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[18734] 【習作】 Amber Horizon (仮)  (ネギま・オリ主)
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/10 16:33

【注意】
・今回の作品は非常に多くのオリジナルキャラクターが登場いたします。
 原作の世界観を壊さないよう出来る限りの配慮は致しますが、物語の展開如何によっては見る方によっては『原作レイプ』と揶揄される様な展開も起こり得る事を承知して頂ければ幸いです。

・私が書いていて、今作のオリジナル主人公はどちらかというと『最強系』と呼ばれる部類に属するかと思われます。
 又、原作キャラクターとのカップリングも御座いますので、注意して下さい。

・誤字・脱字・表現が拙い等、文章力が至らないところも多々あるかと思いますが、それは全て私の実力に依るものです。
 誤字・脱字・感想等は随時掲示板に書き込んで下さると嬉しいです。




それでは、魔法先生ネギま二次創作小説『Amber Horizon』始めていきたいと思います。



[18734] プロローグ
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/10 16:40
「ねえ、どうして夕焼け空がきれいに見えるのか、知ってる?」

 ブラックアウトの視界から聞こえてきた、ひどく懐かしい声。

 その幼い声音に導かれる様に、少年の意識はゆっくりと浮上する。



 開かれた瞼の先に見えたのは、濃い橙色に染まった空だった。

 一面に展開される草原のベッドは、背中に心地よい感覚を与えてくれている。

 そんな雲一つ無い快晴の空の下、横から再びあの耳をくすぐるような声が耳朶を打つ。

「ねえ、聞いてる?」

「あっ……うん」

「じゃあ、ちゃんとこっちを見て答えてほしいな」

 声に促されるがままに首を横に傾けると、そこには少年同じように横たわっている少女の姿があった。

 そう、忘れもしない少女の姿が。

「シュウちゃんの答えは……ハイ!!」

「え、えっと……そんなのわからないってば」

 困惑気味の少年に、向かい合った少女はただクスクスと笑いを堪えるので必死だった。

 もっとも少年自身、彼女の笑みが小馬鹿にした類のものでは無いことは感覚的に知っていたのだが。

「そうだよね、私もお母さんから話聞くまでわかんなかったもん」

 正直今もよくわかんないけど――そう前置きしてから、

「正解はね、死んじゃった人の『じゅんすいなぜんい』が集まってるからなんだって」

「ほんとによくわかんない答えだね」

「うん、お母さんにも子どもには早すぎたかもって」

 そう言いながら、彼女が身体を起こす。

「あ、葉っぱついてるよ」

 両サイドで黒い髪の毛を結いたツインテールの束に絡みついた草を取り出してあげる。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

 些細なやりとり。なのに少年にはそれが堪らなく嬉しかった。

「それじゃ、お礼にもう一個問題出してあげる」

「えー、そんなのうれしくないよー」

「だって今シュウちゃんにあげられるのないんだもん」

 そう言われると、少年に反論の術は無かった。

 正確には皆無という訳では無かったのだが、そのお礼を求めるのは恥ずかしいことだと自覚して言い出せなかったのだ。

「それじゃ問題。人が天国に行ける条件ってなーんだ」

「またむずかしいよー。答えられないよ、そんなの」

 もはや答えを放棄した少年に、少女は小さく溜め息を一つ。

「最初っから無理なんて思っちゃ駄目だってば。そんなんだからいつもみんなからいじめられちゃうんだよ」

「そっ、それとこれとは関係ないだろ!!」

 はいはい、と歯牙にもかけない様子で少女は続ける。

「……欠点が失くなった時なんだって」

「え?」

「お母さんが言ってた。人はみんな欠点をもって生まれてくる。人生はその欠点を見つけてうめあわせるものなんだってさ」

「ふーん、そうなんだ」

 水平線に沈みゆく太陽を眺めながらそう嘯く少女に、少年は何となく同意する。

 深い理由なんてないし考えてすらいない。ただ本当に、何となく頷いた、ただそれだけの事だった。

「だから私は欠点を持ったままでもいいかなって。まだしょうらいの夢も叶えてないしね」

 シュウちゃんは? ――少女の問い掛けに、少年は少し考えてからこう言った。

「だったら僕もだな。りおんがそういうなら、僕も頑張ってみるよ」

「うん、そうだよ、一緒に頑張っていこう」

 その言葉を最後に、唐突に映像が途切れる。

 あたかもテレビの電源が切られるように、無慈悲かつ無機的な途絶え方をしながら。

 緩慢な世界から一転、再びブラックアウトと化した視界の中で、意識だけ取り残された少年が静かに呟く。



 

 ――なあ莉音、俺に足りないものって一体何なんだ?





