ディッケンズの二都物語は、元貴族が爵位を捨ててロンドンに渡ったにもかかわらず革命の正義を目指してパリに戻ったところで「貴族」として逮捕され処刑されるというお話。時代背景はフランス革命であり、その背後には旧体制における支配層の暴挙や体制の疲弊によって民衆が苦しんでおり、「変革」が必要であった状況があります。A Tale of Two Ministersは現代の日本で変革を必要とする社会背景を前提に登場している二人の大臣のお話になりそうで、行く先はかなりの波乱が予想されます。 お二人とはいわずと知れたF財務大臣とK金融担当大臣です。とりわけ、K氏は先日のサンデープロジェクトでもほえまくっていたとか。発言を記録した人がいたので後で呼んでみたのですが、宇宙人との会話のようで、K氏の反論は反論ではなくこれは恫喝でしょう。論理ではなく力。K氏と郵政問題との関係を前提に任命されたわけですから、首相や小沢氏は確信犯的にこういう騒ぎを起こしているわけですが、K氏は党首が落選した結果回ってきたポストであり、またモラトリアムの政策はマニュフェストには明記されていないわけですから、民主党を支持した人にとっても果たして望んでいた結論だったのかどうか?そういう議論をとばして3党合意をたてに(誰も国民新党などに金融行政の主導権をとって欲しいと思って民主党に投票しとらんですよ)。それが民主主義にとって本当にいいことなのかという問題はありますね。 F大臣のほうは、まあ当たり前のことを言っているに過ぎないのというのはご本人のおっしゃるとおりでして、内容については、そもそも自民党政権の最後のほうでも介入は一切なされていなかったわけですから別に違ったことをやるといっているわけではありません。ですが、あまりにも自分のおかれた立場や状況をわきまえないでべらべらしゃべる癖があるのか、目立ちたいのか、その辺は良くわかりませんが、しゃべればしゃべるほど自爆している感じで、就任早々アレですがしばらくどこか田舎で隠れてハンコだけ押しててください、って感じです。 しかしながら、株価も為替もこれら大臣の言動「だけ」で動いているのではないことはきちんと認識しておく必要があります。 そもそも、民主党の政策は間違いなく株価を押し下げる政策になっているうえ、金融機関に関してはG20で明確にされた資本増強というテーマがのしかかっているので、今後の需給関係の悪化はきわめて明白です。金融株に対してはK氏の発言と無関係に下落圧力がかかり、当然資本充実というテーマからして企業金融への流れはなかなか厳しいものとなるという予想から、経済成長全体への下方圧力が残るはずです。K氏の発言はその辺を踏まえて、政府が(銀行などという「役に立たない」主体をすっ飛ばして)直接個人や中小企業へ救いの手を差し伸べよう、そして役に立たない銀行には退場してもらおう、という趣旨にとれます。このやり方は、民主党のハンズオン政策とでもいうべき、政治が直接患部に手を入れることで救済するやりかたの流れの中に位置づければ、いいか悪いかを別にすれば、民主党内部的には意外に整合性がとれています。まあ民間企業や金融システムの経済に占める役割を減じる方向に進んでいるように感じられるわけで、これでは株は上がらず、企業も資本回収に走るしかないので、株価は上がらず資本輸出国の通貨も上昇する。 ただ、最大の問題は、融資の元利返済猶予を後発的に認めるということは、貸出先の企業業績が悪くなればローンがこれまで以上のスピードで不良資産化する、ということです。しかもそれは銀行が追い貸しして何とかなるものではなく直ちに銀行の損益に直結するわけで、いわば融資が株式投資と同じレベルになるということです。ナローバンクへの回帰がひとつのアイデアとなっており少なくとも銀行が株のリスクを負うことが規制の流れからも世界的潮流からも疑問視されている中で、融資の株式化を推し進めるような政策は明らかに矛盾しているといわざるを得ません。 つまりこの政策の帰結は「銀行は民間融資をするな」ということであり、まさに狭義のナローバンク論そのものに近いのかもしれません。結果として預金を受け入れる銀行がかつての郵貯みたいに国債を買ったり財政投融資をしたりするだけの主体になるということです。民間への資金は原則直接金融で、それができないところは公的機関が代行する。ということで、公的主体の金融に占める役割(民間銀行の郵貯化も含む)が一気に増すことになります。 これは一種の革命をめざしているのかもしれません。K大臣のところをWikipediaで調べてみたら(裏はとっていませんが)このような記述がありました。 政治思想 [編集] かつては自民党に所属していたが、学生時代にマルクス主義を勉強していた影響もあり社会民主主義傾向が強く、保守政党である自民党の理念に賛成しないときもあった。チェ・ゲバラの思想に心酔し、連合赤軍に対しても、取調べを通して向き合った経験から「“世のため人の為”と立ち上がった彼らの思想そのものに間違いはない」と一定の評価をしている。