11月16日、7~9月期の日本のGDP(国内総生産)統計が発表された。それを報じる新聞記事の中で、「景気の実感に近い名目成長率は6期続けてマイナスのまま」という言い方に出会った。これは何だかおかしくないか?
「名目」という言葉には、「表向き」あるいは「形式的な」のニュアンスがある。「名目店長」といえば、形ばかりの店長のイメージだ。実態を伴わない店長さんである。そんな「名目」成長率が景気の「実感」に近いとは、一体どういうことなのか。
記事の書き振りにケチをつけようというのではない。今の世の中、こうしか書きようがないだろうなと思う。上記のGDP統計で「実質」経済成長率の方をみると、こっちはプラスになっている。名目ではなく、実質でみる限り、経済は拡大しているわけだ。
だが、日々の我々の感覚はどうか。非正規労働者には職がない。人々はローンを返せない。就活に必死な学生たちには将来がみえない。そして、巷(ちまた)は過激な安売りであふれかえっている。こんな状況の中で、「実質経済成長率はプラスです」といわれても、確かに実感は湧(わ)かない。この際、名目と実質の概念を考え直した方がいいのかもしれない。
経済統計上の名目と実質の違いはどこにあるか。それは物価変動の取り扱い方にある。名目数値には物価の変化が織り込まれている。実質値からはそれが取り除かれている。実質でみれば、一つのミカンは今日も明日も一つのミカン。だが、その一つのミカンが今日は100円で明日は200円なら、名目でみた明日のミカンは今日のミカンの2倍のミカン。
こう言われれば、「名目・実質」の言い方にそれなりに納得がいく。物価の上昇に惑わされず、モノの本当の価値をしっかり見定めなければ、という気分になる。だが、これが逆の場合はどうか。
今日は100円のミカンが、明日は50円になる。名目でみた明日のミカンは、今日のミカンの半分のミカン。実質でみれば、一つのミカンはやっぱり今日も明日も一つのミカン。こっちの方は、納得がいきそうで、どうも今ひとつ釈然としない。それはなぜか。
それは、100円のミカンが200円になる場合に比べて、100円のミカンが50円になる場合の方が、はるかに経済社会的な痛みが大きいからである。100円のものを200円にするのは、単なる便乗値上げで出来ることだ。そこには、何の苦痛も伴わない。
だが、便乗値下げというのはない。100円のミカンを50円にするには、よほどボロ儲(もう)けをしていない限り、出血的経営努力が必要だ。それに付き合わされる労働者たちは、出血的賃金カットに甘んじなければならない。
そのような時に、実質でみれば、1個のミカンはやっぱり1個のミカンだと力説されても、単純にハイそうですかと納得出来るか。100円で、ミカンが2個買えるようになるからいいのか。それはそうかもしれない。だが、ミカンの値段の下がり方よりも、自分の給料の減り方の方が激しければどうか。失業してしまっていれば、どうなのか。いずれの場合も、半値のミカンには、それこそ、何の実質的な価値もない。
そこで、名目GDPをカネGDP、実質GDPをモノGDPと言い換えてみてはどうだろう。物価がどんどん上がるインフレ期には、モノGDPの方が経済の実態を語り、物価が下がるデフレ期には、カネGDPの方がよりよく実態を反映する。そんな見方が出来るかなと思う。
カネ、モノとくれば、どうしてもヒトのことを考えたくなる。ヒトGDPという言い方をすれば、これはあまりにも語呂合わせに過ぎなくて、厳密性に欠ける。だが、それはそれとして、カネとモノとの関係が大きく崩れる時、小突きまわされるのは、どうしてもヒトだ。モノの値段を下げるには、ヒトの値段を下げざるを得ない。値段を下げられたヒトには、モノを買うカネがない。ヒトにモノを買うカネがなくなった時、経済活動は消えてなくなる。つまりは、ヒトなくしてGDPなしということだ。
つい最近、「経済の達人」という演題での講演依頼を頂戴(ちょうだい)した。「大学コンソーシアム京都」からの依頼であった。面白いテーマだ。どうご注文に応じようかと考えている中で、思い当たった。今の時代は、経済のタツジンの時代ではない。経済のダツジンの時代だ。経済活動が脱人化している。ヒト不在の経済活動と化している。そこに問題があるのではないか。
金融工学や成果主義や派遣労働の横行や。カネGDPとモノGDPの間に挟まれて、ヒトGDPがやせ細る。まさに、「働けど働けど猶我暮らし楽にならざりぢっと手を見る」だ(石川啄木「一握の砂」)。そんな世界に住んでいる時、実質GDPが「年率4・8%も伸びました」という発表があっても、誰にも嬉(うれ)しい実感が湧くわけはない。
GDP統計上の名目と実質と実感との間に、まともな関係が戻ってくる日はいつか。その日は、経済が脱人から達人に立ち戻る日でもある。=毎週日曜日に掲載
毎日新聞 2009年11月29日 東京朝刊