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現実世界・闘病をSFに昇華 伊藤計劃さん、没後に人気

2010年5月15日

 昨年3月に死去したSF作家、伊藤計劃(けいかく)さん(享年34)の人気が高まっている。生前には発行1万5千部だったデビュー作『虐殺器官』(早川書房)が没後に文庫化され、計約10万部に達している。この春には、未刊行作などを集めた『伊藤計劃記録』(同)も出版された。現実の問題をSFに昇華させる際の独特の作風と、がんと闘った実人生とが混じり合い、読者をとらえている。

 伊藤さんの作家生活は2年に満たなかった。

 20代で右脚にがんが見つかり、やがて肺に転移した。2007年にデビューしたときには、すでに入退院を繰り返すような状態にあった。父の進一さん(67)は「抗がん剤などの治療を受けながら、ベッドで小説を書いていた。過酷な治療だったが、書くために少しでも長く生きようとしていた」と振り返る。

 『虐殺器官』など6作が発表され、完成作は『ハーモニー』(早川書房)が最後になった。同作は昨年、日本SF大賞を受けたが、受賞は作者が死去したあとだった。

 伊藤さんの作品は「社会派小説のようだ」と評される。

 たとえば『虐殺器官』は、イスラム原理主義者がサラエボに核攻撃を仕掛けたあとの世界を舞台に、貧困と繁栄が階層化する社会を描いた作品だ。『ハーモニー』は、従来の「政府」に代わって「生府」が、健康を至上とする管理社会を築く世界だ。

 SF小説に詳しい翻訳家、評論家の大森望さん(49)は「伊藤さんはSFを、『今ここ』にある問題を描くツールにした。特に、科学技術やグローバリズムを生活に密着した個人の問題として描いている」と話す。個人的な経験が直接大きな世界観につながるような「セカイ系」と異なり、中間にある社会や環境が自らを変える切迫感が、SFになじみの薄かった20、30代にも受け入れられているとみる。

 加えて、「作家になった時から、人生の残り時間が決まっていた。その生き方が伝説化して、死後の存在感が増した面もある」と語る。

 健康を題材にした『ハーモニー』は、作者の闘病との関係も連想させる。日本SF大賞選考委員の東浩紀さん(39)は同作の選評で書いた。「(あらゆる人が)健康でなければならない世界を(略)自らの命が絶たれようとしているとき、まさにその病と闘いながら描き続けた」ことが「彼自身の生と死をひとつの虚構と交差させた」と。

 作家の存在と作品の存在が共鳴し、読者の心を揺さぶる。今も残る伊藤さんのブログには、「訃報(ふほう)によって知り、過去の日記を貪(むさぼ)るように読み、この人の紹介した作品が見たくなり、そして、この人の書いたものが読みたくなり、本を買いました」との書き込みが残っている。(高津祐典)

表紙画像

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

著者:伊藤計劃

出版社:早川書房   価格:¥ 756

表紙画像

伊藤計劃記録

著者:伊藤計劃

出版社:早川書房   価格:¥ 2,100

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