(『週刊現代』52巻15号 2010年4月5日)

踊る友愛政権への手紙
鳩山さん、あなたはガンジーじゃないから 

 

立教大学助教 逢坂巌 

ガンジーは裸になったよ

 

鳩山さん。ご同情、申し上げます。

 何がって、「新しい公共」、あなたの一番言いたいことが、全然国民に届いてないことです。

 あなたは、この「新しい公共」こそ「内閣の真髄」、「一番非常に大事なこと」と、最近ことあるごとにおっしゃっています。

 しかし、「新しい公共」円卓会議の座長・金子郁容氏(慶應義塾大学大学院教授)ですら、先日、あるシンポジウムで「正直いって、『新しい公共』について、(鳩山首相と)ちゃんと話したことはないです」「新しい公共とは何だ、って話ですけども、私も全然わかりません。」とおっしゃってました。

 円卓会議の座長ですらこうなのですから、国民には、鳩山さんの考えは全く届いてもいないし、ましてや理解されてもいません。

 このままでは、あなたは「人の幸せは支え合うことだよ」って思いながらも国民には理解されないままに、国家を解体させようとして、挙げ句、民主主義そのものを溶解させてしまった大金持ちの坊っちゃんテロリストと歴史に評価されることになってしまいます。

 しかしそれでは、オールドリベラリストの大衆政治家であったお爺さんの鳩山一郎に、あの世で顔向けできないでしょう。

 それを阻むためには、本当のパフォーマンスを行う必要があります。一番いいのは、ご自身の全財産を、ご関心のあるNPOなりに寄付して、裸になって、それでも支え合い、幸せを感じるご自身の姿を、国民に曝すことです。

 ガンジーの言葉は、言葉のみで響いたのではありません。彼の実践、それを象徴する糸車を紡ぐ姿と一緒になって、インドの人民はじめ全世界の人間の心に響いたのです。もし、多くの民に本気で訴えたいのであれば、いま、身を削るべきです。政治コミュニケーションを見つめ続けている者として、助言させていただきます。

 なお、一国の首相を、国家を解体するテロリスト呼ばわりする無礼をお許しください。ただ、後に説明いたしますように、貴内閣のこのような性質について、最初に言及されたのは、他でもなくあなたの内閣のメンバーの方々だったことを、冒頭お断りしておきます。

 

「新しい公共」……。

 実は、鳩山さんは、昨年5月の代表選以来、一貫して主張してきたご自身の気持ちが全然伝わってないことに戸惑っていませんか?

 もしかしたら、言葉が良くないのかもしれません。鳩山さんの演説は、松井孝治内閣官房副長官と劇作家の平田オリザ内閣官房参与が書かれているとお聞きします。激務の中、今も熱心に寄席にお通いの落語好きの官房副長官と、「世界をありのままに見て、ありのままに記述する」現代口語演劇で有名な官房参与がいらっしゃるわりには、「新しい公共」って言葉は、庶民的でもリアルでもなく、分かりにくいですよね。

 昨年末以来、広告のプロが多数入った「国民と政治の距離を近づけるための民間ワーキンググループ」が鳩カフェやら鳩山ツイッターなど、インターネットを軸に活動をしてますが、内閣支持率の低下に見られるように、国民全体とあなたの距離はどんどん遠くなっています。

 どうでしょう、ちょっと今更な感じはありますが、もう一度、大衆にも分かりやすい言葉にお戻しになってはいかがですか。あなたはこの前の衆院選の時(最後は小沢流に戻っちゃいましたが)、最初のテレビCMで、「人が人を思う気持ち、その絆がしっかりつながって互いに支え合う社会をつくりたい」「絆のある社会を」って、ストレートにメッセージを出していましたよね。こっちのほうがよっぽど分かりやすいし、お似合いです。その前の、昨年5月の民主党代表選の時のお話も、いまより数段、分かりやすかったですよ。

 

この上っ調子が鳩山流

 

 あなたが昨年5月に訴えた「友愛の日本を創る」という公約文書は、まず最初に、友愛社会の定義から始まります。それによると、「友愛社会とは、『どんなときにも仲間や同胞を大切にする社会』『誰ひとりとして、見捨てない、置き去りにしない、孤りにしない』との思いを、みんなが強く共有し、いかなる状況にあっても、対話を重ね、思いを分かち、助け合い、協働して、より良い未来を共に創っていく社会」

 ということです。その上で、こう続きます。

「今、私たちは、かつて経験したことがない危機に直面しています。世界経済危機、新型インフルエンザ、地球環境問題など、これらの問題の難しさは、地球規模でそれらが同時に発生していること、そしてこれまでの時代の問題解決手法が通用しないことにあります。だからこそ、政治や社会のあり方、問題解決の方法、政府と地域と市民の役割を、抜本的にチェンジしないといけないのです」

 去年の5月といえば、リーマンショック以来の経済危機に、麻生政権が緊急経済対策で対応していた頃です。庶民は、仕事が減るとか、飯が食えなくなると心配していたのですが、あなたが「直面している危機」は「地球規模」です。

