今日は本編から少し外れて、ちょっとした小話をしようと思う。
よしだが新卒で入社した会社は、ピカツー系の商社だった。
商社といっても小さな規模で、キツキツの仕切りで在庫を抱えそれを売り歩く会社だ。
当時その会社のSEのおっさんが部下の女子にセクハラを働いたため、クビになってしまった。
サーバルームで女性社員ににじり寄り、上司の立場を利用して肉体関係を迫ったというお話だった。
かなり生々しく事件の状況を先輩女子社員が教えてくれたので、あながち嘘八百というわけでもなかったようだ。
…今思うと、そんな事があったらかなりの大事件だ。
しかし…あまり気にならなかった。色々な感覚が麻痺していたように思う。
その会社も今思うとひどいブラック会社だった。
山に新入社員全員で合宿に行かされ、毎日大声で自己アピール。
さらに自分で自分に暗示をかけるように「やらねばならず何事も!」と一日中大声でさけばなくてはならない。
周りにいる社員は全員ライバルで敵であると一週間みっちり講義されソルジャーとして生まれ変わるのだ。
一週間出張扱いで山篭り。さながら海兵隊のようになって帰ってくる。脱落者はここからモチベーションを落とし、間もなく辞める事になる。
「餃子の王将」研修の動画を見て、別にこれくらいなら普通にあるんじゃ、と思ってしまったくらいだ。
周りの人間は全員敵。そんな教育を受けていたせいか、人の事に興味が極端に薄くなっていたように思う。
このサーバールームセクハラ事件が起こってもへぇーと思うくらいで、あまり気に留める事は無かった。
セクハラSEがクビになった後、
小さな商社といえど、インフラの担い手がいなくなってしまうと色々と問題が噴出した。
そこで、社長は派遣会社から一人のSEを雇った。
その名もコスギ君である。
コスギ君は、まるまると太っていて、四角いメガネをかけてしましまボーダーのポロシャツを着ていた。
一見、内気なキモヲタだが、中身は非常にナンパで下品な男だった。
キャバクラが大好きで、女性社員に対して平気でセクハラ発言をし、とてもしつこかったためとても嫌われていた。
男性社員に対しても、自分がいかに優秀であるかを自慢げに語り歩いていたので、会社で一番嫌われていたと言っても過言ではない。
そんな彼が、ある程度ITの知識がある丁稚が欲しいと彼は社長に訴えた。
この会社で理系大学卒…というだけで、よしだがコスギ君のアシスタントに抜擢されてしまう。
21歳女子のよしだは、ちょっとITバブルでデビューしちゃったキモオタSEと狭いサーバルームで、二人きりで仕事をする事になってしまったのだ。
当時はITバブルがひと段落しようとしていた時期。
コスギ君はいつも「自分はとてもお金持ち」である事を言いふらしていた。
自分は給料を40万円もらっているだとか、そんな話だ。
今思えばたいした事はないかもしれないが、当時のよしだにはとんでもない高額所得者に見えた。
よしだの仕事といえば、彼の食ったマーボー豆腐の皿を洗ったり、彼の代わりにコンビニへ買い物へ、今思えばとても馬鹿にされていたんだと思う。
まるで召使いのようにコキ使われていたが、自分の意思よりも社会の仕組みを優先してしまうお年頃。
これが普通で、自分も偉くなったらこういう感じになるのかな。と思っていた。
しかしのちにコスギ君は大変なことをしでかすので、よしだは同じ道を歩まずに済んだ。
そんな良いところ無しのキモオタSEコスギ君だが、当時の私に彼はとても大切なことをひとつだけ教えてくれたのである。
「俺はさ、会社のありとあらゆる情報を見ることができるから、会社の全てがわかるんだ」
彼は続けた。
「だから、正直この会社のっとるなんて簡単なんだよねwwwwwwwwwww」
まぁそう簡単にはいかないと思うけど。と心中で思ったのが顔に出たのか、コスギ君が続ける。
「あっそうそう、僕はそんな面倒な事しないからwwww誤解しないでよね!」
何も聞いていない。
「ねぇねぇ知ってる?山田君って8年目なのに、新入社員と同じ給料なんだよwwwwwww」
何も言わないとコスギ君はどんどん話を続けていくタイプだった。
