昨今すっかり定着した感のある「仕事での自己実現」というフレーズ。「やりたいこと」や「好きなこと」を軸に仕事を選ぶという作法が何だかすっかり当たり前のことのようになった感すらある。鈴木さんはこうした仕事への自己実現に対し、「半分賛成、半分反対」という。バブル期を絶頂とした消費による自己実現に比べれば、考え方としてはまとも。だが、「仕事による自己実現というのは、容易に、劣悪な環境で自分が働いていることを肯定することと同義になります」とその危険性も指摘する。また、自己実現は結果とともに、個人の意欲や本気度を問われるため、その心理的な負荷は高いという。
消費による自己実現から仕事による自己実現へ
鈴木:非常に両義的です。つまり、半分賛成、半分反対みたいなところがあります。どこが賛成なのか。仕事による自己実現の対極にあるのは、バブル的な「消費による自己実現」です。もちろんこれはバブルが頂点だっただけで、高度成長期から一貫して起こっていたことです。つまり、高度成長期には家の中に三種の神器(テレビ、洗濯機、冷蔵庫)や3C(クーラー、カラーテレビ、自家用車)と呼ばれるような耐久消費財が増えていきました。70年代から80年代にかけては、ファッションを中心に自分の価値観を表現できるような商品やサービスを購入することが、「自分らしい生き方」の実現であると推奨されてきたんですね。
この消費による自己実現というのは、確かにある種の開放感を人々にもたらしました。男性が中心の生産の原理から、女性が中心の消費の原理への変化を指摘しているのが、社会学者の上野千鶴子さんです。ですがこれは、結局は雇用が安定していることをベースにした議論ですから、何かを消費しないと、その人がどういう人かわからないっていうような状況自体、実はすごくいびつな環境の中で生まれた価値観だったわけです。昨今、若者が車を買わなくなったと言われています。でも実際には特に地方なんかそうですけれども、車がないとどうしようもないというところがあります。車を買わなくなったというのは、正確には車に乗らなくなったのではなく、車という価値を買わなくなったということなんです。
かつてマーケティングの世界では、車に対して「車格」、車の格付けっていう言葉がありました。この車格に応じて、外車に乗っている奴が国産車に乗っている奴より偉いであるとか、大衆車よりも高級車に乗っている奴の方が偉いとかモテる(笑)という価値観が形成されていたんです。今の若者は、こうした価値観を買わなくなったんですね。それは消費による自己実現、つまり何を消費しているかがその人のステータスを表すという価値観の弱まりを意味しているんです。
「消費による自己実現」に対して、今求められている「仕事による自己実現」というのは、いい方向に見れば、何を買ったかではなくて、何をつくって、どんな人に受け渡したかということがその人の価値を表すという考え方ですよね。つまり、単に沢山お金を儲けていれば偉いという意味ではなくて、その人が実現したい価値に向けて仕事をしているということがその人の価値を表すということだと。高級外車を乗りまわしていようと、高いマンションに住んでいようと、それはすべて消費の話。どんなものをつくって、誰に受け渡しているのかっていうことで、そいつの価値は問われるべきだっていう考え方です。
少し長い例になるんですけれども、昨年、ある中国地方のテレビ局の仕事で、田舎で働き、暮らしたいと思っている若者たちをテーマにした番組に出演させてもらいました。その番組は、田舎暮らしをしてみたいと思っている若者たちをスタジオに呼んで、中国地方の地域活性化に取り組んでおられる自治体の担当者の方々も呼んで、お互いにディスカッションしましょうみたいな内容でした。その中で、自治体の人たちが自分たちの地域をアピールしてくださいという時間を設けられて、喋ったんですね。
そうすると、それに対して若者たちがあまりピンと来ないと。中国地方に住みたいとあまり思わないなという。「なぜだろう」という話になったときに、僕が口を挟んでこういうことを申し上げたんです。
「皆さんが今アピールされたのは、ウチにはこんな名産品があるとか、サッカーチームがあるとか、つまりこれは全部消費に関わる話ですよね。消費であれば都会でもできる。しかし都会で消費をするために、沢山お金を稼ごうと思って大きな企業に入ると、自分のつくったものが誰の手に渡っているかもわからないし、そもそも自分が社会の役に立っているかもまったくわからない。そういう環境を離れて、自分の仕事がちゃんと誰かの役に立っていて、その地域で自分のした仕事が必要とされていることなんだ、自分は必要な社会のワンパーツなんだってことを認識したい。そういう考え方があるんじゃないか。だからこそ、消費ではなく、生産とか仕事というところで、どういうふうに地域に関われるのか、貢献できるのか。ここが彼らの関心になっているんじゃないだろうか」
そういう話をしたら、若者たちがウンウンと頷いていました。
仕事の自己実現に対して「ポジティブ」な部分の評価っていうのは、そこにあります。つまり、消費だけではなく、つくったもの、貢献したことによって評価されるような、そういう評価軸があってもいいじゃないかっていう考え方ですね。