固定化されればこの十数年間はいったいなんだんだろうということになります。
それでは誰も幸せになれず、最悪の結果です。
私は一応浄土真宗の門徒ですが、般若心経も唱えられないですし、家には仏壇とともに神棚もありますし、神社に初詣にも行きますから敬虔な仏教徒とは到底言えません。
それでも私が尊敬する仏教徒でタイの国王でもあるプミポン国王が説く「足るを知る」の精神をとても大切にしています。
元々は老子の言葉で現在は物質的な意味で捉えられることが多いようですが、私は精神的な意味もあると思っています。
色々な考え方の人間が共存している以上、自分の意見がそのまま通ることは少ないですし、ある程度自分の意見が反映されればそれで良しとしなければならないのでないでしょうか。
とことん100点満点目指して0点になるよりも最終的には60点を目指す、そういうことも必要だと思います。
妥協という言葉は一般には否定的なニュアンスが込められることが多いようです。
もちろん最初から「なあなあ」の馴れ合いならそうだと思います。
まずは自分の主張をはっきりさせ、議論することはやはり不可欠です。
その中で議論がこなれてきて自然に収束していくのが理想ですが、なかなかそううまくいくことは少ないでしょう。
そうすると「落としどころ」を探っていくということになります。
「根回し」という言葉もあまりいい意味では使われませんが、今回の普天間問題を見ればそれも大事であることは明らかだと思います。
最終的には多数決ということになりますが、賛成する人でも100%満足という人は少ないのではないでしょうか。
妥協は英語ではcompromiseと言うそうです。
分解すればcom-promise(共に-約束)になります。
私は英語に堪能ではないのでニュアンスはわかりませんが、語源は決して否定的ではありません。
妥協もそうです。
分解すれば妥当+協力といったところでしょうか。
歩み寄りと言い換えてみると、妥協というのは人間が生きていくための知恵であって決して悪いことではないのだと感じますし、またそうしないと生きていくことはできなくなってしまうのではないかと思います。
保守のやり方は現実に重きを置きすぎるという批判があります。
理想主義的な人からは「卑怯」「姑息」「狡猾」「行き当たりばったり」と言われることもあります。
彼らは自衛隊と憲法9条などはその典型例として捉えますし、むしろ改憲派の方が筋が通っている分ましだとする論調すら見られます。
象徴天皇制なども「ごまかし」だとして槍玉に挙がることが多いようです。
自衛隊と憲法9条や改憲の話についてはここまでしてきましたのでここでは繰り返しませんが、象徴天皇制はまさに妥協の産物です。
もちろん私はここでは妥協をいい意味で言っています。
イタリアやルーマニアでは第二次世界大戦での敗北により王政は廃止されました。
特にイタリアは国民投票により決まりましたから、民意がそれを選択したことになります。
一方日本は太平洋戦争の敗北が天皇制廃止のきっかけにはなりませんでした。
戦前の教育の賜物だったことは否定しきれません。
しかし戦後まもなく昭和天皇が行った(注:私は天皇制支持者ですが、ここでは一般的な表記にします)全国巡幸は各地で国民の熱烈な歓迎を受けました。
天皇制維持もまた国民の民意だったのです。
民主主義国家を目指す以上、民意を完全に否定することはできませんでしたし、アメリカも天皇が日本国民統合の象徴的な存在であることを無視するわけにはいきませんでした。
その結果生まれたのが象徴天皇制です。
天皇制そのものが問題だったのではなく、天皇を現人神と祀り上げ絶対視する「国体」こそが問題だったのだろうと思います。
どんなに立派な人間でも欠点はありますし、間違いを犯します。
無謬であることはありえません。
それは天皇も同じです。
天皇といえども一人の人間である、そういうまとまな国に日本は生まれ変わったんだと思います。
個人的には昭和天皇に戦争責任はあったと考えています。
いくら戦争に難色を示していたとはいっても、あれだけ多くの人が犠牲になった戦争の最高責任者であった以上その責任は免れません。
私は昭和天皇は戦後退位し、皇太子(今上天皇)に譲位すべきであったと思っています。
今上天皇のことはとても尊敬しています。
平和国家・民主国家に生まれ変わった日本の象徴としての役割を理解し、それを果たしていると思います。
戦争責任についても、政治的発言にならないように気を遣いながら許されるであろうギリギリの表現で言及していますし、平和や日本国憲法への強い想いが感じられるコメントもたびたび残しています。
その言動からは今上天皇は立派な人格者であるということが感じ取れますし、いつまでも長生きしてもらいたいと思っています。
私はタイのプミポン国王、スペインのカルロス国王、ブータンのワンチュク(先代)前国王を尊敬していますが、今上天皇は私にとってはやはり別格です。
