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無作為に選ばれた11人の市民が「起訴するべきだ」と2度議決したら、その容疑者は強制的に起訴される。そんな規定が盛り込まれた改正検察審査会法の施行から間もなく1年になる。
この間、兵庫・明石歩道橋事故とJR宝塚線事故で強制起訴の手続きがとられた。鳩山由紀夫首相や民主党の小沢一郎幹事長の政治資金事件でも存在感を発揮し、注目度は高まっている。
強大な権力機関であるがゆえに独善に陥る恐れをはらむ検察権の行使を、市民の立場からチェックする意義は大きい。司法制度改革の収穫の一つとして評価できる。ただ、運用が進むなかで疑問点や懸念も浮かんできた。
たとえば議決理由だ。質量ともにばらつきがあり、証拠の評価や結論に至る過程がはっきりしないものや、感情が先行気味の表現も見受けられる。裁判所の判決ではないのだから細かな論理を求めるのは筋違いだが、審査会としての説明責任も念頭に置きながら工夫する余地があるのではないか。
審査の手続きはどうか。審査員の任期は半年で、3カ月ごとに約半数が交代する。このため、最初に起訴相当と議決したときと同じ11人で2度目の審査をするケース、最初の議決に関与したメンバーと初めての人が混在するケース、全員が入れ替わるケース――の三つがある。審査員の間で情報量や心証形成のプロセスが異なる「混在型」には違和感があるし、健全な民意の反映をうたうのであれば「全員交代型」がふさわしいように思う。
ほかにも、検察官にかわって起訴と裁判を担当する弁護士の権限のあり方や、強制起訴した事件が無罪になり国家賠償を求められたときの責任をどう考えるかなど論点は少なくない。
法改正時は併せて審議された裁判員制度が焦点になり、審査会については十分な検討がされたとは言い難い。市民が職責の重大さを自覚しつつ安心して参加でき、社会に根づいた審査会にしていくために、議論を深める必要がある。それは、小沢事件を機に民主党内に浮上した見直し論のご都合主義をあぶり出すことにもなるだろう。
審査に立ち会って助言をしたり議決書作成の補助をしたりする弁護士と、事務局の職員の充実も欠かせない。弁護士会や職員人事を行う最高裁は、新しい審査会の重みを踏まえた人材の育成と配置を進めてもらいたい。
上司の決裁を通じ統一した運用をしてきた検察と異なり、市民の判断には一定の幅があるのは避けられないし、その幅が硬直気味の刑事司法を変える契機にもなる。私たちも起訴イコール有罪と決めつけず、「黒白をつけるのはあくまでも法廷である」との認識の共有が求められる。訴追される側の人権の保障に意を払わなければならないことも、また繰り返すまでもない。
日本の小惑星探査機「はやぶさ」が7年ぶりに地球に帰ってくる。6月13日に大気圏に再突入し、本体は燃え尽きるが、切り離されたカプセルはオーストラリアの砂漠に落下する。
日本の宇宙技術にとって、大きな一歩をしるすことになるだろう。
往復の成功ばかりではない。カプセルには、小惑星で採取を試みた表面物質のサンプルが入っていると見られている。その回収に成功すれば、世界初の快挙となるからだ。無事な帰還とカプセルの中身を楽しみに待ちたい。
打ち上げられたのは2003年5月。約20億キロを旅して05年秋、目的地である長径500メートルほどの小惑星「イトカワ」に到着した。表面がでこぼこの細長いピーナツのような形の星だ。
小惑星は、太陽系が誕生したときに惑星を形作った材料がそのまま残っているとされ、太陽系の歴史を探る貴重な手がかりを与えてくれる。
はやぶさが撮影した写真や組成に関する観測結果は、世界の科学者たちを驚かせた。米国の科学誌サイエンスは、はやぶさ特集号まで発行した。「これだけでも真にすばらしい」と、大先輩である米国の惑星探査関係者からは最大級の賛辞が寄せられた。
サンプル採取は、着陸した瞬間に弾丸を発射し、舞い上がるほこりをとらえる仕組みだ。実は、弾丸はうまく発射されなかったらしい。だが、着陸の衝撃で舞い上がったほこりがとらえられたのでは、と期待されている。
冷蔵庫を一回り大きくしたような0.5トンほどのはやぶさの機体には、ぎっしりと各種の装置が詰め込まれている。観測だけでなく、将来の本格探査に備えて新型エンジンや自律航法を試すのも大きな目的だったためだ。
はやぶさは、精巧なロボットといってもいい。イトカワまでは電波の往復だけで40分かかり、いちいち地球からの指示を待つわけにはいかない。イトカワの表面の様子をカメラでとらえ、自力で観測や接近、また着陸などの作業をこなさなければならなかった。
ロボット技術は、日本のお家芸であることを改めて印象づけたともいえるだろう。
長い旅の間に、部品は次々に壊れ、「動いていることが奇跡的」と当事者がいうほどだ。7週間にわたって通信が途絶したこともある。何度もそんな絶望的な状況になった。
宇宙航空研究開発機構の探査チームはそのつど、知恵を絞ってやりくりし、残った装置を最大限に生かして危機を乗り越えてきた。当初の予定より3年遅れでの帰還にこぎつけた。
宇宙開発は多くの資金を要し、また範囲も広い。日本は何をめざすのが効果的か。独自の技術や発想が生かされたはやぶさの活躍は、大きな手がかりを与えてくれそうだ。