■倉重 そうですよね。ところで、抑止力が時代によって変わりうるという立場に立った場合、柳沢さんがおっしゃっている「日中韓の経済相互依存」というのをどう見るか、ということになると思うのですが。
■柳沢 そこもですね、別の機会に、もっとゆっくり意見交換したいところですけれども、例えばこの間もね、人民元切り上げ圧力に対して「そんなことをしたら中国はアメリカの国債を売る」みたいな反応がある。それは、何と言うんですかね、「経済の相互依存関係」という言葉で考えていた以上のものがありますよね。お互いに相手を滅ぼす訳にはいかない関係になっていて、かつ、人民元の例でいえば、あえて言えば、アメリカの軍事力をもってしても強制できない相手がいるわけですね。逆にアメリカが軍事力以外で強制されるかもしれない。そういう相手が出てきている。
そういう中で、私は、何も、「経済相互依存が深まれば、戦争が起きなくなる」とか、そんなに楽観的なことは考えていないんですが、しかしお互いを滅ぼすような形の対決というのはできなくなっているだろうと思うんですね。そこをどういう風に織り込んでいくか。それですぐに海兵隊が「いる」「いらない」につながるという議論はちょっと短絡的すぎると思うけれども、それは抑止力にどう影響してくるのかというようなことをしっかり考えておかないといけないと思うんです。
■森本 例えば、中国は明らかに今世紀の中ごろまでに、経済力、軍事力、人口、生産力、購買力の面で、世界第一の国になっていくと思うんです。その時に中国の持っている国の方向の中で、我々が対応しなければならないのは、米国が今まで優位であったと考えていた分野で、しかも、その分野が領域がない、領有権が確定されていないという分野に、中国がその影響力を行使して、進出してきて、米国の圧倒的な優位性に対する挑戦をしようとしている。それがどういう分野かというと、一つは「海洋」であり、一つは「宇宙」であり、一つは「サイバー・スペース」であり、もう一つは「グローバル・コモンズ」というか人権だとか、環境とか、武器輸出とか、イランの核開発とか、台湾とかチベットだとかという分野である。これは、はっきり言うと「出た方が勝ち」という分野なんです。これからの日米同盟というのは、そういう中国がボーダレスの分野に出てくることに対してどのようにして、米国と日本が国益だとか、価値観を共有して、挑戦してくる中国に、ヘッジングしながら対応できるかということです。中国を敢えて、「敵だ」「脅威だ」と言う必要はないんです。きちっとそう考えて対応しておけば、良い話ですよね。
しかし、今日、主権国家同士が武力を使って、戦争するというのは、考えにくい、これからの世界は、まだ領域が決まっていない分野に、「出てくる方が勝ち」という分野に関して覇権争いが起こる可能性がある。宇宙とか、サイバー・スペースはその最たる例でしょう。「海洋」もそうです。こういう分野が非常に厳しい競合関係になった時にどこまで日本が米国の衰退する国力を補完して、結果として日本の国益を維持できるか。そこにこれからの同盟協力の鍵があるというふうに思える。だから、今までのような「防衛協力」という考え方ではない。非常に広範な概念として捉える必要がある。その時に、根っこにあるものが、実際に中国が戦争をしないにしろ、周りに威嚇を与えたり、軍事力を背景にして威圧をかけながら台湾の政治変化を狙ったりする時に、それにきちんと対応できる「抑止力」がないと、そういう中国の挑戦に対応できない。従って、これから「日米同盟を深化させる」という場合、「何を深化させるのか」というのをはっきりしていく必要がある。ボーダレスな分野に出てくる中国に、日本がアメリカにどういう分野でどの程度協力できるか。そこの道を探って将来方向を決めていくと言う所に、この同盟の深化の鍵がある。
2010年4月5日