指名手配犯、逃さない! 街頭に光る“眼光”「ミアタリ」
5月8日13時38分配信 産経新聞
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雑踏に鋭い視線を送る見当たり捜査員=豊島区内(中村昌史撮影)(写真:産経新聞) |
[フォト]街頭に光る“眼光”「ミアタリ」
■「警察!?うそに決まってる」…放心する手配犯
今年4月、東京・新宿の繁華街。スーツ姿の会社員、学生のグループ、楽しげに言葉を交わすカップル…。数え切れないほどの人波を1人の男が足早にかき分けていく。男は42歳。岡山県で窃盗を働き、指名手配を受けて逃亡中の身だ。犯行後、新幹線などを乗り継いで新宿までたどり着いていた。
約1カ月間の逃避行。この日も、「無事」に終わるはずだった。しかし、男に背後から鋭い視線を送る男性がいた。次の瞬間、男の周囲を数人の男性が素早く取り囲んだ。事態を飲み込めず、とまどいを隠せない男を諭すように、1人が声をかけた。
「警視庁です。ちょっとよろしいですか」
男を取り囲んだのは、警視庁捜査共助課の見当たり捜査員だった。
「警察!? うそに決まってる。あんな格好の捜査員がいるもんか。どこから跡をつけてたんだ…」。護送される途中、男はあきらめきれないように、何度もつぶやいたという。
「自分を捕まえたのが警察官だと信じられない犯人はよくいますよ」
見当たり捜査員が巡回する豊島区内の一角を見渡しながら、同課の係長、大木幹雄警部(57)は苦笑した。大木警部は、都内で見当たりにあたる12人の捜査員を束ねている。
捜査員は一見して捜査員とは分からない格好だという。どのような捜査をしているのか。ゴールデンウイークが終わった今月6日、見当たり捜査の現場に同行した。
豊島区内の繁華街の駅周辺。学生やサラリーマン、家族連れが行き交う。大木警部は群衆に鋭い視線を向けている。だが、周囲を見渡しても「刑事」の姿は見つけることができない。
「ほら、あなたの横にいるのがそうです」
気づけば、近くに立っていたのはひげを蓄え、ジャージーや長袖のTシャツを着込み、リュックやポーチをさげた若い4人組。なかには茶髪の男性もいる。いわゆる刑事のイメージとは対極のスタイルをした男たちがそこにはいた。
捜査員は「空気」のように存在を消し、街に溶け込んでいた。手配犯が感づけないのは無理もない、と感じた。捜査員は自然を装いながら手配犯の顔を見抜いていく。
■脳裏に焼き付けた500人の“顔”
システム手帳大のファイルを捜査員は携行している。中には手配犯の顔写真が収められており、見当たり捜査の最大にして唯一の「武器」とされる。
警視庁だけでなく全国の手配犯を合わせると、顔写真の数は500人にも上る。年代別や、容疑者名のあいうえお順など、捜査員それぞれの方法で整理された「顔」だ。正面から撮った写真と、斜め前から撮影したものをセットに、氏名や容疑、身体的特徴などが書き込まれている。
捜査員は1日の多くを費やし、膨大な「データ」を記憶に焼き付ける。だが、逃亡中に髪形を変え、体形も変化する手配犯は少なくない。さらに整形手術を繰り返し、追跡を振り切ろうとすることもある。
そうした手配犯をどうやって見抜くのか。
「目を中心にした顔の真ん中の部分を見る。『目の玉』の雰囲気だけは簡単には変わらない」
大木警部はさらりと言ってのけるが、たやすい作業ではないことはうかがい知れる。
「表現するのが難しいが、黒目や白目の大きさなどは人それぞれ。手配犯を見つけると、目の部分が『バシッ』と頭に入ってくる」(大木警部)
捜査班の主任、宮田理一郎警部補(45)=仮名=も「顔写真を『覚えたつもり』では、全然ダメ」と力を込める。手配写真はあくまでも“静止画”で、動きまわる実物とは別物だ。
