精神科医ユウの日記 <70%ノンフィクション 30%ユウの妄想>
モーニング女医。〜女医を落とす女医。
これは、4人のドクターたちの日常を描いた愛と情熱の日記です。

                         


リオ「好きな女ができたぁ?」
マヤ「ウソでしょーっ!?」
ユウ「しーーーっ!」

月曜日の昼下がり、病院内の食堂。僕は、慌てて二人の口を押さえました。
ユウ「声が大きい!!」
マヤ「はぁ…。ユウ先生も人間だったのねぇ…。何かショック…」

今までは両生類とでも思ってたんかい。
僕はそう言いたくなりましたが、「そうだよ」と言われそうだったので、その言葉を
飲み込みました。
リオ「んで? どうして俺らに言うんだい?」
マヤ「うん、何でよ?」
ユウ「『悩みがあるなら、言ってみなよ』って言ったのは、先生たちでしょーが!」
マヤ「で、どのコ? ちゃんとした人間? 歩く? 動く?」

何なんだ、その言い方は。
僕は無言で、奥のテーブルで食事をしている、白衣の女性を指差しました。
マヤ「へえ…」
リオ「ほう…」
ユウ「………」
すると、二人は僕の肩を叩いて、言いました。
マヤ&リオ「無理」

声を合わせて言うなよ!!
マヤ「あれは確か、サキちゃんって言う、産婦人科の研修医のコね…」
リオ「可愛いな…。あれじゃ、高嶺の花どころか、富士山頂の花だな」
マヤ「っていうか、極寒のエベレストの花。それも100年に一度しか咲かないという…」

どっちだっていいんだよ。
ユウ「どうして無理なんですか!!」
リオ「ユウ…君は忘れていることが2つある」
マヤ「同感」
ユウ「な、何ですか?」
リオ「一つは、『ランクの差』だ。あのコ、顔も良ければ、性格もいいだろ?
さらに言うなら、頭もいい」

マヤ「ふふ…そうね…」
ユウ「はい!? どうして性格まで分かるんですか?」
するとリオ先生は、シガレットチョコを口にくわえながら、言いました。

★顔による性格分析学!?★

リオ「目と眉毛、さらに顔のシワの方向だよ。性格のキツい女は、常に怒ってる表情を
しているから、眉の間に、うっすらとタテジワがよる。そして目尻の筋肉が鍛え
られるから、自然と目尻が上がってくる。また、表情の動かない愛想笑い以外に、
めったに笑わないため、目尻の『笑いジワ』もない」

ユウ「…」
リオ「さらに、相手に対する警戒心も強くなるから、化粧も自然と『怒り顔』になる。
すなわち、眉毛が直線的になるんだな」
ユウ「はぁ…」
僕は、試しにマヤ先生の顔を見ようとしましたが、マヤ先生は「今見たら殺すわよ?」
というオーラを発しながら眉毛を直していたので、慌てて目をそらしました。

リオ「で、だ。あのコはその点、眉の間のシワもなく、眉毛も優しく円を描いている。
さらに、食事のために口を動かすのと同時に、目尻に小さくシワがよる。
よく笑う証拠だ」

ユウ「そう、よく笑ってるんですよ!」
マヤ「『よく笑う』んじゃなく、『よく笑ってる』ってことは、目の前で笑って
いたんじゃないわね…?」
ユウ「ぎく。」
リオ「話したことは一度も無いけど、常に見続けているストーカー男か、」
マヤ「話したけれど、よく笑う彼女ですら笑うことのできない、さむさむ男ね」

