このネタは結構繰り返しになっていますが、問題を整理しておく必要があると考えています。 まず「破綻」とか「倒産」というのは「赤字」そのものではなく「資金繰り」によって生じる(だからこそ黒字倒産なんて言葉がある)ということはきちんと押さえておく必要があると思います。すなわち、ギリシャの赤字は確かに大きいけれど、それ自体が喫緊の課題ではなく、問題はそれが将来にわたって野放図に続けられることでさらに状況が悪化すること、そしてその赤字をファイナンスする必要があるのに「将来誰もお金を貸さなくなる」ことがリスクの核心です。 逆に言えば、そういう状況であっても安定してお金を貸してくれる人がいれば危機は生じません。日本が債務残高GDP比200%とか言われながらやっていけるのは、国内できちんと国債のリファイナンスができているからです。この点、外部ファイナンスに頼る国の脆弱さは日本とは比べ物にならないのであって、アメリカのように基軸通貨特権をもって強制的にリファイナンスさせられる国を除けば、「対外的に」ファイナンスできるような材料を用意する必要があります。 残念ながら今のギリシャのやり方はあまりうまくなくて、ドイツとの論争に結構頭に血が上っている感じです。ドイツ(というかドイツ国民)のほうも相当頭に血が上っているようで、ある有力雑誌には一面でミロのビーナスが中指たてている(このサインの意味はお分かりだと思いますが)合成写真がでかでかと載ったとか。 政治という場面においてはドイツもギリシャもそう簡単には矛を収めることはできないでしょう。それぞれ背負っているものが大きい。ドイツは連立でありしかも、もともと総選挙でどの党も過半数を取れないという結果の大連立である。しかもドイツの首相には議会の解散権がないため、ここぞというときでも改めて民意を問うということは(不信任の場合を除いては)できず、政策決定に不安定感が残る。とりわけCSUのようなかなり保守的な人々が連立に入っているため、これらの人々の賛成を得るためには、そう簡単にギリシャへの援助などできないと思われます。そのうえドイツでは5月に重要な地方選挙が控えているためなおさら国民の意思に反するようなことはできないでしょう。 かたやギリシャのほうでもせっかく政権が変わったばかりです。そもそも2つのファミリーで政権をやり取りしているに等しい国だから、変えたばかりの政権の選択肢は少ない。しかもこれまでユルユルのあま〜い待遇に慣れてきた国民にいきなり劇薬を飲ませるのはちょっと無理がある。国のためを思っても、今国民から政権をひっくり返されてしまっては、逆に国の進路が危うくなってしまうと思われ、国民に向けたポーズをとり続けなければならないのだと思います。ナチスによる侵略の時代の話など本来持ち出すべきものでもないと思うのですが、それをすることで国民の溜飲を下げさせるというところが狙いだろうと思います。 では対立が深くなってしまったら独仏がそう簡単にギリシャ問題を突き放せるかというと、そうではない、フランスもドイツも国全体としては民間銀行を中心にギリシャに対する巨額のエクスポージャーを抱えている。しかも、ギリシャをユーロから切り離すとなるといままで同一通貨建ての債権だったものがいきなり外貨(しかも大幅に減価する)債権となるしかない(そうでなければギリシャはますます返済不能となるから、離脱のメリットはない。除名制度がないことは以前に書いたとおり)。そのような結論がいまの体力の弱っている独仏の銀行セクターに受け入れられるのかどうかははなはだ疑問であり、それを現実化させると国内経済にまたまた大きな悪影響が出ることは火を見るより明らかだろうと思います。もちろん、ドイツ銀行やBNPパリバなど主要銀行はエクスポージャーが少ないことを公表していますが、国全体としてみれば独仏はやはり大きい。それに、ギリシャを捨てることは現時点では直ちにほかのPIIGS圏に飛び火しますから、欧州のかなりの部分でファイナンスが立ち行かなくなる。そのときに欧州全体が払わなければならない犠牲はあまりにも大きすぎると思います。下手をすると統一を目指した仕組みの失敗が再び戦争にまでつながりかねないリスクすらはらんでいると思います。