福岡県警が暴力団追放運動の一環で自主製作した“ヤクザ映画”が話題になっている。「許されざる者」というタイトルで、DVDを同県内のレンタルビデオ店に無料貸し出ししたところ、大好評なのだという。出演から監督、製作まで、すべて現役の警察官の手によるものだが、本家・東映の任侠映画も顔負けの、なかなかの出来ばえだ。
「行けっちゅうたらいつでもいくのが極道じゃないか」−。劇中、暴力団幹部が手下の組員に襲撃を命じる。幹部を演じるのは、ダブルのスーツに丸刈りの“いかにも”ないで立ちの役者…もとい、警察官だ。別のシーンでは「暴力をふるうて暴力団やろが!」と組員に容赦ない制裁を加える迫力のアクションシーンも。車のナンバーを「893」にするなど小道具にもこだわっている。
映像を見たヤクザ映画マニアの会社員(31)は「凄惨なリンチや家宅捜索に踏み込んだ警察と組員の攻防など、迫力ある場面が連続している。そのスジの人としか見えない役者、いや警察官の人たちが全編にわたって小倉弁で応酬しているのもリアル」と感心する。
この“映画”、実は同県警が行っている暴力団追放運動の一環として製作された「広報ビデオ」だ。2006年の製作だが、驚くのは製作費がたったの30万円ということ。「出演者は全員、現役の警察官で、音楽や撮影のスタッフもすべて自前です」と胸を張るのは、監督をつとめた県警暴力団対策部北九州地区暴力団犯罪捜査課長の藪正孝警視(54)だ。
藪警視はこれまで3本の広報ビデオを撮影した同県警きっての“ベテラン監督”。プロに依頼して作った広報ビデオを見て、「これなら自分でも作れる」と自らメガホンを取ったという。「キャストは、役柄にふさわしい顔つきかどうかで選んだ。中には、実際に暴力団対策にあたる捜査官も混じっています」。
藪警視はシナリオも担当。主人公の組員が暴力団を脱退するまでの過程を描く物語だが、主人公の妹が同じ組の組員と結婚し、その「足抜け」のために主人公が犠牲になるなど、ストーリーも凝っている。これは藪警視自身が「捜査中に実際に遭遇したケースを基に作った」という。
県警は関係機関を通じてこのDVDを配布していたが、今年3月30日から県内のレンタルビデオ店にも無料貸出を開始。クオリティーの高さが思わぬ評判を呼んだ。企画に協力した日本コンパクトビデオレンタル商業組合は、「県内に150あるレンタルビデオ店に3枚ずつ置きましたが、もっと枚数を増やしてほしいとリクエストもありました」と言う。
県警によると、今年4月から暴力団排除条例が施行されたのに合わせて無料貸し出しを実施したのだという。同県北九州市には指定暴力団「工藤会」の本部があり、抗争が相次ぐなど暴力団の活動が活発な地域。無料貸し出しは、暴力団の危険性を広く市民に知ってもらう活動の一環だ。
思わぬ人気に藪警視は当惑気味だが、「暴力団撲滅には正しい理解が不可欠。ビデオをきっかけにこちらの意図が伝われば」と話している。
なお、このビデオは、警察の広報映像などを公開するウェブサイト「ポリスチャンネルネット」でも視聴可能だ。