アメリカ・デジタル出版最新報告「アマゾン・キンドルは実は不人気」G25月 3日(月) 11時49分配信 / 経済 - 産業
アメリカの大手出版社マクミランはアマゾンでキンドル向けの電子書籍が9.99ドルという低価格で売られていることにジレンマを感じていた。本を作っている出版社自らが価格設定できないのはおかしい。そう思い、アマゾン側に、自ら設定した12.99〜14.99ドルという価格で売り出したいと言いだした。すると、アマゾンはマクミランの電子書籍はもちろん、印刷された本までもすべてサイトからはずすという暴挙に出た。これが今年1月29日のことである(ネット上で大批判を浴びたアマゾンは、最終的にマクミランの要求を呑むことになった)。 「この行為からも明らかなように、アマゾンは出版社を閉め出しにかかっています」 アメリカのインターネット文化のご意見番的存在で、「ハーバード・ビジネス・レビュー」元上級編集者のニコラス・カー氏はこう憂える。 アメリカのアマゾンで売られている電子書籍はほとんどが9.99ドル。これは印刷された本の半値以下、本によっては3分の1の価格という安さだ。電子書籍をどうビジネスに結びつけていくか、アメリカの出版社は新たなビジネスモデルを模索している。 アメリカやカナダの出版社に電子書籍戦略のコンサルティングを行っているブライアン・オレアリー氏は話す。 「電子書籍はフィジカル(物質的)な本と同じ価格設定では売れないし、本の発売より多少遅らせて販売するのでは読者を満足させられない。これが最大のジレンマです。 すでにたくさんの読者を抱えている有名作家たちは、電子書籍を無料で販売する作戦を実行しています。たとえば、一定期間だけ全文無料公開したり、最初の数章を無料化して公開することは、本屋で少し立ち読みされるのと同じ感覚ですからね。一方、読者が少ない作家の場合は、逆に、無料の電子書籍に読者を取られてしまう可能性が高いでしょう」 実際、電子書籍を無料化することでベストセラーを生み出した作家のケースを紹介しよう。21冊の本を出版しているサスペンス小説作家のブランディリン・コリンズ氏だ。コリンズ氏は、昨年12月31日から今年1月23日まで2冊のキンドル用電子書籍を無料で配信した。その効果について、こう話す。 「無料にした電子書籍は9日間、ベストセラーのナンバー1になり、その後、9.99ドルの価格に戻しても、まだベストセラーリストに入り続けていました。鍵は、私の本を読んだことがない人々に無料で読むチャンスを与えることで私の本の面白さを知らせ、有料化後の購買につなげるということです。無料化が販売の起爆剤になったのです。さらには、2冊の電子書籍を無料化していた最中、その2冊のペーパーバック版(有料)もたくさん売れました。キンドルユーザーが口コミで本の良さを広めてくれたために、キンドルを持っていない人がペーパーバック版を購入したのだと思われます。私は出版社がアマゾンからもらう金額の25%を印税としてもらっていますが、無料期間中はもちろん印税は入りませんでした。しかし、結果的にベストセラーになってペーパーバック版も売れたので儲けることができたのです。自分の商品が良いものだと信じているなら、ユーザーを掴む最善の方法は無料サンプルをあげることです」 電子書籍の無料化を定期的に行って売り上げを上げている出版社もある。ロマンス小説を中心に発行しているサムハイン出版は、2008年夏、数冊の電子書籍を無料化したところ、無料化された電子書籍のダウンロード数はもちろん、同じ作家の有料の電子書籍の売り上げも伸びたので、昨夏からは、販売している電子書籍のうち1冊を無料公開して、それを2週間ごとに変えるようにした。同社社長のクリッシー・ブラスヒア氏が効果を話す。 「少なくとも2〜3冊の本をすでに出版している作家の本を無料化しています。シリーズものの第1作10月は、無料化された本のシリーズの売り上げが、257%も上がりました」 同社はもともと電子書籍出版社としてスタートしたため、先に電子書籍本を出し、その中から全体の60%ほどの作品を紙の本にして売るというビジネスモデルで運営している。同社が出している電子書籍は、電車に2時間乗っている間に読み終えられるような短編ものが多い。いったん読み始めたら最後まで一気に読み終えたいという読者心理を考慮しているからだ。また、その一方で、600〜800ページもあるような長編本も、紙では持ち運びが大変だという理由から、電子書籍版の売り上げ比率が全体の15〜20%と高くなっている。 ■「ニッチ」と「ローカル」を狙え 急成長しているとはいえ、アメリカでも電子書籍市場は現在のところ、まだ書籍売り上げ全体の3〜5%規模と小さい。電子書籍が今後もっと成長していくには電子書籍リーダーの普及と改良を進めていく必要がある。普及が見込める市場として、期待されているひとつが教育現場である。学生はたくさんの教科書を持ち歩かなくてはならないからだ。そこでアマゾンは昨年秋から、アメリカの五つの大学の協力を得て、教科書代わりにキンドルDXを学生に使わせるというパイロットテストを実施している。 しかし、今のところ結果は思わしくない。ヴァージニア大学で62人のMBA課程の学生と10人の講師を対象に実施されたテストでは、「キンドルを教科書として推奨するか」という質問に「NO」と回答した学生は75%にも上った。一方、「個人的な読書装置として推奨するか」という質問には90%が「YES」と回答した。 「教科書代わりにならないと判断されたのは、あるページから別のページへ移動したり、本文をハイライトしたりする作業に時間がかかるからです。テストに参加した学生中、キンドルを頻繁に使用した学生の割合は15%、時々利用した学生は60%、残りはラップトップや教科書を使った方が学習上は効率的だと判断しました」 パイロットテストのディレクターである同大学のマイケル・コーニッヒ氏は話す。同じパイロットテストを実施したアリゾナ州立大学でもキンドルの反応の遅さが指摘された。 学生だけではなく、一般ユーザーもキンドルには不満を持っている。メモや画像、音声などユーザーが記憶しておきたいものは何でも「ノート」として残すことができる人気のアプリ「エヴァーノート」を開発したエヴァーノート・コーポレーションCEOのフィル・リービン氏は発売直後からキンドルを愛用しているが、その問題点について、こう指摘する。 「私はキンドルで新聞や雑誌も定期購読していたんですが、写真など画像のレイアウトが悪く、見にくいので定期購読は取りやめ、今は移動中に本を読むだけの装置として利用しています」 まだ改善点が多い電子書籍や電子書籍リーダーだが、今後、電子書籍が成長していくのは確実だ。そんな中、出版社はどんな戦略に出たらいいのだろう。前出のオレアリー氏は、紙の本においても電子書籍においても、「ニッチ」(あまり注目されていない特殊な市場)と「ローカル」(地方市場)が重要だという。 「アメリカ全土のニュースをカバーしている全国紙は、ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルのような有名紙以外は生き残れないでしょう。今後はローカルな情報ばかりをカバーする地域新聞や、編み物や工芸など特殊でニッチなコミュニティーを対象にした出版物に注目していくべきだと思います」 オレアリー氏はまた、出版社は電子書籍リーダーの出現を脅威に感じる必要はないという。 「出版社としては書籍データをデジタル化することで、海賊版が出回ることを憂慮しているのでしょうが、私が2年間、電子書籍の海賊版の研究をしてきた結果、海賊版として流された電子書籍はその後、印刷書籍の売り上げが上昇していることが分かりました。海賊版として広まったことが、その本の存在を人に知らしめ、最終的には購入に結びつけたのです。 それに電子書籍リーダーは音楽におけるiPodのような存在にはならないと思います。音楽と本では利用体験が全然異なるからです。ダウンロードした音楽はiPodで気軽に聞けるものですが、何百ページもある電子書籍をディスプレイで長時間、読み続けるという体験はナチュラルではないし、快適な体験とも思えません。フィジカルな本はプレミアムな商品として確実に残って行くと思います」 現在アマゾンではキンドル本体の売上高がデジタル出版物全体の売上高を上回っている。しかしシティグループの調査によると、今年はそれが逆転すると予測されている。つまり、キンドルというハードの売り上げを、電子書籍というソフトの売り上げが上回る見込みだ。 飯塚真紀子(Makiko Iizuka) 早稲田大学卒業後、出版社勤務を経て渡米。LAを拠点に様々な雑誌で取材・執筆活動を行う。著書に『そしてぼくは銃口を向けた』(草思社)など 【関連記事】 ・ G2 Vol.3 グーグルブックサーチ「本当の問題点」
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