ある企業が従業員に優しい放漫経営を続け、(おまけに投資銀行たちとデリバティブを使った粉飾まがいのことをやって)、ある日それが明るみに出た。確かにシステム的に重要な主体ではあるが、すでに普通にはファイナンスは困難で、救済するには多額の公的資金が必要であり、ビジネス構造が脆弱なため今のやり方ではその資金の返済のめどは立たない。はたから見たら当然従業員が大幅な賃金や年金のカットと合理化、規模の縮小などを受け入れざるを得ないと見えるのだが、従業員は受け入れようとせずストや暴動などで対抗している。 さて、あなたがその企業の存在する国の納税者だったら、公的資金注入に賛成するでしょうか? いろいろな意見があるとは思いますが、ギリシャのケースは、粉飾は別にすれば、GMやJALのケースと酷似していることに気が付きます。ギリシャのケースではもちろんその存在する国とはユーロ圏であり、納税者とはそのユーロ圏の納税者特にドイツの人々ということになるでしょう。たとえば仮に去年の12月ごろにJALの従業員がボーナス増やせといってストでもやったら、一体国民はどう思っていたことでしょうか?いまそれと同じことを左翼系主導のギリシャの労働者たちはやっています。いくら前が社会主義国だからといってこれではユーロやほかの国々から見捨てられる可能性が高まるばかりです。 国民は犠牲者でしょうか?民主主義のなかで選ばれた政治に責任を負うのは国民です。日本でもそうですが、このことを忘れている人が意外に多い。放漫財政をやるような社会主義政権を選んだのはギリシャ国民であり、そのことに他国が介入できない以上、他国はギリシャを救済することはありえない。これが原理原則であり、厳しい現実である。 しかも、こういう状況で問題を常に難しくするのが「筋の通ったジェラシー」です。具体的に言えば「あいつらはいい加減なことをやっていて高い給料をもらっておきながら、会社がこけそうになったら公的資金で救済されるなんて許せん」というやつ。ギリシャの公務員は15年の加入期間で年金受給権が発生する上、需給開始年齢もドイツなどよりはるかに低い。そうした公務員が労働者の4割もいて、その人々が今ゼネストをやっている。前にも書いたようにギリシャの労働者がゼネストをやるっていうことは、本人たちが意識しているか否かにかかわらず、ほかの国に対して金をよこせ、といっているに等しい。この実際きわめて感情的ではあるが筋の通ったジェラシーがギリシャ国民の一部労働者たちにきちんと理解されていないから、回りの国はますます絶望的な気分になるし、やはり勝手にすれば、という気持ちになるでしょう。(もちろん、ギリシャとドイツの間には第二次世界大戦の間のナチによる侵略、占領の歴史もあり、実際ギリシャ副首相が議会でそのことに触れてまた余計な物議をかもしたりしてますし、感情と言う点ではまた複雑さが増してますが)。 投資銀行が問題の先送りに絡んでいたということも、問題の結論を左右するのではないかと思います。つまり、まさにそのようなややこしい取引で巨額の利益を上げること自体が非難の対象となるご時勢です。ここでギリシャを救済することは、そうしたややこしい取引の決済を認めることであり、そうした取引にかかわった主体を救済することでもあります(もちろん投資銀行はしっかりヘッジしているかもしれませんがね)。これはAIG救済によって一部投資銀行のポジションがきちんと支払いを受けたという流れと極めて似てきます。英米も含めこのような流れに国民がもう受忍限度を超えるところまで来て、議会でも厳しい追及がなされていることはご存知のとおりです。一般人の立場から見れば、こういうのは一回破綻させて、処理してしまえ、という感情的な立場が勝ることになりかねない。今日のFTを見ると、ゴールドマンが米国のFRBやSECからこの件に関していろいろ調べを受けるようなことになっている。これはこの問題に対するドイツ国民などの怒りが大きくて、それなりの姿勢を見せないとドイツのメルケル政権自体の危機となってくるという意識から、米国へ何らかの対応を依頼したという感じがします。 もちろん、われわれはリーマン破綻の衝撃度を経験してますから、システミックリスクwの再来を避ける方向で検討しなければならないし、通説的な「最後は救うでしょ」的解決が今のところもっとも確率が高いと思うのですが、実はユーロ加盟国の破綻のシステミックリスクは、心理的なものをのぞけば、リーマンなどよりははるかに小さいのかもしれません。国家のデフォルトというのはアルゼンチンなどこれまでもあちこちで起きていますが、国家という主体であることと決済システムそのものがフリーズするような問題になるかどうかとは別問題です。むしろリーマンなどの巨大金融機関が抱えるリスクのほうが大きいでしょう。 むしろ、問題はユーロの一カ国が破綻したという一種の評判リスクでしょう。たしかに、このことは(私も含め)ユーロという仕組みが安全弁となると考えていた人々には衝撃かもしれません。しかし、一方で仕組みを守るための犠牲ということもありえると思います。今の状況をほうっておいてモラルハザードを拡散させて信頼性をいっそう低下させるよりは、ギリシャには気の毒ですがギリシャに「逝ってよし」ということで規律と仕組みを守るというチョイスはありかもしれないと思い始めています。同時に、ギリシャのデリバティブ取引を破綻債権化させて、ポジションを持っている人々を懲らしめる、という発想もでるかもしれない。そういうムードがほかのユーロ主要国の国民において支配的になったら、そこは民主主義のもとですから、結果としてそれを抑えられるのかどうか? ちょっと前のエントリーに「ギリシャがデフォルトすると考えている人はほとんどいない」と書きましたが、最近ワタクシを含め多少ニュアンスは異なってきているように思います。