うつ病は、思いあたる原因やストレスがなくても起きる場合がある。とはいえ、それなりの原因やきっかけがある場合も少なくない。
失恋や離婚、病気、災害、リストラ、人間関係の葛藤(かっとう)、借金に高額ローン。人生には、うつ病の引き金になるさまざまなアクシデントやトラブルがごろごろ転がっている。
ただ、その中には、専門家の力を借りれば意外に簡単にすんなり解決可能、というものも少なくない。サラ金からの多重債務の場合は弁護士や司法書士、悪徳商法まがいのセールに引っかかって高額商品を買ってしまった場合は消費生活センター、配偶者や恋人の暴力に対しては女性センターと、それぞれの問題に応じた専門家が、困っている人たちからの相談を待っている。
私も、「これは医療だけの問題ではないな」というときは、積極的に行政サービスや窓口、NPO法人などを紹介することにしている。多重債務、離婚問題、近隣トラブルなど法律が絡んでくる場合は、「法テラス」を紹介して患者さんたちから「助かりました」と感謝されることも多い、という話は、以前にも書いたことがある。
ところが、そういった専門家を紹介しようとすると、必ずといってよいほどぶち当たる壁がある。それは、「悪いのは私なのに、専門家の先生に相談に行ったら怒られるのではないか」という当事者の不安、おびえだ。とくにまじめな人ほど、誰から責められているわけでもないのに、「夫を暴力的な人間にしてしまった私にも非がある」「会社をリストラされて借金を作ったのは私の自己責任」と言い、「とても相談になんて行けない」としり込みする。
困った人を助けるための専門家は、決して当事者を叱(しか)ったり責めたりするためにいるのではない。あくまで、いま目の前にある問題を解決に導き、より良い未来を築くためにいるのだ。過去は過去、「どうして借金なんかこしらえちゃったんですか」とその時点に戻って非難される、などということは、よほどでない限りないはず。
幸い、いまはいろいろなセンターやNPO法人があり、「こんなことにまで」と驚くほど細かい問題に対する専門家もいる。「私が悪いんだから、人に頼るのは恥ずかしい」と思わずに、もっと専門家を利用してほしい、と思う。もちろん、精神科医もその専門家のひとりだ。「私の心の問題なのだから、自分でなんとかしなきゃ」などとためらわずに、気軽に「困ってるんですよ、なんとかしてくださいよ」と相談に来てほしい、と思う。
〔都内版〕
毎日新聞 2010年5月4日 地方版