 祖父が総理大臣で、父が大蔵次官となると、これくらいのスケールになるのでしょうか。この上っ調子が鳩山流であり、宇宙人といわれるところなのでしょうが、庶民の危機感とのズレや、一国のリーダーとしては課題の過剰さが否めません。

 あなたはこの時、いまでは通用しなくなった問題解決手法として、2つのことを挙げています。「霞が関はじめ一部の既得権者に権力・富・情報を集中させ、そこからの上意下達で国民を指導」する官僚主導の中央集権政治と、「経済成長優先で、なんでも金銭的な決着を図ろうとする」自民党型的手法です。

 ご指摘は二つとも一見もっともに聞こえますが、究極においては政治には権力(パワー)が付随し、リーダーとフォロアーの間での「指導性」は排除できません。民主党が政権をとった瞬間から、あなた自身が既得権者となり、「上意下達」で内閣を指導し、国民をリードする責任が発生しているのです。

 また、「金銭的決着」の否定は近代的賠償や補償の概念を破壊するものですし、そもそも「いろいろあったけど、最後はお金で…」というのは古来の人間の知恵です。八ツ場ダムや普天間基地移転、金銭を動かさずに解決できますか。

 しかし、あなたは「みんなが勇気を出して、コミュニティを創り、参加して、議論を熟し、知恵を集め、誰もが役割を担って協働し、全力を尽くす」ことで難局は乗り越えられると主張します。

 この辺から、なんとなく、あなたの考え方が見えてきます。要するにあなたは、お金での解決ではなく、「対話を重ね、思いを分かち、助け合い、協働して」という、「人々の(直接の)支え合い」によって危機を乗り越えようと呼びかけているのですね。

 そうすると、あなたの経済成長戦略への無関心ぶりにも得心がいきます。あなたは、選挙中に「成長戦略は、陸・海・空だ」などといって失笑を買っていましたが、そもそも金銭的解決は本当の解決でないと考えているので、身が入らないのでしょう。この公約文書には、「最重要政策」集がついてましたが、「成長戦略」は当然のように不在でした。

 

 この考え方は、選挙後にも継続していますね。

 10月の所信表明演説、あなたは、遊説で出会ったという、職に就けずに自殺した息子を持つ老婆を取り上げて、こういいました。「支え合いという日本の伝統を現代にふさわしいかたちで立て直すことが、私の第一の任務です」

 普通の政治家なら、「職に就けずに自殺した」となると「仕事」という「金銭的解決」を作り出せなかったことを残念がりますが、あなたは違います。

「スポーツや芸術文化活動、子育て、介護などのボランティア活動、環境保護運動、地域防災、そしてインターネットでのつながり」、こういう中で「居場所と出番」を作り出すことこそ、「支え合い」の復活であり第一任務であると、明解です。

 明解といえば、「新しい公共」についても、「私が目指したいのは、人と人が支え合い、役に立ち合う『新しい公共』の概念」「『新しい公共』とは、人を支えるという役割を、『官』だけでなく(略)、一人ひとりにも参加していだだき、それを社会全体として応援しようという新しい価値観」と、はっきりとおっしゃっいます。

 興味深いのは、「概念」とか「価値観」とか、あなたの関心が我々の心の有り様に向かっているところです。

 あなたは、障害者を雇用するチョーク工場やアインシュタイン博士の言葉を例に引きながら、「人間は、人に評価され、感謝され、必要とされてこそ幸せを感じる」「人は他人のために存在する」「働くことによって人を支え、人の役に立つことは、人間にとって大きな喜び」などと述べます。

 あなたが、金銭的解決ではなく、「支え合い」を重視するのは、それこそが人の喜びであり、幸せであるからという訳ですね。

 しかし、人の幸せ感は様々です。例えば、「直接の支え合いまでは、ちょっと…」と思う人が、「税金だけで勘弁してもらう自由」や、「独りである自由」はどこにいくのでしょうか。

「一人ひとりが地域という共同体、日本という国家、地球という生命体の一員として、より大きなものに貢献する。そんな『人格』を養う教育を目指すべきなのです」

 今年1月の施政方針演説では、あなたはこのようにいいます。教育で「独りである自由」を消そうということですか、戦前のファッショのようですね。

 

国家を解体する!? 

 

 もう一点、とても興味深いのは、あなたが、人々に「支え合いが幸せだよ」と説きながら、一方で「地域主権」という言葉を用いて、国家を「支え合い」の責任からこっそりと逃がそうとしていることです。

 あなたは「『人間のための経済』の実現のために、私は、地域のことは地域に住む住民が決める、活気に満ちた地域社会をつくるための『地域主権』改革を断行します」と宣言します。そしてその上で「改革の土台」は「地域に住む住民の皆さんに、自ら暮らす町や村の未来に対する責任を持っていただくという、住民主体の新しい発想」にあるといい、巧妙な責任転嫁を行ないます。

「国民の生活の現場において政治の役割は、それほど大きくないのかもしれません。政治ができることは、市民の皆さんやNPOが活発な活動を始めたときにそれを邪魔するような余分な規制、役所の仕事と予算を増やすためだけの規制を取り払うということだけかもしれません。しかし、(それこそが)21世紀の政治の役割だと私は考えています。」