というわけで最終的には欧州統合の盟主たる独仏にとって対ギリシャ強硬路線を最後まで貫徹することは相当の覚悟が必要、というか現時点では無理だろうと思います。 ところで2月末にドイツ銀行のCEOがギリシャのパパンドレウ首相と会談したことは記憶に新しいところです。国を代表する銀行でかつエクスポージャーが少ないという銀行のトップがわざわざ渦中の国の首相に面会したというのは、当然ですが「国家的使命」を担っているとしか考えようがありません。当時はドイツ銀行がギリシャ債を大量に引き受けるのではないかとかうわさされましたが、たぶんもっと大きな問題だったのではないかと思います。ドイツ銀行といえば、チーフエコノミストのトーマス・メイヤー氏がThe Economist誌にEMF構想について寄稿していました。この問題ではかなり主導的役割をドイツ銀行さんが担っている感じは強いです。 ワタクシなりのシナリオは(外れても責任は取りませんのであしからず)政治的にはドイツもギリシャも矛を収められないので、論争はしばらく続くと考えます。ただ、最初に書いたように企業でも国家でもファイナンスができる限りにおいて存続可能である。ギリシャ危機が顕在化してからギリシャは大きな起債を2回乗り切りました。しかも2回とも「申し込み超過(Oversubscribe)だったといいます。PIIGSの片割れのポルトガルやイタリアも起債を成功させています。この背後には欧州系の銀行による積極的なマーケティングがあったことは疑いありません。そのなかにはドイツの銀行も当然含まれています。余談ですが、このところのPIIGS(特にギリシャやポルトガル)の起債のプライシングが妙に甘いのです。明らかにサービスレート。本来借り入れ側からみれば市場価格対比でわざわざ割安のものを出す必然性はないのですが、発行体および引き受け団双方にとって絶対に失敗の許されない起債であるという意図がひしひしと伝わってきます。いえ、本来は甘くても適正ではないプライシングは失敗なんですが、それ以上にOversubscribe状態を作りたいという意図すら感じられる起債といえましょう。つまりその気になれば「民間セクター」を使って当面何とかなる。ただ、この点問題は最終的にギリシャがデフォルトするリスクを民間がさらに抱えられるのか、ということです。この点は後で述べます。 政治というのは厄介なもので、本当に正しいかどうかよりも人々に支持されるかどうかで施策が決まってしまう。本当の危機は「正しいことを考える人」が排除され耳に心地よい政策を打ち出す人が政権をとってしまい最終的に物事をぶち壊してしまうことです。(どこぞの極東の国ではそういう事態になりかかっているのですけれど、それはともかくとして、)危機的な状況においては、最終的な間違いを避けるためにとりあえず人々に対してはなだめる必要がある。そして一方で実体の面で物事に大きな問題が生じないように手配するというのが有能な政治家のあり方なのだろうと思います。ここで言う人々をなだめる行動がまさにメルケルの強硬姿勢(およびパパンドレウの強硬姿勢やIMFブラフ)であり、実体面での手配がドイツやフランスの民間銀行中心の引き受け団による起債の成功であり、ギリシャ議会における赤字削減法案成立です。当面のあいだ、政治での強硬姿勢の応酬と実体面でのファイナンス継続を行い、最終的にはユーロの問題点を是正する(無理かもしれませんが)合意にこぎつけるというのが理想といえるのではないでしょうか・ 第三者とはいえないですがEUやECBという立場からは当然、ギリシャの離脱や債務不履行などありえないというトーンのほうが圧倒的に多いようです。彼らは彼らなりに最終的なセーフガードの案を持っていると思います。ここにきてようやくECBレポの担保適格の議論が出てきたというのは、そろそろこの議論が詰めの段階に近くなっていることの現れです。最終的に民間銀行が引き受けなり保有なりするギリシャ債券を常に担保として受け入れてもらえるようにすれば、実質的にギリシャのデフォルトリスクをECBが引き受けることになりますが、一方で少なくともファイナンスだけは当面心配なくなるでしょうから、事実上デフォルトを回避できることになります。問題の本質は先送りですが、時間は稼げますね。ただし為替としてのユーロは中長期的に圧力を受け続けることになると思います。 