東シナ海ガス田は誰のものか?
大航海時代、勝手に世界を2分割し(トルデシリャス条約)、7つの海を我が物顔に支配するスペイン・ポルトガル艦隊に対し、スペインから独立した新興の海運国家オランダが反発。オランダの政治学者グロティウスが『海洋自由論』を著し、「海洋は自然法により万人に開かれている」という「公海」の原則を打ち出しました。
一方、オランダのライバルとなったイギリスは、「イギリスの沿海は、イギリス国王に属す」という「領海」の概念を主張。各国がこれを採用して、19世紀までに沿海は「領海」、沖合いは「公海」という区分が国際法として認められました。
第二次大戦に勝利した米国は、「領海」の外側に広がる「大陸棚だな」における漁業権、資源採掘権を主張。70年代には各国がてんでんばらばらに領海や排他的経済水域(EEZ)を設定(日本も、77年に200海里の「漁業専管水域」を設定)。このため、どこまでが領海で、どこまでがEEZなのか、A国とB国の境界はどこか、という大混乱が生じました。この問題は国連の場に持ち込まれ、1958年、国連海洋法会議で協議が始まりました。
会議は紛糾し、国連海洋法条約が調印されたのが1982年、発行したのはさらに遅れて1994年でした。この条約の要点は、次の3つです。
(1) 沿岸から12海里を「領海」とする。(1海里は1.852km)
(2) 沿岸から200海里を「排他的経済水域(EEZ)(注)」、その外側を「公海」とする。
(3) 隣国とのEEZの境界設定には、国際法に基づき、両国の合意が必要。(74条)
(注)Exclusive Economic
Zone
日本も、この条約を批准ひじゅんし、200海里のEEZを設定しました。ここで問題が発生します。中国が、日本のEEZを認めない、と言いだしたのです。国連海洋法条約74条により、隣国との合意がなければEEZの境界を設定できません。これが、東シナ海ガス田紛争の始まりです。
海洋法条約には、紛争解決の具体的方法は書いてありません(書いてあれば紛争は起きない)。よって、過去の紛争において、当事国や国際司法裁判所がどのように解決したかという「判例」に従うしかありません。「判例」には、2つのケースがあります。
(1) 両国の沿岸から等距離の中間線を引き、均等にEEZを分ける(中間線論)。
(2) 海底地形、特に大陸棚を陸地の延長と見なし、大陸棚の形状によって分ける(自然延長論)。そのむかし、フランスのルイ14世が「自然国境説」を唱えてライン川を「国境」と定め、ライン川の手前にあったベルギーやファルツを侵略する口実にしたのを思い出します。
1960年代までの領海確定では自然延長論が主流でしたが、EEZの設定が始まった70年代以降は、中間線論が主流になりました。実際には、まず中間線をベースにし、自然延長論も考慮して修正するという妥協が行われるようです。ということは、紛争当事国の力関係が影響するわけです。この辺のあいまいさが、東シナ海ガス田問題をこじらせています。
東シナ海において、日本は中間線論を、中国は自然延長論を採用し、互いに一歩も引きません。
(080622更新)
東シナ海に石油と天然ガスが眠っていることがわかったのは、1969〜70年の国連調査の結果です。石油の推定埋蔵量は、約1000億バレルで、イラクの石油埋蔵量に匹敵します。日中両国は、この権益を争っているわけです。日本は、東シナ海北部で韓国ともEEZを接していますが、何も紛争は起きていません。日韓境界領域では、地下資源が見つからなかったからです。(日本海では竹島紛争があります)
地図を見るとわかりますが、石油・ガスの堆積層は、日中中間線よりも日本側(沖縄側)に集中しています。日本が主張する中間線論で分割すれば、3分の2が日本の取り分になります。これが中国には許せないわけです。
中国が、この莫大な石油とガスを手に入れる方法は、2つあります。
(1) 尖閣せんかく諸島(中国名・釣魚ちょうぎょ島)が、中国領であると主張する。
(2) 沖縄トラフまでが、中国大陸から続く大陸棚の自然延長だと主張し、中間線を否定する。
尖閣諸島の話は、ややこしくなるので、今日はしません。
沖縄トラフというのは、南西諸島に沿ってその北西に連なるくぼみのことです。「自然延長論によれば、沖縄トラフを境にして、東シナ海の大部分と南西諸島とは別の大陸棚に属している。だから、東シナ海の大部分は中国のEEZである」というのが、中国側の主張です。
地質学的には、東シナ海大陸棚と南西諸島とは、同じユーラシアプレートに属します。南からフィリピン海プレートが北上してユーラシアプレートの下にもぐりこんでできたのが琉球海溝。ユーラシアプレートの縁が持ち上げられてできたのが南西諸島、フィリピン海プレートのもぐりこみに引きずられてユーラシアプレートにできた「へこみ」が、沖縄トラフです。ですから、「東シナ海の大部分と南西諸島とは別の大陸棚に属している」という中国の主張には、科学的根拠がありません。中国がこの問題を国際法廷に提訴したがらないのは、自国の主張の不利を知っているからです。
http://www.h-uwa.jp/shirogeo/museum/A_03.html
では、国際法廷に持ち込んだ場合、日本の主張する中間線論がすんなり通るのか?
それが、そうとも言い切れないのです。このEEZの境界画定には、明文化された国際法が存在しません。個々の事件の判例があるだけです。これまで、10件ほどの事例が、国際法廷で裁かれています。その中から、東シナ海の状況に近い事例を探せば、解決のヒントが見つかるかもしれません。
(080629更新)