発光・蛍光タンパク質プローブの開発
分子デザインにより創生した光変換蛍光タンパク質を用いて、生きた細胞内の生体分子の動きを鮮明に可視化する技術の開発
蛍光タンパク質を用いた生体分子の標識技術は発展を遂げ、今では紫外線などの光刺激によるスイッチングで蛍光色を変化させることのできる光変換蛍光タンパク質が細胞や分子の「動き」を解析するために用いられるようになりました。従来の光変換蛍光タンパク質では蛍光波長の変化を観察するために、波長の違う2種類の励起光(蛍光タンパク質を光らせるために与える光)を用意する必要がありました。研究チームは、2つの蛍光タンパク質を繋げたキメラ蛍光タンパク質をデザインしてスイッチング前後の2色の蛍光(前:シアン色、後:緑色)を1種類の励起光で観察することのできる光変換蛍光タンパク質「Phamret(ファムレット)」を開発しました。1種類の励起光で観察できるため、特殊な光学系を使わずに、光変換によって生じた2種類の蛍光を同時に測定することが可能になり、動きの速い分子の映像化を可能にしました。また、光刺激によるダメージを受けやすい生物には観察のために与える光の量は1種類の励起光だけでよいため負担が少なくなります。さらに研究チームは、このPhamretの光変換を利用して、特定の領域で光変換を起こさせ、その領域の分子が領域の外に出て行くことによって生じる蛍光強度の減衰を数値解析することで分子拡散定数を求める方法「FDAP(エフダップ)」も開発しました。蛍光の褪色を利用して拡散定数を求める従来法などに比べ、動きの速い分子の拡散定数をより簡便かつ正確に求めることが可能となりました。 この技術を活用することにより、細胞内情報伝達メカニズム、細胞や個体の形態が形成される仕組み、がんの浸潤・転移メカニズムなどに関して新たな知見がもたらされることが期待されます。
15年ぶりに蛍光タンパク質の最短波長発光記録を更新した群青色蛍光タンパク質 (シリウス) の開発
2008年のノーベル化学賞の受賞対象となった緑色蛍光タンパク質 (GFP, Green Fluorescent Protein) は、1960年代に下村脩博士によってオワンクラゲから発見され、1990年代にGFP の遺伝子がクローニングされて以来、遺伝子改変により数多くの蛍光色変異体が開発されてきました。とりわけ緑よりも長波長の黄、橙、赤色の蛍光を発する蛍光タンパク質は数多く開発がされてきたものの、短波長の青や紫色の蛍光を発する蛍光タンパク質は未だに種類が少なく、多くの研究者から長年その開発が求められていました。
我々の研究グループは蛍光タンパク質の発色団とそれを取り巻くアミノ酸への変異の導入、さらにはタンパク質全体へのランダムなアミノ酸変異を導入することで紫と青色の中間色である群青色の蛍光を発する蛍光タンパク質Sirius (シリウス) の開発に成功し、15年ぶりに蛍光タンパク質の最短波長発光記録が更新されました。これにより蛍光色のバリエーションが増え、従来では不可能であった細胞内の複数の部位やタンパク質を同時にかつ鮮明に可視化することができるようになりました。 Siriusは従来の蛍光タンパク質とは異なり、如何なるpH条件下でも安定した蛍光を発することから、これまで困難であった酸性環境下にある細胞内小器官内でのタンパク質の動態の観察も可能となりました。
Sirius の蛍光スペクトルは、シアン色を発するCFP の吸収スペクトルと大きく重なることから、Sirius からCFP へFRET (蛍光エネルギー共鳴移動) が効果的に起こるということがわかりました。このSirius とCFP のペア、そしてSirius と同じ紫外光で励起されて緑色を発するuvGFP と赤色の蛍光を発するDsRed のFRET ペアを併用することで1つの励起波長で4色の蛍光を観察するDual FRET が可能となりました。このDual FRET 法を用いることで2つの生理現象を同時に捉えることが可能になり、複数の生理現象間の関連を生きた細胞を用いて解析する道が開けました。図はHeLa細胞のプログラム死の過程で起こるカスパーゼ3の活性化 (上段)とCa2+濃度の動態 (下段) を示しています。
