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何よりも消費者の生命の安全を優先し、企業の責任を踏まえた対応が求められていたのに、それを怠った――。5年前に起きたパロマ工業製のガス湯沸かし器による死傷事故で、東京地裁はそう指摘し、同社の元社長ら2人に有罪判決を言い渡した。
製品自体に欠陥はなく、販売後の不正改造が事故の原因だった。だが判決は、同様の事故が何度も起き、被告らはそれを承知していたにもかかわらず有効な対策をとらなかったとして、業務上過失致死傷罪の成立を認めた。
メーカーを信頼するからこそ、消費者は便利さの一方で危険を伴うガス製品を安心して使うことができる。その思いに沿った判断と評価したい。
企業を舞台に事故や不祥事が起きると、直接の担当者だけでなく、それを防げなかった経営陣についても、刑事、民事を問わず、責任が厳しく追及される時代である。経済界からは悲鳴が聞かれるし、専門家が疑問視する例もないわけではない。だが、かじ取りにあたるトップには、人々がそれぞれの企業に期待しているものを正面から受け止める力量と覚悟が求められる。
会社が抱えるリスクを適切に管理し問題の発生と拡大を抑える仕組みを築く。内部統制システムと呼ばれる体制の構築は取締役の義務である。パロマにこれが欠けていたのは明白だが、果たして同社だけの問題だろうか。
規定を設け、組織を整え、社内に周知すれば良しとし、内実がついてきていないところが少なからずあるのではないか。システムが機能する状況をつくり、実際に動いて初めて、その企業は社会的責任を果たしているといえる。判決を機に、経営者は改めて足元を点検してもらいたい。
この事故などを教訓に消費者庁が設立された。消費者被害に関する情報を集約し、ホームページを通じて公表するようになった。自社と同種の製品で事故が起きていないか常時チェックし、その内容を把握し、自らの製品の安全性の向上につなげる。経営者に課せられた重大な責務といえよう。
今回の捜査・公判は企業社会に警鐘を鳴らすものとなったが、一方で限界も浮かび上がった。検察は機器の点検にあたるガス事業者や、相当数の事故情報を把握していた経済産業省の責任は不問にした。「業界も役所も縦割りで情報が共有されていなかったため、事故を防ぐことは期待できなかった」との理屈で、判決も追認した。法に基づき個人の責任を争う刑事裁判の宿命ではあるが、全体像の解明という観点からは釈然としない感が残る。
様々な人や組織が関係するこのような事故が起きた時、原因究明と責任追及、そして再発防止策を探るには、どんな方法がふさわしいのか。この難題にも取り組んでいかねばならない。
24年前の「ピープルパワー革命」の高揚感を人々はよみがえらせたかったのかもしれない。しかし、この東南アジアの国を率いることになった新大統領が背負う課題はとても重い。
フィリピン大統領選で故アキノ元大統領の長男、50歳のベニグノ・アキノ上院議員が当選を確実にした。
昨年8月に母親が亡くなるまで大統領選の下馬評にすら上がっていなかった。「シンデレラボーイ」だ。
マルコス元大統領の開発独裁体制下で祖国の民主化を訴えた父親は1983年に暗殺された。体制打倒運動を引き継いで先頭に立った母親は民衆の支持を集めて、86年に大統領となった。この国の民主主義が最も輝いていた時だった。
そんな2人から生まれたアキノ氏への期待感を大きくしたのは、過去9年間のアロヨ政権への失望と不満だ。
アロヨ大統領は、汚職疑惑などで批判を浴びながら権力の座に居座り続けた。縁故人事や腐敗が後を絶たない背景には友人や親族との関係に重きを置く社会風土も影響しているだろう。
だが、それは日本を含む外国企業に投資をためらわせる原因にもなった。中国をはじめとするアジアの多くの国々が「世界の工場」として急速な成長を遂げているのに、フィリピン経済はいま一つ勢いが出ない。
こんなことでは、この国は深刻な貧困問題からいつまでも抜け出せない。約140万人が海外への出稼ぎを余儀なくされている厳しい現実の改善にもつながらない。
アキノ氏は選挙戦で、汚職の追放を人々に訴えた。その期待にこたえ、本気で取り組まなければならない。
また、東南アジア諸国連合(ASEAN)が担うこの地域の安全と安定にフィリピンが果たす役割も改めて認識してもらいたい。
とくに南部ミンダナオ島ではイスラム武装勢力と政府軍との紛争が続き、日本やマレーシアも解決に協力しているが、まだ十分な成果が出ていない。島の西側ではイスラム過激派アブサヤフが活動し、海賊行為や外国人の誘拐事件も発生している。
一帯は、日本とマラッカ海峡を結ぶ海域の安全に直結している。新大統領は紛争解決への交渉などで積極姿勢を示すことが必要だ。
フィリピンはかつてタイとともに、東南アジアの民主主義の優等生と呼ばれた。しかしタイはいま政治の混迷に苦しみ、フィリピンも地域での存在感が弱まっている。
今回の選挙でも、マルコス元大統領の親族ら有力政治家一族が影響力を保つという古い面はあった。だが、電子投票を実施する新しさも見せた。政治風土を変え、フィリピン流民主主義の輝きを取り戻してもらいたい。