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            Media Watch: ダイオキシン騒動
                     〜 「魔女狩り」騒ぎのメカニズム

             事実はいかにねじ曲げられ、煽動に使われたか。
■■■■ H16.06.27 ■■ 34,381 Copies ■■ 1,216,437 Views■

■1.「魔女狩り」騒ぎ■

         所沢のダイオキシン汚染地域で新生児の死亡率が増加し
        ている。

     平成9(1997)年2月に、「止めよう!ダイオキシン汚染」さ
    いたま実行委員会が県庁の記者クラブにマスコミ陣を集めて、
    こう発表したのが「魔女狩り」の始まりだった。新聞、テレビ
    が大きく報道し、所沢市民を震え上がらせた。引っ越す人、中
    絶する女性、妊娠を避ける夫婦もいたという。

     たちまち30もの市民グループができ、「喘息で高校生が死
    ぬ」「胎児が次々と死ぬ」などという訴えが相次ぎ、はてはW
    HO(世界保健機構)に医療調査団の派遣を求めたり、「市民
    の生命を守らず、多くの無念の死をもたらした」と所沢市長を
    刑事告発するグループまで現れた。

     平成11(1999)年2月1日、テレビ朝日「ニュースステーショ
    ン」が「所沢産ホウレンソウに高濃度ダイオキシンを検出!」
    と報じ、世間を騒然とさせた。ちょうどその5日前に公明党が
    「ダイオキシン類対策特別法案」を国会に提出しており、また
    2月17日には民主党も同様の法案を提出した。偶然というに
    は、あまりにも絶妙のタイミングであった。

     この騒ぎの中で、わずか5ヶ月後の7月16日には「ダイオ
    キシン類対策特別措置法」が成立。「特別措置」というのは、
    「科学的知見が不足しているが、極めて大きな社会問題として
    とりあげられている状況」があるので、既存の法体系外で対処
    したから、という。

     その後、所沢市ではダイオキシン対策に50億円以上も使い、
    騒ぎも収まった平成12年9月12日、市議会で深川隆議員が
    一般質問をした。「あの騒ぎは何だったのか。新生児の死亡増
    も奇形児の増加も、地元にいながらまったく聞かない。」そう
    語る深川議員は、他地域から来た人々が地元住民を洗脳してい
    く様を目の当たりにして、冷静になるよう訴えたが、逆に手ひ
    どい選挙妨害にあった経験を持っていた。[1]

     今回は、この「魔女狩り」騒ぎに加担したメディアの手口を
    分析してみよう。

■2.「新生児死亡率増加」のウソ■

     騒ぎの発端となった「所沢のダイオキシン汚染地域で新生児
    の死亡率が増加している」というショッキングな説の根拠を見
    てみよう。それは市民グループの一つが作ったグラフで、所沢
    「産廃銀座」の産廃焼却量と「新生児死亡率(対県比率)」が
    ともに年を追うに従って、増加しているというものである。こ
    れを見て「大変だ!」と思いこんだ所沢市民も多いであろう。
    しかし、このグラフには巧妙な仕掛けがある。

     まず「対県比率」というのが曲者だ。実は、新生児死亡率自
    体は、埼玉県も所沢市も着実に右肩下がりになっている。ただ
    「対県比率」で上昇しているというのは、'82年から'94年まで
    は「所沢市の死亡率の減り方が、埼玉県全体よりも少ない」と
    いうだけなのである。対県比率とする事によって、本来右肩下
    がりの新生児死亡率を、さも右肩上がりであるように見せかけ
    た、いかにも悪質なグラフであった。

     もう一つの仕掛けは、グラフでは産廃廃却量が'96年まで示
    されているのに、新生児死亡率(対県比率)は'93年までしか
    ないことだ。実は'95年、'96年には、対県比率でも減少してい
    るのだが、それをグラフにすると、この期間は大きく右肩下が
    りになっているので、それを表示すれば、「何だ、最近は良く
    なっているじゃないか」と分かってしまう。特に産廃焼却量の
    方がこの期間に激増しているだけに、同じ期間に劇的に新生児
    死亡率が改善されていては、都合が悪かったのだろう。

■3.統計学の騙しのテクニックを見破るには■

     これらは統計を悪用した「騙しのテクニック」である。見破
    るには、データの加工方法や欠落に注意すると良い。なぜ死亡
    率そのものではなく、わざわざ対県比率を使うのか、なぜ死亡
    率の方は'94以降のデータがないのか、などと問いかけてみる。