事務所にはポスターも飾られ、当時事務所に招かれたキューバの「敵国」であるアメリカのハワード・H・ベーカー・ジュニア駐日大使がこれを見て目を剥いたという。 そもそも民主党のプランは、CO2削減計画にしても今回の貸し渋り対策問題にしても、企業に厳しく家計に甘く(見えるだけですが)、という点で一貫しています。戦後長い間自民党政権の元で続いた産官結合体を一度壊して、ある程度犠牲を覚悟しつつ新たな日本の形を作り上げていく。輸出に安易に頼ることなく、内需主導型の経済に変革していく。その過程で世界的な不均衡の是正に貢献する。その中で生まれる痛みは政府が直接(金融システムや企業を通さずに)手を差し伸べる。重要なことはこうした流れの中では少なくとも目先においては「成長」というもののプライオリティーはかなり低いものとなっており、それ以上に日本を変えていくことを重要視し、結果として付いてくるはずの長期的な回復を目指しているように思えます。 ただ、心配なのは、すでに厳しい状況になっている日本経済や社会に対し長期的な正しさを求める道筋は、短期的なカンフル注射より狭くて厳しい道しかない、ということを現政権がちゃんと理解しているのかどうかです。言い換えると、このやり方はうまくいけばすばらしい結果をもたらす可能性がある(ある意味理想主義的)のだが、ちょっとしたミスや環境の変化で再生不能な致命傷を負ってしまう可能性があるということです。 CO2削減、派遣労働禁止などで企業に多くの負担をかければ、税収も落ちるでしょうし、企業収益や株価にはマイナスでしょう。金融機関は資本充実を要求されるため今後どうしても貸し出しに慎重にならざるを得ません。ましてや一部将来的に返してもらえないところにも貸せといわれると、それなりのリスクに見合った金利を本来は要求することになりますが、それなら借りない、というところも多いでしょう。新規投資は落ち込み、円高で物価が下落しデフレが続き、名目成長には下方圧力が強くかかるでしょう。名目成長率が伸びないのですから、株価が伸びるはずがありません。これが今民主党が目指している政策の明白な帰結だろうと思います。繰り返しになりますが、こうした施策はかなり正論を含んでいるのです。だからこそ国民はそれを支持したのだと信じたい。しかし、リーマン倒産のマグニチュードをおそらく多くの人々が想像できなかったのと同様、一種の「正論」を貫く結果、余計にコストがかかる結果にならないか、そこが心配なのです。歴史の流れはひとつのボタンの賭け違いが民族の存続につながりかねないきわめて微妙なものですが、世界中で様々な不満が渦巻く今、不機嫌を短期的に増幅してしまうことが世界的に悲惨な結果を招くのではないかという懸念です。 いずれにしても、ワタクシの目には、この二人の大臣のお話の結末として民主党がこの政策を推し進める限り、「株売り債券買い円高ドル安」が相当進むと思います。はたして日本国民がどこまでそういったシバキアゲに耐えられるのか興味深いものがあります。まあ自分たちが「変革」をもとめた選挙の結果としてきちんと受け入れるしかないのでしょうね。 (追記) 国民新党は「銀行に損失発生しない仕組みが必要」ということで早速やや(K大臣の発言からは)トーンダウンした感じの提案をまとめつつあるようです。最初のプランが当事者たる政党にもあまりにもインパクトが大きすぎたということでしょうけれど、結局いろんな人があちらこちらから口を突っ込んで、結局制度だけがどんどん複雑怪奇になってしまってなんだか別の既存の制度で十分代行できたのに、という感じに向かいつつあるような予感が・・・ |
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「A Tale of Two Ministers (追記あり)」について
「A Tale of Two Ministers (追記あり)」について 以下引用 金融株に対してはK氏の発言と無関係に下落圧力がかかり、当然資本充実というテーマからして企業金融への流れはなかなか厳しいものとなるという予想から、経済成長全体への下方圧力が残るはずです。K氏の発言はその辺を踏まえて、政府が(銀行などという「役に立たない」主体をすっ飛ばして)直接個人や中小企業へ救いの手を差し伸べよう、そして役に立たない銀行には退場してもらおう、という趣旨にとれます。このやり方は、民主党のハ... ...続きを見る |
とはずがたりblog 2009/10/02 22:14 |
内 容 | ニックネーム/日時 |
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K金融担当大臣はそこまで深い真意があっての発言なんでしょうか? |
39歳無職 2009/10/01 09:42 |
もう一つ専門家の方の意見を聞きたかったのですが、 |
39歳無職 2009/10/01 10:01 |
