集合住宅での野良猫の餌付けは違法として、地裁立川支部から13日、餌付けの差し止めと住民への204万円の支払いを命じられた将棋の元名人、加藤一二三(ひふみ)九段(70)は、完全敗訴と言える判決にも持論を展開した。行政が支援し、不妊・去勢手術で数を減らしながら世話をする「地域猫活動」が広がる中で、今回のようなトラブルも絶えない。動物愛護の立場からは加藤氏の行動に「仕方なかった」「活動に水を差す」と賛否の声が上がる。【池田知広、浅野翔太郎】
集合住宅は閑静な住宅街にあるタウンハウス。管理組合の男性理事長(85)が自分の庭を指して言う。「また猫のふんが落ちています。何回もやめてと言ったが、全然話が通じない」。5月の晴れた日中。野良猫の姿は無かったが、加藤氏の玄関前には餌の入った容器が置かれていた。
加藤氏は判決後、控訴と敷地外での餌付けを続ける考えを述べた。
「猫による被害は原告が言っているだけのこと」「猫は危害を加えない、においもない」
独自の理論を並べ立てたが「私の言ってることは理解してもらえない」と寂しそうな表情も見せた。
一方、理事長は「主張が全面的に認められ非常にうれしい。判決に素直に従って餌付けをやめてほしい」と胸をなでおろした。記者に「ペットに関するトラブルが全国で相次いでいるが」と問われると、「今回は管理規約に反している。それぞれ事情があり、他のケースと一緒にできない」と冷静に答えた。
加藤氏は「地域猫活動」を挙げて餌付けの正当性を主張したが、フリージャーナリストの香取章子さんは「特定の人が周囲の理解なく進めてはいけない」と批判する。動物愛護活動に携わる女性(54)は「敷地内で餌をやるなと言うが、街はほとんど誰かの所有地で、とがめられているボランティアも多い」と話した。
都動物愛護相談センターに寄せられる動物に関する苦情は約5320件(08年度)だが、そのうち猫に関するものは2911件と約半数を占める。しかし、前年度の4889件からは半減している。依然としてトラブルは絶えないが、減少傾向について松井政友・指導監視係長は「動物も含めて自分たちの住む街をどうしたいのか。個人でなく街づくりの視点で問題に取り組み始めた成果では」と分析する。
苦情の対処は各自治体があたる。荒川区は09年4月、付近住民に迷惑を及ぼす餌やりに5万円以下の罰金を科す条例を施行。また豊島区では06~07年に「人と動物の共生会議」を設置し対策を練った。担当者は「法律の規制がないので、猫が増えないよう関係者にお願いするのが精いっぱい」と実情を訴える。
しかし、一方で野良猫の不妊治療策を採用し、野良猫を増やさない取り組みを実施する自治体も増え、千代田区では数自体が大幅に減少したとの報告もある。
こうした共生への取り組みが進む中で動物への虐待が増加している。環境省の調べでは、08年の動物愛護管理法違反件数は52件で10年前の約6倍に増えた。今年に入っても世田谷区や八王子市で刃物で傷つけられたり、熱湯や薬品をかけられたとみられる猫が相次いで見つかっている。世田谷区で見つかった猫を保護した女性は(53)は「被害を受けた猫は人慣れしていない猫ばかり。餌でおびき寄せ、食べているところに上からかけたとしか考えられない」と憤る。
八王子市の動物愛護団体「ねこちゃん協議会」の女性運営者(67)は「野良猫は人から捨てられた場合が多く、猫に餌やりをする人もある意味では被害者。ただ、餌をやることには責任が伴う。不妊手術をし里親を探すなど、野良猫を増やさない努力が必要」と話している。【喜浦遊】
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◆住民の主張
動物の飼育や迷惑行為を禁じている。
ふん尿などによる悪臭やゴミの散乱は受忍限度を超えている。
管理組合全員で再三にわたり餌付けの中止を要請。三鷹市も中止を要請してきた。
「地域猫活動」は集合住宅の敷地内でやることではない。住民のコンセンサスが必要。
◆加藤氏の主張
猫の飼育まで禁じておらず、餌やりは飼育でもない。迷惑もかけていない。
ほとんどは事実無根。不妊・去勢手術で猫の数も減らした。
中止要請や提訴はいわれなきいじめ。三鷹市から中止を求められた事実はない。
動物と人間は共生すべきだ。餌付けは「地域猫活動」に準じたもの。
◆判決
餌付けは飼育の域に達している。規約違反と認められる。
現時点での活動も受忍限度を超える違法なもの。原告の人格権を侵害している。
被告は住民の再三の中止申し入れを拒否した。市の指導については言及せず。
被告は「地域猫活動」について理解不足。被害の程度が減少したことは考慮すべきだ。
〔都内版〕
毎日新聞 2010年5月14日 地方版