僕は、この二人に人権を認められていない。
今さらながらに、そう気付きました。
リオ「どっちかな?」
ユウ「どっちかと言えば…前者です…」
マヤ「ふう…」

★目から見る知性!★

ユウ「で、頭がいいって言うのは?」
リオ「ごまかそうとしているのが、見え見えだが…。まぁいい。
いいかい? 知性とは、詰め込んできた『知識』じゃない、と俺は思う」
マヤ「そうね。言うなら、向上心。言い換えれば、『好奇心』よね」
リオ「その通り。すなわちそれは、『瞳孔の大きさ』に表れる。そして瞳孔が大きい
ほど、目に光が溜まるため、彼女のように目がうるんで見えるわけだ」
ユウ「そうなんですよ! 彼女、本当に頭が良くて、この前も」
リオ「彼女の家から出たゴミの中に、100点のテストが入っていた?」
マヤ「盗聴している電話で、頭が良さげな発言をしていた?」

…人権侵害で、ワシントン条約に訴えてやる。
僕はそう思いましたが、それは動物保護条約であることに気付きました。
リオ「状況を整理しようか。二人の間にある、『ランクの差』。
彼女は顔もよく、性格もいい。さらに好奇心・知的レベル、ともに高い」
マヤ「あと、これは聞いたんだけど、ゴージャス医大卒の、お嬢様だってね」
ユウ「うう…」
リオ「その点、君はあらゆる点で、地味だ。さらに、ももんが医大卒の、
貧乏研修医」
ユウ「ううううう…。無理なんでしょうか……」
すると二人は、僕の肩を叩くと、こう言いました。

リオ「忘れていることが、『2つある』って言っただろ?」
マヤ「そう。もう1つ、重大なことを忘れてるわ」
ユウ「へ?」
リオ「天と地ほどのランクも、ものともしない!」
マヤ「そう! ブラッドピットですら、山田花子に惚れさせてみせる!」
リオ「不可能ですらも可能にする心理テクニックを極めた…」

リオ「俺がついてる!」
マヤ「私がついてる!」

食堂中の注目が、僕たちに集まるのを感じました。
リオ「俺だって!」
マヤ「私よ!」
二人は白熱した火花を散らしています。
…何でもいいから、早く決めてほしい。僕はそう思いました。
リオ「よし」
マヤ「OK」
話がついたのかな? 僕が胸を撫で下ろした瞬間、二人は言いました。
マヤ&リオ「勝負だ!!」

何でそうなるんだよ。
僕は心の底から突っ込みたくなりましたが、助けてもらう立場上、
静かにその言葉を飲み込みました。

果たして、ユウの恋の行方は!?
さらに、どっちでもいいけど、マヤ・リオの勝負の行方は!?

待て、次号!
(つづく)

「ハートをゲットのホウソクは?」2 (キャスト…ユウ・リオ・マヤ・サキ)

こんなにドキドキすることが、この世の中にあったのでしょうか。
僕は、自分の食事を持ったまま、サキさんのテーブルに歩いていきました。
直前の会話が、頭によみがえります。

ユウ「い、今この場で行くんですか!?」
マヤ「もっちろん! 善は急げよ!」
リオ「今やりたいことは、今やらなきゃ意味がないんだぜ、ユウ」
ユウ「は、はい…」
リオ「いいか? 俺たちは離れて見守ってる。携帯の電源をオンにしておけ。
俺たちが、会話を聞きながらアドバイスする」
ユウ「でも、そのアドバイスを、どうやって僕は聞くんですか?」
リオ「この、超小型イヤホンをつけるんだ」

何でそんなのを常時携帯してるんだよ。
僕はそう言いたくなりましたが、答えが怖いのでやめました。
リオ「ドロ…もとい、大舟にのったつもりで行ってこい!」
ユウ「は、はい…」
マヤ「だいじょーぶ! ビクビクしないの! 最初っからダメもとでしょ?」

いつからダメもとになってんだよ。
僕が思い出し突っ込みをしているうちに、ふと気付くと、すでにサキさんまで
数メートルの距離になっていました。
前からずっと見ていたのに、一度も話すことができなかった女性。
その目を見ているだけで、僕の心は洗われます。僕は、心の底から幸せな気分になりました。
マヤ「ほら、早く話しかけなさいよ! それじゃ本当にストーカーだっての!」