[18734] Chapter-01
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/15 08:17
2003年6月26日

『当機は間もなく新東京国際空港に着陸いたします――』

 人間こういう着陸前のアナウンスは不思議と耳の奥まで入ってくるものらしい。そんな些事を思いながら、少年――萩坂秀一はゆっくりと目を覚ました。



 懐かしい夢を見たのは久しぶりの事だった。少なくとも南アジアの地に赴いていた一年間はそんな夢を見る時間も精神状態になる暇も無かった。そんな夢想に浸っている暇があるなら、少しでも現地の内紛状態の改善に尽力するのが当然の義務だと考えていたから。

 それだけに、突然の単独任務の通達には驚きを禁じ得なかった。

 もう一度詳細を確認しておこう――秀一はバッグのポケットに挟んでいた封筒を手に取る。二重に封をされていたあたり、それなりに機密度も高いものだということなのだろうが。

「……にしては、内容が割に合わないよなー」

 実際封筒を渡してくれた上司ですら、バカンスのつもりで楽しんでこいと苦笑を交えて言ってくる始末だった事を思い出す。
 もし本当に内容が文面通りだとしたら、こういうのは新米に経験を積ませるなどして、自分を早く最前線に戻してくれというのが本音だったりする。

「ま、実際現場に赴かないと判らないよな」

 事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ――飛行機に乗っている間流れた映画の台詞が脳内再生される。
 その言葉の重みを秀一はこの一年間で痛いくらいに理解させられた。自分の能力が純粋なまでの盾にも矛にも成り得る事もまた然り。

「……まあ、散文的な刺激もたまには必要だわな」

 詩的な日々しか存在しなかったネパールでの一年を冷静に振り返ってみても、あまり喜べる話題は無に等しかった様に思える。
 内戦の最前線に立会った十六歳の少年の目に常に映ったのは血と骨と怨嗟と悲鳴ばかり。正直赴いた直後はショックで精神を病む日々だったが、時間の経過はその感覚をも容赦なく鈍らせてくれた。

 そんな非日常に慣れてしまった彼にとって、今回の単独任務の遠征は感覚をリセット出来るチャンスではないのかと前向きに捉える事も出来る。
 つまり、今の秀一には、現場に戻りたい気持ちとここで平穏という名の温かみを再確認したい気持ちがぶつかり合っている状況なのだ。
 そんな相反した感情を内心で渦を巻かせつつ、スーツに身を纏った少年は再び文面に目を通す。



 任務地:麻帆良学園都市
 任務内容:連日の騒動に関して麻帆良学園理事長との会談及び学園都市全体の調査



「……やっぱり、ネパールのと比べると大分穏やかな任務だよなー」

 もっとも最初の任務地も、当初は視察程度のものだったのだ。しかし、人民解放軍の急速なゲリラ戦の展開により、結果として鎮圧活動へと変化していったのだ。そういう意味では油断は禁物なのかもしれないが。

「さて、どんな運命が待っているのやら」

 視線を窓の方へとやる。眼下には、空港の滑走路が大きく展開されている。
 もうすぐだ――日本人の名を持っておきながら日本に来たことが無かった彼が初めての日本の地に足を踏み入れるまで、もう間もなくのところまで来ている。





 平日の空港のホームは、あまりごった返した様相を呈さなかった。お陰で荷物の受取りなどもスムーズに進む。
 ロビーを闊歩する秀一の視線は落ち着きを取り戻せずにいた。視線を向けた至る所に日本人がいるこの環境に、一人感嘆の声を漏らしていたからだ。
 周囲を日本語が飛び交っているのは、少年からしてみれば余りに新鮮な印象だった。過去に日本語で会話をしたのは魔法学校での一時期にまで遡る事になる。
 その日本語を会話として当たり前の様に使っている光景は、機内で見た夢とも相まって、彼にセンチメンタルな感情を呼び覚ましてしまった。
 生まれて十六年目にして初めて覚えた帰属意識を胸に、彼の足はそのままモノレールのホームへと向けられる。



