―小泉政権の構造改革に対しては、国民を厳しい市場競争にさらすことによって、人々の信頼関係を崩し、日本社会をぎすぎすとした暮しにくいものに変えてしまった、という批判もあります。
市場競争に慣れていない私たちは、激しい競争にさらされると他人を信じないようになる、と思いがちです。ところが、海外では、規制緩和が進んだ地域や競争が激しい産業で働いている人ほど他人を信頼する傾向が高い、という研究結果があります。
市場経済には公正競争のルールが不可欠です。そのルールが確立し、誰もがそれに従うと安心できる、つまり競争相手を信頼しているからこそ、激しい競争ができるわけです。逆に言えば、激しい競争は、ルールを破って他人の信用を失くした者は淘汰されるような「質の高い市場」でなければ成り立たない、ということです。そうした市場経済の本質が、日本では理解されていないということでしょう。
―開かれた市場経済では、市場参入の機会があらゆる人に公平に与えられていて、しかも、敗れて退場したとしても何度でも再挑戦が可能です。逆に、規制が強く閉鎖的な市場経済は、偶然に市場参入の機会に恵まれた少数の人はいつまでも保護され快適ですが、多くの人にとっては参入機会が与えられず、両者の格差はどんどん広がります。日本の労働市場は後者の典型で、正社員と非正規社員の二極化が進んでいます。
1990年代以降に非正規採用が増加し続けたのは、大企業の経営側と労働組合側、つまり経団連と連合の利害が一致したためです。
戦後の日本では、さまざまな理由から正規社員の解雇が厳しく規制されてきました。雇用調整のための解雇に関する規制(整理解雇規制)が強いから、正規社員を社内に抱え込まねばならない。それでも、経済成長によるインフレが続いた1980年代までは、実質賃金を下げるのが簡単でしたから、人件費負担はコントロールができた。ところが、90年代以降は物価がほとんど上がらない時代になったので、賃金カットが非常に難しくなりました。
一方で、強い整理解雇規制は残っていて、人員削減は容易ではない。不況に対処するために、大企業は正社員の採用を縮小、停止する一方で、労働市場の規制緩和――非正規社員の雇用拡大を政府に働きかけました。
つまり、非正規雇用を雇用の調整弁と位置づけ、その増加をデフレ下の労務費削減ツールとすることで、正社員の既得権――整理解雇規制と賃金――を守っていくという戦略に、経団連と連合の利害が一致したのです。
―OECDの調査では、日本は正規社員と非正規社員の処遇格差が大きいことが経済成長を妨げている、と指摘されています。
正規雇用と非正規雇用の二極化は、社会の不満、閉塞感を増大させるだけでなく、将来に大きな禍根を残します。正社員採用の扉を閉ざされ、やむなく非正規社員になり、次の不況期で「非正規切り」されてしまれば、彼らが高齢化したとき年金不払いなどによって、膨大な貧困層になる危険があります。また、彼らの子どもたちもまた貧困となり、世代間の不公平が固定されてしまいます。それこそが問題です。
雇用の二極化という不合理な格差を解消することが重要です。そのためには、現在政府が行なおうとしている非正規雇用の規制ではなく、正社員の既得権を剥ぐことが必要です。つまり、整理解雇規制の緩和です。