モーニング女医。〜tennis1

マヤ「ねえ、前に悩み相談室にあった質問なんだけどね」

それは、マヤ先生のたった一言から始まりました。

ユウ「はい?」

マヤ「『すもう』する人のこと、『おすもうさん』って言うよね」

ユウ「はい」

マヤ「でも何で、テニスする人のこと、『おテニスさん』って言わないのかしら」
















知らんわ。






すると、マヤ先生はこう言いました。

マヤ「そういえば、ユウ先生は、テニス好き?








あまりにもわざとらしい、「そういえば」。








僕は直感しました。

最初のどうでもいい話題は、前フリに違いない。

すると、全てのメインは、この質問のはず…。

その時僕は、最近学んだことを思い出しました。





マヤ先生の質問には、
気軽に答えてはいけない。








考えろ、ゆっくり考えろ、ユウ。
答え方によっては、天国にも地獄にもなり得る。







もし、「はい」と答えたなら。









マヤ「じゃあ、テニスのチケット余ったんだけど買ってくれるよね?











その場合、
定価の2倍・3倍は当たり前です。










もし、「いいえ」と言った場合。









マヤ「じゃあ、今日から3日連続でテニスの試合見に行きたいから、夜勤代わってよ















…………








……………………















どっちも地獄じゃん。















僕は、必死に考えます。







………まだ、自分の体がラクな分、買ったほうがマシかも。







マヤ「どっちぃ?」







言い方は優しいですが、「早く答えろ」のオーラで一杯でした。




僕は、心を決めました。









ユウ「はい…好きです…」





すると、マヤ先生は、こう答えました。















マヤ「じゃあ、私と一緒にテニスの試合に参加してね








………え?







テニスなんて、一回もやったこと、ないんですけど。









マヤ「ちなみに、もしユウ先生のせいで、負けたら………分かってるよね?













分からないけど、分かる気がしました。






さあ、ユウの運命は!?



明日を待て!!!


夜中に更新。常にギリギリのユウに、愛のメール、お待ちしております。


モーニング女医。〜tennis2

ももんが医科大学杯 医局対抗テニストーナメント大会。


影のウィンブルドンとも言われる、そのマイナーなテニスリーグは、
毎年4月に開催されます。


表向きは、新人歓迎と医局同士の交流。




マヤ「でも、本当はね」


マヤ先生は、テニスシューズの紐を結びながら、言いました。








マヤ「医局費の争奪戦なの



ユウ「はい?」



マヤ「優勝した医局が、自分の好き勝手に、医局費を配分できるの。
誰も文句は言えないわ



















誰か言えよ。







マヤ「すなわち、ほとんどの医局が、この大会に本気で臨むの。ユウ先生…準備はいい?」





ユウ「あの…。単純な疑問なんですが…。そんなに重要な選手として、
僕なんかが出てもいいんですか?」








するとマヤ先生は、僕の肩に手を置くと、優しい目をして言いました。



マヤ「ユウ先生…。大丈夫。強く信じるのよ









どきっ。













マヤ「私の力を

















俺の力じゃ、ないんかい。












マヤ「ったく、リオは海外に遊びに行っちゃったし、毎日のようにテニスをしている教授
通称『ももんが大学のテニスの貴公子』は、学会出張だし」










まだ一度も会ったことのない教授のイメージが、また一つ複雑になりました。







マヤ「まあ、ユウ先生は、柔らかく言えば、頭数合わせね

















ぜんぜん、柔らかくないです。





マヤ「でもね、気を抜いちゃダメよ?









