しかし、何よりも驚かされるのは、この事業の営業、洗浄、書類作りなどの働いた時間を集計してみたところ、作業時間の55%は、「引きこもり」当事者が働いていたことだ。柔軟に自分の持てる能力を生かして参加できるような職場であれば、多くの人が働くことができたという証左でもある。
共同代表の1人である下村さんは、この協同労働を始めたきっかけをこう語る。
「長年の親の会での活動を通してわかってきたことは、今は、努力すれば報われるという社会状況ではない。いくら頑張っても、椅子に座れない人たちがいる。不利な条件を持っていても、働きたいという意思があれば、誰でも座れる椅子を社会に作り出していく必要があるのではないか。職場のあり方のほうが、むしろ人に合わせる考え方で運営すれば、参加できる人もいるのではないかと考えたのです」
引きこもる本人たちは、「~あらねばならない」という規範性を刷り込まれ、過度な競争に明け暮れたあげく、規範通りにできない自分を責めて、疲れてしまう。働けなくなるのは、個人や家族の責任ではない。苦しみは、こうした価値観と社会の仕組みから生まれている。
慈善事業としてではなく
協同労働の場を作る重要性
推計で100万人ともいわれる、膨大な数の引きこもる人たちがいる一方で、自殺者は毎年3万人を超えている。「私たちは、こんな社会に生きたいと思っているのか。そのこと自体が問われているのではないか」と、下村さんは訴える。
「20年以上前に引きこもって、今は大学生でボランティアもしている私の息子は、親の会のシンポジウムで、“引きこもるのは、僕らの命がけの問いなんだ。だから、大人たちは、真剣に受け止めてほしい”と言っていました。それは、自分たちが何に価値を置いて生きていこうかという、自分自身に対する問いでもあるし、どんな状態の自分であっても、社会は受け入れてくれるのか?という問いでもあると思います。その答えというのか、私たちなりに、生きづらい社会を少しでも変えていきたいと考えたんですね」
この協同労働も、引きこもりの人たちや、ハンディのある人たちがかわいそうだからやっている慈善事業ではない。まず自分たちが「どういう社会に生きたいと思うのか」という問題提起だと、下村さんは指摘する。