2月20日付のThe Economistには“Disciplinary measures”というタイトルでドイツ銀行のトマス・メイヤー氏と欧州政治研究センター(Centre for European Policy Studies)のダニエル・グロス氏が寄稿しているのですが、このなかでIMFならぬEMF(欧州通貨基金)を設立して危機に当たるべきだという主張がなされています。この主張はもちろんIMFという一種ユーロと対立しかねない枠組みの利用を回避するということを目的とするのですが、さらには一見各国がお金を出し合って救済するスキーム作り、と思われそうです。しかしよく読むとその主張の本筋は、そういった拡散を防ぐ枠組みを作りつつ、すでにひどくなってしまったところには債務の一律削減を債権者に要求する、つまり危機対応基金を作りつつ「国家破綻の枠組み」(国家向けチャプター11)を作るべきだということです。IMFにおいては、アジア危機のところでも議論があったのですが、国家の破綻という枠組みはない。それを作らなければならないのではないか、という主張ですから、これはやはりギリシャの破綻を念頭においているといえましょう。またこの論文では「ブレイディ・ボンド」にも言及がなされています。ブレイディー・ボンドとは、80年代後半の中南米債務危機にあたって当時のブレイディ米国財務長官が債務の証券化やエクイティー(直接投資に使うための現地通貨)スワップを通じて債務問題を解決していった際、証券化された債券のことです。このアイデアも頭の中には国家のデフォルトが念頭に置かれているはずです。余談ですが、ワタクシも当時ちょっとだけその事務にかかわっていて、債券取引にしてはやたら小数点がいっぱい出てくるので当時(まだパソコンはない)ソロバンで計算間違いしないように結構緊張して伝票を作った記憶があります。ともあれ一部の識者はやはり最終的にはデフォルトを前提にしないと物事が進まないということを意識し始めているといえます。 ほかへの波及(Contagion)を防ぐためには、それが前向きの処理であることが一般に理解されなければならない。つまりさまざまなプロパガンダが必要になります。ギリシャのゼネストは、ギリシャのデフォルトの可否が他の国や国際機関の行動にかかっているということを考えれば、破綻させたほうがいいという意見を増やしたのではないでしょうか?アルゼンチンなどのような単一国ではいくら騒ごうがわめこうが、対外的なポジションが変わるわけではなく、結果としてだめなら破綻。ギリシャはユーロに助けてもらうという可能性がまだ残っていたわけですが、ほかの国民を敵に回したとたん、ここはただの「重債務国」でしかない。その状況への認識が共通化するとさらに事態は悪化する。そういう状況へ近づいてしまったのだと思います。 ここから先は完全に政治の世界でありましょう。つまり民主主義における民衆の意思がこの問題の取り扱いを決める。結論からみた合理的な結末にならないリスクが高まっています。民衆は情報が正しく十分に咀嚼されないままで、正解のよくわからない問題を判断しなければならず、その過程で感情論が理性を上回ってしまう可能性が強まっているのだと思います。どちらの方向に向かうにしてもそのリスクについて、われわれは十分覚悟しておかなければならないのでしょう。そして当事者の行動様式がGMやAIGやJALなど破綻したところのパターンを踏襲しているようでは、利害関係を持つ納税者などから早期「処理」を求める声が高まってしまうリスクが大きくなってしまうように思えます。 (余談)こういう状況でもユーロより弱いのがポンド。なぜだかFTは他の欧州の問題(ギリシャとか)やアメリカや日本の問題は鬼の首をとったみたいに取り上げるのですが、自国の深刻な財政問題についてはほとんど書いていません。ある意味見上げた態度だと思いますが、逆にそれゆえに、ワタクシのなかでイギリスのほうがギリシャよりはるかに問題の深刻さが印象付けられてしまいます。選挙も近いということもあるのでしょうけれど、選挙結果いかんでは騒ぎの種になりやすいのはむしろ英国だったりするかもしれません。 (お詫びと訂正)文中で最初にナチスの話に言及したのはドイツ副首相と書いたのですがギリシャ副首相の誤りでした。お詫びと訂正です。 |
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>>ギリシャのケースは、GMやJALのケースと酷似している |
40歳無職 2010/02/26 20:56 |
ギリシャのサムライ債結構出てます。 |
とおりすがり 2010/02/27 08:25 |
国家を破綻させる仕組みを用意しないのなら切り離すしか無いのでしょう。ゼネストしてるギリシャ国民自身が「自分達は全体の一部でしかない」という認識を持たなきゃいけないんですが、社会主義の失敗を認めるのにもあと数十年はかかるかも知れませんね。 |
名無之直人 2010/02/27 12:30 |
いつも勉強させていただいています。 |
傍観者 2010/02/27 20:35 |
みなさま、コメントありがとうございます。まとめてで失礼します。この問題は時間をかけて解決していくしかなさそうですが、当面の資金繰りは何とかなりそうですね。 |
厭債害債 2010/03/18 00:39 |
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