 空港から麻帆良学園まではモノレール、JR線を乗り継いで凡そ二時間ほどの時間を要する。時間通りにやってくる電車に驚きつつ、浜松町からJR線へと乗り換えた秀一は、座席に腰を落ち着けるなり早速鞄からファイルを取り出す。
 中に挟まれていたのは、彼の所属するNPO法人『祝福の息吹』が作成した麻帆良学園都市に関する書類だった。
 書類には、麻帆良学園都市に関する基本データや統計一覧、また学園都市内独自の治安組織に関する詳細などが十数枚に及ぶレジュメとして記されているが、そういうのは後回し。
 まずは今回の視察の背景に関する文面に目を通した。

 この世界では、多くの魔法使いたちが様々な分野で貢献している。勿論、そういった事実が公の場で発表される事はほぼ皆無に等しいし、程度も大なり小なりとバラバラである。
 秀一が所属するNGO団体『祝福の息吹』はアメリカはイェールを拠点に、主に和平仲介活動を請け負う集団である。和平仲介活動と名前からは政治的な印象を受けるが、実態は中立の立場の下、双方の和平の為にあらゆる手段を講じて紛争または内乱を抑えるのが主となる。そう、あらゆる手段でだ。

 こういった権限をどうして持つことが出来るのか、秀一も配属当初は疑問に思ったが、それも本部に足を運んで直ぐに理解出来た。
 この団体の拠点地はイェール大学の敷地内に存在する――つまり、このチームの後ろ盾には例のイルミナティが付いているのだと彼は察し、事実中心人物の経歴を辿ってみるとその通りであった。
 なるほど、設立十数年で一躍世界でも名だたる組織となるのもそれなりの訳があったのだ。

 実質国防省直轄ともいえるこの団体が現在関わっている地域は大きく三つ。
 一つは中東、もう一つは東南アジアである。
 この地域の紛争などは日頃新聞などで大きく取り扱われることも多いが、対立の根源は余りにも深い部分にまで根を張っており、一中堅団体がどうこう出来る状況ではない事を痛感しているのが現状だ。
 そして最後の一つとしてあげられるのが、これから秀一が赴く日本である。
 近年日本に入ってくる魔法使いの数が急速に増えており、また国内の魔法使いの技量が少し上がっているのだ。宗教に固執しない気質が、結果として国力の上昇に繋がっている、というのが上層部の推察である。
 国力の上昇は即ち今後の魔法使いの世界に於ける外交に大きく影響を及ぼす可能性がある。当然、それが表舞台の外交にも間接的に影響を与える危惧は、秀一自身の立場からも容易に窺える。

 今回彼が訪れる麻帆良学園都市は、その中でも特に視察の必要がある地域だと上司の面々が注視していた事を思い返す。魔法使い達による情報漏えいの防止によって陸の孤島と化していたこの都市は、ここ数ヶ月の間に様々な問題を引き起こしていた。
 特に『関西呪術協会と関東魔法協会の京都での小規模対立』及び『学園都市世界樹の大規模発光』に関する報告書は、秀一の目にも無視し難い内容として映る。日本でも最大の魔術組織が己の管轄都市をしっかり管理しきれていないのは、確かに諸外国の目からすると良い印象を受けないのは当然と言えよう。
 今回の視察では、関東魔法協会の理事長でもある麻帆良学園長・近衛近右衛門から直接事実を聞き出すのが最大の任務となる。そして、学園都市全体の調査というのは、恐らく三週間という長い調査期間設定を潰させる為のおまけといったところなのだろう――文書に目を通しながら秀一は思った。

 レジュメの最後の方には、麻帆良学園都市の自治組織のメンバーリストが添付されてあった。下は小学生くらいの子から、上は還暦を過ぎた者まで、その数は数百人にも及ぶ。もし有事の時にこの面々が一斉に動くのだと考えると、実はかなり強力な組織と成り得る事が想像につく。
 それらを適当に眺め、眺めて、そしてピタっと動きが止まる。

「そっか……アイツもここにいたんだっけ」

 視線を釘つけにした一人の少女の名前。かつて出会った彼女のその姿が瞼の内側でフラッシュバックする。
 一緒にいる期間は短かった。だけど、目標に向かってひた走る彼女の姿に感化された記憶がゆっくりと引きずり出される。

