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渡辺祥子 宇田川幸洋



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"じとーっ"と暗いのがフィルム・ノワールの条件

――先ほど渡辺さんが"ハッピーエンドじゃフィルム・ノワールにならない!"といわれていたように、ほかにも決まりごとってあるんですか?

渡辺 画面が暗ければノワールよ(笑)。明るいフィルム・ノワールなんて存在しないから。

宇田川 ああいう暗い画面づくりのルーツをたどると、20年代ドイツの表現主義映画にたどりつくということになっている。フリッツ・ラング監督の『M』('31)なんて、フィルム・ノワールの先駆けみたいな感じもある。彼はドイツからアメリカに来て、実際にいろいろノワールを作っているし。あと、戦時中に予算が足りなくて、なるべくライトを使わないようにして撮ったから暗い画面になったという説もありますよね。


『M』
フリッツ・ラング監督による犯罪映画の名作。ドイツ中を恐怖に陥れた実在の殺人鬼を題材に、連続殺人事件の行方をえがく。
発売:アイ・ヴィー・シー
¥4800(税別)
渡辺 あの当時、ワーナー・ブラザーズはノワールものをたくさん作っていたわよね。

宇田川 30年代にギャング映画をいっぱい撮っていたから、その系譜ですかね。フィルム・ノワールも細かく分けるといろいろあるみたいで、『白熱』('49)なんかは"ギャングスター・ノワール"っていうみたいですよ。正統派のギャング映画はマシンガンをぶっ放して派手に人を殺すけど、ノワールになるとアクションは控えめで、主人公の心情を"じとーっ"とえがくものが多い。

渡辺 そう! "じとーっ"なのよ。主人公は真偽のためには戦うけど、正義のために戦ったりしないの。

宇田川 そして、必ず裏切りが入りますよね。裏切りがないとフィルム・ノワールにならない。あと、主人公がモノローグで回想するシーンが多いのも特徴。タバコの煙が揺れて、「あのとき、俺は…」みたいな(笑)。だから、オーソン・ウェルズの『市民ケーン』('41)をフィルム・ノワールにいれる人もいますよね。


ムードは重要、でもそれだけじゃもの足りない!?

渡辺 宇田川さんがフィルム・ノワールに目覚めたのっていつ?

宇田川 大人になってからですよ。20歳を過ぎてからかな。子供のころは新聞広告やポスターを見ても、暗いから、あまり見る気がしなかった。幼かったんですね(笑)。それに、日本にはいってこなかったものも多いですよね。だから、じつは見ていないノワールってけっこう多い。

渡辺 ビリー・ワイルダー監督の『深夜の告白』('44)や『郵便配達は二度ベルを鳴らす』とかは、後から一生懸命追いかけたわね。私がハマったのは、『現金(げんなま)に手を出すな』、ジャン・ギャバン&リノ・ヴァンチュラ共演の『赤い灯をつけるな』('57)の頃かな。私の場合は、中学・高校時代からジョルジュ・シムノンの「メグレ警視」シリーズが大好きだったから。

宇田川 大人びた少女ですね。いっしょに見に行く友だちなんていなかったでしょ?

渡辺 孤独だったわ(笑)。だって、『禁じられた遊び』('52)や『汚れなき悪戯』('55)なんてバカにしたりしてたもの。その頃はフィルム・ノワールなんて知りやしないから、ただミステリアスなサスペンスに酔ってたの。

宇田川 悪女志願の女子高校生だったんですね(笑)。

――そんなサスペンス好きな渡辺さん的には、レイモンド・チャンドラーの"フィリップ・マーロウ"シリーズはどうだったんですか? 私立探偵ものの代名詞ともいわれていて、ハワード・ホークス監督&ハンフリー・ボガート主演の『三つ数えろ』('46)をはじめ、映画化された作品もたくさんありますよね。


『現金(げんなま)に手を出すな』デジタルニューマスター版
ジャン・ギャバンが初老のギャングを哀愁たっぷりに演じる秀作。監督は、フランスの名匠ジャック・ベッケル。
発売:東北新社
¥3800(税別)
渡辺 私は『さらば愛しき女よ』('75)が好き。

宇田川 ぼくはダメだな。そもそも監督のディック・リチャーズがキライなんです。彼の『男の出発(たびだち)』('72)がイヤで…。

渡辺 まあ、あれは…。だけど、『さらば愛しき女よ』がダメなんて偏見よ! ムードがあって、本当にステキなの。ジェリー・ブラッカイマーの初プロデュース作だけどね(笑)。

宇田川 『さらば愛しき女よ』が好きな人は多いですよね。でも、本当に絵ヅラとムードだけの映画。つくってる人がムードに酔ってる(笑)。フィルム・ノワールってムードが大切なのはわかるんですけど、ぼくは主人公の気持ちに同化して、見ているこっちも暗くなるようなのがいいな。言葉を変えていうならば、やさしさみたいなものかな。"人間の暗黒面の底を知ってしまえば、他人を責める気もなくなる"というような、そういうやさしさがある映画が好き。

渡辺 それって、フィリップ・マーロウのことかな(笑)。「しっかりしていなければ生きていけない。やさしくなければ、生きている資格がない」ってね。

宇田川 ぼくはマーロウならロバート・アルトマン監督の『ロング・グッドバイ』('73)が好きですね。失踪した有名作家を演じたスターリング・ヘイドンがよかった。スターリング・ヘイドンは『現金(げんなま)に体を張れ』にも出ているし、ノワール俳優といえますよね。

――そういえば、2年ぐらい前に『ザ・ミッション 非情の掟』('00)という香港製のフィルム・ノワールがありましたよね。香港映画通の宇田川さん的にはどうでした? 確かすごく評判よかったんですよね。

宇田川 あれは、ぼくの好きなノワールの1本かもしれない。でも、映像はノワールだけど、なかみはアクション映画かな。


『ザ・ミッション 非情の掟』
香港の暗黒街で活躍するボディーガードたちの戦いをえがくハードボイルド・アクション。監督はジョニー・トー。
発売:グルーヴコーポレーション
¥4700(税別)
渡辺 B級くさかったけど、主演のフランシス・ンという人がよかった。

宇田川 『ザ・ミッション 非情の掟』で元殺し屋を演じていたアンソニー・ウォンは、『インファナル・アフェア』にも警視役で出てましたね。彼もまたいい役者です。


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