ニヒルで知的な風ぼうを生かし、大島渚監督の映画などで存在感のある演技を見せた、俳優の佐藤慶さんが2日に肺炎のために都内の病院でなくなっていたことが6日、明らかになった。81歳だった。大島監督の妻で女優の小山明子(75)は「夫は訃報(ふほう)を聞いて、とても寂しそうに“うん”とつぶやいた。とても優しい人でした」と明かした。
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スクリーンやブラウン管で迫力ある独特の存在感を発揮した“怪優”が天国に旅立った。
佐藤さんは2日午後4時19分、東京・世田谷区内の病院で、長男の順さん夫婦にみとられて亡くなった。関係者によれば、数年前から体調を崩し、入退院を繰り返していた。
2、3カ月前に体調不良を訴え、再び入院していたという。08年冬に撮影され、昨年公開された映画「カイジ」が遺作となった。
葬儀は5日に近親者のみで行われた。お別れの会などを行うかは、現在、検討中という。
佐藤さんは、福島県会津若松市出身。1950年に上京し、俳優座養成所に4期生入所。59年には「人間の條件/第3・4部」の脱走兵役で映画デビューした。以後、残虐なやくざの親分や冷酷なエリートといった悪役で、特に存在感を発揮した。
大島渚監督とは盟友だった。60年、「青春残酷物語」に出演したのをきっかけに「日本の夜と霧」「絞死刑」など同監督作品には欠かせない俳優となり、71年の「儀式」ではキネマ旬報主演男優賞を受賞した。
神奈川県内の自宅で病気療養中の大島監督の妻で、女優の小山明子は6日、訃報を聞いたが「大島がショックを受けると思い、知らせなかった」という。
しかし、午後7時ごろに偶然つけていたラジオのニュースで佐藤さんの死を知った。小山が「慶さんも死んじゃったね」と語りかけると「うん」と寂しそうにうなずいたという。
佐藤さんと監督が最後に会ったのは、昨年3月、自宅で行われた監督の喜寿の祝いに、映画関係者らとともに佐藤さんが駆けつけたとき。寄せ書きに、独特な文字で「お元気で」と記したという。
「大島にとっては大切な仲間で、昔は事務所でよく食事をしていた。画面ではコワモテだったけど、ネコをかわいがったり優しい人でした」と人柄をしのんだ。