「元気でやってんのかな、アイツ……」

 自分勝手な想像を膨らませながら、電車は淡々と秀一を新たな『最前線』へと運んでいく。




[18734] Chapter-02
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/15 08:25
 電車に乗る事およそ一時間半。麻帆良学園都市駅のホームに降りた時には、座席の背中に直に射してきた陽光もかなり西の方へと傾いていた。時間的に考えても、学園長との本会談は明日へと持ち込みにせざるを得なそうだと考える。

「正直挨拶も明日に持ち越しでもいいと思うんだけどな……」

 しかし、ちゃんと日程が決まっている以上、形式的な挨拶は今日中に済ませておくべきなんだろうな。思わず秀一の口から溜め息が零れる。
 駅の改札へと向かう間、不意に四日前までいた現地の記憶が掘り起こされる。ネパールにいた頃などは、一刻の判断の遅れが多くの国民の命を左右しかねない状況下にあった。当然妥協なども許されるハズも無く、彼は毎晩不眠不休の日々を送らざるを得なかったのだ。
 両者を比較しても、彼にとって今回の任務は、半ばバカンス同然といった様なものだという認識が固まりつつあった。確かに仕事そのものに手を抜くつもりなど毛頭ない。しかし、これまでの場所が場所だっただけに、どうしても張り詰めた緊張の糸も緩んでしまうのは無理もなかった。
 そんな弛緩したメンタリティのまま、秀一は切符を改札へと通す。進路を塞いでいた小さな門扉が開かれた先を、彼は何の気なしに踏み込んでいき、

「……ハハ、すごいな」

 俺、日本に来てるんだよな――そう錯覚を覚えさ得る程に、眼前に展開された景観に、秀一はただただ圧倒された。
 駅前から見渡す限りの石畳の通路も、沿道に展開する商店街も、この街に辿り着く前まで一瞥してきた光景と比較しても、この都市は明らかに浮いているとしか言いようがない。なるほど、陸の孤島と言われる所以が秀一にも感覚的な面ではあるが納得してしまった。

「取り敢えず、学校へ行かないとだよな……」

 そう言って、封筒に同封されてあった学園都市の地図を広げてルートの目星を付ける。しかし、地図を広げてみて改めてこの学園都市の大きさを痛感させられる。

「本当にこの街一つで人生送っていけそうだな」

 野暮な独白を濃橙色の射光に零して、秀一は底が擦り切れかけたスニーカーで学園都市への一歩を踏み出すのだった。


 腕時計に目をやる。午後五時四十分――ざっと目を通した資料を読む限り、そろそろ学園都市内の中高生も部活動の時間を終えて帰路につく時間となるのだろう。事実、秀一の進行方向とは逆に、周囲の制服に身を纏った学生の群れが駅の方向へと歩んでいるのが何よりの証左といえる。
 制服の行軍が送る注視の洪水に些かの羞恥心と疎外感を覚えつつも、約二十分の道のりを経てようやく学園長室がある女子校舎のエリアに到達した。

「うわーかなり痛い視線を受けてる気がするんですけど……」

 仮に視察という名目上で依頼を受けているとはいえ、中身は思春期真っ只中の十六歳の少年だ。そんな彼が果たして花も恥じらう乙女の領域に、しかも制服ではなくポロシャツ七分丈ズボンというバックパッカー然とした格好で歩くという状況にあっては、筆舌に尽くし難い心境に陥るのも無理なかった。
 まさかこんな所に落とし穴があるとは。視線を一切曲げる事もせず、周囲の双眸から放たれる不審という名の槍の攻撃に耐え忍びながら、秀一は目的地の学園長室の前まで辿り着いた。
 足を止めて、小さく深呼吸。ここからはモードを切り替えて行動をとらなければならない。既に本部から連絡は行き届いているとはいえ、相手は初対面の人間である以上、下らないポカだけは避けたいという思いがあった。
 対人コミュニケーションの基本として、まず第一印象を良くする必要がある。人がその人の印象を脳に刻みつける時間は約六秒とは上司の談。その時間の行動如何で、その後のやり取りにも大きく影響を与えることだってあるのだ。

