オバマ米大統領は、対外的に米製品へ市場を開放するよう求める姿勢を強めているが、変化を期待できる輸出市場として、第一に挙げられるのが日本の牛肉市場だ。米国はかつて、この日出ずる国に(年間)最大14億ドル(約1300億円)の牛肉を出荷していたが、日本政府はBSE(牛海綿状脳症)発生を受け、2003年12月に輸入を停止した。
先週日本を訪れたトム・ビルサック農務長官は、あらためて輸入再開を要請。残されている制限を1度に撤廃することにこだわったブッシュ前政権とは違い、段階的な解除を受け入れる姿勢を示した。米側のある種の譲歩だとはやされているが、米国産牛肉に対する制限の全廃という最終的なゴールは変わっていない。この要求は、BSE問題を所管する国際獣疫事務局(OIE)の調査結果とも整合性が取れている。
米が、かつて同国の輸出先として最大だった日本への牛肉輸出再開を求めることは理にかなっている。日本政府は06年に制限を一部撤廃し、月齢20カ月以下の牛肉については輸入を認めた。しかし、まだ先は長い。米では季節に沿って牛を育てているため、20カ月以下という制限は、夏に処理した牛しか日本に出荷できないという意味になる。冬の間は供給がないとなれば、1年中供給を必要とする食料品店や外食店にとっての米産牛肉の魅力が薄れる。
巻き添えを食っているのは日本の消費者だ。牛肉価格が世界的に上昇を続けるなか、輸入が人為的に抑えられているため価格が一段と高くなっているだけではない。米産牛肉の価格が本来より高いのだ。米の生産者が、月齢制限を守るためのコスト(牛の生まれた日の記録など)の転嫁を余儀なくされているためだ。また、牛丼など一部の料理は、若い牛の肉では味が劣るという食通もいる。こうした事情がすべて相まった結果、月齢制限にもかかわらず昨年の米の対日牛肉輸出額は4億ドルを上回った。
こうした状況をものともせず、赤松広隆農林水産相と鳩山由紀夫首相は策をろうしているようだ。赤松農相は協議再開には合意したが、なお進展は遠いもよう。同相はビルサック長官との会談後に、「残念ながらお互いの考え方には距離がある」と述べた。
外国産の「安全でない牛肉」への弾圧は、この有数の農業保護国ではよくある術策だ。少なくともBSEは実際に起きている。日本政府は1980年代には、日本人の腸が欧米人より長いため、米国産牛肉は適さないと主張していた。数カ月後に参院選を控え、鳩山首相と赤松農相は米産牛肉輸入の制限緩和というリスクを取りたくないのかもしれない。両相は、08年に輸入再開を決めた韓国の李明博大統領が数週間の街頭デモという洗礼を受けたことを知っている。
しかし、日本で問題なのは牛肉だけではない。健康や安全に関する懸念を保護主義の隠れみのにしないためには、科学的根拠に基づいた輸入基準が有用なのはどの国も同じだ。設計上の欠陥か単なるドライバーのミスかわからないが、意図しない加速が米国内で政治問題になっているトヨタに聞くといい。日本政府が輸出企業や消費者を助ける上で、完全に安全な米産牛肉に市場を開放するよりもいい方法は何か、と。