イヤホンから響く、この声さえなければ…。

★もっとも効果的な声のかけ方!?★

ユウ「あの、まず始めに、どう声をかけましょうか…」
リオ「意外性だ! 吊り橋の実験に代表されるように、意外な一言でドキッとさせる
ことで、女はそれを好意のドキドキと勘違いする!」
マヤ「甘いわね…いつの時代の話よ? 最近の実験ではね、『無難な挨拶』や
『素直な気持ちの表現』が一番好感度が高いことが分かったのよ」
リオ「何だって!?」
マヤ「ユウ先生? その人が好きなんでしょう? 話したいんでしょう?
一緒にご飯を食べたいんでしょう?」
僕は、自分の気持ちを振り返って、静かに言いました。
ユウ「…はい」
マヤ「じゃあ、その気持ちを高めていこうよ。それを言葉にするだけでいいんだよ」
ユウ「…でも…」
マヤ「ほら、覚えてる? 前に教えたセクシーメソッド「魅惑のビート」。
右足と左足のリズムに集中して。右・左・右・左…。そのリズムを少しずつ
増幅させるの。み〜ぎぃ、ひだりぃ、み〜ぎぃ…ほら今!! 素直な気持ちを一言で!」
ユウ「い、一緒に食べてもいいですか?」

心臓が破裂しそうになっています。僕は、お腹の底からその言葉を搾り出しました。
彼女からの返答がありません。反応が怖くて、僕は足が震えてきました。

サキ「…あ、はい…」

その瞬間、体中の血液が喜びの音を奏でます。
マヤ「よしっ!」
リオ「なにぃッ!」
僕は、嬉しさのあまりに顔中がニヤニヤしてしまいそうになるのを抑えながら、
自分の食事をテーブルに置きました。心が、生きてて良かったという気持ちで満ち溢れます。
マヤ先生には、何度お礼を言っても足りない、とも思いました。
マヤ「あっはっはー!! これで私が1ポイント先取! 約束だからね、先に3ポイント
取られた方が、豪華船上パーティをおごるのよ!?」
リオ「ちくしょー!!」

お礼は1回で充分だと思いました。

★最高のポジションとは?★

僕が席に座ろうとすると、イヤホンからマヤ先生の声が響きました。
マヤ「真ん前に座るのはダメー!!」
ユウ「え!?」
マヤ「隣に座るのよ! より親密になりやすいポジションだから! それにほら、
心理的なナワバリの、パーソナルスペースだってごく自然に縮まるでしょう?」
ユウ「…は、はい…」
僕は、彼女の右隣に近付きました。
リオ「違うな、左隣だ」
マヤ&ユウ「え?」
僕は、慌てて彼女の左隣に座ります。
マヤ「ちょっとリオ、どっちだって同じじゃ…」
リオ「左隣に座れば、女の左半分が自然に見える。感情は右脳と直結しているから、
左側に表れるんだ。だから、表情から心の動きが読みやすい」
ユウ「…はい…」
僕は、リオ先生の幅広い知識に感動しました。
リオ「これで俺も1ポイント! 楽しみだなぁ、マヤの泣く顔! 考えただけでゾクゾク
するぜぇ!!」
マヤ「くぅっ!!」

だだっ広い欲望の間違いでした。

僕が座ると、彼女はこう言いました。
サキ「精神科の、ユウ先生ですよね?」
ユウ「!? 知ってるんですか?」
サキ「先生は気付いてないかもしれないですけど、実は私、よく先生を見かけるんですよ」
それは、逆です。…僕がサキさんの顔が見たくて、わざと近くにいたからです。
僕はそう言いたくてたまりませんでした。
マヤ「それは、僕がストーカーだからです」