気は抜けてません。

魂が抜けちゃっただけです。










マヤ「ほとんどのボールは私がカバーするけど、たまにはユウ先生のところにも行くことがあるわ。
万が一そうなったら












ごくり。













マヤ「体でぶつかってでも、止めて



















それ、ファールです。







マヤ「この1週間、あんなに練習してきたでしょ?」













させられてきた、の間違いです。









マヤ「ツラくなったら、思い出して。私がやってあげた、千本ノックを」














あの、五本目にして、ラブ・コンプレックス見るためにマヤ先生が帰っちゃった、

五本ノックのことですね。















マヤ「ほら、第1回戦が始まるわよ?」


ユウ「はい…」



その時、僕は思いました。
このままじゃ、1回戦で負けるかもしれない。


審判が、高らかに試合開始を宣言します。






審判「1回戦は、精神科 対 老人内科























勝てるかも。







その限りなく失礼な考えが、果てしなく甘いことに気付くのは、数分後のことでした。


明日に続く!!


モーニング女医。〜tennis3


精神科 対 老人内科の1回戦開始から数分後。
僕とマヤ先生は、かなりの窮地に立たされていました。





マヤ「どうしてあんなに強いのよ!! 老人内科医のくせに!!」









老人内科医とは、『老人内科』の医者のことであって、『老人』の内科医のことではありません。



でも、僕もそう思っていたので、人のことは言えませんでした。








マヤ「あんな若々しい二人が出てくるなんて、卑怯じゃない!? 老人内科って言ってるのに、サギよサギ!!」


ユウ「でもその論理で言うと、我々も精神科の医局代表だから、精神的に病んでなきゃいけないことになっちゃいますよ?」

マヤ「え? だって、病んで………」

ユウ「………」

マヤ「……………」

ユウ「……………………」


マヤ「……………」

ユウ「………………………」


























マヤ「がんばろー!!」

ユウ「はい!!」























あの時ほど、なかったことにしたい時間はありませんでした。










マヤ「でも、マズいわねぇ…。1回戦で負けちゃったら、医局費は100円くらいしか出ないわ…」









注射一本打ったら終わりですね。





マヤ「大体、なんでテニスって、1回入っただけで15ポイントなのよ!?










それは、今さら突っ込むことじゃありません。



マヤ「こうなったら、必殺ショットを使うしかないわ…」

ユウ「な、何ですか、それは?」





マヤ「セクシーショットよ」







僕は、小さい頃に読んだ、
キャプテン翼を思い出しました。










マヤ「あまりの強烈さで、ネットも突き破るの




















だからそれ、ファールです。








マヤ「!! 行くわよ!!!」

気付くと、相手がボレーを打ち込んでいました。

マヤ「ひっさつ!! セクシー…ショットぉ!!!


ユウ「おおおおっ!!


すると、ボールはものすごい軌跡を描きながら、コートの外に出て行きました。











審判「アウト」

















僕はもう、突っ込めません。







マヤ先生は、ギロッとした目つきで、僕の方を見て言いました。





マヤ「…見たわね?












そりゃ見るよ。





マヤ「久しぶりで、リキみすぎたみたいね」

ユウ「前にもやったことがあるんですか…」

マヤ「今度は大丈夫! 行くわよ! 正真正銘セクシーショット!!


今度は、ボールはちゃんと相手のコートに飛び込んでいきました。
しかし、球筋もスピードも、今までと全く変わりません


しかし不思議なことに、相手の反応が鈍いのです。
通常なら簡単に追いつくことができるはずなのに、彼らは見逃してしまったのです。




審判「40−15」

マヤ「よっしゃあー!!!!!!!








なぜだ。






恥ずかしげもなく「セクシーショット!」と叫ぶ声にビビったのでしょうか。



しかしすぐに、その疑問は氷解しました。





マヤ「セクシーショット!!」

マヤ「セクシーショットー!!

マヤ「セックッシイ、ショットオオオオオオオ!!



必要もなくジャンプして、思いっきり足を上げて振りかぶるそのポーズ。







………






………………







太ももだ。
















僕はこの時ほど、相手チームに入りたいと思ったことはありませんでした。






審判「ゲームセット。ウォンバイ、精神科


マヤ「やったああああ!! 正義は勝つ!!!


