 平たく言うと、「よろしくっ、バイバイ」「地域の切り捨て」ですよね。

 この点は、側近の方々が明解に証言しています。施政方針演説の半月後、東京・白金台でシンポジウムがあり、文部科学副大臣の鈴木寛氏をコーディネーターに松井・平田両氏の計3名による「鳩山政権と新しい公共」というセッションが行なわれました。以下は、その中での発言です。

 

平田:ずっと10月以来関わってきて、鳩山さんとも話をしているのは(略)、やはり21世紀っていうのは、近代国家をどういう風に解体していくかっていう百年になる(略)。しかし、政治家は国家を扱っているわけですから、国家を解体するなんてことは、(おおやけ)にはなかなか言えないわけで、(それを)選挙に負けない範囲で、どういう風に表現していくのかっていうこと(が)、僕の立場。

松井:要はいま、平田さんがおっしゃったように、主権国家が、国際社会とか、地域の政府連合に、自分たちの権限を委託するっていう姿。流れとしてはそういう姿になっているし、そうしないと、問題は解決できない問題が広がっている。

平田:国にやれることは限られるかもしれませんっていう(略)実はすごく大きな転換を、すごく巧妙に(略)、(演説に)入れているつもりなので、(略)先々、研究対象として、何が変わったのかということを、考えていただきたい。

 

 人々に「支え合うことが幸せなんだ」と思わせながら、国家を解体すること。それもひとつの「理念」なのかもしれませんが、前回の衆院選のとき、こんなことを期待して民主党に投票した人などいたのでしょか。

 「国民の生活が第一。」「まず、政権交代」「あなた自身の暮らしのために、政治を変えなければなりません」……。そんな言葉に呼びかけられて投票した先が、「幸せ感」の改変と、国家の解体なんて!これは、一種の詐欺であり、裏切りではないでしょうか。

 あなたのグループに属し、親しいとされる鈴木氏は、先のシンポで、その点に的確な表現をあたえます。

 

鈴木:内閣総理大臣が中央政府には限界があるということを、思わずっていうか、断固言ってしまったっていうことは、言論的テロリズムでもある。

 

 言論テロリズム。総理という一国のリーダーが国権の最高機関、国会議事堂でおこなった白昼のテロリズム。その非正統性と後ろめたさが、実は現在の政治の混迷の真因ではありませんか。

 

「人の幸せはお金じゃない」って

 

 おそらく、あなたもお感じのように、現在、日本の民主主義は危機にあります。選挙による初めての政権交代を実現しながらも、権力を固めきれずに、わずか六ヶ月にして、政治自体が溶解しています。

 この責任は、政治を論じきれずに、政局ばかりを面白おかしく取り上げがちなメディア、また、その政局のドタバタを面白がって消費しがちな、我々有権者にあることは言うまでもありません。

 しかし一方で、自身の想いをキチンと伝えないままに、権力の座についてしまったあなた自身にも、責任の過半があります。

 実は、わたくしは、経済成長へのあきらめと個人の自由への介入を有する、あなたの考え方には同意しかねる者です。しかし、日本の民主主義のためには、いま、あなたがもう一度、国民の前に出て、御自身の考えをわかりやすく説き、大いなる議論を通じて、権力を固め直されることを希望します。

 おそらく、そのことができるチャンスは、限られていますし、マスメディアを通じて、御自身の言葉を広く伝えるのは、すでに非常に困難です。

 しかし、可能性はあります。

 年頭の施政方針演説で、あなたは、ガンジーの「七つの大罪」の言葉を引用しました。その中に「労働なき富」が入っています。母親からの偽装献金疑惑を抱えていたあなたを心配して、側近は反対をしたそうですね。それでも、あなたは「ガンジーの言葉には真実がある、ぜひ使いたい」と演説に入れた。それは、「理念なき政治」が第一の大罪とのガンジーの指摘が、理念の政治家としてのあなたの心に響いたからでしょう。

 しかし、鳩山さん、冒頭に述べたように、ガンジーの言葉の真実性は、迫害を受けながらも清貧に甘んじつつ闘い続けたという人生、それを象徴する糸車を紡ぐイメージと一緒になって、全世界の人間の心にあるのです。それは、もしかしたらパフォーマンスかもしれませんが、人生を賭したそれに、我々は信頼を置くのです。

 鳩山さん、日頃、生活でピーピー言ってる我々は、あなたのような大金持ちから、「人の幸せはお金じゃないよ」と言われても、全然ピンときません。むしろ、「なに言ってんだ、この坊っちゃんは」と頭に来るばかりです。しかし、それがあなたの信念で、一国のリーダーとして本気で訴えたいことならば、実践している姿を見せて納得させるべきです。ガンジーのように、裸になって、態度で示す、本当のパフォーマンス。

 鳩山さん、いま身を削りなさい。

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鳩山さんの言うことは信じられないね。多くの国民の本音だろう。ただ、鳩山さんも、自分の言葉がなぜ信じてもらえないのかと悩んでいるとしたら。政治コミュニケーションの専門家による注目論考。