「ホシ(犯人)は静かな部屋でじっとしているわけではない。パチンコ屋の大音量の中、街中の雑音の中で動き回るホシをとらえないといけない」(宮田警部補)。手配犯とおぼしき人物を見かけても真正面からのぞき込むわけにはいかないからだ。
例えば、パチンコ店で「怪しい人物」を発見した場合は隣に座り、チラリと横顔をのぞき込む。サングラスを掛けていれば、目尻に空いたわずかなすき間から目の特徴を見極めるという。
「ちょっとした拍子にまともに視線があって、にらみ合いのようになることだってありますよ」(宮田警部補)
■“アナログ”手法の成果 摘発の大きな武器に…
見当たり捜査は昭和53年ごろ、大阪府警で誕生した。手配犯の顔写真を捜査員の頭にインプットし、盛り場などを流す。手法はシンプルだが威力は大きい。
逃亡犯を摘発する捜査手法の基本は、肉親・知人の住居や、犯人の生活拠点の周辺を当たる追跡捜査。ただ、家や財産など、すべてを投げ捨てて逃亡する犯人の場合、捜査の端緒から行き詰まることもある。
こうしたケースで切り札の一つとなるのが見当たり捜査だ。
警視庁でも、手配犯の検挙態勢強化などを目指し、平成13年に見当たり捜査班を設置。21年には過去最多の65人を逮捕した。警視庁が逮捕する指名手配犯全体の10%近くを「見当たり」による逮捕が占め、今年もすでに33人を逮捕するハイペースで実績をあげている。
最新の科学捜査が事件解決の決め手として脚光を浴びる一方、見当たり捜査は「捜査員の地道な努力に支えられた極めてアナログな手法」(大木警部)だ。
全国の警察がその技術を活用して手配犯らの摘発につなげており、警視庁と大阪府警のほか愛知と兵庫の両県警でも専従捜査班を組織している。いずれも大都市の繁華街を持つ共通点がある。これには理由があるという。
警視庁では今年、10年前に新宿の喫茶店で客から現金を奪った容疑者の男を豊島区内のパチンコ店で発見、強盗致傷容疑で逮捕した。「逃げていたわけではない。ここ2〜3年は繁華街のマージャン店で働いていた」。男はこう供述した。
「指名手配犯は繁華街に集まる傾向がある。閑散とした場所では目立つが、人が多いところは安心感があるのかもしれない」
捜査幹部は、手配犯の心理をこう分析する。それだけに、繁華街に狙いを定める見当たり捜査は長期逃亡犯の発見に力を発揮しているのかもしれない。
■忍耐、我慢…寄せられる期待
酷暑の夏、凍える真冬。街中にたたずむ捜査員に季節や天候は関係ない。殺人や強盗事件では現場から採取された証拠を積み上げ、最新の科学捜査をも駆使して捜査を前進させることができる。だが、見当たり捜査は、目の前に現れる確証がない手配犯をひたすら待ち続ける「我慢比べ」の捜査でもある。
「短期間にホシを何人も挙げることがあれば、数カ月、1人も挙げられないこともある」
宮田警部補は、厳しい表情で語る。それでも手配犯が自分の前を通りかかる瞬間を信じて、集中力を維持する「自分自身との戦い」を続ける。
班で最年少の坂下圭二巡査部長(28)=仮名=は、見当たり捜査の醍醐(だいご)味を熱っぽく語る。「何百人もの捜査員が検挙できなくても、写真1枚でホシを挙げられることができる」。
ホシを割り出すのは視覚だけでない。街を歩く人の流れや読み、犯人の立ち回り先を想定する。臭いや声までも含め、全身の五感を研ぎ澄ますことが必要だという。
全国警察の最大の懸案は、3人のオウム真理教特別手配犯の発見だ。その日が来るのか。見当たり捜査員にかかる期待は大きい。
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最終更新:5月8日13時38分
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