光照射による生体機能操作のための蛍光タンパク質の開発
生理現象の可視化技術は生きた細胞における分子の機能を解明する上で近年非常に注目される手法です。その一方で、ある分子を任意の場所と時間で思い通りに欠失させたり過剰発現させる操作技術は、まだまだ発展途上にあります。生きた細胞において、こうした生体機能操作技術と可視化技術を同時に行うことができれば、これまで困難であった生命現象のダイナミクスの包括的理解が可能になると期待できます。 CALI(chromophore-assited
laser inactivation)法は、光照射により活性酸素などの反応性の高いラジカルを産生する光増感物質を利用した分子機能を破壊する技術です。しかし、マラカイトグリーンなどの従来から利用されている光増感物質は、色素をマイクロインジェクションにより導入しなくてはならない・大出力レーザーが必要などの多くの制約があり、誰もが容易に利用できる技術ではありませんでした。我々はこれらの問題を解決するために、cDNAにコードされた光増感物質で尚且つ光増感活性の高い分子を開発しています。最終的には個体レベルにおいて、病原因子の不活性化やがん細胞の除去といった医療面での応用を目指しています。
全自動でプラスミドDNAを組換える方法の開発
分子生物学の最も重要な基盤技術の1つにDNA組換え法があります。DNA組換えとは、遺伝子が符号化されたDNA断片等をつなぎ合わせることで、自由自在に遺伝子を操作する技術のことです。インシュリン遺伝子をバクテリア用のベクタに組換えて安全にインシュリンを生産したり、クラゲの蛍光タンパク質遺伝子をヒト細胞に導入して癌の研究に役立てたりするなど、様々な分野で社会に貢献しています。こうした技術は40年程前に確立されたのですが、熟練した研究者が長時間掛けて様々な処置を行う必要があるため、生物学の研究者の多くの時間をこうした遺伝子組換え操作に費やしてきました。私たちのグループでは、こうした煩雑で非常に手間の掛かる従来の遺伝子組み換え方法に改良を加え、「混ぜるだけ」で自動的にDNA組換えを行うことの出来る新しい手法を開発しました(図1)。DNAの決められた配列を切断する制限酵素には様々な種類が存在しますが、その中でもIIS型と呼ばれる制限酵素は、DNA配列の認識する場所と切断する場所が異なると言う面白い特徴を有しています。IIS型のこうした性質とDNAリガーゼと呼ばれるDNAの連結酵素を組み合わせることで、DNA断片を自動的に組換える反応を考案しました(図2)。実際にこうした反応を実験的に検討してみると、当初の予想よりも高い効率で組換えが起こることが判明し、また複数のDNA断片も同時に組換えることが可能であることも分かりました。私たちはこの手法を「全自動単一試験管組換え法(Fully Automated Single Tube Recombination: FASTR)」と名付け、現在、様々な用途に則した実用化へ向けての研究を行っています。
高感度発光イメージングの開発
FRETや蛍光タンパク質を用いた「蛍光観察」ではサンプルへ強い励起光を当てる必要があります。そのため励起光 が届きにくい生物個体内部や、自家蛍光が多くまた光毒性の影響が多い植物等への適用は難しい点もあります。一方、 ホタルの光のように励起光を必要とせずに発光を起こす生物発光タンパク質も同定され研究に利用されています。我々 はこのように励起光を必要としない「発光観察」を生物個体へのイメージングにアプローチしようとしています。生物発光タンパク質から蛍光タンパク質へのBRET
(Bioluminescene Resonance Energy Transefer) を利用したバイオセンサ ーの開発も行っています。図はシロイヌナズナに発光タンパク質 Rluc (Renilla luciferase)を発現させた植物の発光イ メージです。
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