ニュアンスが違うわ!!
僕はそう言いたくてたまりませんでしたが、ぐっとこらえました。
ユウ「あ、あの…」
サキ「今日は、いつも一緒の先生はいらっしゃらないんですか?」
ユウ「え? いつも一緒の人?」
サキ「あの、首にチョーカーつけてる、セクシーな女医さん」
リオ「誰だ!?」
マヤ「私しかいないでしょーが!!」
イヤホンから、そして後ろの方から怒鳴り声が聞こえましたが、僕は聞こえない振りを
しました。
サキ「あの方も、精神科の先生ですよね?」
ユウ「はあ、まぁ…」
サキ「私、憧れなんですよ。本当に魅力的ですよね…。私も、ああなりたいなぁ…」

やめとけ。
僕は心底そう言いたくなりましたが、後ろからの無言の圧力が怖いので、その言葉を
飲み込みました。

★心をつかむ会話の進め方!★

マヤ「いいコじゃない…。気に入ったわ。全力で落としてあげる♪」
リオ「認知にゆがみが生じている気がするが…」
マヤ「いい、ユウ先生? 人には『重点を置いているポイント』があるの。
ある人は『美貌』、ある人は『知力』、みたいにね。今の話で、彼女は『魅力』に
こだわりがあることが分かるわ。だから、そこを突いて誉めるのよ」
リオ「ほう?」
マヤ「こう言うのよ、ユウ先生。『確かにマヤ先生は魅力的だけど、
僕は、君の方が魅力的だと思うよ』ってね」

そんなセリフがサラッと言えるなら、ここまで苦労していない。
僕は、心の中でそう突っ込みました。
マヤ「ほら、早く!! 彼女の心をつかみたいんでしょう?」
ユウ「は、はい…。あ、あの…」
その瞬間、リオ先生のハスキーな声が響きました。
リオ「待ちな、ユウ。その女の表情をよく見ろ」
え?
僕は、言われた通りに、サキさんの表情を観察します。
リオ「見たな? 分かるよな? じゃあ、今一番、言いたいセリフを言うんだ」
ユウ「…はい…」
マヤ「ちょっとリオ、何言ってるのよ!?」
僕は、自分の心の底から伝えたい言葉を、ただ口に出しました。

ユウ「何か、あったの?」

その瞬間、サキさんは目を見開いて、僕を見つめます。
そして、嬉しそうな潤んだ表情をすると、言いました。
サキ「はい…」

リオ「ヒットだ」
マヤ「は、何!? 何なのよ、一体!?」

     ★表情に現れる、心の奥★

リオ「誉められて、気が緩んだな、マヤ。彼女の憧れの気持ちは、結局は自信喪失の
裏返しだ。もし本当に憧れているなら、目は未来と理想をイメージする右上を見つめ、
うっとりとした表情になるはず。でも、さっきの彼女は、過去をイメージする左側を見て、
さらに微妙に眉をひそめて、伏し目がちだった」
マヤ「……!」
リオ「そう。すなわち、過去の記憶が心にのしかかっていたから、何とか理想である
マヤに一体化して、精一杯救いを求めようとしていたんだ。そこに、薄っぺらな
誉め言葉をかけたって、彼女の心には何も響かない」
マヤ「……」

ユウ「良かったら、教えてくれる?」
不思議なほど、自然に言葉がつながります。
リオ「普通なら、ほとんど初対面の相手に、そんな悩みを打ち明けない。でも、
人は夢を見るもんだ。心を分かってもらえてると感じただけで、話したいと思う
気持ちになる。そして当然、そこから発展する感情だって…」

サキ「……あの、ですね…」

リオ「こいつは、ひょっとしたら、ひょっとするぜ…?」
マヤ「た、確かに、そうかも…」
リオ「そして、俺様がこれで2ポイント!! 勝利は目前だな!!」
マヤ「ま、ま、負けるもんかあ!!」

僕は、耳の中にやかましく響く声に、イヤホンのボリュームを下げました。
が、どうしても0にはできない自分が、我ながら情けないと思いました。

さあ、果たして、ユウの恋は実るのか!?
そして、このままマヤは勝負に負けてしまうのか!?