「……よし」

 音には出さず口元だけそう動かすと、秀一は右手の甲で見るからに重厚そうな眼前のドアを二回叩いた。コンコン、と想像よりも軽快なノック音からしばらくして、「入ってきなさい」との声。温情味溢れる声音に、背中を緊張が駆け抜けていく。それでも臆することもせず、秀一はそれまで右手に掛けていたドアノブを時計回りに回すと、一気に引いた。

「失礼します」
「長旅ご苦労じゃった。適当にくつろいでくれて結構じゃぞ」

 最敬礼の角度でお辞儀をする秀一に対して、近衛近右衛門の対応は意外にも砕けたものであった。若干の拍子抜けをしたものの、すぐに上層部からの連絡がこの老獪さを湛えたこの男性にしっかり伝わっているのだと解釈する。

「初めまして、萩坂秀一です」
「近衛近右衛門じゃ。ようこそ麻帆良学園都市へ」

 お互いに名刺交換を交わしてから、学園長の手に促されるようにソファーへと座り込む。

「もう出来上がってたんですね、書類……」

 事務処理用の机の傍に設けられたソファー、その中心に置かれた大理石の長テーブルには既に報告用の書類が周到に用意されてあった。カバー本一冊分はあるのではという報告書の束に、改めてイニシアティブを秀一自身が握っていることを確信する。

「こういう事態がいずれやって来る事は想像出来たからのう。備えあれば憂いなしというやつじゃよ」
「ことわざですか、それ?」
「そうじゃった、確か初めての来日じゃったかね、君は?」

 近右衛門の問い掛けに、ソファーに身体を預けた秀一は小さく縦に頷いてみせる。

「じゃったら、日本人としてお土産の一つに覚えて帰っても損はないと思うがの。」
「それでは有り難く頂戴させて頂きます」

 満面の営業スマイルで返してから、咳払いを置いてざっと資料に目を通し始める。

「それで、どうするかね? 長旅とかで疲れておりはしないか?」
「このまま話すのもいいでしょうけど……いや、やっぱり明日にしてもよろしいでしょうかね?」

 秀一自身、ここまでの資料が用意されているとは考えていなかった。せっかくあっさり情報を公開してくれたのだから、それらをしっかり咀嚼分解して、自分から短時間且つ効率的な話が出来るよう再構築して臨んだ方が、双方にとっていいのでは。

「今日中に目を通して……明日空いてる時間は?」
「午前中なら暇を持て余しておるが、それで問題ないかの?」
「それだけあれば十分です」

 プリント束の端を机で揃えてから、クリップで留める。

「そうじゃ、さっき君の上司から連絡を受けた際に忠告されての、」

 そう言って、僕へ薄い封筒を手渡す。

「この小切手で、服の一着二着でも買ってくれ、との事じゃ」

 小切手に記された額に、思わず嘆息する。とてもじゃないけど一着二着の為にレジに提示するのもおこがましく感じてしまうような金額だったからだ。

「ついでにその中に滞在用の家の地図も入っておるから、目を通しておいとくれ」
「わかりました」

 そう言って、部屋を出ようと踵を返したところで、

「ふむ、確かに新しい服を新調してもいいのかもしれんのう」

 背中越しから聞こえた吐露に、堪らず首を反転して反応する。

「お気遣いありがとうございます。ですが、私としてはこれでも構わないので」

 改めて自分の服装を見直す。白色に黒いストライプの入ったポロシャツに、膝下まで隠れる七分丈タイプのヴィンテージズボン、そしてとどめの擦り切れ底のスニーカー。確かに、迎え入れられた客人の格好としては似つかわしくないといえるのかもしれない。
 それ故に、彼の口がふっと開いた。

「正直申し上げますと、もうこの服に着慣れたというのもあるのですが……」

 砂埃がこびり付いた服装を目にしてから、そのまま近右衛門に双眸の先を向けて、こう告げる。

「この服にはですね、砂埃や汗だけじゃなくて、『罪』も染み込んでるんですよ」
「罪……とな?」

 一段トーンを落とした訝しげな声音に、秀一は破顔一笑でこう答えてみせる。

「判断を誤った結果、百人単位の集落一帯の命を死の淵へと追いやった事。強硬な反乱活動阻止の為、反乱軍の殲滅に加勢した事。すっかり洗い流されてわからないかもしれませんが、この服には何百人もの血と肉が染み込んでるんですよ」
「………………」

