非国民通信

未来なんてあるわけがない

時代の流れには沿っている

2010-05-13 22:59:56 | ニュース

強姦罪の非親告罪化を検討へ 内閣府、意見募集中(朝日新聞)

 現在、被害者の告訴がなければ起訴できない親告罪とされている刑法の強姦(ごうかん)罪について、親告罪をやめる方向での見直しを検討する――。男女共同参画会議(議長・平野博文官房長官)の専門調査会がこのほどまとめた第3次男女共同参画基本計画の策定に向けた中間整理に、こんな項目が盛り込まれた。内閣府が12日まで意見募集中。親告罪は「被害者の名誉を守るため」と考えられてきたことから、今後、異論も出そうだ。

 中間整理の「性犯罪対策の推進」のなかに、今後5年間に取り組む施策として「強姦罪の見直し(非親告罪化、構成要件の見直し等)の検討」を盛り込んだ。日本政府が、国連の女性差別撤廃委員会から昨夏、性暴力犯罪を再定義して親告罪を撤廃するよう勧告を受けたことを背景に、参画会議の下にある有識者の専門調査会が議論してきた。

 「親告罪」と「非親告罪」というものがありまして、前者は被害者の告訴が必要で、後者は被害者の告訴を必要としない仕組みです。近年、親告罪の非親告罪化が検討されたものとしては著作権法が挙げられますね。たとえばある著作物を元にした二次創作が行われたとして、「親告罪」であれば著作権者が「著作権を侵害された」と告訴することで起訴が成立する、「非親告罪」であれば著作権者の訴えの有無にかかわらず検察側の判断で起訴が可能になるわけです。現状ですと著作権法は親告罪で、よほど不寛容な著作権者でなければ、あるいは税務署にマークされるほどの利益を出さなければ二次創作は容認される傾向にありますが、非親告罪になると検察の匙加減によるところが大きくなる、創作活動が阻害されるとの懸念の声が上がっていたものです。

 では、強姦罪の場合はどうなのでしょう。必ずしも好ましいことかどうかは微妙なところですが、一応は「被害者の名誉を守るため」ということで強姦罪は親告罪でした。被害者が裁判にまで持ち込みたくない、もう打ち切りたいと望めば、起訴はしない/できないのが親告罪で、被害者ではなく検察側が判断するのが非親告罪、まぁ加害者を「罰する」という点では遺漏がないのが非親告罪で、厳罰化の気運には適っていると言えそうです。裁判員制度など性犯罪でも容赦なく法廷に引っ張り出してしまう時代であれば、なおさら非親告罪化は時代の流れなのかも知れませんし。とりあえず、被害そのものは別として被害者だけが泣き寝入りするような事態は減る、というのが非親告罪化のポイントでしょうか。

 ただ昨今の性や性表現に関する保守反動化の流れの中で考えてみると、ちょっと疑問に思うところもあります。性的なものが「表」に出ることが否定的に見られるようになっていく中では、必然的に強姦など性暴力の被害も語りにくくなってくるわけで、そういう状況が作られていく一方で非親告罪へと切り替えられるとしたらどうでしょう。自己決定権を放棄して「裁き」を公権力に任せようとする、そうした流れでもあるはずです。起訴するかどうかを判断する検察が全知全能であれば問題ないのかも知れませんが、実際のところはどうなのか。性的なものに関しては何かとダブルスタンダードで望む人が多い、たとえば好みの政治家(小沢とか小沢とか小沢とか)が検察の追求を受けていれば検察を全面的に否定するのに、「性」を裁くときは公権力を全面的に信頼する、そんな感じの人もいるような?

 ラディカル・フェミニズムと分類される論者の中には、女性の性的自己決定権を認めない人もいます。つまり、女性が自分自身の意志で性行為/性表現を望むことはあり得ない、あるとしたらそれは強制されたものだと考えるわけです。本当に極端な人の中には夫婦間の性行為にまで適用する人もいるようですが、基本的にはポルノ批判や性産業を批判する文脈の中で登場する考え方で、ポルノ出演や水商売に従事する女性を性的搾取の被害者であると見なすのに使われたりします。自分の意志で出演したのではなく騙されたのだ、強要されたのだ、本人は自分の意志で出演しているように思っているかも知れないが、実は既存の社会的圧力によってそうならざるを得なかったのだ、と。

 ラディカル・フェミニズムの中でもラディカルな部分と、絶えず新たな取り締まりの枠組みを作ろうとする警察権力が結果的に手を組むこともあるわけです。女性の性的自己決定権を認めず、性行為やポルノ出演は女性の自由意志によるものではないとする考え方と、強姦罪の非親告罪化は実に相性が良いのではないでしょうか。さすがに普段の性行為にまで踏み込むには相当の段階を要するでしょうけれど、ポルノ規制や性産業への規制には格好のツールになるような気がします。合意があった、と出演した女優や店のお姉ちゃんが主張しようとしまいと、それを強姦として扱うかどうかは検察などの第三者に委ねられることになるわけです。昨今の風潮と合わせて考えると、強姦罪の非親告罪化にもちょっと身構えてしまうところがありますね。双方の「合意」があっても嘱託殺人は裁きの対象になるように、性行為や性表現もまた合意ではなく法律によって規定されるとしたら、随分と不気味な話です。まぁ、「内閣府が12日まで意見募集中」というネタを今になって持ち出すのも何ですが……

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (2) | トラックバック (0) | この記事についてブログを書く |   | goo

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (HANAKO)
2010-05-14 13:40:51
記事と余り関係ないですが私のフェミに対する違和感を少し。ミソジニー非モテに突っ掛かられて反論するのは、当然なのですが、今の社会に適応出来ないお前らが悪いみたいなのはどうかと。それに気になるのは女は男よりも劣悪な状況で頑張ってる&我慢しているのに男はわがまま&甘えてるみたいな感じの空気も広がりつつある気がします。


Unknown (非国民通信管理人)
2010-05-14 22:58:11
>HANAKOさん

 保守に限らず反動化すると、不必要に他人を咎め立てする、他社に対して不寛容になる傾向はありそうですね。相手(ミソジニストなど)を論破するために過剰に攻撃的になってしまったりとか。後はまぁ、「出世したい」のであれば何かと女性には不利なのでしょうけれど、でも男性だって何かと大変なわけで、そこを「わがまま&甘えてる」みたいな見方をすると徒に対立を深める結果になるような気がします。この辺は世代論と似たようなもので「若年層も中高年層も大変だ」と見るか、あるいは「若年層ばかりが割を食っている」と見るかの違いと共通するところがありそうです。世間一般に流通するフェミニズムは後者よりなのかも知れません。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。
 ※ 
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
※文字化け等の原因になりますので、顔文字の利用はお控えください。
下記数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。この数字を読み取っていただくことで自動化されたプログラムによる投稿でないことを確認させていただいております。
数字4桁

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。