ついに次号、サキ編最終話! 全てのドラマに決着が!!

(つづく)

「ハートをゲットのホウソクは?」3(キャスト…ユウ・リオ・マヤ・サキ)

サキ「実は、付き合っている人のことなんです」

それを聞いた瞬間の僕の気持ちを、分かってもらえますでしょうか。
さながらテレビで見た、爆薬でビルを解体するときのように、僕の中の全てが
ガラガラと音を立てて崩れていきました。
リオ「……」
マヤ「……」
さっきまであれほど騒いでいた二人の声が、急にイヤホンから聞こえなくなりました。
そしてしばらくの沈黙の後、リオ先生の声が聞こえました。
リオ「…やっぱりな」

分かってたなら、言えよ!
そう思いながらも、突っ込む気力も起きません。
僕は、サキさんの声も耳に入らないほどに、僕は茫然としていました。

リオ「はい、俺の勝ちだな」
マヤ「何でよ!?」
リオ「確かに、『彼氏のことで悩んでいる女は落としやすい』。でも、それは俺の
ようなプロ…もとい、経験者の話だ。ユウのような若葉マークの初心者は、
『すでに男がいる』って事実だけで、心が萎縮しちまう。ということは、ユウは玉砕。
すると、俺たちの勝負はもう終わり。で、今のポイントは2対1だから、俺の勝ち
じゃないか!」
マヤ「そ、そんなの許さないわよ!? ちょっとユウ先生、聞こえる!?
あきらめちゃダメ! あなたがそのコを想う気持ちは、その程度だったの?
男がいるから、何だってのよ!」
ユウ「……」
マヤ「ほら、こう考えるの! 『世の中に、女なんていくらでもいる』!!」

それは、フラれたときの慰めだろ。
僕はその言葉に、マヤ先生自身の潜在意識が表れている気がしました。
マヤ「な、何でもいいから、今すぐに話を続けるの! それも、決して適当に
聞いちゃダメ! 全部を優しく聞いて、暖かく包容してあげるのよ!」
リオ「マヤ…。本気で、今のこいつにそんなことができると思ってるのか?」

できません。もうダメです。
マヤ「大丈夫よマヤ、大丈夫よマヤ…私は負けない、私は負けない…」

俺じゃないんかい。
僕の気持ちは、音を立ててしぼんでいきました。
しかし、その瞬間です。

★ショックな時に、瞬時に気持ちを切り替える方法★

マヤ「オッケー、思いついたぁ! セクシーメソッド「ペルソナ・ペインティング」!
ユウ先生、今の自分のパーソナリティを、別の人格に変えてみるのよ!」
ユウ「え?」
マヤ「今のあなたは、『サキちゃんを大好きな男』。でもそのペルソナ(人格)が、
今はかえって行動に歯止めをかけちゃっているの。だから、別の職業になっている
自分をイメージして! それこそがクールな視点から今の状況に接する、唯一の手段よ!」
ユウ「…っつても…」
マヤ「そうね……ホストよ、ホスト!! ホストになったとイメージするの!」
ユウ「ホ、ホストというと、茶髪でロン毛で、バラの花束を抱えてる人たちのこと
ですか?」
しばらくの沈黙がありました。
マヤ「その程度の認識だったのね…。あなたを甘く見てたわ…」

落胆した声に、少なくとも誉められているわけではないことだけは、分かりました。
マヤ「じゃあ…じゃあ…。そう! 精神科医よ、精神科医! 患者さんを前にした
精神科医だってイメージするの!」