まあK氏は”落ちた犬をたたいて”いるだけだと思いますが。モラトリアムの意味もきちんと理解してなかったと思われ。「Kさんの制度で救われました!」というのを期待してただけだと思います。郵政にしても、郵便局員の票目当てだけでしょうし。 |
ttori 2009/10/01 19:40 |
いつも勉強させていただいています。 |
傍観者 2009/10/01 20:03 |
100%同感です。 |
TN 2009/10/01 20:53 |
最近TVでKを監視している私の印象ですが、 |
39歳無職 2009/10/01 22:59 |
K氏は経済は無能かもしれませんが、政治家先生としてはやはりやり手ですから、理想は高く現実は折衷で手堅く、まとまるんじゃないでしょうか。そのあたりは氏が書かれているとおりの、よく見てみると同じものがすでにあるんじゃないという感じですね。このあたりの政治パフォーマンスというか手法は、拙いながらも変わらないかと思います。 |
名無し 2009/10/02 00:55 |
いつも大変示唆に富むご意見に感服しております。 |
ばてぃ 2009/10/03 08:04 |
39歳無職さんどうもです。資本増強はもう少し厳しいものが要求されるという方向のようですね。今は前回増資からの一種の待機期間ですのであまり目立った動きがないですが、今年の末あたりからまた増えてくると思いますし、市場はそれを織り込みに行くと思います。収益減にくわえて希薄化を織り込みに行くわけです。 |
厭債害債 2009/10/03 08:10 |
傍観者さん、コメントありがとうございます。今回理想を目指そうとしたのは国民の意思なので、「縮小均衡」に当面耐えるしかないのだと思います。以前に書いた「戦争焼野原状態」からのやり直しを国民自ら実現しようとしているのだと思いますが、あきらかにほかの国はそんなことはやらないので、その差は当面はっきり表れるのでしょう。 |
厭債害債 2009/10/03 08:23 |
39歳無職さん、コメント多謝です。結局のところ家計や中小企業だけを救おうとしても全体の仕組みを壊すので「社会主義」でもやらない限り無理なんだと思います。 |
厭債害債 2009/10/03 08:31 |
「モーゲージ差押防止並びにモーゲージ融資促進法」PUB.L.111–22―MAY 20,2009 |
誰でも知っているけど、誰も口にはしない他... 2009/10/04 07:42 |
誰でも知っているけど・・・さんどうもです。ワタクシ自身はそもそも憲法上の財産権は公共の福祉の制約を受けるのは当然だし、例外的な制限はありだと思います。とくにご指摘のような米国の状況においての一定のルール化はあり得るでしょう。ただ、米国以外はどうでしょうか?米国の中小企業を一般的に救済する法案はあるのでしょうか?今回のK大臣のアプローチへの違和感は、その範囲の広さと細かい議論をすっとばした強引さと性急さ、さらには銀行規制などほかの議論との違和感があまりにも大きすぎるからだろうと思います。きちんと業界などとの議論を行ったうえで範囲を明確にし規制との問題との整合性をとりつつ案を作っていくことそのものはありだろうとおもいます。 |
厭債害債 2009/10/04 08:45 |
前のコメントに関連してですが、アメリカで一定の規制が速やかにできたのは、今回の金融危機の火種となったサブプライムローンなどでもともとの詐欺的融資慣行が問題になったことも大きなポイントだと思います。さすがに日本の住宅ローンでそういう問題はなかったかとおもいますが。 |
厭債害債 2009/10/04 09:12 |
原因はともあれ、loan modificationの対象がprime loansを例外とせず、確か半分がnon subprimeでしょう。ただalt-Aも区分上はprimeでしょうけれど。 |
金融界、知っていても参考にださない他国法... 2009/10/04 09:44 |
金融界、知っていても・・・さんどうもです。 |
厭債害債 2009/10/04 21:35 |
Fannie, Freddieのモーゲージは30mil. 2009年半期の差押は54万件、4.7%が延滞。60日以上延滞23万件、30日延滞68万件。6~8月、差押モラトリアム法及びHAMPにしたがうる2つのGSEのモーゲージ条件変更が20万件。 |
金融界、知っても参考に出されない他国法案 2009/10/04 23:40 |
金融界・・・さんどうもです。サブプライムとか詐欺的貸付がなければ議論が起こりづらかったのではないでしょうか?米国は極端に延滞が急増しているから非常事態ということになったのであり、社会の在り方そのものにかかわる問題になっていますが、日本ではどうでしょうか?同じレベルで急増していますでしょうか?住宅ローンが払えないでホームレスがうじゃうじゃ出るほどの状況になっていますでしょうか?モラトリアムというのはやはりおっしゃるように非常手段であり、かなり追いつめられてからでいいと思うのですけれど、米国よりもかなり延滞が少ない現段階で日本でも導入すべき状況だとお考えなのでしょうか? |