 驚愕の表情をもって押し黙る学園長を尻目に、視察担当の少年は自嘲の色を残したまま、颯爽と部屋を出ていった。
  




[18734] Chapter-03
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/15 08:34
 不意に空を見遣ると、一帯はすっかり濃紺のカーテンコールに包まれているのに気付かされる。そこから吹き下ろされる涼やかな夜風を背中に受けながら、秀一は同封されていた地図を見ながら道に次ぐ道を歩き続けていく。

「で、地図の通りだと確かここら辺のはず……」

 周辺を見渡してみるが、一面の芝生模様しか存在しない。更に遠方へと視線を回してみるが、右手には湖が、左手には雑木林が広がっており、家の一つも見かけられないとはどういう事だろうか。

「不自然過ぎるだろ、こんな芝生のど真ん中に家なんてよ……」

 傍から見てもおかしいと思える立地に、木造のコテージが一つ建っている。
 もしかして、俺の為にわざわざ建てたとか――いやいや、自意識過剰過ぎるだろ。そんな脳内に展開された妄想を払拭しながら、秀一は指し示されたコテージの中へと入っていった。

 電気を点けて家の全容が明らかになるが、どうみても突貫工事で作られたものとは考えにくい構造を晒している。トイレ、システムキッチン、ネット回線、そして檜風呂の付いた二階建ての建物なぞ、イベント設営の様に一週間そこらで完成出来るものではない。なのに、鼻孔には新築の家特有の木々の柔和な香りが絡み付いてきて。

「……深く詮索するのは止めよう」

 その労力はもっと別の事に割くべきだと悟った秀一は、早速手を洗おうと洗面所へと向かう。
 水道の蛇口をひねり出して、ふと何かを思い出したように声を零す。

「そういえば、あの人俺の手について何も言ってこなかったよな」

 服のことは言及しておきながら――その囁き同然の独白は、自分の右手へと向けられる。
 掌に刻まれたタトゥーは赤い幾何学模様。シルピンスキー・ガスケットの線に沿って、無数のラテン文字の列が肌の上を埋め尽くす。
 それは少年を屈指のエリート校であるジョンソン魔法学校の首席卒業へと導いた、禁断の力。少年の好奇心と努力が掴んだ、未知数の魔術式だ。

「多分、お偉いさん方の耳には行き届いてるんだろうな、この力は……」

 今度の呟きは、決して自意識過剰から発したものではない。事実彼はこの力があったからこそ、アメリカの秘密結社をバックボーンとする巨大NGOの一員としてスカウトされたのだ。少なくとも、先進諸国の魔法協会には、秀一の開発した新型魔術式の一端は知られているのかもしれない。

「まあ、手の内全ては見せてないけどさ」

 ふぅ、と一息ついて蛇口を締める。と同時に、今までの抑えていた疲労がどっと身体の至る所を侵し始める。始めて訪れた土地に対して、これまで張り詰めていた緊張の糸がプッツリと途切れた瞬間だった。
 参ったな、まだ書類を読む作業が残ってるのに――心中とは裏腹に、それを実行するための思考がついてきてくれない。無理矢理魔法の力を自らにかけるという手もあるのかもしれないが、あまり気が進まない。魔法に依存する人間にはなるな――魔法学校時代の校長から言われた言葉が脳裏でリフレインする。

「取り敢えず、気が緩んだ時点で既にアウトだよな」

 無理矢理起き続けて読んだところで、思考が追いついていなければ、ただ読んだだけにしかならない。それよかは思い切って寝てしまって、翌日短時間で目を通した方が遙かに効率は良くなるのではないか。

「……よし」

 小さく頷いて、秀一が選んだのは後者の方だった。半睡半醒の状態に陥っていた状況にあっては、最早選択の余地も無いに等しかった。
 ベッドに後ろを預ける。柔らかい心地が徒労を滲ませた体躯を包み込む。

「しまった……シャワー浴びるの忘れてた……」

 不意に湧き上がった後悔の念も睡魔に丸ごと呑み込まれ、萩坂秀一の来日初日は静かに幕を閉じるのだった。




[18734] Chapter-04
Name: 一貴◆cf35ba14 ID:36d91916
Date: 2010/05/15 23:03
 終業のチャイムが学校中に響き渡る。長い座学から開放された学生たちの多くが、ゲートから放たれた競走馬の如く校舎から出て行く。
 足早に学校を去って行く生徒たち。疾走感に満ち溢れる彼らの背中を見やりながら、少年は一人、校門とは真逆の方向へと足を進めていった。