     またもっと根源的な問題としては、たとえ産廃焼却量と新生
    児死亡率がともに右肩上がりであったとしても、両者が直接因
    果関係を持つとは断定できない、ということがある。まして一
    飛びにダイオキシンのせいだ、とはとても言えない。たとえば、
    焼却炉のある地域は人口密集地から離れており、最先端の技術
    を持つ大病院が少ないので死亡率の減り方が少ない、という仮
    説も成り立つだろう。

     統計学の世界では、このグラフのような統計学の誤用、悪用
    を戒めるための逸話がある。19世紀のロンドンで、コウノト
    リの生息数と赤ちゃんの出生率がきわめて高い相関を示した、
    というのである。ここからコウノトリが赤ちゃんを運んでくる
    事の証明だ、と主張できるだろうか。事実は、産業革命の進展
    で市民の生活が豊かになった結果、出生率が上昇し、同時に食
    べ物の廃棄物が増えてそれを食べるコウノトリが増加した、と
    いう事である。

■4.町全体がダイオキシンによって汚染されてしまった!?■

     平成10年から翌年にかけて、ダイオキシン騒動が真っ盛り
    の頃、62冊ものダイオキシン本が出版された。それらの多く
    にダイオキシンの「猛毒性」を物語るエピソードとして引用さ
    れるのが、次のセベソ事件である。渡辺雄二氏の「超毒物ダイ
    オキシン」には、こう書かれている。

         イタリア北部、スイスとの国境近くにセベソという小さ
        な町がある。1976年7月、隣のメダ町にある農薬工場で事
        故が発生し、セベソの町全体がダイオキシンによって汚染
        されてしまった。・・・

         反応装置内の圧力は急激に上昇し、その圧力に耐えきれ
        なくなって、安全弁からは生成物が大量に放出された。そ
        れはおよそ15分間続き、3000キログラム近くが大気
        中に放出され、その中には推定250〜300グラムとい
        う信じられないくらいの量の2・3・7・8−四塩化ダイ
        オキシンが混じっていたのである。[2,p91]

     わずか250〜300グラムを「信じられないくらいの量」
    と言うのは、著者がダイオキシンはサリンの17倍の毒性を持
    つと主張するからだ。サリンの致死量は0.5mgと言われて
    いるので、その17倍の毒性のダイオキシンが300グラムな
    ら、1千万人分以上の致死量に当たる計算になる。

         子供たちは、クロルアクネ(塩素が原因で皮膚に発生す
        るニキビ状のできもの)に苦しめられ、入院する子どもも
        いた。また、植物は枯れ始め、数多くの動物が死んだ。そ
        のため、工場はまもなく閉鎖された。・・・

         汚染地域に住む女性の間では、自然流産が増加した。・
        ・・男性では、リンパ網内性肉腫(ガンの一種)による死
        亡率が、5.3倍と明らかになった。・・・

         これらの調査から、ダイオキシンが母体や胎児に作用し
        て流産を高率で引き起こし、さらに特定のがんを増加させ
        ることがあきらかになったのである。[2,p91]

■5.「ちょっと待てよ」■

     いかにも恐ろしげな記述だが、読んでいて、ちょっと待てよ、
    という気になる。1千万人以上の致死量のダイオキシンが放出
    されたというなら、町全体が全滅してもおかしくないだろう。
    それなのに「入院する子どももいた」というからには、入院し
    なかった子どももいたはずで、地下鉄サリン事件と比べても被
    害が軽すぎないか?。

     逆に3トンもの化学物質が放出したというなら、それらの影
    響もあるはずで、その1万分の一の量のダイオキシンだけが、
    「信じられないくらいの量」とは、あまりに表現がアンバラン
    スではないか。素人目にもうさんくさい記述だが、その後の科
    学的研究によると次のような結果が出ているそうだ。

         実際には、セベソに住む19歳以下の1万9637人を
        対象に、すべての死亡、事故、入院、癌について10年間
        にわたる追跡調査の結果、事故直後の皮膚炎以外には何一
        つ全国平均値との有意差は見られなかった。(International
        Journal of Epidemiology, 92年2月号) 塩素系毒性物
        質(これは主にダイオキシンと見てよいだろう)による挫
        瘡を患ったのは被曝3万人のうち152人である
        (Neuroepidemiology, 88年7月号)。事故後5年間に出生
        した1万5291人についても、奇形などの有意差はなかっ
        た(JAMA, 88年3月号)。[3,p124]

