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ニッポン密着:「前科は内緒」ほご、職転々 不安の支え、娘の笑顔

 刑務所を出所しても定職に就けず、再び罪を犯して「塀」の中に戻る--。有職者に比べて無職者の再犯率が高いことが問題となっている。国は出所者の就労支援に本腰を入れ始めたが、不況の影響や雇用先の理解不足が出所者の就労に影を落とす。約2年前に出所した東京都内の男性(50)は、信頼していた上司に突然、前科を周囲に言いふらされ、短期間に職を転々とした。「また誰に裏切られるか」。男性の不安は消えないが、それでも思う。「失敗するかどうかは本人次第だ」【松本光央】

 12年前の冬、金銭トラブルなどで離婚したばかりの元妻をナイフで刺した。妻の死は翌日未明に出頭した警察署で知った。罪名は殺人。1審で確定した判決は懲役11年だった。08年夏、刑期を約半年残して仮出所した。「今は不景気。求人も建設現場の仕事がほとんど」。仮出所前の講習でハローワーク職員が「外」の様子をこう語った。

 民間の更生保護施設に身を寄せた。近くのハローワークの出所者専用窓口を訪ねた。「何をしたんですか?」「何年入ってたんですか?」。担当者は根掘り葉掘り聞いてきた。仕切りのないカウンター。「その場に座っていることができなかった」。相談もできないままに席を立った。

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 求人広告を頼り運送会社のトラック運転手の仕事に就いたが仕事が少なく、派遣会社に登録して現場作業員もこなした。収入は上がらず、さらに別のハローワークで紹介された運送会社も掛け持ちした。空白の11年はずっと隠していた。そんな中、取引先の清掃会社の社長に気に入られた。社長を信じて前歴を初めて明かした。「まじめに働くなら面倒みるぞ」。肩の荷がおりた気がして転職した。「体が許す限りオヤジについていこう」。素直にそう思えた。

 ところが雇われて半年たった昨夏、事情は一転した。作業のやり方で社長に怒鳴られ、口論になった。指示通りにしたつもりだし、同僚も「お前は悪くない」と言った。自宅アパートの不動産屋から電話があったのはその直後だ。「あんた、刑務所に入ってたのかい?」。社長が電話で「前」を伝え「入居させる必要はない」と言ってきたという。知人にも「付き合うな」と電話でふれ回った。「信じていたのに……」。男性はアパートを出て清掃会社も辞めた。後日、社長が謝罪を申し出、復職を頼まれたが応じなかった。「もう誰も信じられなくなった」

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 同じ刑務所を同時期に出た年下の男性がいる。罪名も同じで、出所後の更生保護施設でも一つ屋根の下で暮らした。施設を離れてもたまに酒を酌み交わして励まし合っていたが、最近、連絡が取れなくなった。上司とトラブルになり仕事を辞めたと聞いた。「社会に踏みとどまるためには仕事は欠かせない。元気にしていればいいが」と案じる。

 知人のつてを頼った今の工務店の仕事。雇ってくれた親方にも「うそはつけない」と「前」を明かした。「過去は過去」と深く聞かない親方は、休日も食事に誘うなど思いやってくれる。「親方には本当に世話になっている。でも、また裏切られるんじゃないかという不安は消えない。重い十字架を背負っているんです」

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 元妻との間に授かった娘は中学生になった。児童養護施設で暮らしていて週末に会っている。「服役経験者にとって『外』の風は強く冷たい。でも、おれには守るものがある」。携帯電話の待ち受け画面には娘の笑顔が浮かんでいた。

 ■「無職」の再犯率、「有職」の5倍

 法務省によると、07年の保護観察終了時の再犯率は無職者が有職者の約5倍で、再犯防止の観点からも出所者への就労支援が課題だ。同省は06年度から厚生労働省と連携した総合的就労支援を展開。刑務所などでの職業訓練の充実や受刑者への出張相談、犯罪前歴を承知で雇用する協力雇用主の開拓などを進めてきた。

 一方、建設関係が多い協力雇用業種の偏りや、日雇いや臨時の雇用形態が多い課題解消のため、法務省は08年から地域の経済団体などによる協議会(NPO組織)の設置を全都道府県に呼び掛け、ほぼ設置された。

 民間の動きもある。経済団体や主要大企業などが就労支援を目的としたNPO法人「全国就労支援事業者機構」を09年に設立。各地方組織の発足や、出所者を雇用した企業に助成した地方組織への支援を始めた。

 こうした結果、協力雇用主は約5750人(05年)から約7750人(09年)に拡大したが、実際の求人数増につながっているかは不透明だ。不況で新卒大学生ですら就職が難しい。機構の小笠原文也常務理事は「景気が持ち直してから協力を考えたいという企業もある。事業の必要性を粘り強く訴えたい」と話す。

毎日新聞 2010年5月9日 東京朝刊

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