マンガ同人誌の即売会場は、若い女性キャラクターにひかれる若者たちで埋まった=29日午後、東京都江東区、山本裕之撮影
私も覚醒(かくせい)したのだと思う。
外国人参政権などに反対するメールをワンクリックで300通も一斉送信。仲間10人と合わせて、1カ月で4万通がネットに放たれる――。
「ミステリアスな存在でいたい」。ネットでは「しーたろう」と名乗る。都内在住の女性だが、氏名も年齢も明かさない。「今やっていることは、自分じゃなく、日本のため。充実した毎日です」
ブログには、外国人参政権や選択的夫婦別姓などに反対する請願書や意見書の文例が並ぶ。「日本が解体される」と彼女が危機感を持つテーマだ。一般、ミセス、ナイスミドル、未成年……。使ってもらいやすいように様々な文体を準備する。1月の東京都議補選向けの文例もつくった。ネットで転載が繰り返されて広がり、選挙区の伊豆・小笠原諸島に集中した。
文例ひとつを約2時間で仕上げる。「みなさんが請願書を出すハードルを低くできれば、と思っている」
政治に関心はなかった。変わったのは昨年の総選挙前。ネットで、出所不明の民主党「裏マニフェスト」と称する文書を目にした。「移民1千万人受け入れ」や「国家主権の委譲」などが盛り込まれていた。あせりが募り、近所に民主党批判のビラを配ったが手応えはなかった。だが、政権交代の後、自分のブログを立ち上げると、アクセスが集中した。
ふだんはネットでニュースをチェックする。記事につけられた読者のコメントで、ニュースの裏側の「真実」が分かると感じる。「マスメディアは本当のことを伝えない」
3月、新たな意見書の文例をつくった。ブログの読者からの提案に応じた。
《いくらでも拡大解釈が可能》《日本の文化・経済が破壊される》
性描写が含まれたマンガやアニメの青少年への販売・閲覧を規制する、東京都の条例改正案に反対する内容だ。
「非実在青少年」。耳慣れない言葉で作品の登場人物をくくった改正案への警戒感がネットで渦巻いていた。
読者から都議127人の大半のメールアドレスやファクス番号が彼女に集まった。
最大会派の民主党は、賛否が割れていた。都連幹部の事務所には、3月中旬から1カ月で1千通近くの郵便物が届いた。電話は鳴り続け、1日約700通のメールが届いた日もあった。都議会事務局にも5千件以上の反対意見が届いた。可決目前だった改正案は継続審議になった。
「文例を提供しただけ。改正案の中身はよくわからない」。彼女は今、そう語る。
ネット上で反対派のよりどころとなったのは、評論家の藤本由香里・明治大准教授の日記だ。改正案の欠陥を指摘した内容に、1日約2万件のアクセスがあり、広く引用された。同時にネットには「改正案の児童ポルノ単純所持規制に非実在青少年も含まれる」という誤解も生じた。
藤本氏は「ネットでは逆に訂正も早く広まる。表現の自由が縛られる、と大勢の人が気づき、自分の言葉で声を届ける人が多くなった」と話す。
条文があいまいだ、との批判に対し、都青少年・治安対策本部は26日、内容を説明する回答集をネットに載せた。
規制の対象を「いわゆる『エロ漫画』のうち、子供との性行為の描写がメインとなっているもの」と明記。対象とならないシーンも掲げた。
「しずかちゃんの入浴シーン」(ドラえもん)、「ワカメちゃんのパンチラシーン」(サザエさん)……。
都の動きは、ブログやツイッターにたちまち取り上げられた。《お役人の好みで線引きされる》《油断は禁物》。増幅された疑念は消えない。