時代の風

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時代の風:インドでの安保会議=防衛大学校長・五百旗頭真

 ◇急成長、アジアの将来像--五百旗頭真(いおきべ・まこと)

 先週、インドを初めて訪ねた。ニューデリーのシンクタンクが毎年開催している「アジア安全保障会議」での報告を求められたからである。

 ある国に招かれる時、その機会を私は士官学校交流に活用するのを常としている。この度も、ムンバイ南東250キロのプネ市郊外にあるインド防衛大学校を、国際交流を担当する太田文雄教授とともに訪ねた。

 どこの国も伝統的に陸海軍が別個の士官学校を持っていた。が、第二次大戦後、日本とインドが真っ先に陸海空の統合士官学校を創設した。今ではカナダ、オーストラリア、シンガポール、オランダなどが統合型に進んでいる。

 どこの国の士官学校を訪ねても、環境も施設もなかなか立派だと思う。わが防衛大学校も観音崎背後の海を臨む風光明媚(めいび)な小原台にあり、充実した内容ともども誇りに思っている。だが、インドを訪ねて驚いた。キャンパスは防大の50倍の広大さであり、大自然とマッチした風格ある建物が計画都市風に配置され、山と森での陸上訓練、湖とハーバーでの海上訓練、飛行場での航空訓練が、いずれもキャンパス内で行えるうらやましい充実ぶりである。独立後の初代ネール首相の肝いりで設立されたものという。

 防大にはアジア各国から70人もの留学生が生活を共にして勉学と訓練にいそしんでいるが、不思議なことに「中国とインド抜きのアジア諸国」であった。この度、インドとの間でも士官学校が主催する互いの国際会議に招待し合うことを確認し、一学期間の相互留学の可能性を検討することで合意した次第である。

 さて首都ニューデリーでの国際会議である。躍進中のインドが知的交流面においても格別に積極的であることを印象づけられた。「アジア安全保障会議」には、米国、中国、ロシア、英国などからも雄弁な論客が招かれており、活気にあふれていた。聞けば、数年前にはこれほど充実していなかったという。変化をもたらしているのが「中国・インドの並走的台頭」であることは明らかである。

 高度成長を続ける中印両国は、昨年の世界経済危機の中でも8%もの世界に例外的な躍進を主として内需によって遂げた。中国は周知のようにGDP(国内総生産)において今日本に並び、抜き去ろうとしている。インドは日中両国の4分の1規模に達した。まだまだ低いと思われるかもしれないが、インドのGDPはオーストラリアや韓国を抜き、アジアで第3位となって急成長中なのである。

 会議は「2030年のアジア」はどうなっているかをめぐって議論した。中国とインドが20年後の主要なアクターであることは全討論者が認め、「中印二極体制」を語る者もいた。中印並列ではなく、中国の優位を重視する「中国覇権体制」論もあった。その際に、世界が対抗的な権力政治に傾くのか、協調的な制度化に向かっているのかが大きな論点であった。そして覇権的な構図を警戒する議論が、中国をめぐって出される傾向が認められた。経済高度成長を上回るペースの中国の軍拡について、日本においても懸念の声があるが、インドではそれ以上であった。中国は消費する石油の70%をインド洋を通じて入手しており、そのルートに沿って、ミャンマー、ココ島、バングラデシュ、スリランカ、パキスタンなどで中国は港湾開発に協力、推進し、利用権を拡大しようとしている。それがインドを取り巻く「真珠の首飾り」と警戒されている。

 中印両国以外にも重要なアクターがアジアに存在することは言うまでもない。私は日本の役割を語り、ロシアの教授は、アジア大陸における中国・インド・ロシアの三極体制に言及した。しかし最大の焦点は、米国のプレゼンスであった。アジア大陸での単極・二極・三極の論は、いずれも米国が関与しない場合の構図である。そして会議の参加者の誰一人としてそれを望んでいないことが、議論の中で浮かび上がった。

 米国がアジアの主要アクターであり続ける場合にも、(1)米国単独覇権(ありえない)(2)米中の共同統治(両国に利害の対立と不信があり難しい)(3)米中印三極体制(三極は通常安定しない)(4)米中が海洋派(日本・韓国・インドネシア・オーストラリアなど)と大陸派(北朝鮮・中央アジア・パキスタン・ミャンマーなど)を率いて二系列化するシナリオなどが提示された(フリードバーグ教授)。主催者側インドのゴスワミ女史も、対決シナリオと協調シナリオの双方を描きつつ、中国が責任あるアクターとなれるか、あるいはナショナリズムと覇権主義に傾きたとえば台湾武力統一に走るかによって異なる将来像となる旨指摘した。アイケンベリー教授は「中国・インドの台頭、日本のノーマル化(冷戦終結後の20年に自衛隊がさまざまな活動を海外で行うようになったことなど)」とアジアの変化をスケッチしつつ、米国は日米同盟や地域協議への参加などを通してアジアにとどまり、アジア安定の供給者を務めるべきであると取りまとめ報告を行った。インドでの対話は予想以上に示唆と刺激に富むものであった。=毎週日曜日に掲載

毎日新聞 2010年2月21日 東京朝刊

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