とはいえ、リーマン破綻という前例もありますから、政治というのはどこでどうなるかわからない。最終的にはデフォルトというのも選択肢から外れることはありません。ただ、リーマンの前例があるだけに、その波及度合いについて相当慎重な瀬踏みをしないといけないと考えると、今後数ヶ月でどうこうなる問題ではない。それは(ユーロそのものを捨ててしまえというかなり乱暴な意見でなければ)ユーロの仕組みのオーバーホウルが必要だからです。したがって時間が必要である、という前提にたてば、おのずから当面の結論は見えてきているように思えます。あくまで当面は。5年後なんて誰もわかりません。 (くどいようですが、これはあくまで個人的見解です。このシナリオが外れる可能性も相当あると見ています。) |
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タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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子ども手当の本質的な政策目的
「混迷するギリシャ問題」のコメント欄で厭債害債さんが、次のように書かれていますので、私の考えを。 ...続きを見る |
労働、社会問題 2010/03/25 23:10 |
内 容 | ニックネーム/日時 |
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>「正しいことを考える人」が排除され耳に心地よい政策を打ち出す人が政権をとってしまい… |
みう 2010/03/24 02:09 |
いつも楽しみに拝見しています。 |
健太 2010/03/24 04:42 |
>子ども手当てを揶揄されていましたが、詳述しませんが、子ども手当てを単なるバラマキだとしか解釈できない人たちが、意外と多いことに驚かされます。 |
RE:みうさんへ 2010/03/24 07:51 |
ギリシャ問題について、非常に分かりやすく詳細な解説、どうもありがとうございます。示されたシナリオが実現し、なんとか軟着陸すると良いのですが。 |
40歳無職 2010/03/24 08:23 |
表現が極端な個人への侮辱を含むコメントは、管理人の判断で削除させていただきます。不毛な言い争いの場にならないための予防措置としてご理解ください。 |
厭債害債 2010/03/24 10:27 |
子ども手当ては、単なる「バラマキ」なのか?; |
みう 2010/03/24 17:15 |
みうさんへ |
40歳無職 2010/03/24 18:48 |
子供手当も本質的にはバラマキですよね。バラマキ同士の良し悪しの問題ではなくて、予算対象を選別して集中する必要性が高まっているわけです。なんちゃって事業仕訳サーカスではなくて、真剣に配分を考え直す時期にきていると思います。 |
元U 2010/03/24 21:33 |
>>もっと裾野の広がる産業政策に使うべき |
40歳無職 2010/03/24 21:40 |
その点日本は国民から民間までまじめに財政赤字を意識しながら、自然死を待つ政策をとっているのは、最高です。郵貯の限度額アップであほなメガにいくかねが、国債に流れる協力なルートがまたひとつできました。さすが亀ちゃんです。 |
karu 2010/03/24 22:50 |
みうさんへ |
MAS 2010/03/25 08:36 |
みうさんへ |
MAS 2010/03/25 08:37 |
厭債さん |
MAS 2010/03/25 08:44 |
本エントリーはギリシャのテーマなので、コメントをいただいた皆様に個別にお返事するのは避けたいと思います。 |
厭債害債 2010/03/25 18:24 |
(続き) |
厭債害債 2010/03/25 18:25 |
>>このエントリーの趣旨は財政収支のはずなので...当然、試算をお持ちなんですよね? |
みう 2010/03/25 18:27 |
ブログ主さんへ: |
みう 2010/03/25 18:28 |
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