一応、そのまま精神科医なんですけど。
僕はそう言いたくなりましたが、「そうだったっけ!?」と言われるのが怖いので、
その言葉を飲み込みました。
サキ「あ、あの…」
サキさんの声に、僕は我に帰ります。
…そうか。そうだ。僕は確かに、この人を、一人の人間として好きだ。
でも、今だけは、悩みに苦しんでいる彼女を、冷静な目で助けてあげたい。
ユウ「そうだ…。僕は精神科医なんだ…」
サキ「ユ、ユウ先生?」

僕は、彼女に向き直って、ハッキリとした口調で、こう告げました。
ユウ「くわしく聞かせてくれますか?」

マヤ「決まったぁ!! これで2対2! 泣いても笑っても、次で最後よ!」
リオ「くうううっ!」
二人の一喜一憂をよそに、僕とサキさんの会話は進んでいきました。
先生たちは、全てのチャンスを逃すまいと、一言一句に聞き耳を立てていました。
しかし、その話の内容は、僕たちの想像をはるかに超えていました。

サキ「私、ずっと生理が来なかったんです」
ユウ「……!」
サキ「その時に、思ったんですね。絶対に産まなきゃ、って…。私、産婦人科だから、
ほとんど毎日やってるんですよ、中絶手術。もちろん錯覚だけど、手術するたびに、
赤ちゃんが泣く声が聞こえるの。…だから私、『ごめんね、ごめんね』って心の中で
繰り返しながら、手術するんです」
ユウ「…」
サキ「だから、もし私の子供ができたら、絶対にそんな気持ちは味あわせたくない、
って思っていたんです」

リオ「…いい女だな…」
マヤ「うん…」
僕は、何も言えずに、ただその話を聞いていました。
サキ「で、付き合っている人に言ったんです。そうしたら…」
ユウ「!?」
彼女の目から、涙が溢れてきました。
サキ「彼、すぐにこう言ったんです。『やめて』って…。私、すっごく辛かった…。
何もかもが、分からなくなって、全然眠れない日が続きました」
彼女がこんなに苦しんでいたのに、僕はこれまで何もできなかったことが、
ただ悔しくてたまりませんでした。
サキ「結局、生理は来たんです。…で、そのことを告げたら、彼はとてもホッと
していました。それも、明らかに『面倒にならなくて良かった』っていう顔で…」
僕は、情けないほどの無力感を感じていました。
サキ「でも、そんな風に言われても、その人のことが好きなんです。もう、たまらない
んです。…精神医学的に、どうですか? 私って、やっぱり病気かな?」
そう言いながら、彼女は体を震わせました。

★認知的不協和による、心の葛藤★

イヤホンから、静かに声が響きます。
リオ「ユウ…。君にはかなりハードな話だったと思うが…。それでも君は、彼女を
まだ好きだと断言できるな?」
ユウ「…もちろんです」
マヤ「…OK。じゃあ、アドバイスを続けるわね。いい? その彼氏への好意は
典型的な認知的不協和ね。マイナスな対応が積み重なるほど、バランスを取るために
好意がアップしているだけ」
リオ「その通りだな」
ユウ「……」
マヤ「だから、答えは簡単よ…。一言だけ言えばいいの。『それって認知的不協和
だよ』って。トリックをバラして、彼女の今の気持ちは全て錯覚だって教えてあげれば、
その男への想いは冷めるわ」
リオ「甘いな…。ギャンブルの鉄則を知らないのか? イカサマされた時に、それを
バラしたって、どうにもならない。逆に、気付かないフリをしてそれを利用するんだ。
すなわち、その女は認知的不協和に弱い。だから…」
マヤ「何てコト言うのよ!? それじゃ、そいつと同じじゃない!」
リオ「勝てば官軍なんだよ! どんな経過であっても、ユウが癒してやれば、彼女は
幸せになれるんだろ!?」
マヤ「ダメよ、ちゃんと教えてあげるの!」

耳に響く、多くの声。
僕は、しばらく考えた後に、一つの結論にたどり着きました。
ユウ「サキさん、僕は思うんだけど…」
サキ「…はい?」
迷いはありません。僕は、息を吸い込むと、静かに言いました。