■6.煽動本の見分け方■

     この本の著者・渡辺雄二氏は、エイズ、遺伝子組み換え食品、
    環境ホルモンから、はてはバイアグラまで幅広いテーマをご執
    筆の「科学評論家」であり、最近ではかの「週刊金曜日」から
    出版されたベストセラー「買ってはいけない」の著者の一人で
    ある、と言えば、お里が知られよう。「超毒物ダイオキシン」
    というタイトルからして、いかにもおどろおどろしい。「魔女
    狩り」騒ぎを煽った典型的な本である。

     こういう本の煽動に乗せられないためには、まず著者がどの
    ような経歴を持つ人か、調べてみること。アマゾンで著書を調
    べたり、グーグルなどで関連情報を検索してみるのが良い。

     次に自分自身の常識から、著者の主張を考えてみること。
    「地下鉄サリン事件と比べても被害が軽すぎないか?」という
    のは、その一例である。特に数字は要チェックだ。「入院する
    子どももいた」というのは、何人入院したかという数字がない。
    「塩素系毒性物質による挫瘡を患ったのは被曝3万人のうち
    152人である」という表現と比べてみれば、その違いがよく
    分かるだろう。こういう煽動本は、数字がないか、あっても他
    の数字と辻褄が合わない場合が多い。

■7.「サリンの約17倍の急性毒性」!?■

     ダイオキシン騒ぎがここまで広がったのも、「サリンの17
    倍の毒性」というような見事なキャッチフレーズが使われたか
    らだが、その根拠はこんな風に説明されている。

         急性毒性を見てみよう。毒ガス兵器のサリンは、モルモッ
        トに体重1キログラムあたり10マイクログラムを投与す
        ると、その半数が死亡する。一方、2・3・7・8−四塩
        化ダイオキシンはモルモットに体重1キログラムに0.6
        マイクログラム投与しただけで、その半数が死亡する。つ
        まり、サリンの約17倍の急性毒性があるのだ。[2,p11]

     モルモットが0.6マイクログラムで半数が死亡するという
    のはデータのつまみ食いで、環境省のダイオキシンに関するホ
    ームページでは、0.6〜20マイクログラムと表現されてお
    り、その一番厳しい数値をとったものだ。20マイクログラム
    ならサリンの半分となる。それでも怖いが、通常のマウスは1
    00〜3000マイクログラム,ハムスターなら1000〜5
    000マイクログラムと同じネズミの仲間でも、とんでもない
    開きがある。こういう部分を無視して、モルモットの数字だけ
    つまみ食いして、「サリンの17倍」というフレーズが作られ
    ているのである。

■8.「キャッチ」フレーズに捕まるな■

     さらに、0.6マイクログラムという極端な値を使ったとし
    ても、我々の日常生活では全く危険性はない。我々が日常生活
    で一日に取り込むダイオキシン量は体重1キログラムあたりに
    換算すると、0.6マイクログラムの30万分の一である。ダ
    イオキシンの大半は食品から体内に入る事が分かっており、
    0.6マイクログラムを摂取するには、30万日、すなわち
    820年分の食べ物を一気食いしなければならない。

     自然界にはもっと危険な毒物が存在する。たとえばアルコー
    ル(エタノール)。その致死量は体重1キロあたり6〜8グラ
    ム。体重50キロの人で300〜400グラム。日本酒なら一
    升瓶1本半ほどの量である。いわゆる「イッキ飲み」で死亡す
    る急性アルコール中毒がこれだ。急性・慢性を合わせると日本
    では年間3万人がアルコール中毒で死んでいると推定される。
    「超毒物アルコール」と題して、「日本では年間3万人も死ん
    でいる」とでも言った方が、はるかに事実に近いのである。

     キャッチフレーズとか、キャッチコピーの「キャッチ」とは
    「捕まえる」という意味である。魔女狩りの騒ぎの一員に加え
    られてしまう、という事だ。「サリンの17倍の毒性」という
    ような表現をそのまま信じて、周囲の人に話したりしたら、あ
    なた自身も魔女狩りに加わり、さらに他の人をも巻き込んでい
    る事になる。