 学校の裏手にはグラウンドだけでなく広大な緑地も広がっている。緑地といっても実際は樹林の様相を呈していて、放課後になると様々な目的を持った少数の生徒達がこの場所を利用しているのだ。

「よし、ここら辺なら誰もいないよな……」

 周囲に人がいないかをしっかり確認しておく。時折、樹木の裏側でカップルが愛の情交に浸っていたりする時があったりするので、これだけは怠るわけにはいかないのだ。
 安全を確かめてから、少年は鞄の中から一冊のノートを取り出す。

「えっと、前回は十五秒まで持ち込めたから、今日はまず遅延時間を倍まで延ばそう」

 目標を定めて、『応用魔法実践ノート』と銘打った冊子を静かに閉じると、早速少年は静かに練習に取り掛かり始めた。

「si vis amari ama ――」

 静かに紡ぎ出される呪詛の連なり。それに応じるように赤い魔法陣が展開される。基本呪文『魔法の射手』を諳んじながら、前回の感触を頭の中で思い出していく。

『遅延詠唱三十秒――魔法の射手、光の十一矢』

 魔法陣がふっと消無する。まず術式までは無事に成功した。とはいえ、ここから三十秒間、しっかり魔力をコントロール出来なければ意味が無い。外気に漂うエネルギーを随時取り込んで、しっかり術式の均衡を保つ。

 十五秒経過。前回はここまでが限界だった。
 二十秒経過。まだいける。
 二十五病経過。よし、後五秒。
 四、三、二、一――


 ズドン!!! と背後から巨大な地響きが少年の耳朶を打つ。


「…………失敗だな」

 不意打ちに驚いたあまり、構築していた術式はすっかり崩れてしまっていた。だが、少年の表情に嘆きの色は見当たらない。それ以上にあの音の正体が何なのか把握しようと、彼は一目散に駆け出していた。

 茜色に染まる空に、もくもくと込める灰色の煙。誰かが攻撃魔法の詠唱に失敗したのかもしれない。仮説を打ち立てながら、少年は木々の間を疾駆する。
 現場に近づくに連れ、周囲を灼ける様な熱さが支配し始める。どうやら張本人は炎系統の魔法を使ったとみえる。
 歩を重ねる毎に、肌に当たる熱はその勢いを増す一方だ。これは下手したら一大事になり兼ねないぞ――危機感を抱き始めたときには、既に少年の口からは詠唱文が衝いて出ていた。
 視界の先、木々の間から見えたのは獰猛な赤橙色の塊。そこに照準を定めて、

『魔法の射手、水の二十七矢!!』

 躊躇はしない。双眸の先に見える一点に、全ての矢を放っていく。木々に燃え移った炎の勢いは静まった様に見えるが、尚も鎮火させるには程遠い状況には変りない。

「こんな特訓メニューは想定外過ぎるんだけど」

 内心で毒づきながら、秀一は立て続けに水系統の呪文を放ち続ける。
しかし少年が習得していた水系統の呪文は、魔法の射手、流水の縛り手のただ二種類だけ。とてもじゃないが燃え盛った炎柱を抑えるには心許ないとしか言い様が無い。

「ハァ、ハァ……ったく、何処にいるんだよ魔法失敗した犯人は」

 息を切らしながら、少年は尚も火の手を掻き分け続ける。最早自分の魔力が底を尽きかけ始めた、その時だった。

「この子か、犯人は……」

 少年の双眸を捉えたのは一人の少女。熱さにやられたのか、それとも魔法の失敗による反動なのか、既に意識を失っている状態だった。

「そろそろ先生方も来てもいい頃合だろうに……」

 少年は改めて少女を見遣る。ギンガムチェック柄のスカートに左右両サイドで纏めた髪型に、そして。

「あれ、もしかしてこの子……日本人?」

 そっとうつ伏せの状態だった少女の身体を仰向けに反転させて、ふと気付かされる。正直、驚きだった。このアメリカの魔法学校に、自分以外にも日本人が通っていたなんて。
 パチパチと音を立てながら、細長い木が地面へと倒れていく。もうこれ以上の長居は出来そうになかった。

