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ギリシャの財政危機を発端とする混乱が世界中に広がってきた。
財政不安がギリシャだけでなくポルトガルなどに波及し、それらの国の国債を大量に持つ欧州の銀行経営に響くという不安に結びついている。銀行経営が悪化し、企業などへの貸し渋りが起きれば、欧州経済の回復は遅れる。
そうした不安の連鎖が、欧州だけでなく、米国や日本の株価まで下げる原因になっている。リーマン・ショックからようやく立ち直りつつあった世界経済にも暗い影を落としている。
激しいデモなどの抗議を受けながらも、ギリシャ国会は緊縮策関連法案を可決した。欧州連合(EU)のユーロ圏諸国や国際通貨基金(IMF)は、巨額の支援を約束した。それなのに、なぜ市場の混乱が収まらないのか。
大きな疑念が二つあるからだ。
まず、果たしてギリシャが、厳しい緊縮財政に耐え抜き、本当に財政再建を果たせるのか、という点。また、ユーロ圏諸国が本気で他国を支える気があるのかどうか、も疑われている。
ギリシャは公務員が多く、その給料も高い。それをカットしたり増税したりして、財政再建を果たさなければならない。強い抵抗は避けられないが、政府は粘り強く説得するしかない。
ユーロ圏の中心国ドイツは、しぶしぶギリシャ救済に乗り出した。一方で、ギリシャ国債などの評価を下げた格付け会社への批判を強めている。
格付け会社の調査能力、顧客と適切な関係を保てているのかどうかなどについて多くの疑問点はある。しかし、今回の格下げは、ユーロ圏諸国がギリシャを支える意思が弱かったことを見透かされた面がある。
ドイツ国内には、ギリシャはユーロから離脱すべきだという意見もある。しかし、そんなことをすれば、同じような事態に追い込まれる国が相次ぎ、ユーロ圏は崩壊していくだろう。ギリシャのような産業基盤の弱い国をユーロ圏に入れたのは間違いだったかもしれないと思ってみても、今さら後戻りはできないのだ。
通貨や金融政策は同じなのに、財政政策の足並みがそろわない。放漫財政を行う国をきちんと律することもできない。日頃は一つの主体として振る舞っていても、危機に直面すると意思が一つにまとまらない。そんなEUの弱点が危機の背景にある。
国境を超えた経済に即応できる仕組みを考える必要がある。欧州内でIMFのような仕組みを作ろうという機運が出ているのは必然的な流れだろう。
域内の監視を強めたり、危機の際の資金を融通したり、加盟国間の財政的な調整機能を一部担ったりして、結びつきを強める。世界への危機の連鎖を防ぐためには、EUが一体となって、強固な政治的意思を示すしかない。
英国総選挙で有権者の出した結論は、2大政党のどちらも下院(定数650)の過半数を取れない「ハング・パーラメント(中ぶらりん議会)」だった。有権者の政権選択の悩みが、いかに深かったか。その表れだろう。
英国の選挙制度は、各選挙区で一番多い票を得た候補者1人に議席を与える単純小選挙区制だ。死票が多いという欠点がある一方、第1党が過半数の議席を得やすく、政権交代や政治の活性化を促すという長所がある。
英国の再生を目指した保守のサッチャー政権、「第3の道」を掲げた労働党のブレア政権の登場のように、時代を画する政権交代を起こす原動力のひとつでもあった。
2大政党に議席を集中させるこの制度の下でさえも、明確な多数派が形成されなかった。1974年以来だ。
今回は、労働党から保守党への13年ぶりの政権交代の是非が焦点だった。確かに保守党は、ブラウン首相率いる労働党を退けて第1党になり、政権を担おうとしている。しかし、単独では少数与党を余儀なくされる。他方、第3極として人気の高かった自由民主党は、得票率を伸ばしながら議席を減らしている。
2大政党への不満と第3極への不安の間で有権者の心は揺れたようだ。
2大政党に対する有権者の不信は大きい。昨年、国民が経済危機で失業などの憂き目にあっているとき、国会議員たちによる経費乱用の実態が暴露された。また、イラク戦争で労働党政権は、多くの国民の反対にもかかわらず参戦に踏み出し、保守党はそれを支持した。長引く経済不況についても両党の解決策に大きな違いはない。
だが、人々の不信感は両党に対してだけではなさそうだ。二大政党制そのものにも向いている。過半数の議席を得て思い通りに政権運営をする大政党は、しばしば国民の負託を忘れ去り、いつしか支配層意識に染まる。経費問題やイラク戦争での両党のふるまいがその証拠と人々は感じていた。
また、グローバル化による格差の拡大や価値観の多様化に伴い、2大政党とそれを支えてきた小選挙区制だけではもはや民意を吸い上げきれない現実がある。自民党は以前からそうした問題点を指摘して、比例代表制の導入を求めている。
英国の民主主義は、曲がり角にさしかかっている。
英国の政治制度をお手本にしてきた日本は昨年、自民党から民主党への政権交代を実現したが、2大政党がともに政治不信を招き、有権者の離反を招いている構図は英国と重なる。
英国で、2大政党に向けられた不信と小選挙区制が示した限界。日本の各政党も自らへの問いとして受けとめるべきだろう。