厭債害債 2009/10/05 05:10 |
住宅ローンは特殊。差押で家の明け渡しという結末になり、街が崩壊する。危険と犯罪が増え、結果、社会の安全と秩序維持費用が高くなる。それがサブプライムかどうかの問題でなく、結果論として理由が何にせよ、そういう事象が発生してしまえば、手を打つ必要があり、現実はGSEを含めプライムローン対策になっている。破産は今年140万件、modsは500万件を目標?で破産しないで、chap.13改正してでも破産なしに家を維持させる方向に動く。プライム・ローン破綻による経済の救済。 |
金融界、知っても参考に出されない他国法案 2009/10/05 07:06 |
アメリカの法律制定の背景は、民間ローンは証券化されており、サービサーに条件変更権限がないこと、信託受託者に変更を指示する権限がないこと、受益者同意が必要なこと、投資家にとって有利変更であることの証明が必要なこと、モラトリアムすれば、その延滞期間中、サービサーは信託譲渡契約に基づき(GSEとの契約でも)、差押終了まで立替金を払い続け、保険、税金も払う義務があり、法律を作らないと、勝手にはモラトリアムできない状況があり、そのための費用の弁済のための法も必要になる。GSEのモラトリアムは、証券化されていても保証する自身が負担するだけで、投資家に無断で勝手に変更権限がある。だけど立替金問題が起こり、サービサーに立替金支払い免除をすればすむ。 |
金融界、知っても参考に出されない他国法案 2009/10/05 07:20 |
金融界・・・さんどうもです。住宅ローン差し押さえが増えればありえない話ではない、という点は賛成です。これまでも個別対応で日本でもやってきたことは周知のことですし、それが規模的に大きくなれば制度的対応が必要であることに異論はありません。 |
厭債害債 2009/10/06 18:10 |
08年10月の金融機関救済のためのEmergency Economic Stabilization ActのTroubled Asset Relief Programに基づくくつかの金融システム安定化プログラムが準備されたが、中小企業や消費者の信用市場への資金フローの回復、住宅の差押防止も含まれた。 |
金融界、知っても出されない...上記に追... 2009/10/09 00:32 |
プライム層の適格ローンの大半がGSEにより証券化されている。通常、証券化のサービシング契約では差押売却処分までサービサーが延滞金、保険金、税金を立替払いする義務があり、支払猶予や差押猶予には費用が伴い、補償金なしには提供できない。 |
金融界、知っても出されない...上記追加... 2009/10/09 00:36 |
金融界・・・さん、追加情報ありがとうございます。参考になります。 |
厭債害債 2009/10/14 06:25 |
Citi...適格60日+延滞ローンの内,42%がHAMP,33%が条件変更.Wells(同34%,20%),JPM(37%,27%),Saxon(48%,41%) |
金融界、誰もが知っ米の返済・差押猶予,条... 2009/10/16 11:07 |
米国のMHA(Making Home Affordable)プログラム関連のことを事細かに書かれていらっしゃるけれど,そこまで詳細に記載したいのならご自身でHPなりまとめブログなりを作られたほうが良いのでは・・・。 |
すごいなー 2009/10/18 02:42 |
HAMP(3月4日発布)とそれ以前のHOPEなどのloan modificationとは異なります。実際にはGSE適格であてもS.896の制定以降で、累積適用者は6月14万件、7月25万件、8月39万件、9月49万件。HAMP以前では、modsといっても、殆どrepayment planやら猶予利息の元本組み入れで、金利下げも20%で、その比率も2割もなかったような。だから再デフォルト率が90日後に半分にも達した。HAMPでは、元本繰り入れ無しの支払猶予、税前年収比率の31%までの支払額に調整し金利下限2%で上限capあり、満期40年まで延長、短期リセット金利型から長期固定に変更など(元本カットはない)制度に基づく。制度のないmodsと制度化されたHAMPは性格が異なり、結果も違うだろう。 |
金融界...HAMPとそれ以前のmods... 2009/10/18 17:52 |
>金融界...HAMPとそれ以前のmods...さん |
すごいなー 2009/10/20 01:47 |
たぶん、年金の運用とかで米のFixed Incomeに関して助言していた人でしょ。横浜方面の大学で教鞭とってたのでは? |
こいつあちこちに顔出してるよね 2010/01/16 15:49 |
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