■9.騒ぎの後で■

     こういう騒ぎも平成12(2000)年以降は、潮が引くように収
    まっていった。実体的な被害がないのだから、それも当然だ。
    その後の科学的研究で、体内に入るダイオキシンのほとんどは
    昭和30〜40年代に多用された農薬の不純物が食物連鎖によっ
    て近海魚などの食品を経由したもの、という事が分かってきた。
    そしてその量は、上述のように通常の食生活をしている人なら
    ば問題のないレベルである。さらに農薬規制で、人体中のダイ
    オキシン濃度もここ20年ほど減り続けている。増え続けるゴ
    ミの焼却量から発生するダイオキシンなどどこ吹く風と、日本
    人の平均寿命は伸び続けている。

     残ったのは、「科学的知見が不足しているが、極めて大きな
    社会問題としてとりあげられている状況」の中で「特別措置」
    として制定されたダイオキシン法である。

     全国市町村にある焼却炉で基準に達していないものの改修に
    は数十億円かかり、それでも10年しか持たない。大型焼却炉
    の新設には数百億円かかる。改修・新設を全国展開するには、
    年間国家予算の半分、40兆円ほど必要と見積もられている。
    道路公団など関連4公団の累積赤字40兆円と同じ規模だ。道
    路ならまだ役に立つが、国民の健康にも役立たない焼却炉改修
    に金を使うとは、国富の浪費そのものである。

     騒ぎを煽って本を売った「営業左翼」や「プロ市民」、視聴
    率を稼いだテレビ局、法律制定で得点をあげた政党・官僚。こ
    れらが魔女狩り騒ぎを盛り上げた犯人たちである。

     この6月16日、ニュース・ステーションのホウレンソウ報
    道で風評被害を受けた農家がテレビ朝日を訴えていた訴訟で、
    最高裁は「報道に真実性があるとはいえない」と指摘、テレビ
    朝日が原告の農家側に謝罪したうえで和解金を支払うという形
    で決着した。ようやく騒ぎを煽った犯人たちの一部に責任を取
    らせたわけだが、まだまだ氷山の一角に過ぎない。

     こういう魔女狩り騒ぎを起こさせないためには、我々国民一
    人ひとりが健全な常識と思考力を鍛えて、マスコミに踊らされ
    ないようにするのが基本だろう。それは民主主義の基盤そのも
    のである。
                                          (文責:伊勢雅臣)

    謝辞: 本号のテーマに関して情報提供いただいた「ぎょうざ」
          さんに誌面をお借りして御礼申し上げます。

■リンク■
a. JOG(163) 公開論争〜朝日新聞 vs. 建設省
   「事実を隠している」との朝日新聞の論説に建設省が反論。国
   民を騙しているのはどちらか?
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog163.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 渡辺正他、「ダイオキシン 神話の終焉」★★、日本評論社、H15
2. 渡辺雄二、「超毒物ダイオキシン」、ふたばらいふ新書、H10
3. 日高隆、「それは違う!」★★★、文春文庫、H13
4. 産経新聞、「【主張】テレビ朝日和解 報道の責務を再考したい」、
   H16.06.18、東京朝刊

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「ダイオキシン騒動」について 

                                         太郎左衛門さんより
     私は現在化学品分析の測定装置を研究いたしておりますが、
    「扇動」には驚かされることがあります。まず、ダイオキシン
    ですが、ダイオキシン自体色々種類があり、数十種類に達しま
    す。その中で毒性の強い物は2種です。ダイオキシン自体は、
    印刷用のインキを処理する際にも簡単に出てきて、牛乳の紙パッ
    クなどのインキからも検出されます。(ppb、ppt:1/10億、1/
    兆レベルですが) つまり、どこにでも存在するのです。

     友人が電池の研究をしているのですが、電池工場に主婦が怒
    鳴り込んでまいりました。水銀を垂れ流していると言うのです。
    担当者は「当社は水銀を使用しておりません」と答えたのです
    が、主婦の意見としては、「アナタの所は銀を使っている、銀
    河水に溶けると水銀になるでしょう。」と独自の理論で反論い
    たします。説明しても全く理解してもらえなかったそうです。

     こういう普通の主婦でも、煽動されて大きな力になる事があ
    ります。良識、常識が大切な所以です。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     自分の無知を自覚したり、思いこみによる誤りを正そうとす
    るのも良識の働きですね。

© 平成16年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.