プロレス記者の独り言

　カナダ・カルガリー市内を一望できる小高い丘にスチュ・ハートの牧場は存在する。「ハート・ランチ」（ハート牧場）の看板をくぐり抜け車で走ること約５分、スチュ・ハートら大家族が住む巨大なログハウス風の母屋が見えてくる。母屋に向かって右側にカウボーイ小屋があり、その地下室にリングをしつらえた道場「ダンジョン」（地下牢の意）がある。数々のレスラー志願者、カルガリー地区に遠征してきた若いレスラーたちがこの道場で汗を流す。時にはスチュ・ハート自らが先頭に立ってコーチ役を務め、目を光らせる。だからカルガリー地区は世界で一番のストロングスタイルが確立されたのだろう。

　そもそもスチュ・ハートは根っからのストロングスタイルのファイター。レスリングでカナダ代表になりながら第二次大戦のため２回の五輪が中止。やむなくプロの世界に飛び込んだ男。関節技と左フックを武器にした実戦派。来日経験はないが大の日本人好き。「日本人ほど真面目で勤勉な国民は世界を探してもそうはいない」と多くの日本人レスラーを招聘。その日本人の生き様を子どもたちに見せることを教育とした。

　何度目かのカルガリー取材だったかは失念したが「明日ウチでバーベキューパーティーをやろう」とスチュから誘われた。普通の感覚でいけば屋外でとなるのだが、天井のやたら高い室内でのパーティーとなった。巨大な肉のブロックをスチュ自身が巨大なナイフとフォークで切り分け塩・コショウで味付け、豪快に焼き上げていく。家の中のバーベキューにも驚いたが、白いきのこがてんこ盛り。よくよく見るとカナダ産のマツタケではないか。

「日本人が好きだと聞いたのでインディアンに山（カナディアン・ロッキー）に入らせて採ってくるように頼んだのさ」スチュはこぼれんばかりの笑顔。感謝、感激している時に、何と一頭の馬がいい匂いに誘われたのか母屋に闖入。大きな糞をボトリ、ボタンと落としたのだ。

　この時、スチュは驚きもせず「ガッデム！」と馬を追い払い、落としていったものを肉を取り分けるフォークで突つき上げ、出窓から表に放りなげ、何事もなかったかのように涼しい表情。そしてそのフォークで焼き上げた肉を取り分けようとしたのである。この大らかさ、自然とともに生きる様が８人の息子をプロレスラーにし、４人の娘をプロレスラーに嫁がせたのだと変な納得をさせられてしまったものである。