「あとさ、知ってる?加藤さん、君の同期の女の子のPC監視してんだよー!きもいよねーきもいよねーwwwアッヒャッヒャ!ヽ(゚∀゚)ノアッヒャッヒャ!」
それは怖い。確かに異様なトラフィックが画面には表示されていたが、それが決定的な証拠にはならないはずだ。
よ「えっ。そんな事まで調べているんですか?」
コスギ君は反応を得たのが嬉しかったのか、どんどんしゃべってしまう。
「うん。あったりまえジャーン!同期の女子ちゃんのデスクに行ったときに全部チェックしたよぉ~めっちゃスパイウェア入ってたwwwwww」
それでトラフィックを調べていたわけだ。当時はバンバンネットを使用してファイル送信なんて事はなかったので、スパイウェアの吐き出す画像情報はとんでもなく大きなトラフィックになっていた。
その同期の女の子とはとても仲が良かったので心配になりさらに聞いてしまった。
よ「えっ!それでちゃんと削除してくれたんですかっ?」
「ばっかだなぁーwこんな面白い事あるかよ。消すわけないじゃんwwwwwあの加藤さんがだよwwwwwあのおっさんもやるよねーwwwwwあんな若い子に恋しちゃってさぁーーーーwwwww」
よしだの最初のSEの師匠。コスギ君はとっても最低な人間だった。
急いで同期の女子社員のところに駆け付け、PCをチェックしてみる。
すると何ともお粗末なタイプのスパイウェアがインストールされていた。
画面の表示を盗むタイプのスパイウェアで、誰でもダウンロードできるタイプのものだ。
なので、起動中はタスクバーにアイコンが常駐していたし誰でも良く見ればすぐ気がつく。
当時のもろもろのスペックのPCでは、漏れなくPCの状況を監視できていたとは思えないが、デスクトップで何の作業をしているかぐらいは判別できただろう。
私と同じく新入社員だし、盗まれた情報は少ないだろうとは思うが…何とも気持ちの悪い話である。
躊躇ったがこれから何が起こるかわからないので、よしだは正直に彼女に状況を説明した。
無言になった同期女子も異常に動作が重いPCのことをコスギ君に相談していたらしいのだが、やっと状況が飲めたようだ。
「うん。わかった。本当にありがとう。」
とだけ言い、黙ってしまった。
次の日彼女は退職願いを出した。
私はコスギ君という類まれなブラックSEをずっとそばで見ていた。
お局のメールを盗み見ては、
「あっこの人っまたプライベートで友達の子供の写真送られてる~!惨めだよねwwwwwwwwwwwwww」
などとほざいていた。
私は心底彼の言動に嫌気が指し、早々にこの会社を去ることを決意する。
ほんの数ヶ月の間であったが、SEが職権乱用するととんでもない事が可能だと言う事がよくわかった。
もしも私がSEになったら、触れる情報の全てにできる限り気を配ろうと思った。
大雑把な人間に思われがちなよしだ。
取り分け情報の扱いには注意するようにしている。
声が大きいとよく言われるのが難点だがw
仕事をするのに有用な情報は積極的に利用するが、
それで知りえた情報を何かに利用しようとなど思わない。
むしろ積極的に情報収集する範囲を自ら限定するようにしている。
意外にもそこだけはきっちり真面目にやっている。
会議メモをとったら必ず見返した後に削除をし、PCのキャッシュは再起動ごとに自動的にクリアする。
触れて良いもの、悪いもの。それは人それぞれだし、不必要に干渉してはいけない。
最初はコスギ君の悪意の視線がこちらを向かないようにするための自己防衛手段の一つだった。
しかし、SEの心得として反面教師コスギ君から得たものは大きい。
安心してユーザがインフラを利用できるように、SEは情報を守らなくてはならない。
しかし重要なのは、サーバに置いてある情報をがちがちのセキュリティで守ったとしても、それにアクセスできるrootが自らである事を忘れてはならないということだ。
そしてそのrootのモラルがそのインフラの価値を決めるということだ。
後に8年目だけど月給は新入社員が、身を挺した反逆をきっかけに、彼の悪事が明るみになる。
それはまた別のおはなし。
1 ■これは凄い・・
ガバナンスなんて何処の話??
だな・・