悪だと思います。






マヤ「この勢いで、ガンッガン突き進むわよ!!」


自分のショットは、まさに実力だと信じ込んでいるマヤ先生。

こんな二人が、果たして勝ち進むことができるのか!?



わかむらますみさんから頂きました。
そうそうチラリズムには男のロマンが…ってチラどころじゃない。
もう見ている人間を黙らせるほどセクシーショット。
これは打ち返せません。


モーニング女医。〜tennis4

それから我々は、破竹の勢いで勝ち進んでいきました。




マヤ「私の実力のおかげよ!!








いえ、セクシーショットのおかげだと思います。



特に、泌尿器科では、効果抜群でした。









普段見慣れていない分、刺激が強すぎたのかもしれません。







逆に、年輩の女医さんばかりで構成されていた産婦人科では、苦戦しました。















かえって相手の怒りとパワーを増していたのだと思われます。








様々な、やるせない思いが交錯する中、ついに我々は準決勝まで進みました。




準決勝の相手は、整形外科です。





マヤ「さあ、ここからが本番よ…。整形外科の連中は、スポーツ医学を駆使して、最強の肉体を作り上げているわ。まさに優勝候補の筆頭ね」

ユウ「はあ…」


マヤ「さらにオペ中も、患者さんの足を持ち上げたり支えたりしながら手術をしているから、自然と体が鍛え上げられるの…。卑怯よね?













いや、それ仕事だし。





マヤ「ほら、選手として出ている助教授。あの人のテニスの腕前はプロ級。『ももんが医大のタイガーウッズと呼ばれているわ」




















それ、ゴルファーじゃん。



ユウ「でも、マヤ先生の必殺ショットなら…」 


マヤ「ダメ。去年やったけど、全然効かなかったわ…。どうしてかしら…?

















……………













たぶん、「太もも」ではなく、
「大腿四頭筋」としか認識されていないんだろうな。





僕はそう思いましたが、双方の名誉のため、言うのはやめておきました。





マヤ「でも、秘策があるわ…。ひたすら時間を稼ぐのよ」



ユウ「は? そうすると、相手がスタミナ切れでもするんですか?」


マヤ「いいから!」

審判「それでは、準決勝を開始します!!」


マヤ「いい? 分かったわね?」


ユウ「は、はい…」



試合は始まります。
そして、ほとんど予想通りに、整形外科は着実にポイントを重ね、大きくリードしていきます。





それにひきかえ。











マヤ「あ〜ん、靴紐がちぎれちゃったぁ♪ 交換していいですかぁ?







マヤ「やだぁ。ボールがはるか遠くへ♪ 私が取ってきまーす!






マヤ「きゃん♪ 転んじゃったぁ! ジンジンしてるぅ…。スプレーさせて下さぁい♪






















一体あんたは、
何に
とりつかれてるんだ。





ユウ「マ、マヤ先生…。さすがにそれは…」

マヤ「!!  よしっ!!」

ユウ「は?」


僕は、マヤ先生が指差す方向を見ました。
すると、看護婦さんが整形外科の助教授の方に走ってくるのが見えました。



マヤ先生は、ニコニコしています


彼らは、何か話し始めます。
そして助教授は、すぐにこちらの方に走ってきました。


助教授「すみません。急患が出たので、メンバーがほとんどそちらに向かわなければなりません」
















これを狙ってたんかい。




助教授「ですからこの試合は、延…」




マヤ「あら、残念です…。私たちの不戦勝なんて



















今、延期って言おうとしてましたよ。






助教授「は!? いえ、ですからまた…」


マヤ「残念です、本当に…。実力で勝ちたかったんですが…」


助教授「だってちょっと…」


看護婦「助教授! 早く!!!」


マヤ「ほら、お急ぎにならないと





















あんた、鬼だ。



審判「…それでは、この試合は精神科の勝ちということで…」


マヤ「よーしっ!!!!







