それは8年前・・・海外に行っていた父親と母親の二人を、妹と一緒に空港へ迎えに行った時だった。
笑顔で手を振ってゲートから出てくる父さんと母さん・・・妹と手を繋いで、二人に駆け寄っていた。
会えなかった寂しさ―
会えた嬉しさ―
そしてこれから沢山二人に甘えられる楽しみ―
心躍らせて、二人に向かって走っていた。
母さんは『走ったら危ない』と笑顔のまま困った様子で俺達を見ていた。
父さんは俺達の名前を呼びながら、両手を大きく広げて受け止めようとしてくれた。
だが次の瞬間、俺たち家族を紅蓮の炎が包み込む。
「うっ・・・つぅっ・・・」
どれほど意識を失っていたのか・・・ぼやける意識の中、全身を酷い熱気が襲ってくる。息苦しさに瞼を開くとそこは全てが紅にそまった世界だった。
瞳を開き、辺りを見回す・・・
瓦礫、瓦礫、炎、炎・・・
混濁する意識の中で、右手に握られたいる妹の手の感触を思い出す。
だが俺が見たのは瓦礫の中から伸びる手であった・・・
そこで一気に意識が覚醒する・・・必死に妹の名を呼びながら立ち上がり、瓦礫をどかそうとするが、子供の力では微動だにしない重さの瓦礫が妹の上に覆いかぶさっていた。
そして・・・俺が何度名を呼んでも、活発でわがままで寂しがり屋の妹が返事をすることは二度となかった。
涙があふれた・・・状況がだんだんと理解できてきた・・・知りたくもなかったのに・・・
必死に妹の名を呼びながら、父と母に助けを求める・・・だが二人がいた場所には瓦礫と炎と・・・大量に流れ出る血の溜まりが見えた。
ここはどこなのだろうか・・・地獄?
俺にはそう思えた・・・でなければ悪夢以外の何物でもない。
俺は一人、地獄に取り残されたのだ。
そしてその紅蓮地獄の炎を引き裂いて、地獄の使者達が俺に迫ってくる。
それは緑色の体色
昆虫のような角
人間ではない異形でありながら二足で歩く足
テレビで見たことがある・・・こいつら『ワーム』だ。
一匹、二匹、三匹・・・その数は次第に増え、十数匹が俺を取り囲む・・・
『このまま死ぬのか』
子供ながらにそれは理解できた・・・むしろ笑顔で歓迎したいぐらいだ。
家族のいない、一人ぼっちの地獄になど、誰が一人置き去りにされたいのか。
だから全身を襲う震えは、喜びの震えだ。断じて死の恐怖からくる震えではない。
俺はそう自分に言い聞かせた。
このまま死にたい・・・家族のいない世界などに居たくない・・・でも死にたくない・・・死ぬのは怖い、嫌だ!!
二律背反が俺に涙を流させる・・・
迫るワームの爪
恐怖と混乱で身動きが取れない俺
だが俺は出会った・・・
<<CLOCK UP!!>>
目に見えない何かがワームを瞬く間に薙ぎ払っていく。
目の前で爆発していくワーム達・・・そして・・・
<<CLOCK OVER!!>>
目の前にその人は現れてくた・・・
周囲の炎より、鮮烈にして深い真紅のボディー
蒼天のような、澄んだ蒼い瞳
そして選ばれた者しか纏う事ができない強烈なオーラ
『仮面ライダーカブト』
俺が地獄と思った世界にいながら、尚、輝きを失わない、真なる『英雄(ヒーロー)』がそこにはいた。
最後に残ったワームが、がむしゃらに攻めてくるが、カブトはその攻撃を鮮やかに片手で捌くと、腰に装備されていた『カブト・クナイガン』で素早く斬り返す。
吹き飛ぶワーム・・・そしてカブトはあえてワームに背を向けながら、ベルトの『カブトゼクター』のボタンを順番に押していく。
<<ONE!>><<TWO!!>><< THREE!!!>>
迫るワーム・・・だが、
「ライダー・・・キックッ!」
<<RIDER KICK!!!!>>
カブトの足と角に一瞬、雷が走ったかと思えば、カブトは振り向きざまの回し蹴りでワームを瞬く間に爆殺してしまう。
俺はその姿に心が奪われた・・・家族を襲った悲劇も忘れ、ただ呆然とその姿に魅入っていた。
カブトが俺のほうを見る。
「お前・・・そうか・・・」
俺が握る妹の手と、父母の流す血を見たカブトは全てを理解した・・・もう俺には何も残っていないということを・・・
そして俺はカブトに願った。
「俺を・・・殺してください・・・」
「何?」
「嫌だ・・・一人は・・・嫌だ!!・・・みんなが居ないこんな場所には居たくない!!」
「・・・・・・」
「だから、早く!!」
俺とカブトの間に沈黙が流れる・・・そしてカブトは俺に尋ねた。
「お前・・・名前はなんていう・・・」
「・・・総司・・・北郷・・・総司・・です」
「総司・・・だと?」
「・・・あの?」
「その名を持つ奴が俺以外にいるとはな・・・」
ベルトからカブトゼクターが飛び出す・・・変身を解除したその姿は、やはり何か選ばれた人間のオーラを纏った男のものであった。
「死にたいと言ったな・・・だが俺はそれを許しはしない・・・」
「!!なんで・・・どうして!!!」
「・・・おばあちゃんは言っていた・・・俺は天の道を往き、総てを司る男だと・・・だから俺と同じ名前を持つお前がそんなにも弱いままなど、俺の名において許さん・・・」
「・・・そんな・・・」
「お前は今日から『天道』を名乗れ・・・」
「え?」
「お前の今日から名は・・・『天道 総司』だ」
その時は混乱していた何のことかわからなかった・・・俺の名前が変わったこと・・・そしてそれは目の前のこの人が、俺を引き取ってくれたこと・・・
だけど俺は後で気がついた・・・
本当の『絶望』の中で、俺は自分自身を変える本当の『希望』を見つけたのだと・・・