【福永洋一記念】事故から31年…天才騎手に大歓声
5月11日7時2分配信 スポニチアネックス
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「第1回福永洋一記念」のレース後、あいさつする福永洋一さん(左)と長男の祐一さん |
すっかり日が沈んだ高知競馬場のカクテル光線が地元出身のスーパージョッキーを優しく照らしていた。「夜さ恋ナイター」9Rに組まれた福永洋一記念。その記念すべき第1回に洋一さんが表彰プレゼンターとして長男・祐一とともにウイナーズサークルに登場すると「洋一」「待ってたぞ」と歓声が沸き、大きな拍手に包まれた。31年前の落馬事故以来、親子そろってファンの前に姿を現すのは初めてのことだ。車椅子に乗った洋一さんはファンの声援に声を上げ、左手を挙げて応えた。父に寄り添うようにあいさつに立った祐一は途中で感極まった。
「自然と拍手で迎えていただいて、ジンと来ちゃいました。こみ上げるものがありましたね。父も興奮していたし、久しぶりに高知に来て喜んでいました」
昨年8月10日の「夜さ恋ナイター」応援イベントがきっかけとなった。武豊とともにトークショーで来場した祐一が提案。高知県警場組合が快く受け入れた。1着賞金50万円など賞典奨励費は高知競馬が負担し、通常の協賛競走と同じように祐一が協賛金(主に広報費)と副賞品及びトロフィーを提供した。
祐一自身、高知に来て気付いたことがあった。
「オヤジが引退してもう30年近くなるのに、たくさんの人が覚えてくれているのがうれしかったです。自分はユタカさん(武豊)の活躍にあこがれて騎手になったつもりでも、自分の中のヒーローはオヤジだったんだって初めて思いました。カッコ良かったです」
歴史的な1日。今年は地元馬のみの開催だったが、高知競馬は「将来的には(JRA所属馬も出走可能な)交流重賞にできれば」とのプランを描いている。「どんな形でもいいので、このレースが続いてほしいし、父が健康ならずっと一緒に高知に来たい」と祐一。来年、再来年、そしてまた翌年…と発展していくであろう、このメモリアルレース。その第一歩は確かに刻まれた。
◆福永 洋一(ふくなが・よういち)1948年12月18日、高知県生まれの61歳。岡部幸雄元騎手、柴田政人現調教師、伊藤正徳現調教師らと同期で1968年に騎手デビュー。“花の15期生”と呼ばれた。武田文吾厩舎に所属し70年から78年まで9年連続リーディング・ジョッキー。77年には当時の最多勝126勝、78年に131勝に記録更新したが、翌79年3月の毎日杯で落馬負傷。その後1度も騎乗することなく、81年に引退した。生涯成績は5086戦983勝。勝率1割9分3厘。重賞49勝(G1級9勝)。2004年にJRAの騎手顕彰者として競馬の殿堂入り。
<初代V騎手は洋一さん後輩>第1回福永洋一記念を制したのは1番人気のフサイチバルドル。手綱を取った赤岡修次騎手(33)は地元が誇るリーディング・ジョッキーで洋一さんの出身校・潮江(うしおえ)中学の後輩にあたる。「洋一さんと同じ出身の中学と知り、きょうは久しぶりにプレッシャーを感じた」と話し、表彰式では同い年の祐一から記念品を受け取り、ガッチリ握手を交わしていた。
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最終更新:5月11日7時2分
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