マヤ先生の餌食になり、泣きそうな顔でオペ室に向かう助教授の姿に、



















僕は、自分の姿を重ね合わせました。





マヤ「ふう…心を鬼にして、時間を稼いだ甲斐があったわ…












いや、初めから鬼ですから。








マヤ「さあ、ついに決勝戦よ!!



そんな時に、僕はふっと気付きました。
大体、ほとんど1日かけるこのテニストーナメント。今みたいに急患が入ったら、当然試合に参加することはできません。






ということは。











決勝戦まで来れるなんて、よっぽどヒ…もとい、時間が有り余ってる科だということです。




すなわち、決勝戦まで残るということは、














決して威張れることじゃない。





そして、精神科が決勝戦まで残ったということは、もう一つの残ったチームは…






もしかして。










審判「決勝戦は、 精神科 対 検査部














やっぱり。


さあ、果たして不名誉な優勝をゲットするのは、一体どちらなのか?
ついに明日、全ての決着が!!


モーニング女医。〜tennis5


ももんが医科大学 テニストーナメント 決勝戦。

マヤ「相手は、検査部?
いいわね、時間があるトコは。簡単に決勝戦まで来れて



先生、我々の首しめてます。


マヤ「まあ、どんな相手でも、全力で叩き潰すのみよ!!」

マヤ先生が、そう言った時です。




「あー、マヤちゃんが相手なのぉ?」


甘ったるい、舌っ足らずな声。

その瞬間、マヤ先生の体が、ビクッと震えました。


マヤ「まさか…






その、まさかでした。


明らかに天然ボケなその女性は、マヤ先生のところに飛びつきました。

マヤ「アスカ!? 何でここにいるのよ!」

アスカ「だって、病理も検査部の一つだもん。お手柔らかにねー!!」

マヤ「………」


そして試合は開始されます。

その時に、マヤ先生はこうつぶやきました。



マヤ「この試合だけは、勝てる気がしないわ…





同感です。






アスカ「サーブ行くねー

マヤ「宣言しなくていいから


アスカ「チャー」 
そう言いながら、彼女はボールを投げました。


アスカ「シュー
同時に、ボールが地面に落ちました。






マヤ「……………」

アスカ「……………」








アスカ「メン!」(ラケットを振りながら)



マヤ「おそいよ!!





すでに、僕が突っ込む必要がなくなっていました。




マヤ「アスカ…よくその実力でここまで来たわね…






こっちも似たり寄ったりです。


アスカ「へーん! マヤちゃんだって、太ももだけで勝ってきたんでしょ!?





アスカさんは、同情だけで勝ち抜いてきたんですね。







マヤ「太もも? 違うわよ!! 知略だって使ってきたわよ!!」 






あの、時間稼ぎのことですね。


アスカ「そういうの、浅知恵って言うの!! 実力がなければ、意味ないんだよー!!

じゃあ、この決勝戦自体、無意味ですね。





マヤ「何ですってぇ!! だいたい、あんたはそういうコトばっかり言ってるから、プレパラートの取り違えとかばっかりするのよ!!」

アスカ「はぁ!? マヤちゃんだって、精神科医のくせに、「鬱病」って書けないでしょ!?」







先生がた。

五十歩・百歩





…もとい、


五億歩・五億一歩です。
 



審判「ちょっと先生たち…」

マヤ&アスカ「静かにしててよ!!




そこに患者さんのお見舞いに来た人が何人も通りがかり、二人の口ゲンカを見て言いました。

「まぁ……。せっかくの病院のレクリエーションなのに、ケンカしてるなんて……」



その後に彼らがいった言葉を、僕は一生忘れません。


どこの患者さんかしら






どこでしょうねぇ。








そして、その数日後。
病院内の掲示板に、トーナメントの結果が張り出されました。




優勝 〜 整形外科(繰り上げ優勝)


2位以下 〜 略








略してくださって、ありがとうございます。




今回のことに懲りたマヤ先生とアスカさんは、




その後3日間は、静かに過ごしていたということです。

恵まれないユウに、愛のメールお待ちしています。

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