★後悔しない選択★

ユウ「サキさんの望む通りに、生きたらいいんじゃないかな」
マヤ&リオ「!!」
イヤホンから、驚いた声が聞こえます。
リオ「な、な、何言ってんだよ、ユウ!」
マヤ「そ、そうよ! みすみす目の前のチャンスを逃すの!?」
サキさんも、ビックリしたようにこちらを見つめています。
サキ「ど…どういう意味ですか?」
ユウ「どんな理由があっても、サキさんは今、どうしようもないほど、その人の
ことが好きなんですよね…?」
サキ「は、はい…」
ユウ「だったら、その気持ちに正直になればいい」
マヤ「ちょっ…! だって今度は、本当に妊娠する可能性だって…」
リオ「そうだ! 彼女の悲しむ顔を見たいのか、ユウ!?」
サキ「……」
ユウ「僕は、思います。中絶するときに『ごめんね』って言っていた相手は、
本当は赤ちゃんじゃなかったんです」
サキ「…!?」
ユウ「中絶させることに迷いを感じていたのにも関わらず、その気持ちを閉じ込めて
手術を行っていた。その抑圧されているもう一人の自分に、『ごめんね』って言って
いたんです」
サキ&マヤ&リオ「…!!」
ユウ「世の中でもっとも辛いことは、自分自身を見失うことです。人は、色んな決断を
する時があります。でも、何が本当に正かったかなんて、僕にもサキさんにも、
そして1000年先の人にだって、分からないんです」
サキ「……」
彼女の顔から、迷いが消えるのが分かりました。
ユウ「だから、どうせだったら、自分の一番望む選択をした方がいい。僕は…」
サキ「…?」
『僕はただ、サキさんに幸せになってほしいから』
その言葉が、どうしても言えません。しかしサキさんは、僕の目を見て、その
気持ちに気付いてくれていたように、こう言いました。

サキ「…ありがとう…」

◆エピローグ◆

リオ「実は、後悔してんだろ?」
ユウ「…してません」
マヤ「オトナになったわねぇ、ちょっと見ない間に」
リオ「あ〜あぁ。素直に俺らの言うこと聞いておけば、今ごろは、うふうふで
むにゅむにゅでぷにぷに、だったのになぁ…。本当に後悔してないな?」

…今ので、ちょっとしました。
僕はそう思いましたが、言うのをやめました。
マヤ「ま、女なんて、いくらでもいるんだし」
ユウ「…今、言わないで下さい…」
リオ「よおし! じゃあ、豪華船上パーティに連れて行ってやるかぁ!」
ユウ「へ?」
マヤ「今回の勝者は、間違いなくユウ先生だからね!」
ユウ「マジっスか!?」
リオ「もちろん! 期待しておけよ、ユウ?」
ユウ「はい!!」

その時の僕は、豪華船上パーティが、ただの屋形船の宴会だとは知る由もありません
でした。

お酒を飲みながら、大騒ぎするマヤ・リオ先生。

僕は先生たちをよそに外へ出ると、星空を見上げました。
そしてしばらく考えていると、
後ろから声が響きました。
マヤ「………ユウ先生……?」

ユウ「………」
マヤ「………飲まないの?」

その言葉に、僕は聞きました。

ユウ「……僕、本当に、良かったんでしょうか…?」
するとマヤ先生は、少しの間沈黙しました。
マヤ「…………」
ユウ「
……………」
そして無言で僕の頭を抱きかかえると、こう言いました。

マヤ「よく、頑張ったね」

その言葉に、僕の感情が止められないほどにあふれてきました。

僕はマヤ先生の胸に頭を預けると、大声で泣きました。

その瞬間、確かに胸の中に存在していた、一人の大好きだった女性に
別れを告げたのです。

(完)

セクシーネットへ。