そして将来の天皇も今上天皇のような人格者であることを願ってやみません。
天皇の話がすっかり長くなってしまいました。
保守の話に戻します。
私は保守ですが、ゲバラなど何人か尊敬する共産主義者・社会主義者がいます。
そういう「ちゃらんぽらん」なところが保守なのかもしれません。
現実的に物事を見ていいと思えば貪欲に取り入れる、良くも悪くも無節操なところが本来の保守の特徴です。
私は所得再分配や社会保障、福祉などのセーフティネットを重視しているといった面では、社会民主主義者に近い部分もあります。
年功序列(=年齢とともに給料も役職も右肩上がり)はさすがにこれからの日本では難しいと思いますが、終身雇用にも私は肯定的です。
人材確保が難しい中小零細企業を中心に終身雇用が再度見直され始めていますが、従業員が安心して働けるというのは経営者にとってもメリットは大きいと思います。
いつリストラされるかに怯えて上司の目をいつも気にして働くのと、そうでないのとでは従業員が生み出す成果には雲泥の差があるのではないかと考えています。
実際私は今現在は片田舎の零細企業で働いていますが、自ら辞めない限りは雇用は確保されています。
数年前からは経営環境が厳しくてボーナスは殆ど出なくなりましたし、生活は決して楽だとは言えませんが、仕事のモチベーションが下がることはありません。
それは周囲の人も同じです。
会社が潰れたら終身雇用に何の意味もないことを皆理解しているからです。
日本的経営を絶賛していた経営学者のドラッカーに再び注目が集まっているのも納得です。
時代が違いますから昔のやり方をそのまま当てはめることはできませんが、日本のいいところを残しながらグローバル化に対応していくことも可能なのではないでしょうか。
自民党が長期政権を維持し日本の企業が高度経済成長を成し遂げたのは、意識的にせよ無意識的にせよ日本の風土に合わせながら現実に柔軟に対応できる力があったからだと思います。
この力が今の日本は弱くなっているような気がします。
ここまで書いてきましたように戦後日本の伝統的な保守は独特なもので、世界的な保守の概念とはややズレがあります。
私も海外の保守政党は嫌いなものが多いです。
ところが最近はここにもグローバル化の波が押し寄せたのか、日本の保守が世界の保守にだんだん近づいています。
日本では「新しい」保守ということになるのでしょう。
「行動する」保守などというのもいるようですが、かつての右翼と違って弱者をターゲットにして時には暴力的な「行動」に走る彼らには嫌悪感しか感じません。
また時代錯誤のイデオロギーを絶叫する「真正」保守にも共感するものは全くありません。
そもそも異質なものを認めずに同質性を強制し、過激な主義主張をする不寛容なやり方は保守とは最も対極にあるものであり、もはやそれは保守でも何でもありません。
彼らが安易に「保守」を標榜することで保守のイメージがすっかり悪くなったのは本当に残念なことです。
ラムズフェルドがイラク戦争に反対したドイツやフランスを「古い」ヨーロッパと揶揄したように、彼らは私のことを「古い」保守だとバカにするのかもしれません。
それでも私は日本には何でも新しいものをよしとするアメリカよりも、古い伝統や文化を重んじるヨーロッパのような国であってもらいたいと思っています。
新しいもの=善、古いもの=悪などという単純な話ではないはずです。
私のような考え方の保守はすっかり少なくなってしまったようです。
でも昔は良かったなどとノスタルジーに浸るつもりはありません。
いつかまた「古い」保守が見直されるよう、私は保守にこだわっていきたいと思っています。
すっかり長くなってしまいましたが、私はこのような考え方に基づいて
ぶこめを書いています。
私の考えが全て正しいとは思いませんし、ましてや人に押し付けるつもりもありません
共感を持ってくれる人がいれば嬉しいとは思いますが、人はそれぞれ自分の人生経験や環境などに基づいて考え方が形成されていきますから、他人の意見をちょっと聞いたくらいで簡単に考え方を変えることはないでしょう。
そういう私も昔からこういう考え方だったわけではありません。
若い頃の方がもっと理想主義的だったと思いますが、社会に出てからは良くも悪くも段々現実主義的な傾向が強まってきたんだなと思います。
y_arimさんはプロのライターさんなのでしょうか。
アニメも描かれているようですね。
私はその辺のジャンルはとても疎いのでよくわからないのですが、はてなにもずいぶんとファンの方がいるようにお見受けしました。
ペンで人に訴えるお仕事をされている方にはやはりペン(というかキーボードですが)でご返事しようと思い、このブログを書きました。
手紙らしいのは最後の部分だけになってしまい申し訳ありません。
素人が長々と書いたものを読むのは苦痛だったかもしれませんが、どうかお許しください。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。