ギリシャ危機の直接の発端は昨年10月の政権交代に伴う財政赤字の暴露だそうだ。中道右派の前政権が赤字を小さく見せようとデータをごまかした。総選挙で勝った中道左派の新政権がそれを暴いた。
ギリシャの信用は、たちまち失墜した。国債が暴落し、欧州全体に波及かという恐怖のなかで、欧州中央銀行(ECB)と国際通貨基金(IMF)が支援に乗りだした。
「そうしないと、パンドラの箱をあけたようなことになってしまいますから」
高名な専門家に聞いた解説の一節が耳に残る。
ギリシャ神話のパンドラは最高神ゼウスが英雄プロメテウスをこらしめるために放った美女だ。ある日、パンドラが禁断の箱をあけると、病苦、貧困、嫉妬(しっと)、貪欲(どんよく)、猜疑(さいぎ)、飢餓、憎悪など、ありとあらゆる不吉の虫が四散した……。
統一通貨制度のもとでギリシャとユーロ圏各国は一蓮托生(いちれんたくしょう)だ。ギリシャが厳しい財政再建策を取り、各国が支援しなければ通貨統合は失敗に終わり、欧州は大混乱に陥る。
ここで「パンドラの箱をあける」というのは、新政権による旧悪の暴露のことではない。露見した危機に対して有効な手を打たず、放置するという意味で使われている。
ギリシャと同じころ、日本でも政変が起きた。中道右派の自公政権が倒れ、中道左派の民主党政権が生まれた。自公政権は政府統計をごまかしたりはしなかったが、新政権が旧弊一掃に努めて混乱を招く展開はギリシャと似ている。
菅直人財務相は記者会見でこう言っている。
「ギリシャも政権交代があって問題が表に出てきたわけですから、この問題(財政再建)にしっかり対応できるかどうかを私も問われているのだと思います」(4月30日)
菅が国家戦略担当相から財務相に横滑りしたのが1月7日。「財政健全化法案の今国会提出を検討したい」と会見でぶちあげたのが3月24日だ。
菅は、自民党が参院に提出した「財政健全化責任法案」を研究していた。以後、仙谷由人国家戦略担当相と競うように消費税増税論を発信するが、連休前に至って失速した。
鳩山由紀夫首相から「もう少し慎重に」とクギを刺されたのである。増税は参院選に響く。そうでもないという見方もあるが、小沢一郎民主党幹事長は警戒してやまない。
ギリシャはアッという間に付加価値税(消費税)を4%引き上げて23%にし、財政赤字削減法を成立させる一方、暴動が起きて死者が出た。
日本はどうか。ギリシャどころではない、世界でいちばん財政赤字の指標が悪いのに、消費税論議を封印し、財政再建法案は先送りで、ゴールデンウイークのトップニュースは行楽帰りの渋滞だった。
日本には独自の通貨があり、日本国債の95%は日本人がもっている。消費税は5%で、欧州に比べれば引き上げの余地がある。それやこれやで日本国債は暴落を免れているが、ギリシャの教訓は日本の潜在危機を浮かび上がらせる。
菅は民主党内の小沢系、非小沢系のはざまにおり、ポスト鳩山の最有力候補と目されている。財政再建の初志を貫いて行動するのか。危機を顧みず、選挙至上主義に屈して不吉の虫を誘い出すのか。大事な岐路にさしかかっている。(敬称略)(毎週月曜日掲載)
毎日新聞 2010年5月10日 東京朝刊
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