「ホントは、したくなかったんだけどな」

 急に目を覚まさない事を心の中で祈りつつ、少年は彼女をお姫様抱っこするする形で抱えた。華奢な身体から伝わる重みが責任感の重みへと変わっていくのを感じながら、彼は全力で灼熱地獄の中を駆け出す。
 魔力が底を尽きかけている以上、魔法も最大限に節約しなければならない。当然精霊魔法の類を使うわけにはいかなかった。代わりに、腕に抱えた少女への結界に残りの魔力を注いでいく。

「持ちこたえてくれよ、俺の身体……っ!!」

 熱さを感じなくなって、いよいよ少年自身にも危険が及んでいることを自覚する。もう数十歩の辛抱だ――数歩刻む度にそれを呪詛の様に呟き続けながら、その足を止める事を決してしなかった。いや、止めるわけにはいかなかった。
 ――ここで止まったら、あの時の二の舞いだと判っていたから。


「……あれ……ここは?」
「ようやくお目覚めかな?」
「え……?」

 少女の耳元に届いた言葉は、ひどく聞き慣れた言語をしていた。

「しかし、君はとんでもない事をしでかしたみたいだね」
「へ……って、ああっ!?」

 思い出したように悲鳴を上げる少女に、少年の指し示す指が更なる追討ちをかける。少年の指先では、森林の一角から立ち込めた煙を魔法学校の先生総出で鎮火に取り掛かっている光景が広がっていた。

「あわわわ、ど、どど、どうしよう!!!」
「気にしなくても大丈夫だっての。先生からしたら、魔法の失敗で森林火災なんてもう慣れっこだと思うよ」

 さすがにここまで大きい火災は無かったと思うけど――そこまで口にはしなかったが、魔法の失敗などから生じる火災は頻繁にあるのは紛れも無い事実だったのでそれとなく伝えておく。

「取り敢えず、同じ日本人として忠告しておく」

 コホンと咳払い一つしてから、少年は口を開く。

「まず、炎系の呪文を使う練習はあそこの森で絶対するな。いくら魔法学校とはいえ、樹木の一本一本まで防御呪文は掛けられてないからな」
「…………」

 少年は尚も言葉を継ぐ。

「それともう一つは、特訓のに於いて特定の属性魔法の練習をする時は、その属性と対になる属性の魔法も覚えておくこと」
「あ、はい……」

 少女のシュンと俯いた表情を見て、しまったと気付かされる。アドバイスとはいえ、少々口が過ぎたかもしれない。

「でも、これだけの威力ある魔法を使おうと挑んだのはいいと思うけどな。上級魔法でしょ、君が練習してたの?」
「赤き焔の収縮を練習してたんですけど……」
「なるほどね……だったら、これからここで練習すれば?」
「ここ、ですか?」

 視線をキョロキョロと動かす少女の言葉に、静かに頷く。

「学校からは若干距離はあるけど、ここは殆んど人気がないし、芝以外障害物も無いし、特訓の場としては最適だと思うけど? 使えるんでしょ、箒?」

 少年の言葉に、今度は少女の頭が縦に振られる。

「学校の正門から十一時の方向に進む。んで、二つ目に見える山がここだから。ぶっちゃけ、ここまで練習しに来てるの俺くらいだし、結構のびのびと練習出来ると思うけどな」
「えっと……何だか色々とありがとうございます」

 御丁寧にぺこりと頭を下げる少女に、少年のなかに説教を垂らす魂胆もすっかり消え失せてしまっていた。つくづく自分は女の子に甘いな。そんな事を鑑みながら、質問を振り続ける。

「ところで、あまり見掛けた事ない顔だけど……もしかして留学生?」
「はい、先週から編入したんですけど……先生の英語が聞き取りづらくて、もう授業についてくのにいっぱいいっぱいで」
「ハハ、確かに訛りが酷い先生が多いからね。もっとも入学する前から訛りに慣れてれば別だけど」

 俺みたいにね、と苦笑交じりに少年が自分の事を指さす。

「でも良かったです。こんな所で日本の人がいるなんて思ってなかったので……」

 少女が漏らした安堵の笑み。はにかみの色を帯びた口元に、相対する少年も釣られるように笑ってみせる。





 今からちょうどニ年前の事。
 萩坂秀一と一人の少女との、初めての邂逅の瞬間だった。



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